水産振興ONLINE
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2023年5月

海洋水産技術協議会ワークショップ
「ブルーカーボンとカーボンクレジット-課題と展望」

3. 桑江氏講演

○司会:それでは続きまして、ジャパンブルーエコノミー技術研究組合理事長の桑江朝比呂先生からお話を頂きたいと思います。

桑江先生は、京都大学の大学院を修了された後、国交省所管の港湾空港技術研究所で沿岸生態系や環境工学、また気候変動への対応などを中心に長らくお仕事をされ、その中でブルーカーボンの問題についても早くから取り組んでおられます。2020年には国土交通大臣の認可によりジャパンブルーエコノミー技術研究組合を設立され、自ら理事長としてブルーカーボンの普及と、クレジット化を引っ張っておられます。基礎基盤的な研究などでは今お話しいただきました堀先生とも共同でお仕事をされておられまして、堀先生とともに国際的にも非常にご活躍の先生でございます。今日は「ブルーカーボン:カーボンオフセットにおける役割と貢献」ということでお話しいただきます。

それでは、桑江先生、よろしくお願いいたします。

○桑江氏:皆様、こんにちは。ただいまご紹介いただきましたジャパンブルーエコノミー技術研究組合、そして港湾空港技術研究所の桑江と申します。

まず初めに、第1回の海洋水産技術協議会のワークショップにお呼びいただきまして、長谷代表をはじめとした皆様に本当にお礼申し上げます。大変光栄です。

私は、本業であります港湾空港技術研究所は完全に土木の世界なのですが、実は学生時代には水産も学んだことがあります。本日は、日頃クレジット関係で思っていることをなるべくざっくばらんに話させていただければと思います。

クレジットの話なのでいきなりお金の話からさせていただきます。2100年の世界がどうなるかという話です。気候変動の問題は単なる流行ではなくて、本当に私たちの社会経済に大きな影響を及ぼしかねないリスクがあります。例えばホッキョクグマのすむ場所がなくなるとかサンゴ礁が二度と戻らないなど生物の生息地や生態系のティッピングポイントの問題はもちろんあるのですけれども、社会経済への損失額もやはり甚大なものになります。このまま何も対策をしないと、2019年度の予測では、GDP比5%以上、一番うまく1.5℃目標ペースで達成したとしてもGDP比1%程度の被害損失は免れないという予測になっています(図35)。もちろん将来を予測するのは非常に難しいので、さまざまな経済社会シナリオを想定して、この図のようにいろいろなシミュレーションをするわけですけれども、どれを見てもある程度の損失が予測されます。日本の場合はGDPが500兆ぐらいだとすると、うまくいっても5兆ぐらいの被害損失、最悪だと20兆、30兆ぐらいの被害が今世紀末には毎年出てしまうということになります。そこで、私たちが頑張って対策をすれば、この差分である4%ぐらいを何とかできるかもしれないということです。日本に置き換えると、4%は年間20兆とかそのレベルです。最近政府が向こう10年で150兆のGX投資をするという報道がなされていますが、こういったことを考えると、あながち悪くない規模感にはなります。そのぐらい年間10兆とかの規模で気候変動対策への投資をしても、将来はそれを上回る被害損失があるから、できるだけ早く大きな投資あるいは対策をしたほうがいいということになります。もちろん投資した分だけ排出削減あるいは吸収・除去が行われることが前提ですけれども、そのぐらい経済損失は大きいということをまずご承知いただきたいと思います。

図35
図35

これまで国内外の気候変動対策の目標は何年比何%削減という削減目標しかありませんでした。これが2020年10月に菅元首相が2050年カーボンニュートラルと言ったことで大きく国内外の目標が変わり、残余排出の問題が非常に大きくなってきました。皆さん、2050年に排出削減がどの程度達成されると予測されているかご存じでしょうか。約70~90%と言われているわけです。ですから、どんなに頑張っても2050年の世界は約10~30%の残余排出が出てしまうという予測になります。業種では運輸や農業分野で特に多く、例えば飛行機の航空燃料が2050年までにバッテリーのみに転換するのは難しいなど、必ずそういった制約があってなかなか残余排出が消せない。

一方、私たちは2050年ゼロという誓いを立てたわけですから、ゼロにするためにはこの残余排出10%、20%を吸収・除去技術で打ち消さなければいけないということになります。現在、日本は年間11.5億トンぐらいCO2を排出していますので、それを最高のシナリオで90%削減できたとしても残余排出は年間1億トン以上あります。従って、2050年には最低でも1億トンぐらいの吸収・除去技術で毎年大気中のCO2を減らさなければならない、という課題があります。

ここで吸収・除去技術についてお話ししますが、捕捉と貯留の2つが同時に満たされて初めて吸収・除去が起きます。まずキャプチャー(捕捉)で、大気中のCO2を何かしらの方法で捕まえることが必要になります。森林やブルーカーボンでは光合成によって大気中のCO2を捕まえることになります。その技術はアミン等の化学物質で吸着させてもよいし、物理的に温度差で取り出してもよいし、膜処理で分離してもよい。物理、化学、生物、どのような方法でも構わないわけです。これが第1段階です。

次に、さらに大事な貯留の問題になります。一度キャプチャーしても貯留ができなければすぐ大気に戻るわけです。ですから、いかに長期間安定的に貯留できるかが吸収・除去技術のコアの部分です。このネガティブエミッション技術あるいは吸収・除去技術がほかの分野も含めて100年ぐらい貯留・除去ができることをUNFCCC(国連気候変動枠組条約)など国際的なルールにおいては前提としています。

例えば今から100年後の2120年あたりだと世界人口のピークが過ぎて減少に入りますから、人間由来の排出がその頃には減っていくだろう。また、これからデカップリングが始まっていくので、人口の増加あるいはGDPの増加ともに排出が増えていかなくなる。ただ、2050年ではまだ革新的な吸収・除去技術が確立しないだろうから、やはり100年以上の貯留があると大気中のCO2を本気で減らせるだろうという認識になります。

こういうことを考えると、ブルーカーボンというのは、先ほど堀さんから詳細なご説明があったので私は簡単に述べさせていただきますけれども、堆積物中、深海、それから水中の難分解性有機物という3つの炭素プールに数百年か数千年のオーダーで安定的に貯留できることが一番の強みとなるわけです。森林では山火事が起きたり、あるいは樹木は老齢化すると成長が止まり追加的な吸収・貯留ができなくなりますから、森林では100年はなかなかもたないのです。農水省は最近、J-クレジットなどにおいてバイオ炭など吸収・除去技術を盛んに進めていますが、そういった自然システムの中でもこのブルーカーボンはかなり処理能力が高い1つだろうと考えています。この自然を使うシステム以外にも、直接大気中のCO2を捕まえるDACCSと呼ばれるような技術、あるいはバイオマスエネルギーを取り出した後に排出されるCO2を地中へ送り込むBECCS、こういったハイブリッドの技術やネガティブエミッション技術、吸収・除去技術がございます。しかし、これらを社会実装する場合、この図の上に並んでいるさまざまな制約条件がそれぞれ出てくるわけです(図36)。端的な例はコストです。費用がかかり過ぎたらなかなか技術の導入が進まないといったもの、あるいはそれを実装する場所が無い(土地利用)、エネルギーあるいは水の消費量が多いなどの制約です。赤い丸印がついているのは「基本的に不適合」と評価されているものです。2018年のレポートの評価ですと、ブルーカーボン(湿地・沿岸域の再生)と風化促進の2つが赤印がついていない技術なので、こういった技術の中でもブルーカーボンは比較的、社会実装しやすい分野であろうと考えられます。先ほどの堀さんのお話にあった2030~2050年の海洋での緩和技術の中ではブルーカーボンや食料タンパク生産の水産業へのシフトが今後の7年、2030年までの間ではかなり有力になります。

図36
図36

私の研究所では山口県の平郡島で実際に海藻がどのぐらいのCO2を吸収しているのか実測中です(図37)。

図37
図37

また、堀さんと共著で書いた論文ですが、ブルーカーボンのさまざまなプロセスを全部定量化していくと、藻場のない場所に比べて藻場がある場所のほうが大気中のCO2を多く吸収し、その一部が難分解性の溶存炭素として沖で貯留されるといったフローがこの図のとおり描けます(図38)。こうした数々の知見がこの5年ほどで蓄積されたことによって、大型海藻がCO2吸収技術に有効であることが明らかとなったわけです。このような研究は今後もますます増えていくと思います。

図38
図38

こちらのグラフは、日本における吸収源別のCO2吸収量の現在と2030年とを比較したものです(図39)。現在といっても2010年代のデータですが、最も多い森林が2030年にはほぼ半減してしまいます。これは、先ほども述べましたが、森林が老齢化してCO2の吸収能力が落ちてしまうということです。炭素貯蔵庫を木質バイオマスに依存する森林吸収ではこういう結果にならざるを得ないということです。一方、ブルーカーボン、浅い海での生態系の吸収量は増えるという予測をしています。その理由として、当時は藻場・干潟ビジョンに則った藻場・干潟の再生が進んでいることなどの要因で算定したのです。しかし、現在は磯焼けの問題で藻場が減っているという側面がありますので、2030年目標は厳しいかなという感じですけれども、希望は捨てていません。また、このグラフで見ていただきたいのは縦軸の吸収量です。現在、自然システムで吸収できているのが年間5,000万トンです。先ほど残余排出が最低でも1億トンと述べましたけれども、現状でももう全然足らないのです。これを打ち消すことがもうできないのです。ですから、何としてでも自然システムを減らさない、あるいはこれより増やさなければならないですし、先ほどお見せしたようなBECCS、DACCSといった将来期待される技術もフル活用しないと1億トンのレベルには届かないということです。逆に言うと、自然システムは現状でこのぐらい吸収しているのですが、やはり当面はこれに頼るということになると思います。そうしたときに、浅海生態系で見積もっている年間130万トンレベルのCO2吸収量はできることなら1,000万トンとか5,000万トンまで大幅に増やしたいわけです。そのためには、このグラフでは計上していない海藻養殖に大きく頼ることになると個人的には考えています。

図39
図39

この円グラフは、先ほどの浅海生態系の現在の吸収量132万トンの内訳を示したものです(図40)。海藻藻場が54%、海草藻場が23%で合わせて4分の3を占め、残りはマングローブ、湿地・干潟ということになります。これら全てを合わせて130万トンレベルですが、先ほど述べたとおり古い統計データを使っていますので、最新値を年度末に公表できるよう現在、作業を進めているところです。ともあれ、自然海岸の生態系だけだと、1,000万とか5,000万トンにとても届かないので、何とか海藻養殖による吸収拡大を今後2030~2050年の間に頑張って実現していくことが必要だと思っています。

図40
図40

さて、ブルーカーボン生態系のうち従来、特に着目されてきたのはマングローブ、塩性湿地、海草藻場の3つで、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)のガイドラインでもデフォルト値をもって明示されている生態系です。これらは単位面積当たりの吸収速度が高いという評価があります。一方、地球全体における各沿岸生態系の年間吸収量を計算しますと、前出の3つの生態系よりも海藻藻場が、地球全体ではおそらく一番吸収するだろうという予測がなされております(図41)。例えば、マングローブは単位面積当たりではかなり吸収・貯留しますが、生息地が熱帯・亜熱帯に限定され、地球全体で見るとそんなに多くならない。一方で海藻は、暖海性から冷水性まで数多くの種があるため分布域がとても広く、総体として吸収量が多くなるのが強みだと思います。しかも、堀さんからもご説明がありましたが、海藻は枯死した後も海底などに沈み長期間貯留するということも分かってきましたので、現在、世界の研究者はがぜん海藻に着目し始め、研究や技術開発もかなりシフトしてきている印象を持っています。

図41
図41

この表は、2021年に経産省が作成した、カーボンゼロあるいはカーボンマイナスを目指す国内企業のリストです(図42)。この時点で200社以上あり、特に緑字で示した企業では2040年までの目標達成を目指すということです。

図42
図42

ただ、冒頭で申し上げたとおり、ゼロを目指すということは、最終的に残余排出を打ち消すこととかなり等しいことになりますから、これがいかに大変な目標を掲げてしまっているのかということです。例えば、マイクロソフトでは2030年までにカーボンネガティブを達成する目標を掲げ、吸収源として広大な森林を保全する巨大プロジェクトを進めています。見方を変えれば、目標達成のために今後、世界中で吸収源の争奪戦、囲い込みが起きてくるということも容易に予測されます。

日本の現状を見ますと、アマモ場の造成など海辺の環境保全活動はほとんどがボランティアベースで、市民団体、漁業者、NPOなどの方々に支えられています(図43)。港湾整備などハードの構造物を造ることに対しては国の予算がつきますが、港湾を造った結果、そこに藻場が作れるような静穏海域ができたとしても、例えばそこにアマモの種を買って植えるとか苗を移植するというような活動に対しては港湾の予算が出せないという縦割り行政の限界があるわけです。したがって、こうしたボランティアベースでの小規模活動に依拠したままでは、先ほどの2050年の10倍、50倍の計画には全然届かないということで、やはり新しい仕組みはどうしても必要だし、意欲的な活動主体に対しては十分な資金還流や、企業などの支援、参画が必要だろうと考えています。

図43
図43

また、藻場・干潟の整備はこれまで公共の予算でやっていましたけれども、やはり政府はマクロ経済からいっても一方的に赤字でして、お金はやはり民間企業と家計の2つの財布に入っていっていますから、そこからうまく資金が還流するシステムはどうしても必要だろうと、15年、20年ぐらい前からそういうことを踏まえて考えていました。

大規模に社会実装するときに「ヒト・モノ・カネ・シクミ」を全部そろえなければいけないというところの中で、ブルーカーボンの社会実装を本気でやろうとすると、資金の部分と仕組みの部分が足りなかったというところでございます。こういった経緯があってJBEを設立させていただいたということになります。

例えば地元の環境活動団体ですと、地元の活動を知ってもらって賛同を得て活動資金も得られるような仕組みが望まれていますし、今は民間企業ですと、例えば気候変動に対する取り組みなどは、プライム市場では開示が義務化されているように、非財務の情報が自社の存続とか株価とか投資家の判断・評価に大きな影響を及ぼすという時代になって、自社の取り組みをどう定量化して、それをいかに認証を受けて自社のサステナビリティ報告書とか統合報告書に書けるかといったようなところが切実な課題になってきています。

また一般市民からすると、CO2問題の根幹はCO2が見えないところだと思っています。海ゴミや海洋プラスチックが環境問題としてかなり前からクローズアップされ、対策が進んできた理由はゴミが目に見えるからだと思っています。CO2は、どれだけ排出しているかとか、藻場を作ってどれだけ吸収しているかなどは見えませんが、もしもそれらを可視化するサングラスがあったならば、CO2をどんどん排出している企業さんは恥ずかしい思いをしますから自社でどんどん対策を進めるでしょうし、あるいは吸収源をたくさん作っている地元の海で活動されている方々にとったら、めちゃくちゃ吸収するのが見えたら、それはすごく誇らしく思うでしょう。やはりそういった見える化というのは将来の行動変容のキーになるのではないかと思います。いずれにしても、われわれJBEでは多くの専門家や実務家の方々とともに、科学的な根拠や数値、経済価値に基づく具体的なソリューションで社会的ニーズに応えていきたいと思います(図44)。

図44
図44

古従来の環境への取り組みは定性的、イメージ先行型で進んできましたが、それだと投資を呼び込むのが困難です。こういうことをしたらどのぐらいの定量的な効果があって、それがどのぐらいの経済価値を持って、自社にとってどのぐらい次なる投資に回せるか、こういったところまできちんと説明できないとなかなか資金が還流しません。そうした視点については生態学や生物学の研究者はこれまで避けていたようです。環境の価値とか生物の価値とか生態系の価値というところにあえて踏み込まざるを得ない。嫌われてもしようがないという感じでやっているところがあります。

そうした中で、うまくいく仕組みの1つかなと期待しているのがカーボンクレジットです(図45)。私自身は貿易に近いところがあるかなと思っていまして、例えば吸収源をうまく作り出すことができるNPO、漁業者、市民団体などがいて炭素クレジットは作れるけれども、活動資金や人材が十分ではない状況がある一方、排出をする企業があり、そこはゼロエミッションしなければいけないけれども、自社で直接吸収・除去できない。そうしたときに、双方で炭素クレジットと資金・人材を交換してお互いの目標にいかに早く到達できるか、そういった加速化をする装置の1つがこういった取引、クレジット制度だと私は認識しておりまして、現在はJBEが試行的に運営事務局を担っているということになります。

図45
図45

具体的には、「Jブルークレジット」という仕組みを作って今いろいろなことをテストしている段階で、その手引書的なものをホームページで公開しており、かなりの頻度でアップデートをしています(図46)。というのは、クレジットをめぐる世界は非常に進み方が速くて、つい先ごろまで正しいと言われたことが現在は正しくないみたいな、そういった変化に非常に左右されてしまいます。そうなると、一度定めたルールやガイドラインも長年更新していないと、時代遅れで全然使い物にならなくなるだろうという印象を持っています。そのため、日々最新の情報を反映しながら必要に応じてこういった手引書などもアップデートしていかなければならないと考えています。そうした更新情報の1つが先ほど堀さんからお話のあった吸収係数などで、新たな研究知見などが次々と出てきますので、出てきたらすぐに手引書に反映するなど、臨機応変でアジャイルな対応をしていこうと思います。

図46
図46

CO2の吸収量とか算定方法については、堀さんからご説明がありましたように、IPCCのガイドラインなどで国際的なルールはある程度決まっているので、それに準じています。ただ、クレジットの世界には独自の国際的な原則とかルールがありまして、この表にあるTSVCM(自主的炭素市場の拡大に関するタスクフォース)のコアカーボン原則を手本としてボランタリークレジットやコンプライアンスクレジットは作られているということがございます(図47)。

図47
図47

Jブルークレジットのガイドラインもこの原則に沿っているのですけれども、ややこしいのが表中に赤枠で囲んだ「追加性」と「ベースライン」というクレジットにまつわる独特のルールなのです。対象となるプロジェクトの場所は、天然の海(岩礁や海岸)、人工構造物、養殖施設と、どれでもオーケーです(図48)。

図48
図48

問題は、このシートに記した2つ目と3つ目の項目です(図49)。場所はどこでもよいのですが、Jブルークレジットはボランタリークレジットなので、まずは自主的な活動をしてくださいということになります。これは請負とか義務的あるいは規制によってやらされているような仕事ではクレジットが出ないということになります。まずは先行的に動いてくださいということです。汗をかいた報酬としての意味合いがクレジットでは非常に強いということになります。自主的な活動の結果、吸収量が増えたことをまず示してもらう、これがベースラインの考え方になります。この吸収量が人為介入によって増えたことを示すことが実は難しいのです。これは科学的にも結構難しくて、よく言われるのがBACIの方法を使うことです。Before-AfterとControl-Impactの略語です。まずBefore-Afterが分かりやすい概念で、プロジェクトを実施する前と実施した後での確実な変化を捉えることがこのBefore-Afterの考え方です。ただ、それだけでは不十分なのです。人為介入した場所も増えたけれども、人為介入していない場所でも増えてしまったら、人為介入した結果によって増えたかどうか判断できないのです。ですから、これがControl-Impactの考え方で、介入した場所では、していない場所よりも増えていることを示さなければいけないということなのです。このダブルチェックは相当難しい方法です。同一環境というのは自然には絶対ないので、なるべく近いところで比較していくのですが、こういった比較の努力を時間(Before-After)と場所・空間(Control-Impact)に対して何とかやってくださいということになります。もちろん完璧は求められません。以上がベースラインの考え方です。もう1つが、個人的にはあまり納得がいかないところですが、追加性です。国際ルールで追加性というのはどういうものかというと、クレジット取得が必要であることを示すことになります。例えばクレジットを売却した場合、得られた資金が活動の維持・発展につながるということです。つまりクレジットがあったらその活動が進むかどうかということがポイントになります。一番分かりやすい例から申し上げると、現在ボランタリークレジット中に国際的に一番有名なVCSというクレジットがあるのですが、それが大規模な太陽光パネルの事業はもうクレジットをなくしました、と。どういうことかというと、大規模に太陽光パネルを設置するような活動はクレジット無しでも十分事業化して収益化しているからということになります。逆に言うと、クレジットが無いと直ちに海藻養殖ができなくなるような状況は十分な追加性を持ちます。ただ、それを主張していただく必要があり、お金の話なのでそこが非常に難しいのですけれども、もう既に大規模太陽光パネルぐらい漁業が儲かってしまっていたら正直なところクレジットはつけられないと思います。しかし、そんな状況では私はないと思っており、そこはかなり誤解されているケースがありますので、この2つ目と3つ目の点がいかに満たされるか、いかに説明できるかで海藻養殖あるいは磯焼け対策等のプロジェクトを見直していただければと思います。

図49
図49

技術的な調査・算定手順は、堀さんに解説いただいたとおり、IPCCのガイドラインなどの面積に吸収係数を掛けるというタイプでやります。これまでの京都議定書の時代あるいはJ-クレジットのような国際機関とか国がやるような制度は、統一的に1つの算定方法を決めて、それに従わないと認めないという考え方になります。こうなると、それが実行できる人や国ではよいのですが、例えば資金や高度な技術が必要だということになりますと、資金や技術、人材に乏しいところは実行困難のため自動的にクレジット参画の対象から排除されてしまうということになります。私どもJBEのJブルークレジットでは、そのようにはさせたくなく、ブルーカーボンにおけるクレジット制度を広めたいと考えていますので、基本的にエビデンス(証拠)がしっかりしていれば、どのような面積の算定方法や吸収係数の算定方法、文献値でも受け付けています(図50)。ただし、実際にはそれぞれ申請いただく算定値には不確実性が伴うわけです。それは手法によるものもありますし、頻度とかさまざまな要因がございますので、その辺は総合的に第三者機関で判断させていただいて、最終的にクレジットの吸収量に反映させるというやり方にさせていただいています。

図50
図50

こちらはJブルークレジットの取引実績の概要です(図51)。現在までに3回、3か年行っていて、これは2年目(2021年度)の結果になります。前回は4件のプロジェクトを認証したうちの3件が売却希望でしたので3件についてJBEが取引を実施しました。その結果、これが公表ベースの値で、65トン程度の取引をした結果、平均単価としては7万2,000円ぐらいで相当高い取引になったということになります。他との比較では、例えば森林のJ-クレジットが8,000~1万5,000円ぐらいで取引されたり、あるいは最近バイオ炭が定価5万円以上という価格をつけてきましたけれども、この7万2,000円というのがJブルークレジットのベンチマークとなった可能性はあるかなと思います。

図51
図51

そこで、なぜ高く売れるのか、あるいはなぜ高くても買うのかというところをおそらく皆さんは気にされると思うので、その部分をただ今検証中です。そうした検証や技術開発なども含めた活動をしております。

次に具体的な事例として、東京湾岸の神奈川県のベイサイドマリーナで実施されたプロジェクトをご紹介します。このスライド(図52)がPR用の画像でして、この画像をホームページで公開し、公募をして購入者が買うかどうかを決める判断材料としていただいています。ここでプロジェクト実施者が主張しているのは実はCO2吸収ではなくて、生物多様性の向上や地域コミュニティの再生ですが、プロジェクトの結果、メバルなどの漁獲が年間745kg増えた、CODの年間除去量(水質浄化)が1.2トン増えた、生息種が28種増えたなどのブルーカーボン以外の環境価値を数値で評価し、さらには研究者と組んでこの3つの経済価値として年間1,800万円ぐらいに相当しますと自己主張していただいています。なお、私たちは炭素の認証だけをしています。それ以外の環境価値の認証は一切していませんので、そこは勘違いしないようにしてください。

図52
図52

このプロジェクトについて、私たちは2タイプのJブルークレジット購入証書を用意しました(図53)。

図53
図53

左側が通常の購入証書で、購入トン数だけが書いてあります。右側の購入証書には、先ほどご紹介したコベネフィットと呼ばれる環境価値とその経済価値を特記事項として小さな字で載せています(図54)。これらを同じ入札で取引をした結果、右側の方が10倍以上の価値、10倍以上の単価で売れました。こういった社会実験をすると、このような事柄が書かれているかどうかということが、購入の動機とか購入価格にかなり大きな影響を及ぼすかもしれないという仮説を1つはサポートする結果になるわけです。例えばトン数だけですと、買った企業はオフセットとか自社の排出削減とかそういったものには使えますが、それ以外の部分では訴求力は弱いです。ただ、このような特記事項が入っていると、例えばSDGsの目標14「海の豊かさを守ろう」の中にあるターゲットの幾つかを定量的に満たすかもしれないということで、投資家向けの報告書などに、こうした証書をうまく使ってアピールすることができるということなります。

図54
図54

こういった環境価値はきっと今後も重視されると思います。昨年末にモントリオールで生物多様性のCOPがあり、そこでも大企業が生物多様性の取り組みに関する内容開示をしなければならなくなってきました。現在CO2削減の分野で起きている動きが生物多様性分野でも今後は起きてくるだろうと思いますので、環境価値という概念も将来非常に重要な意味合いを持つと思います。

こちらの図は数か月前に公開された論文から引用したものですが、世界におけるブルーカーボン・クレジットの取引概要です(図55)。緑で示しているのがマングローブです。今、世界のブルーカーボン取引の多くはマングローブが吸収したCO2に対して相対で取引しているのです。ですから、金額ベースでは幾らぐらい取引されている実績があるか分からないです。あるいはこれから計画されているところも含められます。マングローブに対して海草・海藻が青で示してあり、アメリカ東海岸とアフリカ東海岸に少し見られますが、これらはいずれも計画段階なのでまだ取引が完全になされたわけではないです。当時論文を書いたときには横浜、福岡、先述のベイサイドマリーナの3件の取引が実績として日本ではあったということです。

図55
図55

この日本地図は直近の第3回目クレジット取引での21件の認証実績です(図56)。言ってみれば、日本だけが海草・海藻に対し先行してクレジット取引を始めている状況になっているわけです。認証量もかなり飛躍的に増えて3,700トンぐらいになったということです。右上に内訳を載せましたが、1番目と2番目はエリアに関するもので21件のうち18件が関西(静岡県以西)、16件が太平洋側で日本海側は少ないです。4番目と5番目が対象種で21件のうち16件が海藻、21件のうち7件が海草に関するものです。最後の2つが手法に関するもので21件のうち9件が藻場の回復によるもの、21件のうち12件がどちらかというと藻場の新たな創出に関するものといった状況です。こうした全体概況を見ますと、今後どういったところが出てくるかとか、どういった取り組みがなされてくるかというのもある程度推測できるかもしれませんので、非常に興味深いところであり、今後いろいろ検証していきたいなと思っています。

図56
図56

今回の結果は、公表するのが4日後の2月21日です。今回21件認証したうち早期の売却希望があった8件については、この間取引が終わり、事務作業もほとんどが終わって公表を待っている段階です。ここでも譲渡総量とか購入金額、あるいは平均単価についてはJBEのホームページ上で公表予定ですので、興味がある方は期待していただきたいと思います(図57)。

図57
図57

話は最初に戻りますけれども、将来残余排出の問題がございますので、現在の吸収量を10倍、50倍にするためには、自然の海岸線を使うだけではなくて、やはり人工的な基盤あるいは海洋構造物をうまく使っていく必要があると思います(図58)。

図58
図58

さらには新技術の積極的な導入も欠かせないものになると思います。例えば、沖合で大規模な海藻養殖を行う場合には、きちんと育っているか、あるいはきちんと海底に貯留されるかなどのモニタリングが必要ですが、そうしたさまざまな作業を行えるような新技術がこちらのスライド(図59)では多く描かれています。まだ実用化にまで至っていないような技術も山ほどありますが、IT系の新技術は今後2050年に向けて必ず実用化されていきますし、ブルーカーボンの取り組みを加速的に進めるうえで必要なものだと思います。こういったブルーカーボンのロードマップ的なものをこの1月に公開しています。図59のアイセフ(ICEF:Innovation… for… Cool… Earth… Forum)ではブルーカーボンに特化したレポートを公表していますのでぜひご覧になっていただければと思います。

図59
図59

これが最後のスライドですが(図60)、堀さんが最初に出されたスライドと同じものを、私は最後に持ってきました。ここに描かれているようなさまざまな取り組みが進んでいけば、2050年のカーボンゼロは成功に近づくと思います。ただし、そういった道筋を無理やり、あるいは苦痛を伴う形で進めようとしても絶対に失敗すると思います。やはり人は不利益や苦痛を伴うことは嫌がりますし、なるべく現状を変えたくないという根本的な心理もあると思います。それを踏まえて、行動変容を起こせる方法があるとすれば、楽しくやれるか、収益を伴う形で進めるかしかないと思います。そうした意味で気候変動対策をいかにして楽しく、あるいは儲かる形でやれるか、ここに行動変容の全てがかかっていて、「ヒト・モノ・カネ・シクミ」の中では、最終的にヒトが一番重要なところになるのかもしれません。以上です。ありがとうございました。

図60
図60

○司会:桑江先生、どうもありがとうございました。カーボンニュートラルを実現するために定量的にどのくらいのことをやらなくてはいけないかという具体的なお話から、カーボンクレジットのプラクティスにおけるいろいろな課題を具体的にご説明いただきました。