水産振興ONLINE
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2022年7月

ウナギの寝床創り

柵瀬 信夫(鹿島建設株式会社 環境本部)

6. 放流は小型個体で

天然ウナギの漁獲量を増やす目的で、古くからウナギ移植放流事業が行われています。記録にある放流事業は、1900年に堰の完成で稚ウナギの遡上が出来なくなった我国最大の琵琶湖で行われ、その放流によって漁獲量が9倍になったとの報告があります。これに続き各地を代表する湖沼で放流事業が行われ、多くは放流効果を示し、漁獲量の増加に寄与しました。特にニホンウナギが生息していない北海道の塘路湖では、1931年から1963年まで放流が行われ、この放流でウナギ漁業が成立したとの記録があり、かつての放流事業は漁業振興が基本になっていました4(図-4)。

図-4 本文で記載されている地点

今多くの内水面漁業協同組合が実施している放流事業は、漁業権免許更新条件にある増殖活動を目的にしたものです。特に河川での放流効果の判定は不問とされています。しかし、近年は、放流効果判定や放流効果を高めるための検討や試行も始まっています1。放流効果が認められたかつての事業と、近年の事業では、放流目的に違いがあります。シラスウナギが大量に獲れたかつての放流では、10万個体以上のシラスウナギなどの小型個体を放流しました。今は養殖生産のなかで間引きされた50g~300gの個体が用いられ、kg当たり5,000円~7,000円で放流用としての価格で取引され、多くの組合では放流費用制約のなかで小規模な放流が行われています。そして、両者の放流での個体の大きさや数量の違いは、今の酸素入りビニール袋での運搬方法がなかったかつては、ウナギの強さを利用し、重い水を用いず、木箱に湿った衣を敷き込み、その上に小型個体を大量に収容し、その箱を重ね、氷などで保冷して遠方に運搬する方法しかなかったことにあります。近年、いくつかの組合で、組合員が採捕したシラスウナギを集めて成育し、放流していますが、採捕量の減少や高価格のため多くは集まらず、かつてのような大量の放流にはなっていません。

前述した汽水湖の島根県宍道湖は、日本海から中海を通って大量のシラスウナギが遡上し、それが育って1990年頃までは年間40tも捕獲される天然ウナギの産地になっていました。しかし、近年遡上するシラスウナギの減少と農薬の影響による事態などで、漁獲量は急激に低下し、その対策として組合は放流事業を開始しました。

筆者が組合から聴き取りした放流事業の概要は、kg当たり50~100個体以下の小型個体を毎年300~500kg放流することが行われています。この結果、近年は10t前後の漁獲量が維持されています。これ以下は聴取からの推測ですが、放流個体価格が7,000円/kgの場合、500kgの放流個体の費用は3,500,000円です。天然ウナギの市場価格が5,000円/kgとすると、漁獲量10tで50,000,000円になります。それは漁獲額が放流費の10倍以上になり、放流効果が認められます。その放流効果によって地元の松江では、飲食店の品書きのウナギ蒲焼きには養殖と天然のふたつがあります。天然は養殖より1,500円程度高い価格で、天然うなぎの蒲焼が普通に食べられる我国では唯一の地域です。この宍道湖での放流効果を示す要因を推測すると、順応性が高い小型個体を大量に放流することと、泥にもぐる習性があるウナギが広い湖底に堆積した底土を生活域にし、そこに生息する初期餌料でもあるユスリカ幼生、イトミミズ、ゴカイ、エビ類、ハゼ類など汽水での多種多様な生物を餌料にすることで生育を促進させているのでしょう。そして狭い空間で競争があり鳥などの食害もある河川の放流後の状況とは異なります。近い将来、河川放流は期待できないので、海につながる湖沼などに、この小型個体を放流し、天然の状態で海へ下る親ウナギを育て増やすことも必要になるでしょう。

  • 1:水産庁、ウナギをめぐる状況と対策について、11月, pp.1-24, 2021年
  • 4:松井魁、鰻学(養成技術篇)、恒星社厚生閣、pp.471-475, 1972年