水産振興ONLINE
635
2022年7月

ウナギの寝床創り

柵瀬 信夫(鹿島建設株式会社 環境本部)

7. シラスウナギ採捕記録

2016年、水産庁はシラスウナギの採捕状況と流通を正しく把握する目的で、採捕関係者への聴き取り調査を始めました。そこでは、水産庁の算出値と都府県採捕報告値とに差異がありました。その原因として、1) 採捕者が他人に自分の採捕数量を知られたくないのと、調査するのが面倒などの理由で報告しない。2) 採捕者が指定された出荷地以外へ、より高い価格で販売し、その分の報告をしない。3) 無許可による採捕、などが都府県から指摘されています1。施策を図るには正確な情報が必要です。それは情報収集の確かな調査技術によることになりますが、本件では不充分な技術があったのでしょう。採捕者から採捕数量を含む現場からの情報収集では、この水産庁報告よりさかのぼる2008年、神奈川県藤沢市漁業協同組合が自主的に始めた調査があります。これは組合が許可している引地川河口海岸のシラスウナギ採捕状況とその結果から漁場の資産価値を把握することを目的にしています。

調査は市民参加型漁業として藤沢市民に限って、組合が一括して県知事からのシラスウナギ特別採捕許可を得て、登録した全ての採捕者に、毎日の採捕場所、採捕時刻、採捕量、売り先を記入する月別記録紙を配布し、記入したものを次月10日までに組合に提出することを義務づけています。加えて売り先の登録した集荷者にも各採捕者からの買取数量と価格を記入する記録紙を配布し、組合への提出を義務づけました。組合に提出された記録紙は、組合内で集計を行い月別報告として県へ提出しています。さらに各日の一人当たり、各時刻採捕量の算出を行っています(図-5)。

図-5 回収された採捕記録紙(実物)

藤沢漁協登録の採捕者数は2008年~2021年での期間60~100名、集荷者は3名でした。採捕期間は前年12月から当年4月末までで、2016年からは来遊初期の大型個体を遡上促進させるために12月15日に採捕開始を遅らせています。

採捕されるシラスウナギは、相模湾湾奥部の引地川河口に来遊し集中するものを対象にしています。引地川は小河川で、河口は狭く、河口内も浅いため、シラスウナギは河口で止まり、河口の渚線に採捕場所が形成され、各採捕者は渚で大型の掬網を用いて、寄せる波、引く波に乗るシラスウナギを波ごと掬い取る方法で行われます(図-6、7)。2008年から2021年の調査結果から、2009年(113.7kg)、2017年(53.6kg)、2020年(42.8kg)は豊漁年で、2019年(12.6kg)は全期を通して最も捕獲量が少ない凶漁年でした。この採捕量資料を、1970年代から各年の月別採捕資料の集計を公開している静岡県の全体の採捕量資料と照合すると各年の変化は類似していました。

図-6 引地川河口 シラスウナギ採捕場所と採捕風景
図-7 引地川河口で採捕されるシラスウナギ

加えて水産庁が集計し公開している全国の各年別の採捕量の資料も類似し、さらに1973~1981年の期間、筆者が調査した同じ引地川河口での採捕量資料と静岡県の資料を照合した結果も類似し、この状況から各年の採捕量(=来遊量)は地域での採捕量の差はありますが、変化は類似していました(図-8、表-2)。

図-8 1973~1981・2008~2021年のシラスウナギ採捕量
表2 2008~2021年 引地川と静岡県の各年各月の採捕量とその比率(%)

そして、月別の採捕量動向も、2009年、2017年、2020年の豊漁年は12~1月に採捕量が集中する特徴があり、1973~1981年の期間でも同じ傾向があり、手元資料の相模湾と駿河湾でも同様の状況は全国的なものかもしれません(表-3)。

表3 1973~1981年 引地川と静岡県の各年各月の採捕量とその比率(%)

しかし、全国での正確な採捕量調査が行われていないため確認はできませんが、シラスウナギ採捕地での買取浜価格に反映されています。手元資料から、近年の採捕量は1973~1981年の水準からは大きく減少し、小さな変動の繰り返しの中で、さらなる減少が起こる可能性も考えられます。そして、一組合が自主的に行なっている現場での採捕量調査を見本にして各地で実施することで正確な採捕量の把握ができ、得られた情報を整理し、他の調査との組み合わせで、近い将来、シラスウナギの来遊予測ができるかもしれません。河口に姿を現した後のシラスウナギの行動は、採捕状況の結果から知られていますが、その前の河口に向かう海岸での生きざまは不明でした。宮崎県水産試験場では、2002~2003年に、県内の代表的なシラスウナギ採捕地の一ツ瀬川河口で採捕したシラスウナギを赤色蛍光色素(FX)で生体染色した個体を用い、河口海岸での行動を知る標識放流を行いました5,6。放流は、2003年12月22日午前11時30分に、一ツ瀬川河口沖合4,000m(水深16m)地点で4,700個体の標識個体を放流しました。放流後、同日の夜半には一ツ瀬川河口に設置されたシラスウナギ定置網に47個体の標識個体の採捕があり、2日目の夜半に多くが採捕され、4日目には採捕は減少しました。この間、標識個体の採捕数は912個体、再捕率は19%を示しました。この結果から、最速のシラスウナギは秒速では6.8㎝で昼間も河口に向かって泳ぐことが示されましたが、多くの標識個体は、24時間以上かけて4,000m先の河口に向かうことが判明しました7

  • 1:水産庁、ウナギをめぐる状況と対策について、11月, pp.1-24, 2021年
  • 5:柵瀬信夫・池森雅彦・新崎盛敏、新しい蛍光染色剤によるシラスウナギの標識、日本大学農獣医学部学術研究報告36号、pp.225-289, 1976
  • 6:Wann-Nian, Tzeng., Dispersal and Upstream Migration of Marked Anguillid Eel, Anguilla japonica, Elvers in the Estuary of the Shuang River, Taiwan, Bulletin of the Society of Fisheries Oceanography, Number 45, pp.10-19, 1984
  • 7:栗田壽男・松浦光宏・稲野俊直、一ツ瀬川河口沖におけるFXによるシラスウナギ標識放流結果について、宮崎県水産試験報、pp.1–6, 2003年