水産振興ONLINE
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2024年4月

ノルウェーの漁業管理から何を学ぶべきか?
割当制度の利点と課題

阿部 景太(武蔵大学経済学部 准教授)

漁業資源はどのように管理されてきたか?管理制度の概観

そもそも、資源管理の観点からの漁業規制はどのように行うのだろうか。魚を獲る量は、獲るためのインプットを制限するか、獲る量そのものであるアウトプットを制限するかで考えることができる。漁獲を行うためのインプットは、例えば漁船やエンジンの大きさ、シーズンやその長さ、漁具の種類などである。日本の水産白書では、インプットを投入量と技術という二つに区別し、投入量規制(漁船のトン数制限など)、技術的規制(漁具の仕様の制限など)、産出量規制(漁獲可能量の設定など)という3つのカテゴリで資源管理を整理している。

米国ワシントン大学のクリス・アンダーソン教授らは、インプットを努力量規制という一つのカテゴリとして扱い、空間的な規制という別の概念を導入した3つのカテゴリに基づいて資源管理の規制を整理している[2]。空間的な規制は、海洋保護区などの禁漁区の設定や、空間的に区切ったエリアでの漁業を地元のグループに排他的に認める代わりに、自治的な資源管理を任せる漁業領域利用権(Territorial Use Rights in Fisheries, TURFs)などがある。国際的には、日本の沿岸における漁業権漁業は、TURFsの一種だと解釈されている[3]

努力量規制、産出量規制、空間的規制のそれぞれは必ずしも独立ではなく、同時に施行されたり、それぞれの特徴を組み合わせた規制がなされることもある。図2はそれぞれの規制方式の関係について概観したものである。

図2
図2. 一般的な商業漁業の管理方式の関係を示したベン図
(Anderson et al. (2018) のFigure.1を翻訳)

本稿のノルウェー漁業の割当制度については、三点目の漁獲量規制が関連する。これは、漁獲量を直接規制することで、乱獲を防ぎ資源を保全しようというアプローチである。まず、漁業全体での漁獲可能量(Total Allowable Catch, TAC)が設定される。これは、資源推定などに基づいて科学者が提言する漁獲の上限量である生物学的許容漁獲量(Allowable Biological Catch, ABC)に基づいて決定されることが一般的である。

日本でも1997年に主要魚種に導入され、近年の水産政策改革でも対象魚種の拡大が決まったTACであるが、TACだけで資源管理の目的は達成されるだろうか?資源管理のTACが設定され、それが遵守される場合は1つ目の目標である資源の保全の可能性は高まる。総量の規制であるため、例えば成長途中の小型個体ばかりの漁獲などが起こると問題であるが、漁獲の総量が規制されることで資源保全の目的は達成されるかもしれない。

しかし、TACのみでは経済的および社会的目的の達成は難しいことが、理論的にも実証的にもわかっている。TACが設定された場合、シーズンの総漁獲量がTACに至った時点でシーズンが終了し、それ以降の漁獲は禁止される。そのため、漁業者は他より先んじて漁獲を行うインセンティブを持つ。これが漁獲競争となり、漁業者は必要以上に急いだり、過剰に漁獲能力(例:エンジン)に投資することで、資源の大きさと比べて漁業全体の漁獲能力が大きすぎる高コストな産業になってしまい、産業全体としての利益がなくなってしまう。また、シーズンが非常に短くなるといったケースも観察されている。北米のオヒョウ漁業では、1930年代にTACが施行された結果、年間100日以上操業していた漁獲シーズンが1970年代には3日程度でTACを消化してしまうようになった。当然ながら漁獲が集中することによる値崩れや雇用の問題が発生し、資源は持続的になったものの経済面や社会面では成功したとは言えない結果となった。

このオリンピック方式とも呼ばれる漁獲競争を緩和するためには、漁業者間の早い者勝ちという構造をなくす必要がある。キャッチシェアは、漁業者グループや個人にTACの一部を漁獲する前に割当として配分する方法である。予め割当として漁獲量が配分されていれば、先取りで自分の取り分を確保する必要がなくなり、不要な競争がなくなる。TACが設定されていることを前提とし、それを配分するため図2のように入れ子構造になっている。漁業者間に配分する方法としては、理論的にはオークションが提案されることがあるが、現実では過去の漁獲量や漁船の大きさなどで測られる漁獲能力に応じて配分されることが多い。広義のキャッチシェアはグループ別キャッチシェア(狭義のキャッチシェア)と、個人や個別漁船に割当を配分する個別漁獲割当(Individual Fishing Quota, IFQ/IQ)を含む。我が国の水産政策改革で導入が決められたIQは、このような背景で漁獲競争をなくし、経済的利益という資源管理の目的を達成するために導入されるのである。

キャッチシェアの導入によって、コストの減少、価格の上昇、シーズンの長期化といった結果が多くの漁業で確認されている[4][5][6]。TACのみで管理されていたアラスカのベニザケ漁業では、2002年に一部の漁業者が組合を結成し、組合に対してTACの一部が付与されるキャッチシェア制度を採用した結果、純利益が20%以上増加した[7]。ノルウェーの沿岸タラ漁業でも、1990年にIQ制に移行した結果、利益が増加しその多くは操業日の減少によるコストの減少であると報告されている。

譲渡可能個別漁獲割当(Individural Transferable Quota, ITQ)による管理は、上述のIQを漁業者間で取引可能とする管理方法である。取引可能にする理由は、より効率的に漁獲する漁業者が他の漁業者から漁獲割当を購入することで、漁業全体として同じ量のTACをより効率的に(低コストで)漁獲することで経済効率性を向上させるものである。また、リースによる一時的な貸借もITQに含まれる。個人の事情や自然条件などで使い切られていない個人の割当を別の個人が使用できるようにすることで、漁獲枠を効率よく使用することも可能となる。

ITQのもう一つの目的は、漁業の漁獲キャパシティを減少させることにある。オープンアクセスの漁業では資源の大きさに対して漁業者が多すぎる状態になるケースがある。これを減少させていくためには、割当の譲渡を認めることで、売手と買手の両者が納得して割当を取引し、結果として売手が対価を受け取るかわりに漁業を去ることで、漁業全体の漁獲キャパシティが低下する。

ITQはニュージーランド、アイスランド、オーストラリア、カナダ、アメリカ合衆国などの漁業で導入されているが、「完全な」ITQが施行されている国はほとんどなく、割当の取引に何らかの制限が掛けられているのが一般的である。制限の種類として、追加的に取得できる割当の上限の設定や、有効期限の設定、割当を取引できるグループの細分化などが挙げられる。これらの制限が設定されている理由は、割当が一部の漁業者や企業に集中し、また地理的な分布も偏ることで、漁業に依存するコミュニティにおける雇用や経済活動の喪失など社会的な影響が大きくなる可能性があるからである。

割当による漁業管理における経済性と社会的目的のトレードオフは、生態系を考慮した管理や違法漁業の管理と並んで、世界において最先端で議論されている漁業管理の課題である。経済的に成功していると評価されているノルウェー漁業であるが、日本漁業が注目すべき点は、この経済性と社会的目的のバランスにある。以下では、ノルウェー漁業の概要と背景、現在の割当制度を解説する。

  • [2] C.M. Anderson, M.J. Krigbaum, M.C. Arostegui, M.L. Feddern, J.Z. Koehn, P.T. Kuriyama, C. Morrisett, C.I. Allen Akselrud, M.J. Davis, C. Fiamengo, A. Fuller, Q. Lee, K.N. McElroy, M. Pons, J. Sanders, How commercial fishing effort is managed, Fish Fish . (2018) 1–18.
  • [3] J.E. Wilen, J. Cancino, H. Uchida, The economics of territorial use rights fisheries, or TURFs, (2020). https://www.journals.uchicago.edu/doi/full/10.1093/reep/res012.
  • [4] A.M. Birkenbach, D.J. Kaczan, M.D. Smith, Catch shares slow the race to fish, Nature. 544 (2017). https://doi.org/10.1038/nature21728.
  • [5] A.M. Birkenbach, D.J. Kaczan, M.D. Smith, G. Ardini, D.S. Holland, M.-Y. Lee, D. Lipton, M.D. Travis, Do Catch Shares Increase Prices? Evidence from US Fisheries, Mar. Resour. Econ. 38 (2023) 203–228.
  • [6] F. Diekert, T. Schweder, Disentangling Effects of Policy Reform and Environmental Changes in the Norwegian Coastal Fishery for Cod, Land Econ. 93 (2017) 689–709.
  • [7] R.T. Deacon, D.P. Parker, C.C. Costello, Reforming Fisheries: Lessons from a Self-Selected Cooperative, Journal of Law and Economics. 56 (2013) 83–125.