水産振興ONLINE
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2020年12月

漁村女性のこれまで、そしてこれから
—全国漁協女性部連絡協議会60周年を記念して—

副島久実(摂南大学 准教授)
三木奈都子(水産研究・教育機構 室長)
関いずみ(東海大学 教授)

第4章 漁村女性たちの新たな動き

最近は、いくつかの漁村女性たちの新たな動きがみられます。ここではネットワークづくりに注目してみていきたいと思います。

(1) うみ・ひと・くらしフォーラム

① 立ち上げの経緯

漁業・水産業や漁村をテーマに研究活動を行ってきた関、三木、副島の三人がフォーラムを立ち上げたのは2003年のことです。

当時すでに多くの漁村は、主幹産業である漁業の担い手はもとより、地域自体の担い手の減少や高齢化、漁獲量の減少や魚価安といった課題を抱え、先行きの見通しが立ちにくい状況にありました。一方で、これまで漁業・水産業の分野では、表に立つ男性を裏で支えてきた女性たちが、地域や漁業を何とかして盛り上げようと、地元に眠っていた資源を掘り起こし自発的に起業を始めるなど、どんどん表舞台に出てくる機運が高まっている時代でもありました。魚価が上がらず、「父さんや息子が、命がけで獲ってきた魚なのに、なんでこんなに安いんだろう」「世間では魚が減っているといわれているけれど、それならせめて獲れた魚はムダなく有効に活用するべきでは」といった声が、漁村の女性たちの中からあがってきて、それ以前から加工品製造を行ってきていた女性グループの活動が改めて見直され、さらにあちこちの浜で、地元の資源を使って自発的に起業する女性たちの活動が動き始めていました。

この変革期にある漁村の暮らしを見つめ、これからの漁村の進むべき方向を見出していきたい。それがフォーラムを立ち上げた最大の理由だったと思います。初期のンポジウムの報告書の表紙には、うみ・ひと・くらしフォーラムの趣旨として、次のように記されています。『変革期にある漁村に暮らす人々の生活を見つめ、これからの漁村の向かうべき方向を見出すために、私たちは“うみ・ひと・くらしフォーラム”を立ち上げました。私たちは漁村に係る調査研究やシンポジウムの開催などを通して、女性活動に係る情報提供やネットワークの形成などに努め、現場での疑問や問題解決のお手伝いをしたいと考えています。“うみ・ひと・くらしフォーラム”は様々な立場から海に関わる女性を中心に、漁村の今とこれからを考えるグループとして活動をしていきます』。ただし、そのために私たちは何をするのか、何ができるのか、ということはまだ明確になっていませんでした。

高知県の宿毛漁業指導所に声をかけていただき、すくも湾漁協女性部主催の意見交換会に3人で参加したのは2004年のことでした。ちょうどその頃、宿毛湾地域では、道の駅でじゃこ天を実演販売するグループ、総菜をつくって軽トラの荷台に乗せて街中を移動販売するグループなどの、小規模な女性の起業グループがあちこちに生まれ始めていました。一歩ずつ歩み始めていた女性たちのグループは、課題や不安を抱えながらもこれからの希望に輝いているようでした。2005年には、千葉県の普及員の方にお願いして県内の漁協女性部さんに声掛けをしていただき、第1回目となる「うみ・ひと・くらしシンポジウム」を千葉市内で開催しました。県内の漁業や農業に関わる人たちと一緒に、宿毛市の女性起業グループ「土佐ひめ市」(当時は「栄喜(さかき)()ひめ市」)のメンバーも登壇し、活動の経緯や課題、将来への夢などを語ってもらいました。今思えば、かなり強引な押しかけシンポジウムでしたが、女性たちの様々な活動に共通するいくつもの課題が話し合われ、お互いに刺激を受け合い、その後のフォーラムの活動を示唆するものとなりました。

② うみ・ひと・くらしフォーラムの活動

図1は、うみ・ひと・くらしフォーラムの活動について示したものです。漁村女性のくらしや新たな活動について、『漁業と漁協』での連載(2003年8月号から2004年9月号、全13回)や調査研究「漁業地区の魚食に関する調査」(うみ・ひと・くらしフォーラム、2006年)などの取り組みを通して、少しずつ表現するとともに、シンポジウムも第2回目からは全国の漁村女性グループに声をかけ、年1回の開催を目指してきました。2008年からは、東京水産振興会が私たちの活動の支援をしてくださることになり、活動内容が膨らんでいきました。

図1 うみ・ひと・くらしフォーラムの活動概要
図1 うみ・ひと・くらしフォーラムの活動概要

現在の活動は大きく五つの内容に分けられます。一つ目は女性たちのネットワークづくりのきっかけの場となるシンポジウムの開催。二つ目は地域の課題解決を目的とする、ミニシンポジウムの開催。三つ目は『うみ・ひと・くらし通信』の発刊などによる情報発信。四つ目は商談会への参加などによる実践活動。そして五つ目は漁業や漁村のこれからを考えるための調査研究活動です。

うみ・ひと・くらしシンポジウム

シンポジウムは、起業活動を行っている女性グループや、これから何かやってみたいと考えている女性たちを対象として、自由に悩みや苦労を語り合い、販売やPRの方法、商品づくりのヒントなどについて情報交換ができる場として、年に一度開催してきました。シンポジウムの前に行われる試食会では、参加グループの商品の数々が並び、作り方や販売方法などについて熱心に質問したり、味の感想を述べあったりと、にぎやかな時間が流れます。シンポジウムでは、実際に活動しているからこその具体的な意見や課題、質問が次々とあげられます。参加したからには、なるべく多くのヒントをつかんで帰ろうという意気込みも伝わってきます。2008年からは東京水産振興会との共催となり、参集範囲や開催場所を広げてきました。これまでのシンポジウムの開催概要は表2のとおりです。

表2 うみ・ひと・くらしシンポジウムの開催概要
表2 うみ・ひと・くらしシンポジウムの開催概要

シンポジウムをきっかけとして、お互いに商品を送りあったり、相手の活動を視察に行ったりと、緩やかなネットワークも生まれています。「やろうかどうしようか迷っていたけれど、シンポジウムで頑張って活動している人たちの話を聞き背中を押された気がした」と、シンポジウムが終わったときにそう感想を伝えてくれたある女性は、その後仲間たちと本当に食堂を開店しました。シンポジウムで知り合ったグループのところへ視察に行き、知恵や工夫を教わって自分たちの活動に生かしたグループもあります。

地域ミニシンポジウム

2010年から、地域の要望に応え、具体的な課題についての話し合いや研修を行う地域ミニシンポジウムを開催してきました。うみ・ひと・くらしシンポジウムには、何年も継続して活動を行っている人たち、一歩を踏み出したばかりの人たち、これから何かやってみたいという思いを持った人たちなど、様々な進捗状況にいる女性たちが集まります。活動の目的も、経済事業として成り立つ商品づくりをする、全国に打って出られる企業となる、地元向けの活動を続けていく、みんなが楽しく集まる場を作るなど、様々です。地域ミニシンポジウムでは、こういった人たちの具体的な課題に対応するために、地区や有志といった小さな単位でじっくり意見交換や研修ができるように開催してきました。最近では、自分たちの商品を全国区の商談会に出展し、都市部への流通の取り組みを模索するための勉強会や、様々なグループがコラボして『うみ・ひと・くらしブランド商品』を開発していくことを目指した話し合いなど、実践活動に直接結び付くテーマでの地域ミニシンポジウムが行われています。表3はこれまで開催した地域ミニシンポジウムの概要です。

表3 地域ミニシンポジウムの開催概要
表3 地域ミニシンポジウムの開催概要
情報発信

情報発信としては、毎年行われるシンポジウムの報告書の作成、ミニシンポジウムの報告集(2012年)、『うみ・ひと・くらし通信』の発刊(2020年3月現在、16号まで発行)を行ってきました。通信はシンポジウムやミニシンポジウムの記録、漁村で行われている活動や実践者を取材し情報発信をしています。これらは東京水産振興会のHPにもアップされていますし、シンポジウム参加経験のある女性グループや都道府県及び市町村の関連部署、漁協等へ発送されています。また、うみ・ひと・くらしフォーラムのメンバーが各地で研修講師を引き受けた際に、資料として配布しています。

実践活動

実践活動の最初の挑戦は、シンポジウムなどをきっかけに出会った女性たちの連携活動として、2015年4月、6月、12月と2016年4月に「オカッテ 二子玉川東急フードショー店」(但し、2016年4月に閉店)に出店したことです。2014年の鹿児島でのシンポジウムの時、ほぼ常連のように参加していたいくつかのグループが、「シンポジウム10年目を迎えた節目に、何か形に残したい」と自発的に東京で話し合いの場を設け、この企画が実現しました。オカッテでは、加工品の販売と一つのグループが3〜4日ずつ交代で自分たちの商品や地元の食材でランチを提供しました。この時参加したグループが、お歳暮用にコラボセット商品を提案するといった動きもありました。次の挑戦は、2017年から開始したジャパン・インターナショナル・シーフードショーへの出展です。これも、シンポジウム常連組の「うみ・ひと・くらしブースで商談会に参加したい」という意向をきっかけに実現しました。2018年には商品紹介のポスターや展示のデザインを統一し、より一体感を強調したブースとなりました。3年目の2019年は、希望者を募り商談を成立させるためにまず勉強会を開催して出展に臨むことになりました。地域ミニシンポジウムとして開催された勉強会は、佐賀県の海苔加工を行っている女性グループ、「合同会社佐賀市漁村女性の会」の工場を会場に、近年活用されている「FCP展示会・商談会シート」の作り方について学び、専門家の指導を受けました。

調査研究

現在、フォーラムメンバーを核として、東京水産振興会の業務委託研究として「地域漁業と漁村コミュニティの実態並びに女性の役割に関する研究」を行っています。ここでは、漁業者や漁村住民がこれからも漁村で暮らしていこうと考えるためには、どのような対策が必要なのか、彼らの生活観・幸福感にはどのような要因が強く関与しているのか、ということを明らかにすることを目的としています。

③ 活動の課題と今後の展望

ますます元気に活動をつづける女性たちではありますが、最近シンポジウムの中でもよく話題になることの一つに、活動の後継者問題があります。10年、15年と継続してきた活動の担い手たちの多くが、第一線でバリバリ頑張るのはちょっとしんどい年齢に差し掛かってきています。一方で、「周りを見渡したら、実は身近に思いを共有できる担い手がいた」ということもあるようです。漁業を継いだ息子の妻や婚約者を連れて地元に戻ってきた娘が、家業の漁業や女性活動を積極的に担うという、理想的ともいえる事例もあります。いくつかのグループでは「今やっている仕事が定年になったらこちらに来てくださいって、地域の女性たちを勧誘している」のだそうです。いずれにしても、女性たちが一生懸命かつ楽しそうに活動している姿を周囲に見せてきたことは、次の担い手につながっていく大きな要因となっていると思います。

うみ・ひと・くらしシンポジウムも、新たな参加者が増えていかないとマンネリ化し、停滞していく恐れがありますが、前の年に参加した人が地元で活動する他のグループの女性に声をかけて、翌年に一緒に参加してくれたり、開催地で新たな活動グループとの出会いがあったり、フレッシュミズ部会に参加した若手女子たちがシンポジウムの方へも出てきてくれたりということも見られるようになっています。

「地元の魚のおいしさを広めたい」「漁業や地域を元気にしたい」「みんなで儲けてハワイに行こう」いろいろな思いをもって活動してきた女性たちが創り上げてきた流れに、今、若手女性をはじめとする新しい流れが加わり始めています。その流れは一緒になったりわかれたりしながら、先へ先へと進んでいくことでしょう。私たちうみ・ひと・くらしフォーラムも、この流れについていきながら新たな展開を模索しています。フォーラムの活動としては、これまでの活動を継続していくとともに、活動の中で培ってきたネットワークをベースに、新たな挑戦をしていきたいと考えているところです。その第一歩として、2020年9月に、一般社団法人うみ・ひと・くらしネットワークを立ち上げました。まだまだ手探り状態ですが、沢山の仲間たちとゆるやかにネットワークを広げていきたいと思っています。

(2) 色々な漁村女性のネットワーク

JF全国女性連においても、各県女性連のリーダーを対象とするリーダー研修会や、これからの漁協女性部を担う若手女性部員を対象とするフレッシュミズ研修などを実施し、全国の漁村女性のネットワークづくりに貢献しています。漁村女性のネットワークづくりは、県や国でも広がっています。水産庁が立ち上げた「海の宝!水産女子の元気プロジェクト」は、『水産業界で輝く女性たちが繋がり、新たな価値を創り出し、それを伝える活動を応援することで、100年先も豊かな水産業を目指すプロジェクト』として2018年に発足しました。

より具体的な地域における、水産関連の女性ネットワークづくりも盛んになってきています。例えば静岡県漁業協同組合連合会(静岡県漁連)では、2017年に漁協女性職員を対象とする初めての研修会を開催しました。これまで漁協関連の研修には、女性職員が参加する機会はほとんどなく、漁協同士のつながりも、とりわけ女性に関しては皆無でした。研修会の参加者は、県下13の漁協で働く16人の女性たちでした。全員で名刺交換をし、地元水産物のPRや加工品開発の事例報告を聞き、昼食は、それぞれの地域の自慢の一品を持ち寄りました。最初は緊張気味だった参加者たちはだんだんと打ち解け、午後のグループワークでは、お互いの仕事の内容、職場の中で苦労していること、考えていることなど尽きることなく話し合いました。「同じ県にいても、お互いのことをほとんど知らなかった」、「みんな同じところで悩んだり苦労していることが分かった」、「他所の漁協さんはこんなこともしているんだ、と驚いた」、「改めて自分の仕事を見直すことができた」、たくさんの感想が出ました。改めて自分の仕事を振り返るとともに、仕事を通じた仲間のネットワークが広がりました。静岡県漁連では、2019年に第2回の研修会を開催しました。

また、若手漁村女性のネットワークづくりも行われています。もともとJF全漁連では、フレッシュ・ミズ研修として、若手の漁協女性部員を対象とする研修を行ってきました。背景には漁協女性部の部員数の減少や高齢化による女性部活動の限界という課題があります。これに加え、2017年1月に全国漁協女性部連絡協議会の主催で「JF全国女性連フレッシュ・ミズ部会」を立ち上げました。部会では、漁協女性部員に限らず、漁村地域でくらし、地域活動や起業活動等に取り組む意識を持った若手女性たちを対象としています。部会の目的は、漁村地域の中の若手女性たちが交流する場をつくり、情報発信や連携のきっかけづくりをしていこうというものです。2020年3月には第4回の部会が開催される予定でしたが、残念ながら新型コロナウィルスの影響で、延期になっています。これまでの部会における意見交換から見えてきたのは目の前に立ちふさがる現実に悩みながらも、その先に向かっていこうとする力を秘めた女性たちの想いです。そこには、単にこれまでの慣習を守るだけではなく、新たな生き方を模索する姿がありました。