水産振興ONLINE
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2024年4月

ノルウェーの漁業管理から何を学ぶべきか?
割当制度の利点と課題

阿部 景太(武蔵大学経済学部 准教授)

おわりに

本稿を通じて、ノルウェーの漁業と割当制度について、その成り立ちから現在に至るまでの議論、そして具体的な管理方法までを概観した。ノルウェーの漁業が直面している課題、特に沿岸漁業者が求める社会的目的と大規模漁業や企業を中心とした経済性との対立、また国際共同管理の難しさは、ノルウェー特有の問題ではない。これらは世界中の漁業関係者が直面している普遍的な課題であり、持続可能な漁業を目指す上で避けて通れない。実際に、ITQによる管理が浸透しているニュージーランドやアイスランドでも同様の議論が起こっている。「漁業資源管理の目的とは?」のセクションで議論したように、社会的目的と経済性は補完関係にありながらも、複雑なトレードオフの関係にある。資源を保全しながら、これら二つの目的のバランスを取ることは、管理当局にとって非常に難しい舵取りとなることは想像に難くない。

また、このバランスには政治の影響も少なくない。例えば、「ノルウェーの割当はITQなのか」では2004年に施行された後、2007年に改正があり当初無制限であった割当の有効期限が20年に設定されたと説明した。この背景には、2005年に政権が交代し、保守党を中心とする内閣から労働等を中心とする内閣に変わった直後に、一度は施行されたSQSが一度停止され、より地域コミュニティに寄り添った条項が付け加えられたということがあった。また、2020年に行われたトロールラダーの廃止を含む関連法の改正は、どちらかというと大規模な産業的漁業に有利な改正であった。しかし、2021年にも再度保守党中心の内閣から労働党・中央党の内閣に政権が交代し、本年(2024年)にはトロールラダーの復活を盛り込んだ新たな割当制度の提案が発表された。この議論はノルウェーでもまだ終わっておらず、私たち日本に住む一人ひとりが日本漁業についてどのような未来を選ぶかを考えなければいけないことを示唆している。

本稿で取り上げたノルウェーの例は、日本を含む他国の水産関係者にとっても有益な学びがあると筆者は考えている。2018年の漁業法改正にともなって行われている水産政策改革においても、TAC対象魚種の拡大やIQの導入が盛り込まれているが、想定より進捗が遅れている印象である。これは、具体的にどのような制度設計をすればよいかの議論が一向に深まっていないことが主な原因であると考えられる。ノルウェーをはじめとする他国の割当の配分方法などの具体的な制度の実施方法を、その社会的な背景や実際の帰結とともに理解することで現実的な議論が実現すると考えている。本稿がその一助となれば幸いである。