水産振興ONLINE
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2022年3月

定置網の急潮被害と対策
—本日天気晴朗なれども浪高し(潮速し)—

石戸谷 博範(東京大学平塚総合海洋実験場)

4. おわりに

本稿では、「本日天気晴朗なれども潮速し」という現象として、①定置網漁場の沖を台風が通過した後、通過直後と数時間~1日遅れて「天気晴朗」な天候の下に発生する急潮と②気象とは無関係に「天気晴朗」な海で発生する黒潮の影響による急潮の2点についてお話ししました。

定置網が破壊される時の急潮の現場における流動特性と流水抵抗の増加機構から、急潮被害の防止策は次のように整理することができます。

急潮時には、台浮子の錨綱や渡綱に張力が集中しますので、その漁場の最大流速や最大波高より、十分な設計強度を持たせることが重要です。さらに、各部の網地は漁獲を損なうことなく、大目合化を図り、錨綱や渡綱の張力を削減します。日常の網の管理と急潮予報に対応する緊急対策として、網・側張の付着生物などの汚れを除去し、目詰まりと増重に伴う抵抗の増大を防止するとともに、張力が集中する台錨綱の固定状況を定期的に点検します。また、黒潮の接近に伴う急潮予報が行われています。急潮警報が発せられてから数時間~1日半後に定置網に急潮が到達します。この間に、まず箱網や運動場を撤去して網自体の破網防止と抵抗削減を図ります。台風が漁場の沖を通過した場合、通過直後と数時間~1日後に急潮が発生する可能性があるため、台風通過前に箱網が撤去できなかった場合でも、漁獲物はできる限り速やかに水揚げします。また、撤去した網は台風通過後の2日以上後に、急潮が静穏化してから設置することなどが急潮に対する定置網被害防止対策として重要であると考えられます。

本文冒頭の「本日天気晴朗なれども浪高し」の秋山中将は、当時、ブリ漁が豊漁(図35)でした相模灘を見渡す小田原対潮閣で療養をし、104年前の1918 (大正7) 年2月4日未明に「皆さんいろいろお世話になりました。これから独りでゆきますから。」「不生不滅 明けて鴉の 三羽かな」と別辞を述べられ他界(49歳11か月)されました。

図35 秋山中将と同時代の相模灘のブリ豊漁
(1916 (大正5) 年1月24日 岩江漁場 ブリ6万本)

近年、台風の大型化や陸地の直前での発生が現実となり被害が発生しています。沖通り台風のみでなく、直撃型台風、爆弾低気圧、逆走台風の場合にも、被害の大規模化が不安となっています。

「本日天気晴朗なれども浪高し」の言葉から、海と気象の深い繋がり、地球規模の海流の動きを日夜、研究、注視して、定置網漁具に十分な設計強度を具備させ、うねりや強風が発生して、網撤去作業が危険になる前に、また、黒潮等に起因する急潮が定置網に襲い掛かる前に、早期に網抜きなどの対策をして網を守ることを心から願っております。

参考文献

  • 石戸谷博範 (2001) : 相模湾における急潮と定置網の防災に関する研究. 神奈川県水産総合研究所論文集 第1集
  • Matsuyama,M., Ishidoya,H., Iwata,S., Kitade,Y., Nagamatsu,H. (1999) : Kyucho induced by intrusion of Kuroshio water in Sagami Bay, Japan. Continental Shelf Research, 19, 1561-1575.
  • Matsuyama,M. (2012) : Kyucho ˙˙˙ Disaster Due to Coastal Strong Currents. Journal of Tokyo University of Marine Science and Technology, 9, 1-3
  • 石戸谷博範, 岩田静夫, 松山優治 (1995) : 1994年1月9日に起こった急潮現象と定置網の挙動. 水産海洋研究, 59 (2), 190-196
  • 石戸谷博範 (2005) : 両中層網の網成りと側張強度に関する研究. 神奈川県水 産総合研究所研究報告, 10, 21-31
  • 石戸谷博範 (2010) : 宇田賞受賞記念講演「相模湾の急潮と定置網漁業防災 対策に関する研究」. 水産海洋研究, 74 (1), 69-75
  • 石戸谷博範 (2014) : 急潮 : その発生機構, 予報, 対策. 水産海洋学入門, 84-89、水産海洋学会, 講談社サイエンティフィック
  • 宇田道隆 (1984) : 海と漁の伝承, 玉川大学出版部
  • 赤羽敬子, 黒田寛, 高橋大介 (2014) : 房総半島東岸沖で観測された急潮の特徴. 海の研究, 23 (3), 73-86
  • 井桁庸介 (2005) : 沿岸捕捉波による相模湾の急潮に関する研究. 東京水産大学大学院博士学位審査論文. 1-139
本稿と関連した「定置漁業研究報告書」を東京水産振興会の運営するウェブサイト「水産振興ONLINE」内の「資料館」ページで公開しています。定置漁業研究コラムの情報もあわせてご覧いただけます。
https://lib.suisan-shinkou.or.jp/shiryokan/teichi-gyogyo-kenkyu.html