水産振興ONLINE
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2026年2月
シンポジウム「ALPS処理水の海洋放出と水産物輸出を巡る現状と課題」
濱田 武士(北海学園大学経済学部) 坂井 眞樹(公益財団法人水産物安定供給推進機構) 加藤 聡一郎(つかさ綜合法律事務所)

質疑応答・意見交換/追加質問

質疑応答・意見交換

司会 この後は限られた時間ではありますが、質疑応答あるいは意見交換ということで進めていきたいと思います。

質問① 濱田先生にお伺いしたいのですが、汚染水はこれからも発生し続けるのでしょうか。また、地中に遮蔽物を造ったり、周囲の土壌を凍らせたりして、地下水の流入を防ぐといった対策について以前、テレビか何かで報道していたのですが、それらは現在どんな状況なのでしょうか。

濱田 まず、原子炉建屋内に燃料デブリが残っていますのでそれを冷却するため常に注水する必要があるのですが、その冷却水が燃料デブリに接して汚染水となります。ですから、燃料デブリが残り続ける限り、常に汚染水は発生します。建屋に流入する地下水や雨水で燃料デブリを冷却しつつも、地下水等の流入が増えれば増えるほど汚染水もふえるので、それを防ぐためのさまざまな対策がとられ続けています(図1参照)。お話のとおり、地下に凍土壁を造るなどさまざまな対策をした結果、現時点では1日当たりの汚染水発生量は400トンから70トン近くまで減らしてきていますが、まだ地下水等の流入を完全に止めることができていません。

図1
図1(再掲)

質問② 解りました。燃料デブリがある限り、ずっと汚染水が発生するということですね。

濱田 そうです。そのため、汚染水が発生する限りALPS処理水の放出も続くわけです。アメリカのスリーマイル島原発事故では放出方法として河川放出と大気放出が検討されましたが、周辺住民の意見を尊重して大気放出が採用されました。一方、福島原発事故ではコストなどを勘案して海洋放出が選択されましたが、それが周辺国の反発を招く形となっています。ともあれ、燃料デブリを除去することが最も肝要なのですが、現時点ではほとんど除去できていませんので、この先何十年も汚染水が発生し続けるであろうという、恐ろしい状況となっています。

質問③ 加藤先生にお伺いしたいのですが、ADRセンターの仲介についてはよく分かりましたが、その後から裁判になった事例はあるのでしょうか。

加藤 私が担当してきた事案では裁判になった事例はまだありません。恐らく裁判にまでなるのはごく稀なケースだと思われます。なぜかと言いますと、ADRセンターでは裁判に近いような主張のやりとりをするので、裁判までいかなくても仲介により解決できる余地があるということです。なお、ALPS処理水関係以外の福島第一原発事故関連では、ADRセンターの仲介を経た後に裁判になった事例が何件かあります。これは、ADRセンターからの和解案に東京電力側が応じなかったため裁判に至ったというケースです。そもそもALPS処理水関係では現在、損害賠償に関する交渉や仲介が進行している最中ですから裁判以前の段階ですし、私自身もそうした処理水関係での裁判情報は把握していません。

質問④ 了解しました。実は会社の方で東京電力への損害賠償の案件があるのですが、交渉の最初だけは東京電力の社員が出てきたものの、その次からは弁護士だけが出てきてお話をされるものですから、交渉の場ではそうしたやり方が一般的なのかなと思い、お訊きした次第です。

加藤 まず、水産加工業者さんなどによる東京電力への直接的な損害賠償請求の手続きでは、一般的に弁護士は表に出てこないのが通常です。ただし、賠償請求の規模が大きいなど特別な事情がある場合には、東京電力として、よりしっかりとした対応をしたいという意識から弁護士を立てているのではないかと思います。なお、ADRセンターへの仲介申し立ての場合は東京電力側にも全件弁護士がつく形で手続きが進められます。

質問⑤ 坂井先生のご講演で、「リスクを高める輸出」という言葉が大変印象に残りまして、その点について少し補足していただけないでしょうか。

坂井 後半は時間の都合で駆け足となってしまい申し訳ありませんでした。冒頭で申し上げましたが、輸出には検疫条件だけではなくて、自然災害もあれば、コロナ禍のような需要の喪失、あとは輸送手段のコンテナ船が確保できなくなるなど、明らかに国内での需要よりも大きなリスクがあります。且つホタテガイの場合では、端的に言うと、国内で加工できない部分まで漁業や養殖で生産されていて、その多くを中国の加工事業者に加工してもらっていました。従って、ホタテ輸出の多くは加工原料の供給にとどまっていたということです。

残念ながら、経済環境の違いで、加工原料を供給しているのだけれども、中国は日本経済のレベルから見ると高い値段で買って、さらに彼らは1.5倍に加水加工をし、その半分ぐらいを米国に輸出するということで、日本のホタテが産み出しうる富の多くは明らかに中国に移転しているわけです。そういった貿易構造のもと、中国の加工能力に多く依存してきたので、いざ輸出が止まった途端に国内加工できないホタテが滞留してしまったということです。さらに、地まき方式のホタテガイ漁業では4年周期で放流漁場を変える輪採制で生産していますから、毎年どこかの漁場のホタテを漁獲する必要があり、そういった生産調整が難しいというリスクも抱えたので、政策パッケージで予備費を使って加工事業者に対する支援も始めたというような経緯があったということです。

質問⑥ 濱田先生と坂井先生にお伺いしたいのですが、中国への水産物輸出にはいまだに不安定要素があり、その一方で国内の漁業生産を見ますと、近年の海水温上昇で一部産地では養殖ホタテや養殖カキが大量斃死し、天然魚の漁業生産も不安定です。こうした状況で、産地が儲かり、日本国民も潤う水産物輸出の在り方についてどのようなお考えがあるのか教えていただきたいと思います。

濱田 農水産物の輸出促進の背景として、基本的に内需縮小があります。生産者や販売側の立場から見れば、経営を維持するために、より高値で売れ、利益の出るマーケットに出荷・供給するのが経済原理ですから、自由経済を選択している以上は抗えない部分です。そのため、本来は内需型産業であったものが外需依存でないと経営・産業が存続し得ないという状況になっていることを認識しなければいけないと思います。そして、個人的には外需や輸出に依存するのではなく、内需型産業として再生してほしいと願っていますので、そのためには経済構造自体の見直しが必要ではないかと思います。内需縮小の要因の1つに国民の可処分所得の減少がありますから、まずそうした経済環境の転換を図る必要があり、それは水産業界の努力や水産政策だけで解決できるものではなく、国民経済全体の問題として、国民の可処分所得が増えて内需が拡大するような方向に舵を切っていくべきだと思います。

坂井 私の方はもう少しミクロ経済的に、短期的なタームでの回答をさせていただきます。近年、わが国では台湾の大手半導体メーカーであるTSMCの半導体工場誘致のために莫大な額の補助金を出しています。外資系の工場とはいえ、国内で最終製品まで仕上げて生産できればその分、それまでの中国依存から脱却し、製品輸出も含めた経済面でのリスク軽減にもつながっていきます。先ほどもお話しましたが、ホタテガイの輸出振興についても、中国に殻付き原貝で出し、製品加工や付加価値化、再輸出もすべて中国が行うという輸出では、ホタテガイがもたらす利益の多くは中国が得てしまうことになります。ホタテガイについても原料輸出依存、中国依存ではなく、国内で高次加工し付加価値をつけた製品をさまざまな国に輸出するなどしてリスクを減らしていく施策が必要だと思います。

司会 予定の終了時間となりましたのでこれで締めたいと思います。もし会場およびオンライン参加の方々のなかで追加の質問をされたい方がいらっしゃいましたら、この1週間に限定しますが、東京水産振興会宛に連絡をしてください。可能な範囲で講師の先生方より回答をいただき、それらも含めて、冒頭で申しましたとおり水産振興誌として公開をさせていただきます。

それでは、以上でシンポジウムを終了いたします。ありがとうございました。


追加質問

シンポジウム終了後に損害賠償関係で追加の質問が寄せられましたので、加藤講師からの回答を以下に掲載します。

質問⑦ ALPS処理水放出後に秋鮭やその製品の価格に値下がりが発生しました。この部分について賠償請求をすることはできますか?

回答 秋鮭についても原子力損害賠償紛争解決センター(ADR)の手続を通して損害が認められれば賠償の可能性があります。秋鮭は、ALPS処理水放出後に値下りが確認できる魚種です。秋鮭については、水産加工業者の賠償においては、賠償のハードルは高く、団体賠償で値下り分を受領している可能性が高い生産者との比較で、水産加工事業者と不公平が生じています。東京電力から、秋鮭については、「風評被害」「還流被害」ともに直接の交渉で東京電力側から具体的な賠償提案が行われる可能性は低いと考えられます。そのため、秋鮭の還流被害に関する賠償を進めるためには、ADRを利用することが必要となります。秋鮭については、統計上、ALPS処理水放出後の値下がりが確認できるため、ADRに進んだ場合に認められる可能性はあると考えられます。そのため、ALPS処理水放出前やその年に高値で仕入れた秋鮭について損害が発生した場合においては、ADRで賠償請求を行う価値は十分にあると考えられます。

質問⑧ 東京電力との直接交渉で一度賠償金を受領していても再度、賠償請求を行うことはできますか?

回答 一度賠償を受領しているとしても、同じ期間・同じ品目についてADRを出し直す(再請求)ことはまったく問題ありません。そもそも、東京電力への直接請求の基準は、賠償に至っても金額が低くなることが多いといえ、その意味では賠償金の仮払いのようなものであるといえます。東京電力への直接請求が本来受領できる賠償金の一部にとどまることに鑑みて、国においても東京電力には、別途ADRの途を閉ざすことがないように、追加請求ができるような合意書を作成するように指導しています。東京電力との合意書では、基本的には追加請求を制限する条項は入っておらず、東京電力の支払い義務だけが記載されるのが通常です。したがって、これまでの賠償で賠償金を受け取った期間、魚種であっても、別途でADRを出すことは全く問題がありません。むしろ、損害の満額を受領するためには、ADRでの和解が必要であるとさえといえます。現にADRセンターでも、直接請求で受領後にADRセンターでの追加の和解が成立した事例が公開されています(少額の事例でありますが、後掲事例2092)。
https://www.mext.go.jp/content/20250221-mxt_san-gen02-000035991_2092.pdf

質問⑨ 東京電力に直接請求を行い、賠償金を受領しましたが、詳しい計算基準への当てはめや計算方法は教えてもらえませんでした。これは通常でしょうか?

回答 東京電力は、事業者との直接のやり取りでは、基本的には具体的にどのように算定を行なったのかについて、基準や計算方法を開示しない傾向があります。支払いに至る場合も金額と期間だけが簡単に記載された明細だけが示されるので、その金額が妥当かどうかを検証することが非常に難しいという問題があります。特に還流被害については、東京電力がALPS処理水放出前に公開されていた基準とは全く異なる基準で賠償しております。外部に賠償基準が公開されておらず東京電力の賠償金額が妥当であるのかどうかの検証が難しいという問題があります。東京電力は、事前に賠償基準を公開していますが、この基準がそのまま適用されるものばかりではないので、賠償に不透明感が生じています。

その点、ADRでは明確に計算基準や計算過程がADRセンターから示されるため、非常に明快で納得感がある解決となります。ADRでは東京電力とは別の基準で計算されますので、そのことだけでも事業者側には金額が大きくなる余地があり、有利と言えます。東京電力の計算方法では賠償額ゼロだったものについて賠償が認められたり、少額だったものが高額に変更されるといったこともあり得ます。また、和解前には、どのように計算したのかを計算式に当てはめたのかの計算書も添付されますので、非常に納得感のある解決が期待できます。その意味では、ADRは透明性が高く、公正な仕組みであるといえます。