水産振興ONLINE
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2021年2月

内水面3魚種(アユ、渓流魚、ワカサギ)の遊漁の振興策

中村智幸/坪井潤一(国立研究開発法人水産研究・教育機構水産技術研究所 環境・応用部門 沿岸生態システム部)
阿久津正浩/髙木優也/武田維倫(栃木県水産試験場)
山口光太郎(埼玉県水産研究所)
星河廣樹/澤本良宏/降幡充(長野県水産試験場 諏訪支部)

第3章 渓流遊漁の振興策の検討
—中央水産研究所の調査—(2018年度)

国立研究開発法人水産研究・教育機構
水産技術研究所 環境・応用部門 沿岸生態システム部

坪井 潤一

要旨

釣り人参加型の二大イベントとして放流、河川清掃があげられる。しかし、渓流魚の放流効果は限定的であるとする研究事例が近年報告されている。本研究では現在の渓流魚資源を釣り人が主体的となって調査を行う資源量推定イベントの実現可能性を見極めるため、実証実験を行った。2018年6月9日に、山梨県富士川水系釜無川の支流、日川(ひかわ、調査区間415m、平均川幅9.63m)において、電気ショッカーによるアマゴ(149個体)、イワナ(185個体)の捕獲を行い、あぶら鰭の切除により標識を行った後、再放流した。その後、8月15日にかけて、延べ123人の釣果報告により、アマゴで438個体(うち標識54個体)、イワナで527個体(うち標識53個体)が捕獲された。標識率(アマゴ:12.3%、イワナ:10.1%)の逆数を標識個体数に乗じた結果、調査区間内には、アマゴで1,209個体、イワナで1,840個体が生息していたことが明らかになった。一連の標識再捕調査は、繰り返しSNSで遊漁者に取り上げられ、漁場のPRになったことは、資源量推定が釣り人参加型のイベントの1つとして成り立つことを示唆している。

目的

本課題では遊漁の振興ならびに漁協経営の改善を最終目標とし、イワナ、ヤマメといった渓流釣りが行われている河川上流域における釣り人のニーズや漁場管理における問題点の把握、遊漁振興策の立案することを目的とする。

これまで、釣り人参加型のイベントといえば、放流と河川清掃があげられるが、裏を返すと、放流とゴミ拾い以外、やることが見当たらなかった。近年、人工産卵場の造成といった、野生魚を殖やす取り組みがなされているが、実施には河川管理者への届け出が必要なことや、造成場所の選定の難しさといった技術的な問題があった。そこで、本研究では、釣り人参加型の新たなイベントとして、渓流魚が川に何匹生息しているか調べる「資源量推定」の実現可能性を探ることを目的とし、実証実験を行った。

方法

2018年2月15日から発売される峡東漁業協同組合の年券購入者を対象に、資源量推定調査実施の事前告知のチラシを配布した(図1)。2018年6月9日に山梨県富士川水系釜無川の支流、日川(N35.7082、E138.8276)において標識調査を行った。山梨県から特別採捕許可を取得し、電気ショッカー(スミスルート社製)によるアマゴおよびイワナの採捕を行った。当日は、16名の釣り人有志がボランティアで参加し、9時から12時まで、電気ショッカーによる捕獲補助と、標識作業(麻酔、あぶら鰭切除、蘇生、再放流)の2班にわかれて、作業を行った。調査の途中、5箇所の川幅をレーザー距離計を用いて測定した(平均±標準偏差、9.63±1.55m)。調査終了後、グーグルマップの距離測定機能より、調査区間の流程は415 mであった。

図1 峡東漁業協同組合の年券購入者に配布した資源量推定実施の告知
図1 峡東漁業協同組合の年券購入者に配布した資源量推定実施の告知

調査終了直後より、釣り人による捕獲調査が開始された(図2)。8月15日までの釣果報告件数は延べ123人となった。釣り人が釣獲した個体に含まれる標識個体の割合から、調査区間内に何匹のアマゴ、イワナが生息しているか、ピーターセン法により資源量推定を行った(http://matuisi.main.jp/wp-content/uploads/2012/12/06mark-recapture.pdf)。

図2 調査区間周辺に設置した釣果報告を募る看板
図2 調査区間周辺に設置した釣果報告を募る看板

8月20日に調査河川の日川を管轄する峡東漁業協同組合大和支部より、釣果報告用紙を受け取り、データ分析を行った。10月14日に調査河川周辺で行われた人工産卵場造成イベントにあわせ、資源量推定の結果報告会を開催した。

結果および考察

2018年6月9日に、日川の3,997m2の調査エリア(流程415m×平均川幅9.63m)において、電気ショッカーによる捕獲を行い、アマゴ149個体、イワナ185個体を捕獲した。その後、あぶら鰭の切除により標識を行った後、再放流した。6月9日から8月15日にかけて、延べ123人の釣果報告より、アマゴで438個体(うち標識54個体)、イワナで527個体(うち標識53個体)が捕獲された(表1)。標識率はアマゴ:12.3%、イワナで10.1%であった。この標識率の逆数を、6月9日の標識個体数に乗じることで資源量の推定を行った結果、調査区間内には、アマゴで1,209個体、イワナで1,840個体が6月9日時点で生息していたことが明らかになった。

表1 ピーターセン法による資源量推定結果
表1 ピーターセン法による資源量推定結果

本研究で用いたピーターセン法は、図3に示すとおり、いくつかの仮定を満たすことが推定精度を担保するのに欠かせない。特に、線的に移動可能な渓流域では、移出入が無視できる程度に小さい、という条件に注意をはらう必要がある。本研究では、非繁殖期である夏季に、2か月程度の期間で標識再捕調査を行ったことから、移出入は無視できる程度であると考えられる。実際、ベイズ推定により標識率の経時変化を推定したところ、ほぼ一定であったことは、標識の有無によって、移出入の頻度が同程度であったことを示唆している(図4)。

図3 本研究で用いた資源量推定方法 ピーターセン法の仮定(http://matuisi.main.jp/wp-content/uploads/2012/12/06mark-recapture.pdfより抜粋)
図3 本研究で用いた資源量推定方法 ピーターセン法の仮定
(http://matuisi.main.jp/wp-content/uploads/2012/12/06mark-recapture.pdfより抜粋)
図4 ベイズ推定による標識率(標識個体数 / 釣獲尾数)の経時変化
図4 ベイズ推定による標識率(標識個体数 / 釣獲尾数)の経時変化

一連の標識再捕調査は、繰り返しSNSで遊漁者に取り上げられ、漁場のPRに貢献していた。こういった観点から、資源量推定が釣り人参加型のイベントの1つとして成り立つことを実証できたといえる。漁業協同組合員の高齢化や、水産試験場等の公的試験研究機関の人員や予算の削減により、資源量推定さえも満足に行えない現状がある。今後、ますますマンパワーが減少していくなか、本研究のような釣り人参加型の調査手法が、将来のスタンダードになるのかもしれない。

著者プロフィール

坪井潤一つぼい じゅんいち

【略歴】
▷ 1979年(昭和54年)1月、愛知県生まれ。北海道大学水産学部博士前期課程を修了し、山梨県庁に就職(水産職)。10年の県職員生活ののち、国立研究開発法人水産研究・教育機構に転職し、現在、水産技術研究所 環境・応用部門 沿岸生態システム部 主任研究員。渓流魚やアユの保護増殖の傍らで、外来魚およびカワウ被害対策の技術開発に携わる。博士(農学)。