水産振興ONLINE
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2023年5月

海洋水産技術協議会ワークショップ
「ブルーカーボンとカーボンクレジット-課題と展望」

2. 開会挨拶・田中部長挨拶・堀氏講演

○司会(和田):皆さん、こんにちは。定刻になりましたので、海洋水産技術協議会ワークショップ「ブルーカーボンとカーボンクレジット-課題と展望」を開催いたします。

本日の司会進行を務めます海洋水産技術協議会顧問、漁業情報サービスセンターの和田でございます。どうぞよろしくお願いいたします。

それでは、開会に先立ちまして本協議会の議長である長谷成人がご挨拶と趣旨説明を行います。

○長谷議長:皆さん、こんにちは。ご紹介いただきました本日の主催者であります海洋水産技術協議会代表議長の長谷でございます。本日は対面とオンライン合わせて300名ほどの参加者ということで大変喜ばしく思っております。また、講演をお引き受けいただきました水産研究・教育機構社会・生態系システム部沿岸生態系暖流域グループ長の堀さんと、ジャパンブルーエコノミー技術研究組合(JBE)の桑江理事長、本当にお忙しい中ありがとうございます。

主催者の協議会としてこのような催しを持つのが初めてですので、まず当協議会について説明させていただきます。当協議会は、海外漁業協力財団、海洋水産システム協会、海洋生物環境研究所、漁業情報サービスセンター、漁港漁場漁村総合研究所、水産土木建設技術センター、全国水産技術協会、東京水産振興会、日本水産資源保護協会、マリノフォーラム21という、水産関係の海洋、生物、工学、土木等の技術分野に関係する10団体をメンバーといたしまして、相互に情報交換、意見交換を行いながら、各方面に提言等を行っていこうということで2022年に設立したばかりの団体です。

本日のワークショップは「ブルーカーボンとカーボンクレジット-課題と展望」というテーマで開催させていただきますが、言うまでもなく、地球温暖化の進行により水産業においてもいろいろな影響が既に顕在化しております。温暖化対策は今や水産界だけの問題ではなく、世界全体、地球全体の今世紀最大の課題だと認識しています。昨年末には温暖化対策をより加速していこうということで国際的な合意がありました。一方でウクライナでは戦争が継続中であり、戦争なんかしている場合ではないだろうという思いもあるわけですが、現実問題としてできるところ、進められるところからそれぞれが課題克服のために取り組んでいくべきであると思っています。我が国では2050年カーボンニュートラルという目標を設定して取り組みが進められております。そういう目標の中での海藻・海草によるブルーカーボンであり、カーボンオフセット、カーボンクレジットということです。

本日のお二人のご講演の中で詳しくご説明いただけると思いますが、海藻などによる温室効果ガスであるCO2の固定効果の評価手法が確立されることによりクレジット化されるということです。企業の社会的責任としてCO2削減を図っていくことが必須となるわけでありますけれども、排出量の削減を企業努力だけではなかなか実現できない部分について、オフセット、埋め合わせをする、取引をしていくということがこれから本格化してまいります。藻場の造成や再生はこれまでも水産関係者で一所懸命に取り組んできましたが、それだけではなく、食料生産以外の目的での海藻養殖なども今後行っていくということで、漁村地域や沿海部のコミュニティ住民の新たな活動資金になったりとか、あるいは漁業者の副収入にもなり得るのではないかと期待しているところです。

温暖化対策が重要であることは当然の前提なわけで、その取り組みが同時に種の多様性などの環境保全あるいは漁場価値の向上と一体となり、またそれが資金源にもなるということで、一石で何鳥にもなり得ると期待しているところです。

ブルーカーボンは、この温暖化の時代、SDGsの時代にその課題に真正面から取り組む話になります。漁業・漁村では人口減や就業者の減少など、いろいろと厳しい状況にさらされている中で、本来の食料生産だけでない、こういう多面的な機能についてもしっかり取り組むことによって、国民全般の理解や共感、支持が得られる効果も期待できると思っております。特にこういう問題については若年層の関心が非常に高いと思います。そういうことで、この時代の状況、仕組みを含めて正しく理解して活動に取り込んでいくことによって、若者たちの漁村あるいは沿海部のコミュニティへの入り込みを確保できるテーマではないかなと、そういうものをうまくこれから漁村振興、水産振興に生かしていければいいなということを思って企画させていただきました。協議会といたしまして、本日のワークショップを契機として関係者の問題意識の共有あるいは情報ネットワークの構築ができればと考えておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。

○司会:ありがとうございました。

本日は水産庁漁港漁場整備部の田中郁也部長にもご参加をいただいております。ここで田中部長から一言ご挨拶を頂戴したいと思います。お願いいたします。

○田中氏:皆様、こんにちは。ご紹介いただきました水産庁の田中でございます。ワークショップの開会に当たり一言ご挨拶申し上げたいと思います。

まずはご参会の皆様には日頃より水産行政に対しましていろいろな形でのご尽力・ご協力をいただいていることに感謝を申し上げたいと思います。また、このワークショップの主催者であられます海洋水産技術協議会におかれましては、社会的に大変関心が集まっているブルーカーボンについてこのような形で議論を深める場を設けていただきましたことに敬意と感謝を申し上げたいと存じます。

ご案内のとおり、藻場は、水産生物の産卵場や幼稚仔の生育の場となり水産業の上でも大変重要なものでございます。水産庁としては、その保全や創造ということでさまざまな事業を展開してきたところでございますが、昨今、藻場のCO2の吸収あるいは貯留といった機能がブルーカーボンという形で新たに脚光を浴びているということでありまして、われわれとしても大変高い関心を持っているところでございます。

水産庁では昨年の3月に漁港漁場整備長期計画というものを定めました。主に2つの点を紹介しておきたいと思います。この長期計画の中で、海洋環境の変化に対応しながら、約7,000haの藻場と干潟の保全・創造を目標にハードとソフトの対策を推進しようということを定めてございます。またもう1つは、ブルーカーボンという形で社会的な関心が高まっている状況を踏まえまして、漁業関係団体の皆様と協力をして、藻場の保全活動についての社会的な関心を高め、そして企業の社会貢献活動にも取り組みを働きかけることで藻場・干潟の保全活動を一層強化していくことをうたっているところでございます。

しかしながら、地球温暖化に伴う海水温の上昇など海洋環境をめぐる状況は大変厳しいものがございます。そのようなことからこの7,000haの保全・創造も簡単なことではないと思っております。そのためには関係者の英知を集めて創意工夫を図りながら対策を講じていくことが重要であると考えているところでございます。

水産庁としましても、藻場の再生が確実に進むように、新しい知見や技術を取り入れて、不断に事業を見直しながら、ブルーカーボンがカーボンクレジットにもつながって、藻場の保全・創造をさらに後押ししていく、そういう状況を期待して関係者の皆様とともに引き続き取り組んでまいりたいと思っております。

本日のワークショップでは、CO2の吸収・貯留に関する評価につきまして、水研機構の堀様、そしてJBEの桑江様のお話をお聞きできること、大変ありがたく思っておりますし、また、この議論を通じましてブルーカーボンの進展につながることを期待しているところでございます。

結びになりますけれども、本日のワークショップが皆様にとりまして実りの多いものになることを祈念申し上げまして、挨拶の言葉とさせていただきます。

本日はどうぞよろしくお願いいたします。

○司会:田中部長、どうもありがとうございました。

これからご講演に入るわけですけれども、その前に幾つか事務局からお願いがございます。本日のワークショップは後日記録を整理して公開をしたいと考えております。公開の手段としては、この協議会のメンバーでもあります東京水産振興会で「水産振興ウェブ版」という電子記事をオンラインで出しておられます。それに講演録という形で公開したいと思っております。あわせて、この協議会のホームページでも資料の要点と本日の議論の概要を掲載したいと思っております。そのために本日のZoomの画面を事務局で録画させていただいております。それ以外の目的には使用いたしませんので、あらかじめご了解をいただければと思います。

それでは、ご講演に移りたいと思います。

まず、水産研究・教育機構水産資源研究所の堀正和先生によるご講演「ブルーカーボン生態系に基づく新たな水産業の展開」でございます。堀先生は、北海道大学大学院を修了された後、水産研究・教育機構の瀬戸内海の研究所で長らく沿岸生態系を中心にお仕事をされておられました。その間このブルーカーボンの問題にも取り組まれ、現在では、次にご講演をいただきます桑江先生とともに日本のブルーカーボン問題を基礎的な部分から応用に至る部分まで牽引しておられる方で、日本国内に限らず国際的にもご活躍でございます。また、水産研究・教育機構のグループ長としてのお立場に加えて、東京海洋大学大学院の客員教授もお務めでございます。

それでは、堀先生、よろしくお願いいたします。

○堀氏:ご紹介をいただきありがとうございます。堀と申します。どうぞよろしくお願いいたします。

本日は、生物学的な部分で藻場がどの程度CO2を吸収しているのかという解説と、今後水産業分野でも展開していただきたいと思っていますので、展開の方法を現在どのように考えているのかということをご紹介したいと思います。

今日は3題を準備してきたのですが、1番目の国内外の動きに関しては結構いろいろな所でお話させていただいているので概略にとどめさせていただいて、2番目の藻場のCO2吸収量の算定手法と3番目の水産業への新しい展開という部分を中心にお話したいと思っております。

最初に「パリ協定」を達成するためのアクションとして国連などがまとめた、海洋における5つの気候変動対策がこの図です(図1)。このうち水産業に関わるものが「ブルーカーボンの活用」と「水産業の振興と脱炭素化」です。「水産業の振興」とは、陸上の食料生産から海の食料生産に移していくということです。陸上での食料生産は世界的に枯渇が心配される水を多く消費し、またCO2の排出量も多いという問題があります。そこで、海での食料生産を増やすため世界的に養殖など水産業が脚光を浴びるようになっています。この表を見ていただきますと、先ほどの海洋での5つの気候変動対策のうち赤字部分の3番と4番がブルーカーボンに関わるところですが、2030年までの貢献度と2050年までの貢献度という形で数値が計算されています(図2)。2030年までは「再生可能エネルギー」と「海上輸送」は技術開発と整備に時間がかかってしまうので、即効性という点で水産業分野は非常に期待されています。値にして倍以上ですので、2030年まではわれわれの取り組みはかなり世の中で注目されるものと思っています。

図1
図1
図2
図2

水産業の各業種で、CO2の排出量がどの程度なのかを研究した論文から値を借りてまとめたのがこのグラフです(図3)。下の右側が漁船漁業(天然魚)で左側が海面養殖です。横軸が可食部1トンを生産するために排出するCO2の量です。比較として養鶏のCO2排出量をベージュ色の縦のラインで示していますが、各漁業種が養鶏と比べてCO2排出量が多いか少ないかがわかります。縦軸には漁業種を並べ、漁船漁業ではニシン・イワシ、サケ・マス、マグロ・カツオなどがあります。鶏肉は陸上での食料タンパク生産で一番CO2の排出量が少ないといわれますが、サケ・マスやニシン・イワシなどの沖合中心の漁船漁業の方が少ないことがわかります。海面養殖ではさらに少なく、いろいろと課題のあるエビ養殖ですら鶏肉と同程度です。豚や牛の畜産業ではさらに排出量が多くなりますので、やはりタンパク質源の生産を水産業にシフトすることはそれだけCO2の削減効果があるということになります。

図3
図3

さらに陸上の場合、特に発展途上国では森林伐採をして牧草地を作り、牛を飼ったりしますので、農業や畜産業のためにCO2の吸収源を無くしてしまうという問題があります。一方、水産業の場合は、田中部長もお話されたとおり、もともと藻場は漁業の場ですので、藻場があることによってさまざまな機能も得られ、食料生産とCO2の吸収源とが両立できます(図4)。しかも、これから世界中で資源の取り合いが激化するであろう淡水も使わなくてよい。日本は水資源が豊富なのであまり注目されていませんが、バーチャルウォーター(仮想水)という考え方があります。われわれは輸入で多くの食料を得ていますが、その輸入食料にも生産過程で水が使われているわけです。食料輸入国(消費国)において、もしその輸入食料を国内生産するとしたら、どの程度の水が必要かを推定したものをバーチャルウォーターと言います。日本はバーチャルウォーターがかなり多かったと思います。なので、やはりこういった面から考えても水産業での食料生産はかなり注目されるという点になっています。

以上のような背景で、現在、この写真にもあるとおり世界中で海藻養殖が始まっています(図5)。

図4
図4
図5
図5

サーモン養殖が盛んなノルウェーでも、これからはサーモンと海藻の複合養殖ということで、海藻養殖に関わる技術開発が2015年ぐらいから始められ、既に実用段階に入っています(図6)。

図6
図6

インドネシアはマングローブの伐採問題がある一方で、世界第2位の海藻養殖大国という一面もあります。その生産量は年間1,000万トンで、海藻養殖によるブルーカーボンの活動もかなり進み、日本のJICA関係者も参画し活動されていると聞いています(図7)。

図7
図7

お隣の中国は年間1,800万トン弱という世界一の海藻養殖大国です。中国ではもともとブルーカーボン生態系と呼ばれる塩性湿地などの面積はとても大きいのですが、藻場自体の面積は日本よりも少ないぐらいなのです。そのため、海藻養殖ベースでブルーカーボンの活動、クレジットの活動をすると明言しています(図8)。クレジット市場を中国でも始めますという話は去年聞いたのですが、実際に始まっているかどうかはまだ聞いておりません。

図8
図8

それから、最後の方でも触れますけれども、海藻養殖をさらに吸収源としての効果を高めるために石油の代替製品を作る取り組みも始まっています。特に海藻養殖に関してはかなり力を入れています。海藻養殖が中国で実際にどのぐらいCO2の量を吸収しているのかの算定値も昨年、論文発表されています(図9)。実際に中国でカーボンニュートラルを達成するのに海藻養殖の面積がどのぐらい必要かというところまで計算されていて、それに向けて沖合養殖なども進められています。

図9
図9

この図はユネスコのIOC(政府間海洋学委員会)がまとめたさまざまなCO2吸収技術の一覧です(図10)。CO2を直接吸収するネガティブエミッション技術5つを黄色で表示しましたが、2つが海藻に関わる技術で、ブルーカーボン生態系と沖合での大規模海藻養殖によりCO2を吸収させるという動きがすでに始まっています。

図10
図10

海藻文化をたくさん育んできた我が国も、海外に負けず劣らず頑張っていかないといけませんが、農林水産省の「みどりの食料システム戦略」でも、2030年までに取り組む技術として、赤枠で囲んだとおり「海藻類によるCO2固定化(ブルーカーボン)」と明記されています(図11)。

図11
図11

「みどりの食料システム戦略」では技術別に研究開発のタイムスケジュールが示されています(図12)。日本の温室効果ガスのインベントリにブルーカーボンを加えていく動きに合わせて、われわれ水研機構では、藻場がどのぐらいCO2を吸収しているかの評価モデルの開発と、藻場をどんどん増やすための増強技術の開発を担当しておりますので、その部分についてご紹介をしていきたいと思います。

図12
図12

令和2年に始まった農林水産技術会議のプロジェクト「みどりの食料システム戦略実現技術開発・実証事業」において「ブルーカーボンの評価手法および効率的藻場形成・拡大技術の開発」という研究課題をわれわれが受託し進めております(図13)。参画機関として当機構の水産資源研究所・技術研究所・水産大学校の他、桑江さんたち港湾空港技術研究所、大学、関係府県に加え、現場での社会実装も必要ですので山川町漁業協同組合に入っていただいています。

図13
図13

研究開発の内容は、先ほども述べましたが、どれだけ藻場がCO2を吸収しているかの評価手法と、CO2吸収に特化した形での藻場の維持・拡大技術、海藻養殖技術の高度化の2つです(図14)。

図14
図14

ブルーカーボンによるCO2吸収のプロセスをまとめた図です(図15)。ブルーカーボンの大きな特徴は、海草や海藻自体は1年で枯れて流出するものがほとんどですのでCO2の貯留源にはなりません。流出してさまざまな形で留まった場所が貯留庫になります。森林の場合はCO2を吸収した木そのものがバイオマス貯留になるのですけれども、海藻と海草の場合、特に海草の仲間がその機能が高いのですけれども、藻場などがあるとその場の流れが弱くなりますので、図15の①のとおり堆積物とともに藻場内に有機炭素が貯まっていきます。また、流れ藻などで流出したものが図15の②のように難分解性炭素として藻場外の浅場に堆積したり、さらに沖合に流れた後で沈降し深海で貯留されたり(図15の③)、成長過程で海中に放出された溶存態炭素のうち難分解性のものが海中で貯留されたりするタイプ(図15の④)もあります。以上4タイプの貯留庫があることによって海藻と海草はCO2の吸収源になります。特に④のタイプは海藻養殖の育成過程でもCO2の貯留庫として機能するというわけです。

図15
図15

それらの貯留機能を算定する方法として、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)のガイドラインがあります(図16)。ごく簡単に説明しますと、藻場が貯留するCO2の量は、藻場のタイプ別に単位面積当たりどれだけ吸収するのかを算定した「吸収係数」に面積(活動量)を掛け算して算定します。「吸収係数」は、まず植物本体が吸収したCO2(CO2隔離量)のうち、どれだけ前述の4つの貯留庫に残っていくか、それを「残存率」と呼びますが、隔離量に対する貯留量の割合を掛け合わせて導き出します。

図16
図16

以上を踏まえて海草や海藻の特徴を見ますと、まず海草ですが、アマモやスガモなどの海産被子植物です(図17)。海草は砂泥域に生えますのでその下に厚い堆積層を作ります。地中海の例ですが、右側の青い部分を見ていただくと、上部に海草が生えていて、その下に1000年とか2000年もかけて有機物が堆積し続けた層がこのぐらいの厚さとなっています。これがCO2の貯蔵庫となっているわけです。また海草も成長しながら体の表面からいろいろ有機物を出します。さらに草体がちぎれて沖に流された場合は深海にも沈んでいきますので、海草は4つの貯留機能が全て揃っています。したがって、貯留効果としては一番期待できる種類ということになります。

図17
図17

次にコンブ類の特徴です(図18)。海草とは違い、コンブ類は岩場に生えますのでその下に堆積層は形成されず、堆積作用による貯留機能はありません。その代わり、成長過程で海中に放出する有機物がかなり多く、それらが溶存態または粒子状での難分解性有機炭素として海中に貯留されます。深海輸送も期待したいところですが、コンブ類は沖合まで流されることはなくその場で沈み、ウニやアワビなどの重要なエサになります。したがいまして、2つのタイプの難分解性有機炭素で計算をします。

図18
図18

もう1つ、ホンダワラ(ガラモ)類ですが(図19)、砂泥域の転石に生える種類もありますのでコンブ類とは異なり堆積作用も一部は期待できます。また、藻体に浮き袋(気泡)がありますので岩から離れて流れ藻となっても成長し続けて大きな群落となり、それらがモジャコなどを集めますので魚類養殖上でも重要な資源となっています。その流れ藻が成熟して枯れた後も深海に沈んで貯留庫となりますので、海中と海底に若干の堆積作用を加えた値で計算します。

図19
図19

以上のとおり、さまざまな貯留機能が海藻にはありますので、わが国で盛んなコンブやワカメ、ノリなどの食用海藻の養殖においても、成長過程で海中に放出される有機炭素と、流出したものが海底に貯まる難分解貯留の2つが吸収源となります(図20)。

図20
図20

農水省のプロジェクトでは、全国の海草・海藻類について、この表に掲げている6グループの藻場(海草類6タイプ、冷温帯性コンブ類2タイプ、暖温帯性コンブ類3タイプ、ガラモ類2タイプ、小型海藻類4タイプ、海藻養殖4タイプ)、計21の藻場タイプに分けてそれぞれの吸収係数を算定します(図21)。もちろん海域によって生えている種類も違えば、磯焼けが起きている海域など環境条件もかなり変わりますので、日本の海域をここに示してある9つに分けまして、9海域で21タイプのモデルを使って計算するということをしています。

図21
図21

このグラフは、21の藻場タイプ別に算出したCO2吸収のポテンシャル(乾燥重量1g当たりCO2年間吸収能力の全国平均値)を示したものです(図22)。このうち、海草類6タイプでは4つの貯蔵機能が全て揃い、吸収ポテンシャルが高いため、縦軸の目盛りを他の海藻類の10倍の値で設定しています。海藻類では、暖温帯性コンブ類(アラメ、カジメ)とガラモ類(ホンダワラ)は数値が高く、小型海藻類では緑藻が高くて紅藻が割と低めになっています。また、天然のマコンブ・ナガコンブとコンブ養殖を比べますと、値は少し落ちますが養殖の方も天然海藻に匹敵する吸収能力があることが分かります。これらのタイプ別の値に、それぞれの植物がその場でどのぐらい生えているのかという現存量を掛け合わせると、その場所でのCO2の吸収係数が導き出せます。

図22
図22

次の図は、「貯留速度」と呼びますが1ha当たりのCO2年間吸収量を、陸上の森林も含めて比較したものです(図23)。森林の数値は林野庁のデータをお借りしましたが、国内で植林される成長の速い杉の人工林では10トンを超え、広葉樹林の約2倍です。もちろん杉も50~60年ぐらいの若い世代は非常に成長するのでCO2を多く吸収しますけれども、年が経つと速度が遅くなるという弱点があります。海の方では、海草藻場、海藻藻場、海藻養殖を示していますが、海藻藻場と海藻養殖はあまり差がありません。その理由は、養殖は1か所に集約して大量生産するため、単位面積当たりでは天然藻場とほぼ変わらないということになります。海草は値が高いですが、種類によってばらつきがあり、特に北海道や東北に多いスガモが一番能力が高く、最大で平米当たり20トン程度までいきます。また、桑江さん達が2019年に論文化された数値も比較対象として青い矢印で示しましたが、海藻藻場のコンブをご覧いただくと、最近の温暖化の影響もあり一番上の青い矢印からその下の赤い矢印へとかなり値が下がっています。一方で、ホンダワラ類やアラメ・カジメは青い矢印と赤い矢印で大きな差はありません。

図23
図23

このグラフは、わが国の海草・海藻の面積(藻場面積)の変化を示したものです(図24)。実は以前に水産庁の事業でブルーカーボンに関連するプロジェクトを実施しまして、2010年の全国の藻場面積をわれわれのほうで計算した結果、左側の棒グラフのとおり大体23万haでした。下から海草類、ガラモ場(ホンダワラ類)、コンブ場、アラメ・カジメ場の4つの分類群に色分けしています(小型海藻類は含まず)。右側の棒グラフは、環境省が2018~2020年にかけて人工衛星で解析したデータをわれわれのプロジェクトが同じ分類群でそれぞれ藻場面積を再集計した結果です(小型海藻類は含まず)。2010年から2020年の間に約12万haまで半減しています。もちろん両者では、データを得た人工衛星の種類も違いますし、解析手法も異なるという点を考慮しなければいけませんが、やはり一番減っているのは磯焼けで減少が深刻化しているアラメ・カジメの仲間です。特に九州、四国、太平洋の辺りですごく減っていまして、その傾向はこのグラフでもよく表れています。なお現在は、既にいろいろな算定値をかなり詳細に計算することができまして、近いうちに皆さんにもお見せできるような形でご紹介しようと思っております。

図24
図24

次に、われわれの研究開発のもう1つの柱であるブルーカーボンの増強技術の話題です。まず、藻場のある状態と藻場がない磯焼けの状態を簡単に図にするとこういう形になります(図25)。藻場が減る要因の1つにウニや魚による食害があるわけですが、横軸に食害強度を取り、縦軸に藻場の量を取ると、1本のラインにはならないのです。電磁気学でもよく登場するヒステリシスという現象で、線が2つに分かれるわけです。要するに磯焼けの状態から藻場がある状態にする場合と藻場がある状態から藻場がなくなる状態までは違うラインを通るということになります。藻場がたくさんある場合は、藻場が次の世代を生んだときに親世代が食害生物からそれを守るシェルターとなるなど、藻場が成立できる方向へと安定点が動くわけです。一方で、磯焼けの状態から新しい世代が入っても、シェルター効果が無いのですぐ食べられてしまうわけです。そうすると、同じ量の食害生物がいても、親世代の有無で捕食される量が変わってきますので線が逆になります。つまり、従来の磯焼け対策では、本当に海藻がない磯焼け状態から頑張ってやっていましたが、これだと成果を得るのが難しいのです。そこでわれわれは、以下の3つの方法を今やっています。そもそも魚がいない場所、こういう食害を受けない場所を環境条件から探して、そういった場所でいきなり大きい藻場を作っていく、そういうところを狙って藻場を作っていく場合と、あとはそもそも食害を受けない状態にするということです。磯焼け対策のロボットを作ったりとか、現在、漁業者は一所懸命に囲い網を設置されたりしていますけれども、そういった方法で食害が全く起きない環境を作って藻場を育成するという場合、あとは、食害はもちろん起こるので、食害に負けない藻場を最初に一気にドーンと作ってしまって、最初からこちらのラインではなくて、こちらの青いラインのほうから藻場造成を始めるというテクニック、この3つです。

図25
図25

現在われわれは、先ほど21の藻場タイプでご紹介しました北海道から南西諸島までの9つの海域において、この地図の赤丸で示した場所を重点海域としてそれぞれに適した重要種で藻場増強の試験を進めています(図26)。われわれの特徴はソフト的な技術対策ですから、漁業者さんベースでできるよう、あまりお金がかからない開発を進める一方で、やはり藻場による効果的なCO2吸収も目指さなければいけません。同時に、水産業の枠組みで進めていくものですので、CO2の吸収源を創出するだけではなく、持続的な食料生産とセットになってできるものという形でやっております。

図26
図26

重点海域の例として沖縄の八重山諸島の活動をご紹介します(図27)。ここでは海草が対象で、左側は私が2016年に潜水調査した時の写真ですが、海底に海草がたくさん生えていました。この海草が近年ウミガメにたくさん食われ、2020年に同じ場所を撮影した右側の写真では、葉があらかた食われて砂地の海底が露わになっています。南西諸島の海草は魚の生息場所であり、モズクの着生基質にもなり、水産業上とても重要な植物ですからウミガメの食害は深刻な問題です。一方、ウミガメも観光資源として大きな価値をこの地域に生み出しているので、両者を共生させる形でアマモ場を増やせないかという活動をしています。海草は被子植物ですので葉が食われても根が残っていれば、再び葉は生えてきます。ヨーロッパでは輪栽により牧草地をうまく管理していますので、同じような形で、右下の写真のように保護エリアを設けて海草を育成しつつ、ウミガメの捕食も守る、という形で取り組んでいます。

図27
図27

次に東北太平洋海域の事例で(図28)、場所は岩手県の広田湾です。ここは震災後にアマモが唯一残り、左上の写真のとおりアマモ場が復活した場所として有名だったのですけれども、防潮堤建設のため現在は陸地となり右上の写真のとおり放置されている状態です。そこで、広田湾ではカキ養殖が再開していますので、アマモ場を再生することによりカキ養殖のCO2排出量をアマモ場のCO2吸収量でニュートラルにしようという活動を進めています。そして、カーボンニュートラルのカキを広田湾から売り出していこうとしています。

図28
図28

次の事例は東京湾の千葉県側です(図29)。現在、コアマモ、アマモが、盤洲干潟でかなり広がっています。盤洲干潟はアサリ漁場でも有名ですが、東京湾のアサリが激減してしまい、アサリ漁場には稚貝はほとんどいないのですけれども、コアマモ場にかなりのアサリ稚貝が生育していることが千葉県の調査で最近分かりました。ただし、アサリが育った後、次にホトトギス(小型の二枚貝)が増えてくるのです。ホトトギスはコアマモの根元にマット(分泌物で周囲の砂礫粒を絡めた塊)を作るので次にアサリが入れなくなります。そうすると、ホトトギスだけの海域になってしまうので、海域の管理が必要です。そこで、コアマモは適度に間引き(葉の部分の刈り取り)を行う一方でCO2吸収源として保護するとともにアサリ稚貝も回収するという活動をしています。また、間引いたコアマモを紙の原料の一部として有効活用する取り組みも行っています。

図29
図29

この写真は漁業者によるコアマモの間引き作業の様子です(図30)。手鎌で葉っぱの部分だけを刈り取ります。紙を作るのに1トンは必要とのことでしたので、輪採を見据えた試験区を設置し、約1トン分を刈り取りました。

図30
図30

次の写真ですが、刈り取った場所の5%ぐらいの面積の海域で、漁業者がジョレンを使ってアサリの稚貝を回収しました(図31)。

どのようなサイズが獲れたのかがこの写真(図32)で、20cm四方の枠内に大き目のアサリが入っています。こういう大きなアサリばかりだと、次の世代が少ないということでもあるので、逆に僕らはまずいなと思うわけです。右の写真の枠には加入した小さいアサリも含まれています。そのような知見も得られる中、漁業者にとっては、アサリ資源の回復にとってコアマモ場の保全・管理が重要であることから、皆さんも一所懸命に取り組んでくださり、回収したアサリ稚貝を他の蓄養場所にまいて中間育成を行った結果、成貝として出荷できました。漁業者の皆さんはかなり喜ばれて、次年度以降も千葉県とこの活動を続けるということを言われました。

図31
図31
図32
図32

これは刈り取りをしたコアマモ場の写真です(図33)。実際に刈り取った場所はこのぐらいです(点線より下)。海草を完全に刈り取ってしまうと次に生えてこないので、刈り取りをする場所としない場所をうまく調整しますと、新しくまた葉が生えてきますのでCO2の吸収量が増え、CO2の吸収源にもなるし、アサリも採れるということで、漁業者が積極的に取り組める活動になることを期待しているわけです。

図33
図33

最後となりますが、今後の新しい展開ということで、これからは磯焼け対策もありまして、食べる海藻だけではなく藻場を作る海藻も含めて海藻養殖をしていきたいと思っています。そのための種苗生産の技術開発をわれわれは進めています。実際に海藻養殖をしながら、食べる海藻も作るし、藻場の種場になる海藻も作って、それが沿岸に広がれば藻場の再生にもつながっていくわけです。

ただ、新たな養殖事業にはお金が必要ですが、人工的な構造物を造るわけでもないので従来の枠組みではなかなか補助が得づらいわけです。そのため、儲かるような仕組みを新たに構築する必要があり、食用だけではなく、化学・工業原材料としても供給できるような海藻養殖産業を育てていく必要があると思います。そのためには養殖面積の拡大も必要となりますので、港湾や海中・海洋構造物も利用する、例えば今後は洋上風力発電も増えていくと思いますので、そのような施設のサイトも活用しながら、天然の藻場だけではなくて、私たちは人工の藻場と呼んでいますけれども、そういった大規模な海面養殖システムの開発も目指しております(図34)。

図34
図34

そうすると、国連の図を最初に見ていただきましたけれども、われわれは、天然の藻場を増やすという活動と沖合に大型の海藻養殖をするというちょうど間ぐらいを狙った形で藻場の増やし方を目指しています。完全に沖合でもないけれども、天然藻場でもないという形です。実際にそれを拡大するための技術開発という部分はわれわれのほうで今やっていますが、さらに、活動される方々がその資金を得るためにも、今度は作った海藻をバイオマスで利用するためのいろいろな技術開発、製品開発が必要になると思います。

現在、食用以外の海藻の用途というと、国内では医薬品や化粧品の原料などがありますが、それほど大量に海藻を利用するものではないわけです。大量の海藻利用のためには、プラスチックや燃料や繊維の原料として利用するという方向が必要です。実際に、私たちは企業さんと一緒に研究開発を進めていて、プラスチックも燃料も繊維も海藻利用が技術的には可能という段階となっています。それらが今後、実用ベースに乗せられるかどうか、産業化できるかというところで現在、技術開発を進めています。

そうすると、海藻は水産資源だけではなく、世界中の人々が必要とする資源になっていきますので、企業と漁業者との連携による事業化という方向性もさらに強まります。農業分野では企業との契約農家という動きがありますけれども、同じように工業製品の原材料を生産し供給するという仕組みの中で漁業者さんと企業との連携が強まるわけです。そうした過程で、例えば企業から社員が派遣されたり、あるいは漁業者が企業の一員となる場合も出てきますので、若い人が漁業をしながら大企業の社員になれば収入なども安定しますし、年に何回か都会に行く機会もあるわけです。そうしたら、都会の生活もできるということで、若い世代のプラスにもなりますし、この後話していただく桑江さんが中心になって取り組んでくださっているクレジットによって実際に資金も得られるわけです。そうすると、若い世代が入りやすい業界になっていくのではないかなと、都市と農村・漁村がつながるような、地域循環だけではなくて大都市と地域の循環もできるのではないかと思っています。

こういう活動がどんどん進んでいきますと、ブルーカーボンは、気候変動対策に貢献しますし、従来どおり持続的な食料生産にも貢献できますし、バイオマスを作ることによって海洋プラスチックが減るなど資源循環の点でも優良事例になるわけです。これら3つが重なる部分で、ブルーカーボンはますます世の中に注目していただけると思うので、こういった活動をぜひ皆さんと一緒に進めていきたいなと思っています。技術のほうはわれわれが一所懸命に研究開発してまいりますので、ぜひご協力のほどをよろしくお願いします。どうもありがとうございました。

○司会:堀先生、どうもありがとうございました。基礎的なところから、ブルーカーボンをこれからの水産業にどう組み込んでいくかという展望までお話しいただきました。