水産振興ONLINE
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2023年7月

漁業者の収入を守る
-分かりやすい漁業共済・積立ぷらす-

小野 征一郎(東京水産大学名誉教授)

第4章 水産財政分析

一般に経済政策は財政を通じて機能する。それは水産業においても例外ではない。漁業共済制度と水産財政との関係を段階別に示せば次のとおりとなる。すなわち漁業者(加入者)は地元の共済組合に共済掛金を支出—元受—し、共済組合は漁済連に再共済する。漁済連は国(特別会計)と保険契約を結び、収支を決済する。漁業共済制度の結節点にたつ漁済連は2018年度から赤字経営=損失金(マイナス5億円)1)を計上している。

Tab Ⅳ-1に新漁業共済制度発足(2011年度)以来2021年度にいたる、漁済連の事業部門と管理部門の両者をあわせた総合部門計の、収益・費用・差引(損益)について隔年のデータを掲げた。

Tab Ⅳー1 漁済連・損益 ー2011〜21年ー (百万円)
Tab Ⅳー1
出所:漁済連「事業報告書」各年次

「水産庁始まって以来の大型事業」2)としてスタートした経営安定対策は共済加入拡大効果と相まって、2017年度まで事業部門の差引(損益)が順調に伸び、出資金・法定準備金、資本計も累増した3)。しかし2019年度と2021年度にはそれぞれ14億円、0.47億円の赤字に転落する。ことに事業部門別では漁獲共済のマイナスが大きく-以下、計数を省略-、21年度の差引損益はマイナス23億円に及ぶ。漁済連は漁業共済による支払共済金と漁業共済に上乗せした積立ぷらすの払戻金を負担するが、Tab Ⅳ-2に両者を示した。

Tab Ⅳー2 漁業共済⽀払共済⾦・積⽴ぷらす払戻⾦―2019年度―
Tab Ⅳー2
単位:百万円
出所:漁済連『漁業共済の現況』令和元・2年度

その漁業種類別・総計は金額順に漁獲共済の、サケ定置→大型定置→まき網→小型合併が並び、特定養殖共済のホタテ貝等→ノリ類が加わる。養殖共済・漁業施設共済は小額である。

Tab Ⅳー1 漁済連・損益 ー2011〜21年ー (百万円)
Tab Ⅳー3
注1)数字、abc等は、⽔産庁令和2年12⽉「令和3年度⽔産予算概算決定の概要」の
   「令和3年度⽔産関係予算の主要事項」に依拠する。
注2)a〜mは適宜内容を整理した。
注3)単位:億円

再びTab Ⅳ-1—差引損益—に戻り2017~21年度の赤字の大要を見ると4)、19年度と21年度は漁獲共済の事業部門の赤字がそれぞれ35億円、23億円に拡大し、養殖2部門の黒字(合計15億円、17億円)では補えない。Tab Ⅳ-3では2021年度水産予算を繙き、漁業共済—積立ぷらす―の損益・赤字の淵源を探りたい。

水産庁は毎年、「水産関係予算の主要事項の概要」として予算内容を大分野に配列し、概算決定の大要を公表する。水産予算の主要事項は、1~5、①~⑥(ア’・イ’)に記述された内容と同じであり、a~k、mは予算内容に即して作成した。

漁業生産量=モノが1,000万トンを割った1990年代以降、日本漁業は長期的後退期にある。ヒト=担い手(経営体数・就業者数)では、沿岸漁業の規模・比率の減少が、中小漁業(10トン以上1,000トン未満漁船)・大規模漁業(1,000トン以上漁船)・内水面漁業にくらべ最大である。就業者では、高齢化(65歳以上)が著しい。漁船数も以前とくらべ、20トン以上漁船(沖合遠洋)は1/5~1/6に、10トン未満船は約60%に、10~19トン船が約25%、に減少している。供給=モノ・ヒト・漁船に対して、需要は21世紀に入り停滞的であり、水産物自給率は50~55%の中間にある5)

新漁業法の直面する2021年度水産予算3,065億円(20年度補正予算を含む)を漁業共済―積立ぷらす―に焦点をしぼって整理しよう6)。「水産政策改革」の目標である成長産業化には、Ⅰ.漁業経営安定対策事業(a)が下支え機能を果たすが、それには漁業収入安定対策事業941億円(当初137億円、予備費277億円、1次補正102億円、2次補正425億円)が計上された。漁業経営安定対策小計1,107億は水産予算の36.1%をしめる。Ⅱ.もう一つの目標である「水産資源の適切な管理」には、資源調査・評価(c1①ア、イ)と数量管理、自主管理(b①ウ)をあわせ、新たな資源・漁業管理を実施する。

資源管理に取り組み収入の減少した漁業者に対しては、漁業者積立金1対国費3により漁済連を通じて補填する。また保険形式の共済掛金には、30%(平均)程度の上乗せ補助を漁済連を通じて行う。収入安定対策運営費補助を含め、漁済連が漁業収入安定対策の担い手となって、1②として「うち漁業収入安定事業」計625億を計上するのである。

直接支払交付金制度(ゲタ)と収入減少影響緩和(ナラシ)からなる農業所得安定対策に対比して、漁業経営安定対策は直接に漁業経営を対象としない。あくまで共済=保険の上積み補償であり、積立ぷらすは資源管理計画と結びついた基金積立であって、所得補償制度ではない。

Ⅰの中核はいうまでもなく、漁業収入安定対策(積立ぷらす)と漁業経営セーフティネット構築事業である。前者の家族自営業における高加入率、保険収支の高さ、漁業者の受取超過という特徴については前述したとおりである。小型合併の1人あたり金額(2019年度4タイプ合計・Tab Ⅲ-2)は586万円である。後者は漁済連とは別組織である(一社)漁業経営安定化推進協会が実施し、2019年以降の補填状況は、燃油・配合飼料価格が補填基準価格をこえることはなかった7)

最後にこれまで留保してきた、成長産業化の中心命題である漁業構造改革対策(d)に論及する。それは省エネ船型・省力型機器の改革型高性能漁船、および居住性・安全性・作業性の高い労働環境改善型漁船を計画的・効率的に導入する。養殖業においては、耐波浪性大型施設、省力・省人型給餌施設による先端的養殖モデルに重点をおく。2020年の大臣許可漁業の許可船を見れば、船齢20~29年が29.6%、30年以上が30.3%に達する8)

日本の2019年海面漁業・養殖業生産量は420万トンに減少したが(前年比95%)、漁業資源減少・生産能力後退にその要因が求められよう。代船建造が焦眉の急であることは明白であるが、漁船を何隻、いかなるタイミングで建造するかは至難というほかない。

それには償却前利益の確保できる高収益性体制が必須である。資源評価、資源・漁業管理(b・c)により長期的な資源回復を達成し、漁業経営安定対策(a)が下支えすることにより償却前利益=短期的収益を実現する。すなわち、(a)が資源評価、資源・漁業管理(b・c)と収益性(d・e・g)を果たすことが水産財政に期待されるのである9)

  • 1) 小野 征一郎(2021)漁業経営安定対策の検討(1)—漁業共済制度、とくに水産財政政策に着目して―。
  • 2) 木島 利通(2011)「我が国の資源管理のあり方—資源管理・漁業所得補償対策実施によせて」、『水産振興』520号(2011)p.21。
  • 3) 漁済連「事業報告書」当該年度。
  • 4) 2017年度の損益(計)は些少(3.5億円)の黒字であるが、漁獲共済は11億円の赤字である。
  • 5) 藤島 廣二(2021)「水産物の生産システム」pp.63~74、藤島 廣二・伊藤雅之編(2021)『フードシステム』筑摩書房。
  • 6) 2022・23年度の水産予算の大筋に触れておく。2022年度総額は補正予算を含め3,201億円(非公共・2,067億円、公共1,134億円)、主要事項は、1.漁業経営安定対策と資源管理システム(1,107億円)、うち漁業経営安定対策1,099億円)、2.水産業の成長産業化(600億円+内数77億円)、3.加工・流通構造の確立と水産物の需要喚起(30億円+内数264億円)、4.水産基盤整備、漁港機能再編・集約化(1,112億円+内数784億円)、5.外国漁船対策ほか(307億円)、6.東日本大震災からの復興(57億円、復興庁計上)である。漁業経営安定対策に概算額の31.2%・612億円が、漁業収入安定対策事業-積立ぷらす-となる。
     23年度水産予算概算要求額2,604億円は、1.水産資源管理(944億円、うち漁業経営安定対策642億円)、2.水産業の成長産業化(240億円)、3.漁村活性化(106億円)、4.水産基盤整備、漁港機能再編・集約化(875億円+内数963億円)、5.東日本大震災からの復興(63億円、復興庁計上)、が主要事項である。
     漁業経営安定対策には概算額の24.6%・313億円が、漁業収入安定対策事業である。積立ぷらすには漁業団体の要望が強いが、水産予算の基軸をしめることは言うまでもない〔水産経済新聞2022.8.25・9.1、「令和5年度水産関係予算概算要求の概要」
    pp.80~95、『海洋水産エンジニアリング』166号(2022)〕。
  • 7) 農林水産省(2021)pp.86~87。
  • 8) 農林水産省(2021)pp.85~86。
  • 9) ③=2011年度の新制度期から現在(2023年度)にいたる水産財政の検討・分析は、「水産財政覚書-2011~2013-」の別稿を用意している。