水産振興ONLINE
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2023年8月

処理水の海洋放出を漁業者は認めない

濱田 武士(北海学園大学経済学部教授)

○ カウントダウンが始まった

さて、多くの人がTVなどの映像で見て知っていると思うが、福島第一原発の敷地内にはALPS処理水が溜められているタンクが乱立している。東日本大震災の際に事故によりメルトダウンを起こした原子炉建屋内には地下水が入り込み、それが燃料デブリに触れて汚染水となっている。その汚染水はかつて毎日400㌧以上発生していたが、現在は100㌧以下に抑え込まれている。その汚染水にはさまざまな放射性物質が高い濃度で溶け込んでいて大変危険な状態である。それをALPSで浄化処理すると、トリチウムを除く核種のほとんどが取り除かれた状態になる。以前この状態の水はトリチウム水と呼ばれていたが、トリチウム以外の核種が完全に取り除かれたわけではないのでALPS処理水と呼ばれるようになった。トリチウム濃度が高いゆえに、このままでは処分できない。溜め続けるとしたら、原子炉建屋の中にある燃料デブリが取り出されるまで貯蔵用のタンクを増やし続けなければならない。しかも、そのALPS処理水の貯蔵量が2023年5月18日時点で133万立方メートルに達しており、建設されているタンクの空き容量はあと3%しかないという。タンクに空き容量がないという点からすれば、たしかに状況は逼迫している。

政府は、タンクを新たに敷設する場所がなくなるとして、ALPS処理水の海洋放出方針を2021年4月13日の関係閣僚会議で決定した。そして、2023年の春頃に海洋放出を実行するとして国際原子力機関(以下、IAEA)の検査などの手続きを進めてきたものの、放水施設の工事が遅れて実施時期はこの夏頃ということになった。

地下トンネルを通じた放水施設の設置工事は6月26日に完成し、6月28日から30日の間に原子力規制委員会による使用前の性能検査が行われた。そしてALPS処理水の海洋放出を検証してきたIAEAが7月4日に「海洋放出は国際的な安全基準に合致する」「人や環境への放射線の影響は無視できる」との包括報告書を公表し、同日IAEAのグロッシ事務局長が岸田文雄首相と官邸で面会し報告書を提出した。さらに7月7日、原子力規制委員会が海洋放出する設備の性能に問題はないとして検査終了証を東京電力に交付した。

政府は以上を踏まえて国内外に理解を求めるための説明を繰り返すと共に具体的な放出時期を判断する方針とした。

以上のプロセスの中で、国内外に波紋が広がっている。漁業界は冒頭のように反対の姿勢を崩さず、地元福島では夏場は海水浴シーズンだけに観光関係者も風評被害が発生し、観光客の入込数に影響すると強い懸念を示し、韓国では野党の反発があって国会が空転し、中国政府は日本からの食品輸入規制拡大を示唆するなど厳しいメッセージを送り、中国税関当局が日本からの輸入海産物に対する放射能検査を始めたとされているi。これに対して日本政府は協議の場を提案しているようであるが、現時点では受け入れられていないii。香港政府も禁輸措置の拡大を辞さないとし、海洋放出が行われたら10都県(宮城、福島、茨城、栃木、群馬、埼玉、千葉、東京、新潟、長野)からの水産物輸入を禁止するとしているiii

海洋放出が実施されたあと、このインパクトがどれだけ広がるか、全く想像がつかない。もしかしたら、政府の努力によりALPS処理水が安全だという前提が広がり、水産物流通や地域経済への影響は極僅かな状況になるかもしれないし、インパクトが想定以上に大きく、新たな処分方法が見つかるまで敷地を確保して貯蔵を続けた方が得策だったということになるかもしれない。

それはともあれ、政府が東京電力に海洋放出を強行させるというのならば、政府にはそれなりの覚悟と、漁業者が納得する理由(なぜ海洋放出か、なぜ今か)を示さなくてはならない。政府はこれまで漁業者に対して「ALPS処理水は安全である」「国民・国際社会に理解が得られるよう説明を尽くす」「風評影響を最大限抑止する対策をする」「被害が出た場合の対策」「将来に向けた課題」など万全の対策をとるとし、経済産業省では風評影響の対策基金として300億円(令和3年度補正予算)と、将来に向けた課題の対策基金として500億円(令和4年度補正予算)を積み上げた。しかし、漁業者は反対の意向を崩さない。うがった見方をすれば、条件闘争しているようにも見えるかもしれないが、政府サイドに漁業者を頷かせるだけの準備ができておらず、そのための現状認識が不足している。

  • i 「中国、日本の海産物を全面検査 処理水放出巡り圧力」『47news』(2023/7/19, https://www.47news.jp/9605344.html)
  • ii 「処理水放出へ日本提案 専門家協議 中国応じず」『北海道新聞』(2023/7/20)
  • iii 「香港の水産物輸入禁止計画、規制対象地以外の水産物は、東京・豊洲市場など経由でも規制対象外」『ビジネス短信(JETRO)』(2023/7/20,URL:https://www.jetro.go.jp/biznews/2023/07/cf66b22854ed793e.html)