水産振興ONLINE
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2022年9月

東京湾と魚食の再生にむけて

牧野 光琢(東京湾再生官民連携フォーラム江戸前PT長、東京大学大気海洋研究所教授)

4. 東京湾再生にむけた省庁横断型政策

東京湾再生推進会議

この東京湾の問題は、単一の省庁の政策により解決できるような単純なものではない。流域圏の住民をはじめ、東京湾を利用する様々な利害関係者と、その所管官庁の縦割りを超えて、国家政策として取り組むべき大課題である(図9)。よって、国土交通省(水管理・国土保全局、海上保安庁)、農林水産省(農村振興局、水産庁、林野庁)、環境省(環境再生・資源循環局)、および東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県、横浜市、川崎市、千葉市、さいたま市など、流域圏の行政機関が連携して「東京湾再生推進会議」を設置し、「東京湾再生プロジェクト」を推進している。この取り組みは、大都市問題の解決と再生にとりくむ内閣官房「都市再生プロジェクト」の一環として2001年から始まった「全国海の再生プロジェクト」の一つである。現在は東京湾のほか、大阪湾、伊勢湾、広島湾の4か所で再生プロジェクトが実施されている(久保2015)。東京湾については、2003年に策定された「東京湾再生のための行動計画(第一期)」に基づき、汚水処理・下水道の改善や藻場干潟の保全・再生、浮遊ごみの回収、汚泥除去や環境モニタリングの実施、市民向けの環境教育やシンポジウム開催など、省庁の枠を超えた様々な取組が総合的に実施されてきた。

図9 東京湾の多様な利用(中央左:船舶航行用の灯浮標、右:漁具の設置個所を示す小旗のついた浮き、左端:遊漁船、背景:港湾区域および埋立区域に作られた観光施設・マンションなど。図8で示した野島夕照の近隣海域にて著者撮影)

2013年から開始された「東京湾再生のための行動計画(第二期)」では、流域圏に住む幅広い一般市民の関心を喚起し、再生活動に巻き込むための手法として、東京湾で採れる水産物としての“江戸前”に着目することとなった。そして東京湾再生に向けた全体目標を「快適に水遊びができ、「江戸前」をはじめ多くの生物が生息する、親しみやすく美しい「海」を取り戻し、首都圏にふさわしい「東京湾」を創出する」とした(古川2016)。ここで、流域圏の住民の日常生活と東京湾の環境をつなぐ重要な存在としての「江戸前の魚介類」にスポットライトがあたったのである。

東京湾再生“官民”連携フォーラム

さらにこの第二期行動計画では、市民や水産業関係者、レジャー関係者、企業、NPO、行政、研究機関など多様な関係者が東京湾再生の方策を議論し、行政への政策提言をおこなう「東京湾再生官民連携フォーラム」が設立された。このフォーラムは、東京湾の環境再生に意欲を持つ、多様な人々と組織が有するあらゆる英知を結集し、連携や協働を行うこと、また、それらの活動を通して生み出される東京湾再生に向けた総意をとりまとめ、上述の「東京湾再生推進会議」へ提案する役割を担っている。官だけでは企画立案が難しい省庁横断的な内容で、かつ、民だけでは実現できない公的な活動を、両者が連携することで実現していこうという、一つの新しい政策の姿である。これまでフォーラムでは9つのPT(プロジェクトチーム)が活動をおこなってきた。以下、フォーラムウェブページ(http://tbsaisei.com)およびそこで公開されている公式パンフレットをもとに活動概要を簡単に紹介する。詳しい内容については、フォーラムウェブページと毎年の活動報告を参照されたい。

まず、東京湾環境モニタリングの推進PT(古川恵太PT長)は、総数100以上の多様な市民団体や組織と共に東京湾一斉調査等を行い、その結果を上述の「東京湾環境マップ」として毎年発行している。生き物生息場づくりPT(佐々木淳PT長)は、マコガレイやハゼ、アナゴなどの生物の生息に適した場の創出に関する現場調査データやアイデアを取りまとめ提案している。東京湾再生のための行動計画の指標の活用PT(岡田知也PT長)は、東京湾の状態を表すさまざまな指標やデータについて、その収集方法や情報共有のサポートをおこなっている。我々の所属する江戸前ブランド育成PTについては後述する。東京湾パブリック・アクセス方策検討PT(竹口秀夫PT長)は、一般市民が手軽に東京湾に接することができるよう、海辺へのルートの検討・発見・その活用法の提言などを行っている。東京湾での海水浴復活の方策検討PT(関口雄三PT長)は、毎年、葛西海浜公園において海水浴社会実験を行っている。東京湾浅瀬再生実験PT(鈴木康友PT長)は、老朽化した直立護岸を浅瀬に再生する実証実験を目指す。東京湾の窓PT(芝原達也PT長)は、東京湾にある施設や海上・海浜公園およびそこで行われるイベントを連携しながら、東京湾の自然や文化のさらなる活用を検討している。最後に、東京湾大感謝祭PT(木村尚PT長)は、毎年10月に横浜赤レンガ倉庫とその周辺海上にて10万人規模のイベントを開催し、市民とともに東京湾の様々な恵みに感謝し楽しむ活動を行っている(図10)。さらに令和4年2月には、多摩川河口干潟の環境の評価と保全活動の重要性をPRするとともに、市民が楽しめる干潟環境を整備することなどを目的とした新たなPTとして、多摩川河口干潟ワイズユースPT(竹山 佳奈PT長)が活動を開始したところである。

図10 コロナ禍前に開催された東京湾大感謝祭2019の様子。7回目の開催となったこの感謝祭では、市民や企業・団体による活動紹介や、江戸前キッチンカー、親子ハゼ釣り教室、ボート・ヨット体験乗船、SUPレースなどが開催され、参加者は10万1千人をこえた(東京湾大感謝祭開催結果報告より転載。詳細は東京湾大感謝祭実行委員会ウェブページ https://tokyobayfes.jp/を参照)

これらPTの活動のほかに、東京湾の保全を目的として活動している様々なNPOと、東京湾再生にむけたCSR活動を計画・実施している企業のニーズをつなげることにより、情報交換や協力連携、そして新たな発想に基づく活動を促す仕組みとして「CSR-NPO未来交流会」が定期的に開催されている。この交流会を通じて、これまでの活動では知り合えないような人・組織とのつながりが広がり、新たな発想にもとづく活動や政策提案の種が生まれることが期待されている。

江戸前ブランド育成PT(江戸前PT)

我々江戸前PTは、東京湾・江戸前の魚介類の豊かさや魅力を発信する活動をおこなっている。具体的には、首都圏の人々が東京湾の海の幸を知り、魚介類を味わい、水産業への理解を深めることによって、各家庭の食卓と東京湾の繋がりを取り戻し、その結果として東京湾の環境を考慮したライフスタイルへの変化を喚起するという戦略を策定した。伝統的な“粋でイナセな江戸前”という江戸のライフスタイルを現代版に進化させた“エコでおいしい江戸前”を標語に、水産業関係者や行政、NPOなどが連携した活動を行っている。以下、PTメンバーによる活動の一部を、ごく簡単に紹介する。

千葉県漁業協同組合連合会(JF千葉漁連)は、直販店舗やWebShopを通じた江戸前水産物の販売や、各種イベントでの情報発信のほか、干潟漁場の耕うんや土壌改良のための客土、海底清掃などの活動などを行っている。また、上述の「東京湾関係漁連・漁協連絡協議会」の中核的役割も担っている。横浜市漁業協同組合は、直売所や食堂において東京湾の水産物を提供しているほか、漁港での海産物フェスタの実施やごみ回収活動、アマモ場造成活動なども実施している。NPO法人海辺つくり研究会は、アマモ場造成や自然体験教室、出前授業などのほか、江戸前の水産物を有名シェフが料理し楽しむ会等も開催している。江戸前漁師を元気にする会は、首都圏の消費者が手軽に江戸前水産物を購入する機会を提供すべく、首都圏各地でPRと直売活動をおこなっている。ハマの海を想う会は、横浜を中心に清掃活動や生物観察会、ハゼ釣り大会などを通じて子供たちが東京湾に接する機会を提供している。横須賀海の市民会議は、横須賀市東部漁協と連携して子供たちにわかめ養殖体験を提供している。そしてもちろん、東京水産振興会も江戸前PTの主要メンバーである。豊海おさかなミュージアムでの情報発信や食育セミナー(さかな丸ごと食育)、海藻おしば教室などのワークショップ開催のほか、上述の海辺つくり研究会などとの連携による「江戸前ハゼ復活プロジェクト」の推進などにより、海と魚介類の魅力や東京湾のマハゼ情報などを広く発信・啓発している。これら個々のPTメンバーの活動に加え、我々が江戸前PT全体として最も力を入れている活動が、東京湾大感謝祭と連携した魚食普及活動である。次節ではその概要を紹介する。