水産振興ONLINE
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2021年9月

内水面漁協による環境保全活動について

玉置泰司(国立研究開発法人 水産研究・教育機構元中央水産研究所経営経済研究センター長)
坪井潤一(水産技術研究所 環境・応用部門 沿岸生態システム部 内水面グループ主任研究員)
阿久津正浩/高木優也/久保田仁志/吉田 豊/小原明香/山口光太郎/関森清己/星河廣樹/澤本良宏/傳田郁夫(主担当者)

第2部 各県詳細調査

4. 長野県水産試験場

(1) 大北漁業協同組合連絡協議会(長野県)による外来魚駆除と河川湖沼浄化対策

主担当者
澤本良宏
大北漁業協同組合連絡協議会の概要

大北漁業協同組合連絡協議会(以下、協議会)は青木湖漁業協同組合、木崎湖漁業協同組合、北安中部漁業協同組合(以下、それぞれ青木湖漁協、木崎湖漁協、北安中部漁協)、姫川上流漁業協同組合(以下、姫川上流漁協)の4漁業協同組合と、関係行政機関(長野県北安曇地方事務所、大町市、白馬村、小谷村)で構成され、1976年9月の発足以降40年以上にわたり活動している。

設立当時の経緯については不明であるが、1968年には隣県富山県の神通川におけるイタイイタイ病はカドミウムが原因と認定され、1970年には水質汚濁防止法が制定されるなど、公害や河川環境に対する国民の意識向上が、漁業協同組合の環境保全活動を活発化させる背景であったと推察される。

また、この地域には、東京電力、中部電力、関西電力の発電所以外にも化学工業関連企業等の小規模発電所数カ所が存在し、これらによる河川分断等による影響も設立の要因の一つと考えられる。

協議会を構成する4漁業協同組合の位置する大北地域は、北アルプスから後立山連峰を境界として岐阜県、富山県、新潟県に接する大町市、北安曇郡白馬村、小谷村周辺の長野県北西部である(図1)。協議会は、県北安曇地方事務所が事務局となり、漁協負担金約50万円、企業等協力金・協賛金約65万円を主な収入源として運営されている。

図1 大北漁業協同組合連絡協議会構成漁業協同組合の位置

各漁業協同組合の概要を表1に示した。姫川上流漁協は白馬村、小谷村を流れる渓流魚を主要魚種とする姫川の本支流を管轄し、新潟県境では糸魚川内水面漁協との共同漁場でアユを漁業権対象種としている。北安中部漁協は信濃川の源流部にあたり、槍ヶ岳を源とする高瀬川水系が主な漁場で、渓流魚主体の漁場であるが、大町市の市街地を流下する農具川ではアユも漁業権対象種とする。また、農具川は木崎湖を水源とするため、外来魚のオオクチバス、コクチバス、ブルーギルが生息する。木崎湖漁協は農具川上流に位置する木崎湖を管理し、コイ、フナ、ウグイ等のコイ科魚類や陸封型サクラマス系群であるキザキマスやワカサギが重要な魚種である。また、オオクチバス、コクチバス、ブルーギルが生息している。青木湖漁協は農具川の最上流部にあたる青木湖および中綱湖を管理し、コイ、フナ、ウグイ等のコイ科魚類やワカサギ等の湖沼性魚類、ヒメマスが重要な魚種であり、木崎湖同様にオオクチバス、コクチバス、ブルーギルが生息している。

表1 大北漁業協同組合連絡協議会構成漁協の概要
△:糸魚川内水面漁協との共同漁場(新潟県境)のみ漁業権魚種
外来魚:L(オオクチバス)、S(コクチバス)、B(ブルーギル)

なお、人口約3万人の大町市に北安中部漁協、木崎湖漁協、青木湖漁協の3漁協が存在することから、流域人口が少ない木崎湖漁協、青木湖漁協の規模は特に小さく正組合員は100人に満たない。

活動内容
ア.水産業振興に関する事業
(1) ブラックバス等外来魚駆除活動及び対策等の検討

姫川上流漁協管内ではブラックバス等外来魚の生息は確認されていないが、北安中部漁協、青木湖漁協、木崎湖漁協にはオオクチバス、コクチバス、ブルーギルが生息しており、在来魚や生態系への影響が懸念され、外来魚駆除事業は30年以上継続している。外来魚侵入当初は、漁協組合員が主体となって地引網等が実施されていたが(図2)、現在では子供への啓発を主眼に市民参加型の駆除釣り大会に移行している(図3)。

図2 地引網による駆除(1986年)

図3 外来魚駆除釣り大会(2015年)
(2) 淡水魚の消費拡大対策の実施、観光と連携した漁業振興

大北地域は黒部立山アルペンルートや八方尾根スキー場をはじめとする多くのスキー場があり、観光はこの地域の重要な産業である。このため、地元の民宿、ペンション、民泊施設等の小規模宿泊施設への淡水魚消費拡大を兼ねた料理講習会、親子料理教室(図4)、地元の河川湖沼で漁獲された魚を販売する「淡水魚の日」の開催、地元小中学校への給食食材(ワカサギ)によって、身近な河川湖沼の保全の重要性をPRしている。その他に先進地視察研修等も行っている。

図4 料理教室(左:2015年、右:1984年)
イ.河川湖沼浄化対策に関する事業
(1) 河川湖沼浄化対策に係る講演会、懇談会等の開催

木崎湖を研究フィールドとしていた西條八束名古屋大学名誉教授、農具川の多自然型工法の調査をしていた中村俊六豊橋技術大学名誉教授等、河川湖沼に関する調査で著名な研究者を講師とし、一般市民にも開放した講演会、研修会を開催した(図5)。

図5 河川湖沼浄化講演会
(左:西條八束名古屋大学名誉教授、右:水野寿彦大阪教育大学名誉教授)
(2) 水環境保全浄化啓発活動の実施

啓発のために立て看板、カレンダー(図6)、ポスター(図7)等の作成・配布。川や湖を考えるきっかけとして魚のつかみ取りを開催している(図8)。

図6 啓発カレンダー

図7 啓発ポスター

図8 魚のつかみ取りイベント
(3) 水質調査、河川湖沼清掃活動等の実施

各漁場においてはそれぞれの漁協が日常的に漁場の監視を行っているが、大北地域での河川湖沼一斉清掃(図9)、管内河川湖沼の30か所の水質調査を行い、環境保全をアピールしている。

図9 河川湖沼一斉清掃
考察

大北地域の各漁協の規模は小さく、漁協それぞれで外来魚駆除等の環境保全活動を継続的に行うことは漁協経営的にも困難を伴う。本協議会はこれら「小さな漁協」が地域的なつながりを基盤に連携することによって企業協賛金等の活動資金の確保を可能にし、さらに市、村、県といった行政組織との連携が図られている好例である。

しかし、大町市の人口は1960年の約4万人をピークとして、2015年から2040年にかけて人口は28,041人から17,353人に減少し、老年人口割合は35.3%から46.6%に増加すると推定されている。同様に、白馬村でも人口は8,929人から7,226人に減少、老年人口割合は29.4%から43.8%に増加、小谷村でも人口は2,904人から1,601人に減少、老年人口割合は29.4%から43.8%に増加すると推定されている(『日本の地域別将来推計人口(2013年3月推計)』、国立社会保障・人口問題研究所、2013年)。今後、各漁協で組合員の高齢化とそれに伴う組合員数減少が進めば、組合員の賦課金収入が減少し、漁協の経営に大きく影響を及ぼすと予想され、漁協の存続さえ危ぶまれる事態になりかねない。

また、各漁協の賦課金収入が減少すれば、漁協経営のために遊漁料収入への依存度がますます高まる。遊漁者を増やすためには、漁業資源の維持・増進は不可欠であり、そのために豊かな環境を保全する活動はますます重要になってくることから、小さな漁協が連携する本協議会の活動はより一層重要になると考えられる。さらに、遊漁者を巻き込んだ環境保全活動とすることで、組合員の高齢化へも対応することが今後は望まれる。

(2) 諏訪湖漁協(長野県)による各種環境保全活動

主担当者
傳田郁夫
諏訪湖漁業協同組合の概要

諏訪湖漁協は、長野県諏訪市、岡谷市、下諏訪町の2市1町に囲まれた諏訪湖を主な漁場としている(図1)。2016年1月現在の組合員数は、正組合員652人で准組合員はいない。漁業権は、第5種共同漁業権、第1種共同漁業権及び第1種区画漁業権が免許されており、漁業権魚種は表1のとおりである。

図1 諏訪湖漁協の位置

諏訪湖漁協の事業収入は約8,000万円(2012~2016諏訪湖漁協事業年度平均)で、収入の約6割が漁獲物の販売収入、約2割が遊漁料収入、残りの2割が補助・助成金や賦課金等によるものである。主要魚種はワカサギで、ワカサギ卵が全国各地に放流用として出荷されているほか、ワカサギの加工品は地域の特産物となっており、遊漁者の大部分もワカサギの釣り客が占めている。

表1 諏訪湖漁業協同組合の漁業権の種類と漁業権魚種

諏訪湖の漁獲量は減少傾向にあり、ピークの1970年には500tを超える漁獲があったが、ここ数年は10t台まで落ち込んでいる。2016年7月にはワカサギ等の大量死亡が起こるなど、富栄養化の改善に伴い諏訪湖の環境が不安定になっていることが漁獲量減少の大きな要因と考えられるため、諏訪湖漁協では漁場環境の改善に向けて積極的に提案を行うとともに、外来魚駆除やカワアイサ等の魚食性鳥類の追い払に努めるなど、水産資源を守る取り組みを行っている。

諏訪湖は、ほぼ全周を市街地に囲まれているという立地条件から、地元住民の諏訪湖に対する関心が高く、環境保全意識の高い人が多い。諏訪湖漁協でも、「諏訪湖を守ること=諏訪湖の漁業を守ること」との意識が強く、行政や地元の民間団体等と協働で諏訪湖の環境保全活動にも積極的にかかわっている。

活動内容
諏訪湖漁業協同組合の事業計画 

諏訪湖漁協では、次の基本方針に沿って事業を実施している。

(2017年度事業計画)
1 基本方針
  • (1) 漁業権に基づく漁場管理の徹底を図る。消失した魚の増殖に重点をおく。
  • (2) 諏訪湖再生事業を、官民が一体となって実施する。広報にも配慮する。
  • (3) 諏訪湖における魚介類の漁獲高を当面250tに戻すための施策(特に湖底貧酸素対策)を展開する。また、2017年春のワカサギ採卵が不調だったためこれの対応を図る。
  • (4) 諏訪湖漁協の改革9年間の実績を踏まえ今後も継続的に収益化確保できる体制を維持し、将来を見据えた費用配分を実施する。

環境保全に関する事業は、(2) の諏訪湖再生事業及び (3) の漁獲高回復のための施策の展開の一環として取り組んでおり、広報にも配慮し積極的に情報発信していくことも基本方針に盛り込んでいる。

具体的な活動
(1) 諏訪湖環境改善行動会議への参画

諏訪湖環境改善行動会議は、官民協働による諏訪湖の環境改善を図るため、行政や関係団体、市民団体等により設立された会で、諏訪湖の適切な水質の実現、多種多様な魚介類や植物等を育む均衡のとれた生態系の確保、人々にやすらぎを与える水辺空間の創出等を目的に活動している。諏訪湖漁協はこの会の主要なメンバーとして、漁場環境の保全のために積極的な提言を行うとともに、ヒシの除去や外来魚駆除など漁業者ならではの機動力を生かして活動に参加している。

(2) 環境改善に関する活動
① ごみ除去等への協力

諏訪湖ではしばしば出水に伴い、漁船のほか遊覧船やレジャーボートが航行の障害となる流木が流れ込む。漁業者がこのような流木を見つけた際には、自主的に回収しており、大型のものについてはその処分に行政が協力している。また、大雨の際には河川敷のヨシなどが大量に流入することがある。流入したごみの処理は基本的に河川管理者や地元の行政が行っているが、湖上の浮遊ごみを集めるに当たっては漁業者が漁船を使って協力している(図2)。このような場合は、諏訪湖漁協として有償で作業を請け負って、組合員が現場で活動することとなるが、迅速にごみを回収するのには漁師の小回りの利く機動力が貴重な戦力となっている。

図2 湖内の浮遊ごみ除去作業への協力(2013年)
② 清掃活動への参加

諏訪湖漁協では、地区ごとに定期的に漁港及び周辺の清掃活動を行い環境の美化に努めている。

③ ヒシ除去への取り組み

諏訪湖ではヒシが大量繁茂し、船の航行障害、水の滞留に伴う貧酸素水塊の発生、枯死後のヒシによる底質の悪化、景観の悪化等様々な弊害が生じている。このため、県の建設事務所が諏訪湖の水質浄化(栄養塩類の回収)を目的に水草刈取り船によるヒシ除去を行っている。また、諏訪湖環境改善行動会議や民間団体では、ヒシ刈り船が作業できない岸近くや河口付近で景観上から特に重要な場所などにおいて、手刈りによるヒシ除去を実施している。このような作業に当たっては、諏訪湖漁協が船と操船者を提供して一般の人を乗せて船上からヒシの除去作業を行っている。ヒシ刈り船の除去量に比べるとわずかではあるが、多くの人が実際に湖上に出てヒシや諏訪湖の現状を知る貴重な機会を提供している(図3、図4)。

図3 ヒシ除去作業への協力
図4 ヒシ除去作業への協力
(3) 調査研究への協力

諏訪湖では、諏訪湖漁協などによるヒシの大量繁茂や貧酸素層の拡大などの問題提起に対して、県がヒシの繁茂抑制対策の調査研究を進めている。また、2016年には、ワカサギ等の大量死亡が起きたことから観測体制の強化も図られている。これらの調査研究に当たっては、定点の目印や機器の設置等で船上作業が必要となるため、諏訪湖漁協が協力を行っている。基本的には請負で実施し、軽微なものは無償で協力している。漁業者ならではの諏訪湖の波浪等の特性に関する知識とそれに対処する技術は、安定的にデータを得るうえで不可欠なものになっている(図5)。

図5 調査研究への協力

また、諏訪湖漁協が独自に測定したデータや、詳細な漁獲の記録等の提供も行っており、諏訪湖の漁業資源の解析等を行う上で貴重なデータとなっている。

(4) 魚を守る取り組み
①食害対策

諏訪湖では、2000年からオオクチバスが急増し、2004年からはブルーギルも増加した。このため、漁業者が網漁具等を使って捕獲するとともに、2010年からは諏訪湖漁協が電気ショッカーボートを導入して駆除に当たっており、2010年以降、年平均3.4tの駆除を行っている。
また、諏訪湖では2003年頃から冬期のカワアイサの飛来が増加している。過去10年の平均では1,000羽ほどのカワアイサが飛来しており、ワカサギ等の食害が深刻になっている。カワアイサは世界的には希少な鳥類であること、諏訪湖は周囲を住宅街に囲まれていることなどから、有害鳥獣としての猟銃による駆除ができないため、諏訪湖漁協では冬期間中は船を使って追い払いをする取り組みを行っている。

②マコモの植栽とモニタリング

諏訪湖は昭和40年代から50年代に行われた護岸整備により、沿岸の植物帯や遠浅の砂地などが失われた。その後、河川管理者による水辺の修復の取組が行われている。諏訪湖漁協でも、水産多面的機能発揮対策事業を活用して、魚類の産卵・稚魚の育成場所としてマコモの植栽をするなど、魚類が棲みやすい環境の回復に努めている(図6)。

図6 諏訪湖漁協によるマコモの植栽
(5) 小学生等への学習の協力

諏訪湖漁協では、小学生が魚や諏訪湖に触れたり学んだりすることに積極的に協力している。
高島小学校の事例では、児童らが1年生の時から学校の池で魚を飼い始めたのをきっかけに交流が始まった。児童らは、池で魚を飼うことを通じて、諏訪湖の環境や生き物についても学習を深め、2年生の時には、学校の池でも水変わりによる魚の大量死亡なども経験した。3年生になった今年は、学習発表会に諏訪湖漁協の役員らを招いて、自分たちで考えた諏訪湖の魚を増やすための環境づくりについてのアイディアを提案した。また、12月には、児童らが学校の池で育ててきたフナやモロコなどを諏訪湖に放流した。この間、諏訪湖漁協では「子供たちの思いを大事にしなければいけない」と、飼育する魚や卵などの提供や意見交換、育てた魚の放流の場を提供するなどの協力を行ってきた(図7、図8)。

図7 高島小学校との交流(学習発表会)

図8 高島小学校との交流(児童が育てた魚の放流)

諏訪湖漁協では、このほか、小学校へのアマゴ発眼卵の提供、ヒシ抜き取り体験への協力、ワカサギの採卵体験などの活動も行っている。学習活動は学校主導であるが、諏訪湖漁協が協力的であることが浸透し交流が増えている(図9)。

図9 小学生等の体験学習への協力
(6) 勉強会等の開催

諏訪湖漁協では、2014年に日本シジミ研究所の中村幹夫所長をコーディネーターとして招き、「諏訪湖の漁場活性化シンポジウム」を開催した。シンポジウムは公開で行われ、組合員の学習の場だけではなく、一般の方への諏訪湖漁協の活動のアピールと意見交換の場として貴重な機会となった。また、2015年には、東京大学の山室教授と独立行政法人水産総合研究センター中央水産研究所(当時)の坪井潤一氏を講師として、水草や魚食性鳥類に関する勉強会を開催するなど、積極的に外部の有識者を招き組合員の知識向上に努めている(図10)。

図10 勉強会等の開催
考察

諏訪湖漁協では、子供たちの学習への協力に特に力を入れている。2017年に長野県諏訪地域振興局が取りまとめたアンケートでは、子供たちが諏訪湖でやりたいことの上位は、魚釣り、貝を採る、水辺で遊ぶ、泳ぐ、であるのに対し、実際にやったことの上位は、遊覧船、花火見物、散歩・ウォーキング、であった(図11)。子供たちは、諏訪湖や諏訪湖の生き物と直接触れ合うことを希望しているが、実際にはなかなかそのような機会がないことが見えてくる。諏訪湖漁協の取り組みは、このような子供たちに貴重な機会を与えている。ほとんどの組合員が、子供の頃に諏訪湖で遊び、多くの魚や生き物に触れた原体験を持っており、このような体験を子供たちに伝えることが諏訪湖を守りひいては諏訪湖の漁場環境や漁業を守ることにつながるという信念に基づいている。

図11 アンケート結果

ヒシの刈り取り、浮遊ごみの処理、調査研究等への協力は、規模が大きく経営基盤がしっかりしているゆえに可能な部分も多いが、漁協が自らの得意分野を自覚し「できることは協力していく」という姿勢は、規模の大小を問わず大切にすべき方針と考えられる。

諏訪地域は、地元住民の諏訪湖に対する関心が高い土地柄であるため、時には、カワアイサ問題のように漁業資源の保護と野生生物の保護といった軋轢を生む場合もあるが、諏訪湖漁協の主張には一定の理解が得られている。環境保全活動を「漁場を守るための取り組み」ととらえて積極的に行っていることで、諏訪湖漁協の活動が一定の評価を得ており、このことが地域において諏訪湖漁協の存在感と発言力を増す一つの要因になっていると考えられる。

(3) 志賀高原漁協(長野県)による在来個体群の保存

主担当者
澤本良宏
志賀高原漁業協同組合の概要

志賀高原漁協は、長野県下高井郡山ノ内町の志賀高原の中を流れる雑魚川、中津川を主な漁場としている(図1)。2018年1月現在の組合員数は、正組合員53人、准組合員44人と小さな漁協である。漁業権は、第5種共同漁業権が免許されており、漁業権魚種はイワナである。

図1 志賀高原漁業協同組合の位置図

志賀高原漁協は組合員数が少ない事もあり、事業収入の多くが遊漁料収入に依存しているが、2017年度の日券発行枚数は2,350枚、年券発行枚数は203枚で遊漁料収入は約177万円と少ない。

管轄する河川の内、雑魚川は在来イワナ個体群を保全するためにこれまでイワナの種苗放流は一切行わず、人工産卵場造成等で自然繁殖による資源維持を図ってきた。一方、中津川は群馬県野反湖から流下し、志賀高原漁協管内を通って新潟県津南町で信濃川に流入する。このため、上下流の漁協等で種苗放流が行われることから、積極的に在来イワナ個体群の保全活動は行っていない。

志賀高原は長野オリンピックのアルペン競技会場となるなどスキー・スノーボード等の冬をメインに観光地として有名であるが、スキー人口の減少とともに観光客数は減少傾向にある。

活動内容
ア.事業計画

2018年度の事業計画は以下のとおり

(1) 増殖について

(イ)増殖
原種保存の理想の達成を期して放流は行わないで、天然産卵場の設置と保持、そして漁場監視と漁場管理に努め、イワナの増殖に全力をつくす。なお、原種保存区を設置し、永久原種保存とし産卵場に関する研究を行う。
(ロ)長野県環境保全研究所・長野県水産試験場の協力により原種イワナの生態と遺伝子の解明等の学術調査を行う。
(ハ)天然イワナ産卵場の設置・管理(看板の更新設置)

(2) 漁場管理について(抜粋)

(イ)組合員の行使規則の厳守により漁場マナーの達成。
(ロ)漁場監視員は特に責任の励行をする。(違法漁業・密漁・漁場汚染・漁場損壊外来種密放流、禁漁区等の監視と取締)
(ハ)常に観光業者、土木業者、所管庁と話し合いを持つ。
(ニ)河川汚染(油の流出防止等)に関する監視及び指導。
(ホ)満水川の増殖について調査、長野県水産試験場とともにゾーニング調査を行う。禁漁区を設け、漁場にどれだけの増殖できるか調査を行う。
環境保全に関する事業は、(2) -(ハ)及び (2) -(ニ)として取り組んでいる。

イ.具体的な活動
(1) イワナ在来個体群の保全(以下、原種保存という)

志賀高原漁協の原種保存の根幹は「放流を行なわないで自然繁殖のみで資源維持を図る」ことである。このため、①天然産卵場の設置と保持(図2)、②原種保存区を設置し、永久に原種保存、③支流の多くを種川として禁漁指定(図3)、④より多くの親魚を残すため体長制限を20cmとする、⑤生息環境の保全、に取り組んでいる。

図2 天然産卵場の表示
 
図3 雑魚川の禁漁区
(支流は基本的に禁漁指定)

原種保存の取り組みの効果は、長野県水産試験場が協力して定期的に調査を行なっており(図4)、2017年の生息密度は禁漁区で0.89尾/m2、遊漁区で0.40尾/m2であった。また、ここ10年間のイワナ平均生息密度は全年齢で0.43尾/m2、1歳以上で0.16尾/m2であった。長野県内の平均的な生息密度は禁漁区0.32尾/m2、遊漁区0.26尾/m2であることから、非常に高い資源水準が維持されていると言える(図5)。

図4 長野県水産試験場による資源量調査

図5 雑魚川支流の生息密度の経年変化(左:全年齢、右:1歳以上)
(2) 環境保全活動

前項の①~④は志賀高原漁協の行使規則や遊漁規則等の規定で実現できるが、最も重要で困難なのが④生息環境の保全である。これまで志賀高原漁協は地道に取り組んできた結果、現在は地元の企業等にも理解が得られている。しかし、これまで民間事業者だけでなく行政等とも対立しながら現在の体制ができている。このためこれまでの経過を紹介する。

①水質維持の経緯

現在は観光地として有名な志賀高原の開発は1950年代から始まったとされている。その後、高度成長期、第1次スキーブーム等によって1960年代にホテル等宿泊施設が建設され、宿泊者数が一挙に増加した。当時、志賀高原には公共下水道等が整備されておらず、ホテル等がそれぞれ汚水処理設備を設置していたが厳寒地のため十分機能せず、たれ流しに近い状態であったと言われ、さらに化学洗剤や農薬の流入も疑われた。もっとも汚濁負荷が高かったとされる1974年頃の冬季には通常1~2°Cである河川水温が12°Cになり、色も黄色に変色して、ついにイワナの姿が見えなくなった。加えて、志賀野猿公苑のサルの28%に奇形が発生するなど事態は深刻化していった。
志賀高原漁協は水質分析結果を基に一の瀬地区のホテル等を告発し、さらに漁業権を盾に上水の取水を拒否する強硬手段に訴えることになったが、徐々に地域の理解も得られることになった。
その結果、1976年にBODが1,200ppmの汚水原水を排水目標基準5ppmにして排水する能力を有する「一の瀬共同汚水処理場」が完成した。総工費3億6千万円のうち9割以上が受益者負担であったが、水温上昇もわずかとなり徐々にイワナの姿が見られるようになった。この浄化機構は(株)国土計画が行った焼額山スキー場開発等にも波及し、雑魚川の水質が維持される原動力になった。

②環境維持の経緯

志賀高原では開発すべてを拒否するわけではなく、環境を守り維持していく対策を講じるのであれば開発も容認していた。長野オリンピック(1998年)では結果的に中止となったが、岩菅山への滑降コース設置も容認していた。川を守るには流域の環境全体が維持されなければならないとの考えであろう。

「ア)事業計画の2)-(ハ)常に観光業者、土木業者、所管庁と話し合いを持つ。」では以下のような具体的な工法が示され、これらの工法は長野オリンピック(1998年)のコース造成に採用されている。

  • (1) 表土復元によって自然を大事にする(表土に残った根から元の植生に戻る)
  • (2) 水は汚染しない。涸らさない。
  • (3) 使う水は沢からの表流水だけ(ボーリングしてはいけない)
  • (4) 山の木は出来るだけ伐らないで移植する。
  • (5) 水平溝(コースを横に走る排水路)を作って表土を流さない
  • (6) 巨石積(現場で発生した自然石を持ち出さず、有効利用)

また、上記以外にも「焼額山スキー場建設工事に伴う開発協議の覚帖」(図6)には、事細かく内容が決められているのがわかる。

図6 焼額山スキー場建設工事に伴う開発協議の覚帖
(参考図書「人に逆らっても自然には逆らうな」より)
ウ.環境保全地域との指定等

志賀高原は1949年に「上信越高原国立公園」に指定されている。また、1980年にはユネスコの「生物圏保存地域(ユネスコエコパーク)※1」に登録され、2014年には拡張されている。この「生物圏保存地域(ユネスコエコパーク)」登録に、志賀高原漁協が取り組んできた水質維持、環境保全活動が高く評価されて貢献した。また、2014年「日本有数のイワナ漁場を保全した功績」により、第48回吉川栄治文化賞※2を受賞した。

世界自然遺産が、顕著な普遍的価値を有する自然地域を保護・保全するのが目的であるのに対し、ユネスコエコパークは、生態系の保全と持続可能な利活用の調和を目的としており、保護・保全だけでなく自然と人間社会の共生に重点が置かれている。

現在、ユネスコエコパークの登録件数は、120か国669件(2017年6月現在)となっており、日本での登録件数は9件である。(「志賀高原」、「白山」、「大台ヶ原・大峯山・大杉谷」、「屋久島・口永良部島」、「綾」、「只見」、「南アルプス」、「祖母・傾・大崩」及び「みなかみ」)

  • ※1:文部科学省HPより
  • ※2:吉川栄治文化賞:公益財団法人・吉川英治国民文化振興会が主催し、講談社が後援する文化賞。日本の文化活動に著しく貢献した人物並びにグループに対して贈呈される。
考察

現在、多くの漁協が種苗放流によって漁場造成をはかっており、志賀高原漁協のように種苗放流を一切行なわず、しかも漁場全体の資源尾数が高水準で維持されている漁場は皆無に等しい。また、種苗放流を行なっている漁場においても、種川として禁漁になっている支流では資源量が高く維持されているところもある。一方、禁漁区であっても河川環境が悪化しているところの資源量は高くない場合もあり、イワナ資源量の多寡は生態系全体の性能を表しているように思われる。

志賀高原漁協は、現在では地域に認められた環境保全のリーダーとして活動している。しかしここに至るまでには、地域住民、行政との軋轢を乗り越えてきた苦難の道があった。国立公園であっても指定されただけではイワナとはじめとする動植物、また環境をはじめとする生態系全体を守らなければ生き物が育まれない。

志賀高原漁協の環境保全活動は、山本教雄元組合長(故人)抜きには語れない(図7)。そのリーダーシップがなければここに至っていないし、「オヤジ」と呼び誰もが尊敬をしている人物である。山本氏は組合長就任前から地域住民に嫌われようとも環境保全のためには一歩も譲らなかった。しかし、主張を理解し対策を講じようとする、個人、企業・団体には最後まで面倒を見た。

図7 山本教雄元組合長

現代においては、漁業権を盾に取水の既得権益を阻止することは困難であるが、漁協だけでなく発注者、工事関係者、住民、行政などが環境保全に関心をもって話し合うネットワークが必要であることを示唆している。しかし、正しい知識を基にした対処法、計画どおりに行かなかった場合に柔軟に計画変更できる柔軟性等、実際に行う場合の障壁は多い。

山本元組合長が残した技術的提言の有効性は志賀高原において証明されており、これらは現在の多くの漁協で利用あるいは応用可能な技術であると考えられる。

また、漁協役員が替わるたびに対応方針が変わると聞くことがある。リーダーシップを持って先陣を切る山本氏のような個人に頼るのではなく、漁協の組織として確立した技術的提言ができる対応方針が漁協内部で共有されていることが重要であろう。

参考図書
戸門秀雄著 2013年
農山漁村文化協会
入手困難
フリーペーパー
創刊1号
入手可能
山本教雄著
平成11年 面白夢倶楽部
入手困難

(4) 木曽川漁協・木祖村・木祖村川等活用振興検討会による産卵場造成

主担当者
星河廣樹
目的

漁業協同組合が実施している環境保全事例として、官民が共同してヤマトイワナの産卵場造成を行っている木曽川漁業協同組合(以下、木曽川漁協)の取り組みを調査した。

木曽川漁協は、木祖村が源流となる木曽川を主な漁場としている(図1)。本流以外にも大小の支流や、河川がせき止められて形成された天然のダム湖を有しており、御嶽山と中央アルプスに挟まれた漁場の範囲は広い。2018年度事業報告書での組合員数は、正組合員1,099人、准組合員35人となっている。漁業権は、第5種共同漁業権が免許されており、漁業権魚種はあゆ、こい、うぐい、かじか、わかさぎ、にじます、あまご、いわなと多様である。

図1 木曽川漁業協同組合の管内図
(漁協HP:http://park7.wakwak.com/~kisogawa/map.htmlより)

長野県におけるヤマトイワナは、天竜川水系、木曽川水系の上流域に生息している。上記のように漁業権が設定されている一方で、生息個体数が減少しており、長野県版レッドリストでは準絶滅危惧(NT)に指定されている(長野県2004、長野県2015)。資源を守りながら、活用していくことが望まれる魚種となっている。

方法

2019年10月17日に、長野県木曽郡木祖村水木沢天然林内を流れる水木沢において、ヤマトイワナの産卵場造成の現地視察を行った。水木沢には元々本種が生息しており、周辺は禁漁区に指定されている。土砂が堆積しやすい環境にあるため、ヤマトイワナの産卵期に合わせて産卵場を造成し、天然産卵による資源増大を目指している。本産卵場造成の事業主体は木祖村、協力が木祖村川等活用振興検討会となっている。この事業は長野県の釣ーリズム信州推進事業を活用し、2年目の活動である。釣ーリズム信州推進事業とは、釣りを観光資源として捉えて、市町村、観光関係者、漁業関係者らが設立した地域協議会の地域活性化活動を助成するものである。上記の振興検討会が地域協議会に該当し、木曽川漁協も地域協議会の一員となっている。

参加者については、地元中学生が学習の一環で参加することが決まっていたが、図2に示すチラシが長野県のホームページに掲載され、一般参加者も事前に募集された。

図2 参加者募集チラシ
結果及び考察

参加者は、木祖村立木祖中学校の1、3年生を中心に、県や村の関係者などで70人程度となった(図3)。この中には一般参加者も6、7人程含まれ、愛知県や東京都などから訪れていた。産卵場造成の指導は、県内で産卵場造成を行っている北の安曇野渓流会の水谷博氏や水産試験場木曽試験地の職員が行った(図4)。産卵場造成の基本的な流れは、中村(2008)に準拠していた。

図3 一同が集合した開会式の様子

図4 水谷講師による作業前の説明

開会式後、男女で仕事を分担して造成作業が始まった。男子生徒は胴長を着て、川に入り、漁協組合員と一緒に河床に堆積した砂礫をざるで掘り、陸上に上げる作業を行った(図5)。一般参加者などの大人たちも上流で、産卵に適した砂利を入れたり、産卵に適した流速に下げるための、河床を掘る作業を行った(図6)。女子生徒は胴長を着ることにためらいがあったのか、川に入ることを希望せず、陸上で砂利のふるい分けを行った(図7)。残りの生徒や先生たちはふるい分けした砂利を沢のそばまで運搬した(図8)。

図5 河床に堆積した砂礫の除去

図6 河床の掘り下げ作業

図7 ふるいによる砂利の選別

図8 選別した砂利の運搬

河床の砂礫除去や掘り下げが終了したところで、元々沢にあったこぶし大の石を敷き詰めて(図9)、その上にふるい分けした砂利を大きい順に投入した(図10)。作業の休憩時間には、水木沢天然林管理人の久保畠氏が昨年度の産卵場造成後に撮影したヤマトイワナの映像を流し、生徒たちは興味深く視聴していた(図11)。

図9 こぶし大の石の投入

図10 最後の仕上げに砂利をまく久保畠氏

図11 昨年度のヤマトイワナの映像を見る一同

2時間程度の作業で、沢内に4箇所の産卵場が造成できた(図12~図19)。いずれの箇所も瀬や淵尻となっている場所に産卵場が造成された。このうち、男子中学生と漁協組合員が協力して作業した産卵場4の面積が一番広くなった。水木沢の河床には砂礫が多く、ヤマトイワナが産卵した場合、卵が窒息し、ふ化個体が少なくなる恐れがあった。造成作業により粒径の大きい砂利が入ったことで、産卵場の底質環境が改善されたと考えられた。

図12 作業前の産卵場1
図13 作業後の産卵場1
図14 作業前の産卵場2
図15 作業前の産卵場2
図16 作業前の産卵場3
図17 作業後の産卵場3
図18 作業前の産卵場4
図19 作業後の産卵場4

産卵場完成後には、水木沢と同一水系である味噌川で捕獲、木曽試験地で継代飼育されてきたヤマトイワナの親魚2ペアを放流した(図20、図21)。中学生らが一番盛り上がったのは、放流の瞬間であった。日ごろ、生きた魚に接する機会がない子たちにとって、大きな親魚は物珍しく見えたようである(図22、図23)。産卵場造成には、ヤマトイワナの個体数を増やす水産上の役割があるが、中学生にとっては作業を通して、自然とふれあい、ヤマトイワナの営みを理解する環境教育の場としての面もあった。

図20 おっかなびっくり魚を放流する女子生徒
図21 魚が暴れたため、急いで放流する男子生徒
図22 放流魚を見守る一同
図23 放流された雌親

なお、この産卵場造成事業は、地元紙複数社により記事にとりあげられた(図24)。

図24 当日の様子を伝える地元紙のWEB版
(市民新聞 https://www.shimintimes.co.jp/news/2019/10/post-7020.php より)
引用文献
  • 長野県(2004)長野県版レッドリスト動物編 2004,94p
  • 長野県(2015)長野県版レッドリスト動物編 2015,33p
  • 中村智幸(2008)渓流魚の人工産卵場のつくり方,6pp.
    http://www.jfa.maff.go.jp/j/enoki/pdf/jinko6.pdf