水産振興ONLINE
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2021年2月

内水面3魚種(アユ、渓流魚、ワカサギ)の遊漁の振興策

中村智幸/坪井潤一(国立研究開発法人水産研究・教育機構水産技術研究所 環境・応用部門 沿岸生態システム部)
阿久津正浩/髙木優也/武田維倫(栃木県水産試験場)
山口光太郎(埼玉県水産研究所)
星河廣樹/澤本良宏/降幡充(長野県水産試験場 諏訪支部)

内水面における遊漁の振興について(提案書)

2020年3月13日改訂
一般財団法人 東京水産振興会

趣旨

レジャーとは余暇や自由時間のことであり、人間の多様な生活活動のうち行為者の自由裁量に裏付けられた、遊ぶ、学ぶ、知る、付き合うなどがそれにあたります。第4次国民生活審議会答申において、「レジャーが生活のあり方を規定する重要な要素となってきた」、「レジャーが国民福祉充実にとって重要な分野を占めるようになってきた」、「高福祉時代においてレジャーは人間が人間らしく生きるために、単に経済的充足にとどまらず、心身ともに豊かな生活をおくるのに欠くことのできない要素となってきた」と指摘されているように、レジャーは人間にとって重要です。レジャーは人々の息抜きや生きがいになります。健康を増進します。ひいては、社会に活力を与え、文化創造に寄与します。


遊漁、すなわち釣りもレジャーのひとつです。その人気は高く、日本における参加人口は最近5年(2015〜2019年)で620万人から740万人です(レジャー白書:公益財団法人日本生産性本部)。釣りをする年齢の人口が1億人とすると、その6〜7%が釣りをしていることになります。釣りは子供から老人まで広範囲な年齢層の人々が楽しむことのできる健全なレジャーのひとつです。また、幼少期の体験には人間形成上の重要な役割があり、子供の頃に釣りのような自然に親しむレジャーを体験した大人ほど、やる気や生きがいを持つことが示されています(注1


レジャー白書から、釣りの潜在需要が高い、すなわち釣りをしたくてもできていない人が多数いることが読み取れます。その数は、最近5年(2015〜2019年)で年間270万人から456万人であり、実際に釣りをしている人の半数近くです。

さらに、内水面の漁業協同組合の経営状況をみると、遊漁料、すなわち釣り人が組合に納付する料金の占める割合が収入の中で最も高い組合が全体の約35%と最も多く(注2、組合の経営にとって釣りはとても重要です。


前述の国民生活審議会答申において、「レジャーが労働時間等の残余に過ぎないという従来とかくみられた考え方を排し、人間生活の中で積極的な意義を有する自由時間であるという国民的認識を確立する必要がある。そのうえで、たとえば、自由時間の拡充、レジャーのための物的人的環境の整備、レジャー環境の破壊防止、レジャー政策のための総合調整機構の整備等、積極的な政策の展開が図られなければならない」というように、レジャーの普及やそのための政策展開の必要性が提言されています。しかし、日本の現状は遊漁について積極的な普及や政策が実施されているとは残念ながら言いがたいです。


このような状況を打開するため、当会は2016年度から2019年度に国立研究開発法人水産研究・教育機構中央水産研究所(当時)を中心とする研究グループ(中央水産研究所、栃木県水産試験場、埼玉県水産研究所、長野県水産試験場)に委託し、「内水面の環境保全と遊漁振興に関する研究」を行いました。この研究の大きな目的のひとつは、健全なレジャーである遊漁の普及と、遊漁をもとに内水面の漁業協同組合の活性を高めることにあります。

今回は得られた成果をもとに、内水面遊漁の振興に必要な方策を整理しました。なお、資源を増やすことも遊漁の振興策の大きなひとつですが(「魚が増えれば釣り人も増える」)、今回の提案にあたっては、資源増殖以外の方策を検討しました。


今回提案させていただいた内容について、今後、漁業協同組合等が積極的に取り組むことができるよう、これからの施策(国や都道府県による指導、補助金の交付など)にご活用いただければ幸いです。

内水面遊漁の振興方策

研究に参加したグループのメンバーがそれぞれの地元などを中心に遊漁の実態を調査するとともにアンケート調査等を行い、データを解析しました。

その結果、釣りをしない理由、釣りができない理由のうち、水産サイドで解決できそうなものとして以下のポイントが挙げられました。

1. 子どもの頃に釣りに親しむ機会が少ない。
2. 女性は釣りに親しむ機会が少ない。
3. 釣りを教えてくれる人が周囲にいない。
4. 一緒に釣りに行ってくれる人が周囲にいない。

また、やりたい釣りの姿として以下のポイントが挙げられました。

1. たくさん釣りたい。
2. きれいな魚を釣りたい。
3. 好きなスタイルの釣りがしたい。
4. 自然や資源に優しい釣りがしたい。

これらを解決あるいは具現化するためには、釣りをしたことがない人が釣りをできるようにする工夫(新規者増の方策)と、釣りをする人を呼び込む工夫(既存者誘致の方策=集客の方策)が必要です。特に、新規者増の方策については、年齢や性別等どのような相手を対象とするかも考慮して考える必要があります。

そこで、それら(新規者増、既存者誘致)の方策を収集あるいは考案しました。

以後、それぞれの方策を示します。

表中で「*」印を付したものは実例のある方策、「*」印を付していないものは考案した方策です。


また、今回の研究で、釣り人の4人に1人が遊漁券を購入していない(遊漁料を漁業協同組合に納付していない)ことがわかりました。遊漁料は漁業協同組合が実施する資源増殖や漁場管理の費用の釣り人の「応分の負担」です。

そこで、遊漁券の購入率向上(無券率軽減)の方策も収集あるいは考案して「付録」としてまとめました。こちらもご活用ください。


なお、方策によっては、実施にあたり、都道府県の漁業調整規則の改正や漁業協同組合の遊漁規則の変更が必要なものもあるのでご注意ください。


ご不明の点は次の機関にお訊ねください。

〒321-1661 栃木県日光市中宮祠2482-3
国立研究開発法人水産研究・教育機構
水産技術研究所 環境・応用部門 沿岸生態システム部
内水面グループ(日光庁舎)
TEL 0288-55-0055
FAX 0288-55-0064

1. 釣りをしたことがない人が釣りをできるようにする工夫(新規者増の方策)

*釣りをしたことがない人に釣りに関心を持ってもらうための方策を含む。

幼児から小学生が対象
  • つかみどり体験(釣りの導入部として)*
  • 塩焼き体験(火起こし体験を含む。釣りの導入部として)*
子供、大人の女性が対象
  • 水辺での釣り教室(釣りの導入部として)*
  • 小中学校への釣りの出前講義*
  • 子供専用区*
  • 子供無料専用区*
  • 女性専用区
  • 女性無料専用区
  • 子供・女性専用区
  • 子供・女性無料専用区
全員(子供、大人の男性、大人の女性)が対象
  • 水辺での釣り教室(釣りの導入部として)*
  • 水辺での魚の生態や河川湖沼の生態系の教室(釣りの導入部として)*
  • 座学(文化センターや教養センターなど)での釣り講座、魚の生態講座、河川湖沼の生態系講座(釣りの導入部として。釣りのさらなる理解のため)
  • 18歳以下遊漁料無料*
  • 30歳以下遊漁料期間限定無料*
  • 女性遊漁料半額*
  • シニア割り引き(ただし、今後シニア層が増えるため、シニア割り引きをすると漁協の収入が減る可能性があるので要検討)*
  • 友だち割り引き(一緒に釣りに来た人の遊漁料を、例えば無料や半額に)
  • 濃密放流の初心者専用区(アユの友釣りで実例あり)*
  • 安価な釣り具の販売
  • 釣り具の無料あるいは低価格レンタル(アユの友釣りで実例あり。友釣りの道具が高価なため)*
  • 身近な川や池、水路における「ざこ釣り(雑魚釣り)」の普及(釣りの導入部として)
  • 漁協による釣り堀・管理釣り場の経営(釣りの導入部として)*

2. 釣りをする人を呼び込む工夫(既存者誘致の方策=集客の方策)

釣り人が喜ぶ釣り場づくり
  • 渓流釣りの濃密放流区*
  • 渓流釣りのキャッチ・アンド・リリース区間*
  • 渓流釣りの疑似餌釣り(ルアー、フライ、テンカラ)専用区*
  • 渓流釣りの疑似餌釣り(ルアー、フライ、テンカラ)専用のキャッチ・アンド・リリース区間*
  • 渓流魚の周年釣り場*
  • ニジマスの冬季釣り場*
  • ニジマスの冬季・疑似餌釣り(ルアー、フライ、テンカラ)専用区*
  • ニジマスの冬季・疑似餌釣り(ルアー、フライ、テンカラ)専用・キャッチ・アンド・リリース区間*
  • 渓流魚の無放流区(「釣れる魚はすべて自然繁殖漁を標榜)*
  • 渓流魚の成魚無放流区(「川は釣り堀ではない」を標榜)*
  • 人数制限区(渓流釣りで実例あり)*
  • 予約制区間(釣りに入れる日にちと区間が予約制。渓流釣りで実例あり)*
  • アユの濃密放流区
  • 魅力的な景品の釣り大会
釣り人が喜ぶ遊漁料、遊漁券
  • 遊漁料の値下げ
  • 2日券(価格は日釣り券の2日分より安い。1日目の夕方と2日目の早朝に釣りをする人のため。遊漁券を2日分買うことに抵抗感を持っている釣り人が買うことを期待)
  • お得な回数券式の日釣り券(例えば、5枚分の料金で6枚)*
  • 日釣り券5枚を持っていくと日釣り券を1枚もらえるというサービス
  • 遊漁料を徐々に安くする(年券の場合は、例えば翌年1,000円引き。日釣り券の場合は、例えば次回100円引き)
  • 年券をふるさと納税の返礼品に*
  • 釣行ごとにポイントが貯まり、貯まったポイントにより景品などがもらえるというサービス

3. その他

地元との連携
  • 遊漁券を提示すると、地元の日帰り温泉、おみやげ、食事、宿泊などの料金が割引*
  • 遊漁券に地元の日帰り温泉、おみやげ、食事、宿泊などの割引クーポンが添付*
  • 日釣り券が1 枚付いた宿泊パック(夕食の焼き魚や刺身はアユや渓流魚。朝食は釣りの朝まずめに宿に帰って来なくて良いように弁当)*
  • 漁協や観光協会、市町村などによる釣りイベントの開催(内容は、釣り教室、毛バリ巻き教室、写真教室、産卵場造成、講演会、シンポジウム、河川清掃など)*
  • 駐車場の確保
釣り人との連携
  • 河川・湖畔清掃(きれいな環境で釣りができるように)*
  • 釣り人参加の標識放流とその後の釣りでの採捕による、放流魚の成長や資源に占める放流魚の割合の調査
  • 釣り人参加の標識放流とその後の釣りでの採捕による、生息個体数推定調査*
その他
  • 漁協による釣りガイド*
  • レンタルトイレの設置*
  • 漁協が配付する釣り場マップにトイレの場所を記載*
  • SNS(ホームページ、フェイスブックなど)での情報発信(放流情報、釣果情報、水量情報など)*
  • アユのライトタックルの普及(渓流釣りの竿などでの友釣りの普及。そのための釣り教室も)
  • アユルアー友釣りの普及(バス釣り用のルアー竿や渓流釣り用の竿に友ルアーを付けた釣りの普及。そのための釣り教室も)*
  • アユのキャッチ・アンド・リリース区間(初心者でも釣れる場所)
  • ワカサギ釣りのバスツアー*
  • ワカサギ釣りのドーム桟橋(寒さ除け)*
  • ワカサギ釣りのドーム船(寒さ除け)*
  • 釣った魚を調理して食べられる場所の提供(屋根付きの洗い場、焼き床、テーブル、イスなど)*
  • 釣った魚の漁協などによる買い取り・販売*
  • 釣りコン(釣りの合同コンパ、婚活パーティー)の開催*

付録.遊漁券の購入率向上(無券率軽減)の方策

交付方法(販売方法)
  • コンビニでの遊漁券販売*
  • コンビニの券売機での遊漁券販売*
  • 漁協のホームページでの遊漁券販売(郵送で交付)*
  • スマホでの遊漁券販売(「釣りチケ」や「フィッシュパス」)*
  • 遊漁券の自動販売機(ただし、自動販売機の製造・販売は終了)*
  • ガソリンスタンドでの遊漁券販売*
  • 券売所(交付所)を増やす。
  • SNS(ホームページ、フェイスブックなど)で券売所の位置を周知*
新しいタイプの遊漁券の交付(販売)
  • お得な回数券式の日釣り券(例えば、5枚分の料金で6枚)*
  • 日釣り券5枚を持っていくと日釣り券を1枚もらえるというサービス
  • 遊漁料を徐々に安くする(年券の場合は、例えば翌年1,000円引き。日釣り券の場合は、例えば次回100円引き)
  • 2日券(価格は日釣り券の2日分より安い。1日目の夕方と2日目の早朝に釣りをする人のため。遊漁券を2日分買うことに抵抗感を持っている釣り人が買うことを期待)
  • 1日券を24時間券に(交付した時から24 時間有効。そうすることにより、例えば土曜日の夕方から日曜日の夕方まで釣りができるため、遊漁券を2日分買うことに抵抗感を持っている釣り人が買うことを期待)
  • 半日券(午前券、午後券。日釣り券の半分くらいの料金。朝や夕方の少しの時間しか釣りをしないのに1日分の券を買うことに抵抗感を持っている人が買うことを期待)*
  • 女性割り引き*
  • シニア割り引き(ただし、今後シニア層が増えるため、シニア割り引きをすると漁協の収入が減る可能性があるので要検討)*
  • 遊漁券に地元の日帰り温泉、おみやげ、食事、宿泊などの割引クーポンが添付*
監視
  • 漁場監視員を増やす。
  • 漁協に協力的な遊漁者に漁場監視員になってもらって監視(漁協が任命すれば、組合員以外の人も漁場監視員になることができる。)
  • 漁協が無券者を警察に通報(「遊漁規則違反」は検挙の理由にならないので、「漁業権の侵害」で)*
その他
  • 遊漁規則の周知(都道府県や漁連、漁協、観光協会のホームページなどに掲載)*
  • 遊漁券を購入する必要があることを告示する看板をたくさん設置*
  • 遊漁券を購入する必要があることを釣り雑誌に毎号のように掲載
  • 遊漁券に遊漁料の内訳を記載(「遊漁料の使途が不明瞭」という遊漁者の批判を受けて)
  • 現場加算金の増額(ただし、遊漁券を事前に買わなかったからという懲罰的な意味で現場加算金を増額することはできない。)*
  • 現場加算金の廃止(「監視員が来たら遊漁券を買えばいい。来なかったから買わずに済んだ、ラッキー」という人を無くすため。無券とわかった時点で釣り場から「一発退場」)
  • 遊漁料の値下げ(季節や時期、イベントなどに合わせて一時的に)
  • 値下げという経営努力を小回りを効かしてできるようにする(例えば、遊漁規則に「遊漁料は〇円以下。額は公示する。」と規定)
  • 付加価値の高い遊漁券(木製、漆塗り、有名人のイラストやデザイン入りなど)*
  • 遊漁券を提示すると、地元の日帰り温泉、おみやげ、食事、宿泊などの料金が割引*
  • 日釣り券が1 枚付いた宿泊パック(夕食の焼き魚や刺身はアユや渓流魚。朝食は釣りの朝まずめに宿に帰って来なくて良いように弁当)*
  • 遊漁券購入者を対象に、抽選で景品などを進呈
  • 遊漁券を購入するたびにポイントが溜まり、溜まったポイントにより景品などを進呈
  • 遊漁券購入の必要性を小中学校で教育*
  • 遊漁券の購入が魚の増殖や河川湖沼の環境保全につながるということをアピール
  • 漁協の信頼性向上(「遊漁料の使途が不明瞭」という遊漁者の批判を受けて)
  • 注1:子どもの頃の体験は、その後の人生に影響する:子どもの体験活動の実態に関する調査研究中間報告改訂版.独立行政法人国立青少年教育振興機構
  • 注2:中村智幸.2019年.内水面漁協の経営改善に向けた組合の類型化の試み「漁業経済研究,第63巻,第1号」