水産振興ONLINE
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2022年7月

ウナギの寝床創り

柵瀬 信夫(鹿島建設株式会社 環境本部)

12. 庵原川の市民科学ウナギ調査

静岡県清水港内に河口を持つ庵原(いはら)川では、地域住民団体が実施主体となって、県・市・大学・企業・公益団体が支援をする石倉カゴを用いたウナギ調査が、2017年から始まりました。その方法は水産庁調査に準じたもので、2017年、河口より1.2km上流の中流域に2基の石倉カゴを設置し、2018年に河口より200mの塩水防止堰下流部に2基を、さらに河口より2.8kmの上流部にも1基を加えて、河口600mの洗掘防止工事を行った護岸にも設置しました(図-23)。

図-23 庵原川の石倉カゴ設置地点
図-24 庵原川と清水港内の表面水温と塩分量変化(2020年静岡県資料)

庵原川河口にはシラスウナギの来遊が毎年あり、来遊期の1~4月には、護岸での小型掬網で、採捕は10名程度で行われています(図-24)。この調査では、河川管理者の静岡県土木部がコンクリートブロックの代わりに、石倉カゴが洗掘防止と生き物の棲み処の両機能を有することを把握する目的がありました。さらに、調査の形態は、国や自治体・大学などの研究機関が実施する調査研究とは異なり、地域住民が主体になる「市民科学」に属するものです。ウナギのことを多くの人々に知ってもらうために、調査結果と活動内容を、支援団体である(一財)東京水産振興会のホームページ「いはらの川再生プロジェクト」(https://ihara-river.suisan-shinkou.or.jp)で公開しています(調査例は図-25)。

図-25 2021年11月 庵原川石倉カゴ調査実施例

ウナギが自主的に石倉カゴを利用する状況を示すのが採捕結果です。53mmの約0.2gのシラスウナギから、786mm・777gの銀化した下りウナギまでが石倉カゴを利用し、2017年から2022年の6ヵ年での総採捕個体数は535個体でした。この内、河口域では481個体、河口1.2km上流は45個体、河口2.8km上流では0個体で、河口域にウナギが集中している状況がありました。河口600m上流の9個体が上流1.2kmの地点より個体数が少ないのは、河口600mと1.2kmの中間点にたびたび農薬が流出する支流の合流があり、その影響が個体数に及んでいると思われます。採捕個体の成育状況を検討するため、全長と体重の関係を(図-26)に示しました。

図-26 庵原川で採捕された全てのウナギの全長と体重の関係(N-535)

全長が400mm程になると体重が急に増加する状況がありました。この状況は他地域での石倉カゴで採捕された個体も同様のもので、特別な状況はありませんでした。現地での採捕時の個体は、小型個体は細く長い、大型個体は短く太いとの状態を示し、全長450mm、体重150g前後以上になると銀化個体が出現しました。採捕個体には個体識別を目的にしたPitタグを各個体の腹腔内へ挿入しました。挿入個体の最小は113mm、2.6gの個体でした。2017年から2022年の標識個体は全採捕535個体の内、472個体(88%)で、標識個体の再捕は6年間で230個体(43%)。再採捕の最長は1778日で、4回再捕される個体もあり、この再採捕した標識個体から、石倉カゴを利用する状況があることがわかりました。調査は、5~6月、8~9月、10~11月に行いました。河口域では5~6月では大型個体は少なく、100g以下が多く採捕されました。10~11月で銀化200g以上の大型個体が集中し、小型個体もそれに加わっています。2017年から2021年の石倉カゴで採捕された個体と標識個体の体重での生育状況を図-27に示しました。

図-27 2017~2022年の庵原川で採捕された個体体重と標識個体の成育状況

銀化して海へ向かう準備中の下りウナギは11月に河口部で採捕されています。特に2020年11月は、最小全長458mm・体重133g、最大全長765mm・体重756gの範囲内で17個体が採捕され、2021年11月では、最小全長479mm・体重150g、最大全長786mm・体重777gの範囲内で24個体が採捕され、銀化した下りウナギの状況がありました。加えて、標識個体はこの2年間で3個体で、銀化したものはどこから来たのかと思う次第です。下りウナギは、この河口域に設置した石倉カゴを、海へ向かう準備のために利用している様です。翌年の2021年の5~6月には、下りウナギの採捕はありません。それにかわってシラスウナギなどの稚魚や小型個体が採捕されています。2020年11月以降に海に降ったウナギが多いことが、多数個体を採捕している豊橋の汐川干潟に設置した石倉カゴの採捕結果からも得られていることから、1年を経過した2021年12月から始まるシラスウナギの採捕が多くなるようであれば、「親がいれば、子供は増える」シラスウナギの来遊予想が下りウナギの状況で出来るかもしれません。かつて西日本の河川で、設置されたヤナに落ちアユと一緒に獲れた下りウナギの状況から、シラスウナギの採捕予想をしたとの話がありました。始まったばかりの10月以降の下りウナギの漁獲禁止が進めば、親ウナギを増やすことに寄与し、シラスウナギ減少の対策になる可能性もあるでしょう。生育状況の把握は、標識個体の再捕による全長・体重の増加が目安になります。河口域での、シラスウナギから標識挿入可能な段階までの標識が無い小型個体の生育は、採捕状況から推測し、図中では–––線で示しました。それ以降は標識個体の結果と、全長・体重が近い個体の結果も参考につなぎ組合わせて連続した生育状況を推定し、それを図中の——線で示しました(図-27)。2017年度(2016年12月~2017年4月)のシラスウナギ来遊期に加入したものが、2021年度には下りウナギに生育可能な状態に進むことが示されました。2017年から2018年8月の期間は標識挿入ができないため推定しましたが、それ以降は標識個体の結果を用いました。生育率を推定したシラスウナギから全長300mm・体重30g前後までの日間成長率は0.03g/日でした。この全長300mm・体重30g以降は、標識個体の結果から、2線に分かれました。生育の良い1線は、2019年8月から2020年10月の期間の日間成長率は0.26g/日で、これ以降、2021年5月までに体重は330g(全長589mm)に達し、この期間の日間成長率は0.85g/日で、全体では0.55g/日(301g/654日)でした。そして、もう1線は、日間成長率は0.16g/日(103g/626日)のゆっくりした成長が示され、2021年5月に130g(全長482mm)に達し、両2線の個体は、2020年・2021年の銀化した下りウナギの範囲に入っていました。この2線の状況は、文献にある雌雄分化する全長300mm・体重30g前後と一致し、さらに分化してからの体重増加は、雌と雄の特性が現われ、雌は雄より大きくなる状況があることを示しています12。この様に、シラスウナギからの連続した生長状態から、庵原川に加入したシラスウナギは、銀化して海へ下れる状態に達する年限を5年以上と推測しました。2021年10~11月の体重100g~200gの個体は、2020年10月~11月から急激な成長が見られ、この一群は2018年度(2017年12月~2018年4月)に、シラスウナギとして加入したものと推定しました。そして、体重100g以下の小型個体採捕結果を整理すると、30~70gの標識個体の生育状況から2019年度(2018年12月~2019年4月)にシラスウナギとして加入したもので、30g以下の採捕個体は2020年度(2019年12月~2020年4月)に加入し、この内10g以下は2021年当年に加入したものでしょう13

加えて河口域以外では、石倉カゴを2017年5月にはじめて庵原川の河口1.2km上流の中流域に設置して、その1ヶ月後の6月18日に石倉カゴ内の石を除いてウナギの採捕調査を実施し、そこで採捕した3個体にpitタッグを腹腔内に挿入し標識個体として、再設置した石倉カゴに放流しました。

この放流した全長278mm体重24.0gの個体(pitタッグNo7619)が364日経過した2018年6月3日に同じ石倉カゴで採捕され、全長292mm体重28.5gに生育し、この期間での日間成長率は0.01gを示しました。そして、これから1432日経過した2022年5月5日(標識挿入から1778日)に再び採捕され、全長540mm、体重240.0gに生育して、日間成長率は0.15gを示し、一例ではありますが中流域での5年間に至る生育状況(図-27・図中の——線、図-28)と石倉カゴの利用が判明し、シラスウナギとして庵原川に加入遡上し2017年に採捕されるまでの生育期間を2年と推測すれば現在まで7年を要しているようです。

図-28 PitタックNo.7619 5年間の生育状況

これまで感覚的に増えた減った、影響があるないといわれたことを、数値で確認することで一応の理解を得ることができます。そのために様々なものが技術革新によって「見える化」ができるようになっていますが、こうした「見える化」の共有を地域や利害関係者と計り、持続を基本にした有用技術の開発と実行が技術者や研究者に求められています。

  • 12:Tesch, F.-W., The Eel-Biology and Management of Anguillid Eels, Chapman and Hall Press, London, pp.189, 1977
  • 13:曽田一志・石田健次、聞き取り記録神西湖におけるウナギについての聞き書き、島根県水産技術センター研究報告書、8,pp.65-76, 2015年