経済的な観点から見たノルウェーサーモン養殖業の概観
ノルウェーサーモンは、グローバルマーケットにおけるシーフードに対する需要の増加に非常に恵まれ、また限られた生産環境における低コストかつ高クオリティの生産による供給に、技術的なイノベーションが合わさって非常に大きな利益をあげている産業である。
世界食料機関(FAO)のレポートによれば、世界では水産物の消費は増加しており、2021年では一人当たり20.6kgが消費されている。この数値は右肩上がりで増加している。この消費の増加に対応しているのはグルーバルでみると天然漁獲よりも養殖が大きな役割を果たしている。以下の図は世界の水産物生産量の推移を表しているが、1990年代から天然漁獲が横ばいになっている一方で、大幅に養殖生産が増加していることがわかる。養殖生産のうち、内水面の生産増加は中国などで生産されているコイ類や、ティラピアなどのカワスズメ類が占める一方で、海面養殖で最も多く3割程度を占めているのがノルウェーサーモンの主要魚種でもあるアトランティックサーモンである。
これからの世界の水産物供給についても、養殖の重要性は指摘されている。Costello et al. (2020)[2]は、世界の水産物の需要と供給について、供給は現在の資源状態や養殖可能な資源条件や技術から、需要については現在と将来予測のシナリオに基づいて需給量や価格について分析を行った。図2に示されている通り、天然漁獲による水産物供給は限界に近づいており、需要がいくら増えても供給を増加させることは自然条件により難しいため、ほぼ垂直な供給曲線が描かれている。一方で、養殖、とくに魚類養殖については供給曲線がほぼ水平な部分が続いており、価格を激しく上げることなく水産物の供給が可能であることが示されている。これはサーモンに限った話ではないが、拡大していく水産物に対する需要に対して養殖による生産が大きな役割を果たすことが予測されている。
伸びる需要に対して、供給が限られてきたのがこのサーモンという魚である。アトランティックサーモンを含むサケ類は高級なタンパク源として特に西欧、北米、日本など先進国の市場で主に消費されてきた。近年ではブラジル、ロシア、東欧、東南アジア、中国などの新興市場でも需要が増加している。グローバルマーケットが全体として拡大している一方で、養殖サーモンの生産国は一部に限られている。ノルウェーが EUとアジアに、チリはアメリカと南米、アジアに、カナダは主にアメリカに、スコットランドは主にイギリス国内とEUの一部に供給するという構図が続いている。近年はオーストラリアとニュージーランドで生産されたサーモンもアジア市場に供給されている。サーモン養殖が主に海面で行われ、それに適応した自然条件と経済的条件が揃っている場所が限られていることが、供給国が限定されていることの大きな要因である。
需要が伸びる一方で、供給が限られると、価格が上昇していく。世界におけるサーモンの取引量は過去10年で37%増加(年率換算で3%)したが、同じ時期に金額ベースでは122%の増加(同8%)となっている[3]。当然ながら実際の価格は様々な要因に左右されて決まるが、大まかにマーケットを把握すると需要増加に対して供給が限られていることが価格上昇の要因となっている。
この世界における強い需要を一つの背景に、ノルウェーサーモン養殖業界は大きな利益を上げている。ノルウェーサーモン企業は、2013年から2022年の間に、約15%から高いときで約45%のROCE(Return on Capital employed:使用資本利益率)、また約20%から35%のEBITDA(Earnings Before Interest, Taxes, Depreciation and Amortization:利払い前、税引き前、減価償却前利益)マージンをあげている[4]。例えば国内水産大手のマルハニチロHDの2024年3月期のEBITDAマージンが4.5%であることと比較しても、非常に大きな利益を上げていることがわかる。
ノルウェーサーモン業界の大きな特徴の一つは、企業の大きさである。小さな企業・業者が集まっているのではなく、少数の大規模企業がシェアの多くを占めている。2023年の生産量では、トップ4社(モウイ、サルマール、レロイシーフード、セルマック)だけでシェアの半分以上を占め、トップ10社で7割を占めている。この傾向はノルウェーに限らず、チリやイギリス、北米でも見られ、とくにイギリスと北米にはそれぞれ4社しか企業がない寡占状態になっている1。大規模な企業によるシェアが高い業界である背景は次章で詳しく説明する。
- 1 サーモンのマーケットはグローバルに統合されていることから、1国におけるシェアが高くても寡占状態とは言えず、競争度が高い市場であるという見方が業界に近い研究者からは提示されている[5]
- [2] Costello C, Cao L, Gelcich S, Cisneros‐Mata MÁ, Free CM, Froehlich HE, et al. The Future of Food from the Sea.Nature. 2020;588(7836):95–100.
- [3] Salmon Farming Industry Handbook 2024.Mowi. 2024;
- [4] Moe E, Skage M, Frøseth KA, Fredheim H, Amundsen AP, åsland JE, Bjerkvik TH, Ebeltoft G, Håvardstun K, Laberg DL. Norwegian Aquaculture Analysis 2023.EY. 2024;
- [5] Pandey R, Asche F, Misund B, Nygaard R, Adewumi OM, Straume H‐M, Zhang D. Production growth, company size, and concentration: The case of salmon.Aquaculture (Amsterdam, Netherlands). 2023;577(739972):739972.