4. 考えられる対応
以上のように異なる視点から7つの懸念を示したが、今想定できる対応策についても触れておかなければ片手落ちになろう。1点目として、温暖化と魚礁効果の複合影響や渡り鳥や海鳥の問題は、個々の洋上風力事業者では解決できない問題である。回遊状況の変化でも同じことが起きる可能性が高い。これを解決するためには、例えば本州・北海道の日本海側など海洋生態学の視点から統合的に問題を扱うべき海域を設定し、問題点を共有した上で統合的な調査と情報の共有を行うことにより解決策を見出していく仕組みが早急に必要となる。この際には、漁業が単なる補償の対象ではなく、モニタリングツールとして重要であることに留意する必要がある。例えば、放流サケ稚魚や降海アユ稚魚への捕食を調べるには、ウインドファーム内での漁業を安全に継続し、漁獲物の一部を調査解析することで影響を継続的に把握する必要がある。こうした努力を継続するためにも、関係する小規模漁港が維持できるような漁業の維持をはかることが結果的に洋上風力発電施設の維持管理にとっても効果的である。漁業は本来環境順応的な産業であり、気候や場の変化に応じて最適な漁場や漁法を見いだしつつ産業を維持させてきた。進行しつつある温暖化の中でこうした漁業者の努力と対応を支援し、事業者や自治体がその影響に対応する支援をすることにより、我が国独自の漁業共生が見いだせる期待もある。
2点目は、科学研究の推進である。魚類などへの音響影響や海鳥の海洋生態系への役割については、専門としている大学や研究所などが限られており、研究者や大学院生の数も少ない。洋上風力産業が活発化していくこの時期に、事業者サイドからこの種の学問領域を支援していくことはとても重要なことと思われる。研究資金プログラムの設定や寄付講座の設置、公的研究機関での部門設置など、できることはいくつもあるように思われる。洋上風力関係の人材育成というと、洋上風力機器の設置維持管理に関わる技術者と技能者の育成に目が向きがちであるが、環境との調和をとりつつ発展していくためには、脆弱な環境研究の基礎分野を精力的に拡充する努力も重要である。
3点目は漁業影響の評価である。漁業と洋上風力発電事業の共存共栄を図るためには、漁業影響を科学的かつ定量的に評価し、適切な共生策を実施することが重要である。消費者の公的な徴収金に対する意識は最近大きく変わってきているため、これまで以上に透明性と説明性を重視していかなければ、漁業共生策に関する出捐を維持することは難しい。漁業支援のための出捐がなぜ必要なのか、どこからその資金が出ているのか、金額が妥当なのかについて、きちんと説明していく責任が拠出側と受領側の双方に求められる。漁業影響調査は本来この点を客観的に示すために行われるべきものであり、法定協議会のとりまとめにおいても漁業影響調査が求められている。漁業影響調査を行う上で、最近進展著しいスマート水産業の技術を応用し、その結果をそのまま水産物流通の効率化に役立てることも一策であろう。たとえば、漁船にGPSの位置情報と操業実態をリアルタイムで陸上へ送信する機器を設置し、通常の操業とウインドファーム計画水域を避けて運行操業した場合の記録を取得する。この結果を基に、燃油の増加量や漁獲物の減少、水揚げ市場帰着時間の遅れ等を解析することで、経済的な損失と水産物流など関連産業への影響を見積もることが可能となる[34][35]。定量的な影響評価が行われ、これに見合った対応が担保されれば、漁業者は漁業継続の不安が無くなり、事業者は適切な規模で効果的な漁業振興策が可能となる。同時に、一般消費者の再エネ賦課金に対する無用な誤解も避けることができる。漁船に搭載したデータ送信システムは、調査終了後もそのまま水揚げ市場への漁獲情報伝達システムとして利用することで、入札の効率化や陸送手配の迅速化に資するスマート水産業手段として、継続して活用することが可能となろう。
海洋の生産力が沿岸域と湧昇域に局在することは、海洋学の初歩で学ぶことであり、建設が容易であるとはいえ結果的に広い範囲で生産力の高い沿岸域を独占してしまうようなウィンドファームの建設は過渡的な対応にとどめるべきかもしれない。漁業への影響が小さい海域の選定が重要なことは言うまでもないが、温暖化が進行しても、よい風況が確保されやすい沖合海域での浮体式洋上風力への展開が早急に望まれる。
- [34] 岩田仲弘・大関芳沖 (2022) 洋上風力発電が漁業に及ぼす支障の解消について. 風力エネルギー. 46 (4) : 754–757.
- [35] 岩田仲弘・大関芳沖 (2023) 特許7304515 「評価サーバ、評価システム」.