水産振興ONLINE
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2020年12月

漁村女性のこれまで、そしてこれから
—全国漁協女性部連絡協議会60周年を記念して—

副島久実(摂南大学 准教授)
三木奈都子(水産研究・教育機構 室長)
関いずみ(東海大学 教授)

第3章 漁村女性による起業の展開

現在、漁協女性部に限らず任意のグループや個人による起業活動が活発化しています。女性たちの活動は、加工品の製造・販売、鮮魚や活魚販売、食堂の運営、体験プログラムや民泊など多岐にわたります。それらの多くは、今の流通の仕組みの中では規格外とされ、市場価値が低いものに付加価値をつけて販売していこうという動機から出発しているものがたくさんあります。地元で販売するものから都市部へ流通させるものまでさまざまな展開をしている漁村女性による起業。どのような特徴や課題があるかをみていきます。

① 起業展開のきっかけ

漁村の女性たちによる経済活動といえば、既述のように漁協女性部を主体とする活動を中心に、主に地域の祭やイベントでの加工品、弁当などの製造販売や、高齢者世帯への給食サービスなどが行われてきました。これらの活動の多くは、経済効果を求めるというよりは、ボランティア的な色合いの強い活動と捉えることができます。近年は、採算性を重視した自律的な起業活動が活発化しています。ここでは、漁村女性の起業を「漁村地域に暮らす女性たちによる、水産物を中心とする地域資源を活用した経済活動、あるいは将来的に経済活動に結びつくことを目的としている活動」と定義します。

自分たちの働く場を自分たちの手で

経済行為である起業活動の第一の目的は儲けを出すことにあります。収入が不安定な漁家の家計を支えるため、女性たちが経済的な自立を図るためなどの理由から、漁村でも自家の漁業作業以外の職を求める女性がたくさんいます。しかし、近くに働ける場がない、漁業作業との両立を考えると時間的な制約があり勤めることが難しい、年配の女性が多いため年齢的に求人がないなど、一般的なパートでの就労は困難な状況にあります。それならば、自分たちで働く場をつくってしまおう、という積極的な動機付けが起業活動を始める背景にあると考えられます。

漁業特有の不確定な時間の中で活動している漁家の女性たちは、互いの事情を理解しフォローしあっています。また、子育て中の女性たちも自分に合った時間帯で働けるようなシフトを工夫したり、できるだけ多くの地元の人々に活動への参画を促し、地域の人々に生きがいや働く場を提供している活動もみられます。

「もったいない」という思想

女性たちの起業活動のきっかけは、自分たちの暮らしやこれを支える漁業に対する強い思いであり、地域の一員として自分たちだからこそできることで地元を盛り上げていきたいという熱い願いです。その中の一つに「もったいない」という考え方があります。

大量に獲れる魚の中には、サイズや量がそろわない、美味しいのだけれど処理に手間がかかる、名前を知られていないために値段がつかない、といった理由から、流通に乗せられない水産物がたくさんあります。これらの漁獲物は、自家用にしたり隣近所に配ったりと、これまでもできるだけの利用は行われてきましたが、実際には捨てられてしまうものも少なくありませんでした。せっかくの貴重な海の資源であり、自分たちの夫や息子が命がけで獲ってきたこれらの水産物を、本当は1匹たりとも無駄にしたくない。さらに現在の海の環境を考えれば、資源を無駄にすることはできない。そもそも、そこにあるのに使わないなんて、もったいない。そんな思いが、破棄されてきた漁獲物をなんとか活用し、たとえ100円でも200円でも良いから値段をつけていこうという活動に結びついてきています。

地元から漁業や魚のことをもっと情報発信する

自分たちの獲る水産物を食べてもらうことで、地域の人々に漁業のことをきちんと知ってもらいたいということも、女性たちの活動の動機の一つとなっています。漁村の女性たちは、新鮮な水産物の美味しさや、それらを使った様々な料理を熟知しています。魚離れという言葉が広がり、水産物の単価は低迷したままという現状の中で、まず地域の人々に地元の漁業をPRし、そこで獲れる水産物の美味しさを知ってもらうことで、水産物の需要を高めていきたいという思いから活動が始まっています。

活動の中では、地域の漁業や生活の伝承とともに水産物を提供したり、水産物を使った伝統的な加工品を復活させるなど、単に水産物の提供だけではなく、その背後の物語を含めた情報発信が行われています。

生きがいや楽しみ

一方で、自分たちの楽しみや生きがいを目的とした活動もあります。活動で得た収入でみんなと旅行に行ったり、集まって作業をすることに楽しさや生きがいを見出すことは、女性たちの活動の大きな原動力となっています。彦島シーレディース(山口県下関市)を立ち上げた廣田さんは「自分の口紅ぐらい、自分で稼いだお金で買いたかった」とその立ち上げの理由を述べていました。

もちろん、活動のきっかけや目的は一つではありません。これまで述べてきたように、漁家経営の厳しさといった背景から、経済的な効果を求めたり、自分たちができることで地域を元気にしていきたい、そんな様々な思いが絡まりあった結果として、それぞれの活動が生まれています。

② 起業の内容

女性たちの起業活動の内容は多岐にわたっています。学校給食や地域の老人世帯への弁当製造・宅配、食堂経営、体験漁業、朝市の運営、漁家民宿などがありますが、最も多いのは加工品の製造と販売です。女性たちが製造する加工品は、日常生活にとけこんだ普段着の商品が多いですが、最近は都会の百貨店などに並べるような産地らしさと都会らしさを融合させたような商品もたくさん誕生しています。また、最近、特に働く女性にニーズが強い、「おいしくて、簡単便利で、しかもまともなもの」に応える商品が漁村女性起業グループからたくさん生まれつつあります。もともと多くの漁村女性起業グループが「地元の原料」そして「無添加」といったこだわりをもって商品をつくっていますが、加えて、最近の簡単便利志向にも応えようとする商品も増えている気がします。例えば、大分県佐伯市の合同会社漁村女性グループめばる代表の桑原政子さんは「(当グループの主力商品であるごまだしについて)ごまだしそのものを作るのはとても面倒なこと。だけど、ごまだしそのものは簡単便利なもの。今の忙しい女性たちにぴったりの商品やと思う。だから、ごまだしそのものを作る面倒くさい行程を私たち漁村女性が担って、それを便利に簡単に使う若い世代の女性たちに使ってもらって魚を食べてもらう。そういう社会の分担と助け合いをしていると考えている」と言っていました。株式会社あこやひめ代表取締役社長の武部月美さんは、愛媛県宇和島市でカフェ食堂を経営しています。ここではカフェ食堂だけでなく、総菜や弁当の製造、宅配、真珠アクセサリーの体験など複合的な経営をしています。宇和島市とその周辺は真珠養殖やブリ養殖などの養殖産地で多くの女性も養殖に関わり、大変忙しく、昼食や夕食の準備に時間を裂けない女性が多いことが特徴です。養殖業者でなくても、多くの女性は何らかの仕事をもっていることが多い地域らしく、昔から持ち帰り弁当需要がとても大きいそうです。そこにあこやひめが作る地元食材を中心とした弁当がマッチし、弁当の注文もひっきり無しで、特に養殖経営体からの注文が多いとのことです。やはり同じ弁当でもまともでおいしいものを選びたいというニーズがうかがえます。武部さん自身も真珠養殖経営体の女性だからこそ、養殖業者の女性のニーズが経験的にわかるのだろうと思います。

③ 展開と展望

近年の地産地消や地域ブランドづくりの動き、道の駅など地域の農水産物直売所の増加、「浜の活力再生プラン」の展開などの中で、地域における漁村女性起業グループの活躍の可能性があり、また、それが地域のなかで期待されています。その期待は、縮小する漁業生産や沈滞する地域経済のなかで、女性の加工販売活動の位置づけが相対的に上昇しているためです。また、長年、漁村の女性活動であった漁協女性部が担い手不足などにより急速に衰退しているなかで、漁村女性起業グループが自発的な活動として注目されてきているためでもあります。

先発グループの活動の定着とそれに続くグループの出現

近年、漁村女性起業グループの法人化や出資制など経営の責任体制の明確化などの動きや、税務やマーケティング、商品づくり等の知識を獲得するために研修等を受ける動きが顕著になってきています。起業グループが、発足当初の地域や地域水産物を何とかしたいという思いだけで突き進むだけでなく、法人化するなど経営体制を整備し、経営を客観視する組織として一段成長した姿が示されてきています。このような先行する起業グループの活動をみて、新たに開始を模索するグループも出現しています。このような後発グループは先発グループが手探りで獲得してきた問題の解決策を活用することが可能です。

地域展開・他産業との結びつき

女性たちの起業活動は地域の複数のグループや農業や観光業など他産業分野と連携することによって、より展開していく可能性を秘めています。地域の起業グループは競合相手というよりは、宣伝や販売において相互乗り入れや集合の効果、補完的役割を期待できる仲間という位置づけができます。経営上の悩みを共有することで、問題解決のヒントをもらえる可能性もあります。

若手層の参入・取り込み

漁村女性起業グループの担い手の多くは60〜70歳代であり、活動の継続が危ぶまれるケースが少なくありません。若手の参入は単にグループの平均年齢を下げ活動の継続性を高めるだけでなく、旧来的な漁村起業グループの組織や商品づくりのあり方を転換させる可能性を秘めています。それは、若年者は地域労働市場における労働力としての評価が相対的に高いだけに起業活動の経営への意識が高く、若手消費者を惹きつける時代感の取り組みにも長けていることが多いためです。30歳代の若手女性が参入して新規商品を提案したり、40歳代女性が積極的な経営姿勢を示しているグループがあったり、若手女性が自ら起業しているケースも見られ始めました。彼女たちは、SNSなども駆使しながらビジネスを展開しています。彼女たちの動きが地域にインパクトを与え始めています。

新たな漁村女性像

現在、漁業者および漁業者家族の数が減少し、漁協女性部をベースにしてきた漁村で活動する女性たちの数も急速に減少しています。今後、漁村女性の像は自発的に活動していく起業グループ女性たちによって、量(人数)的ではなく質的な面から形成されていくと思います。これまでの漁村の女性というと「肝っ玉母ちゃん」的な像が全面的に出がちでしたが、起業活動を通した新たな漁村女性の魅力の創出が期待されます。

④ グループに共通する課題

これからの活動にも期待できる漁村女性起業グループの活動ですが、課題も抱えています。行政などの支援も充実してきている中で、多くのグループが以前抱えていた商品づくりや売り先、値付けの方法、衛生管理などについては、だいぶ改善されてきたケースが多いように思われます。しかし、依然として多くのグループで共通して持っている課題のいくつかを挙げます。

過重労働

女性グループの多くは長時間労働をしている場合が多いです。たとえ少人数体制でも、合同会社「佐賀市漁村女性の会」のように、今一度、すべての作業工程を徹底的に見直し、無駄を省くことで、大幅な作業効率性が高まる可能性があります。

また、女性の多くは家に帰ってからも家事や育児、介護のほか、家の漁業作業などに追われ、ほとんど睡眠をとっていない女性も少なくありません。

経済事業体として十分な収益を得られていない

経済事業体として確立しつつあるグループも見られ始めましたが、多くはまだ十分な収益を得られていません。人件費も十分には得られていないケースもあります。「持続可能な活動」となるためには、最低限必要な利益を確保していく必要があります。

リーダーへの労働的、金銭的、精神的負担の偏り

様々な負担がリーダーに偏ってしまうケースもみられます。こうした負担の偏りをどのように軽減していくかという課題もあります。

家族や地域の理解が得られない

せっかく「地域のため、漁業のため、家のため」という思いからグループ活動を始めても、家族の理解を得られないために活動を断念するケースもあります。また、地域の理解が得られないケースも少なくありません。ひがみややっかみを買わないために、あえて売り上げを抑えるという事例もあります。どうやって家族や地域の理解を得るか、まわりを巻き込めるかというのも大きな課題の一つです。

ジェンダーに関する問題

彼女たちの動きによって、漁村におけるジェンダー問題もあらためて明らかとなっています。

第1に、現在、政府によってあらゆる分野において経済的な側面で女性を強く利用しようとしています。水産業においても、水産業や漁協が衰退する中で「稼ぐこと」を女性に求めています。しかし、女性たちが経済的に貢献していても、相変わらず漁村における意思決定過程への女性の参画は多くはなく、女性が希望しても入れてもらえないケースが多いです。

第2に、漁村女性起業の活動が活発化しているとはいえ、多くの内容は加工・販売です。2017年の新たな水産基本計画でも「水産業においては、従来女性が加工分野等で活躍してきた。今後も、例えば消費者ニーズに対応した商品開発等、女性がその特性を生かしつつ能力を発揮できる多種多様な活動を促進し、女性の活躍の場を更に広げる」とあるように、加工・販売分野で期待されています。つまり、さらに性別役割分業が強固になり、そのことが強調される危険性をもっており、これまでのジェンダー関係がますます固定化される可能性があります。