水産振興ONLINE
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2023年8月

処理水の海洋放出を漁業者は認めない

濱田 武士(北海学園大学経済学部教授)

○ ALPS処理水の海洋放出が東電の「考え」から国の「考え」に

ALPS処理水の海洋放出案は、福島第一原発にALPSが導入されるタイミングで浮上した。東京電力が海洋放出の「考え」があることを原子力規制委員会で発言したのであった。2013年1月のことである。それに対して全漁連が東京電力に対して即座に抗議した。

この抗議には次の経緯がある。東日本大震災の翌日(2011年3月12日)、原発事故が発生。それから約3週間後、東京電力は津波によって施設内に貯まった放射性廃液(事故で飛散した放射性物質が含まれるが低濃度な汚染水)を海に放出した。貯留施設を確保するための危機回避的な実施であり制度上でも適正な手続きに従った行為であったものの、漁業者への事前連絡を怠っていた。このとき原発の2号機ピットからは燃料デブリに触れた高濃度汚染水が漏洩し、それが拡散して海洋汚染が決定的になっていた。低濃度汚染水の無断放水と海洋汚染の因果関係は弱いものの、漁業者からすれば受け入れられない状況であった。そして、全漁連の抗議により漁業者の理解なしに如何なるものも海に放出しないという約束が結ばれた。

こうした約束があったにもかかわらず、ALPS処理水の海洋放出の構想(東京電力の「考え」)が漁業者に相談する前に出されたのであった。ALPS処理水の海洋放出に対する漁業者の強い警戒感は2013年時からあり、その後、漁業者としてはこの構想を封じ込める方向で振る舞うことになり、東京電力に対しては交渉すら受け付けないことになった。それを受けて、国が判断することになり、後述のとおりALPS処理水の海洋放出の方針が政治決定されるに至った。2021年4月13日に菅義偉政権下の「第5回 廃炉・汚染水・処理水対策関係閣僚等会議」の席であった。そして国のイニシアチブのもとで今ALPS処理水の海洋放出が実現しようとしている。