水産振興ONLINE
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2020年5月

2019年度東京水産振興会講演会 (2)
「水産物流通環境の変化と卸売市場流通のこれから
〜豊洲新市場の課題とビジネスモデル〜」講演録

婁 小波(東京海洋大学学術研究院 教授)

5. 水産物卸売市場流通のこれからを考える
  〜豊洲市場を念頭に〜

最後になりますが、水産物卸売市場のこれからについて考えてみたいと思います。

【卸売市場流通の課題をめぐって】

その前に、「釈迦に説法」になりますが、いわゆる水産物需給の特質というものを改めて確認してみたいと思います。水産物需給の特質としては、供給の不安定性、零細性があって、計画供給が立てにくいことなどが挙げられます。加えて、物流の非効率性もございます。他の商品を運ぶのに比べて効率が非常に悪いわけです。さらに、商品の均質性などがなく、品質標準が立てにくい点も挙げられます。需要の不安定性も実はあります。われわれは供給が不安定という特性に目が行きがちですが、需要も実は不安定であり、しかも零細なのです。食卓において水産物は副食として単なるおかずの一品にすぎません。必需品でもありません。そして、気まぐれ購買、あるいは「ついで買い」という購買特性も併せ持っています。それらのために、需要が予想しにくいという特性もございます。そういったような特徴を持っている水産物を、計画的に需給会合を図る効率的な流通の仕組みを構築することは、きわめて難しいといわざるをえません。

この難しい問題をうまい具合に解決できたのが、今日の多段階流通システム、つまり卸売市場流通システムではないかと思われています。卸売市場流通システムは、中央卸売市場を頂点とした多段階流通システムであり、その取引はとても迅速で、高鮮度な流通を実現できています。世界でも類を見ないほどの高鮮度流通システムといえます。そこでは、公正な需給会合というものが制度的に設計され、需給の不安定さからくるリスクを回避する装置も組み込まれています。

ただ、この需給会合の仕組みは大方従来のせり・入札方式から相対方式へと転換されています。つまり、価格決定技術として、せり・入札方式が減りまして、相対方式が主流となっています。

このような特徴を持っている卸売市場流通システムの課題として、①国内生産依存の仕組みであること、②高いコスト体質であること、そして、③「川下規定」が形成されて価格形成機能が弱体化してきていることなどが挙げられます。そのために、当該システムの機能を担う各々の経済主体の利益率が低下し、経営問題が惹起されています。

【沿岸漁業生産に制約される卸売市場流通】

生産依存の仕組みであることについて、データをもとにもう少し説明したいと思います。この図は、横軸は全沿岸漁業生産量、縦軸は中央卸売市場の生鮮水産物の取扱量を示しています。これをみていただきますと、見事な相関関係があることがわかります。つまり、沿岸漁業生産量が減ると、市場取引量が落ちます。この関係性が特に90年代末に入ってからよりはっきりと見て取れます。それまでは、沿岸漁業生産量が減っても、卸売市場の取扱量はある程度維持されていました。それが今ではできなくなっているわけです。

もう一つ、卸売市場流通が高コスト体質であるということについて補足説明したいと思います。先ほどにも触れたように、今、卸売市場で流通されている水産物の質あるいは鮮度というのは非常に高い水準にあります。この質の高さ、あるいは高鮮度が維持されている理由は、鮮度維持のためのさまざまな工夫が施され、そのためのコストをかけているからです。例えば、さまざまなサイズの発砲スチロールを用いた流通の小口化、さまざまな氷を用いた鮮度保持への努力、あるいは「ブクブク」と呼ばれるエア発生装置付きの活魚流通箱の使用等々、技術進歩を背景としたさまざまな鮮度維持技術を導入するためのコストがかけられています。

ところが、流通コストの上昇によって、この卸売市場流通システムに乗れなくなった魚が出てきています。いわゆる「低利用魚・未利用魚」の発生です。上昇する流通コストに見合う価格が形成されないために、徐々に流通されなくなった魚がたくさん生まれてきたわけです。未利用魚・低利用魚の発生において、高コスト流通体質が背景にあることは、これまで意外とあまり意識されてきませんでした。しかし、水産物流通のこれからを考えるために、これは非常に重要なポイントとなりえましょう。

和田会長のお話の中でも、沿岸でその他の魚の生産量がどんどん減ってきているとのご指摘がございました。漁船が減っているからというようなご指摘もあるのですが、漁船減少などの生産力減少に加えまして、卸売市場流通システムにおける高コスト体質の形成もその背景にあるのではないかとに思っております。また、「川下規定」の形成による価格形成機能の弱体化つまり、需給均衡価格の崩壊が結果としてこうした動きを促進していることももう一つの側面として強調したいと思います。

従いまして、卸売市場流通システム全体として、如何に高コスト体質を改善し、あるいは高いコストを吸収しうる付加価値を如何に生み出すかが、このシステムの機能を担う各経済主体(卸売業者や仲卸業者等)の利益を上げるための、最も基本的な課題として今後検討していく必要がありましょう。

【豊洲市場の課題をめぐって】

これまで申し上げました水産物卸売市場流通をめぐる基本認識に立脚しつつ、最後に豊洲市場の今後の取り組みのあり方について皆様方とともに考えてみたいと思います。

このスライドは豊洲新市場のコンセプトとこれまでに指摘された課題をまとめたものです。豊洲市場は高度な品質・衛生管理や効率的な物流を実現する首都圏の基幹市場として、①食の安全・安心の確保、②効率的な物流の実現、③さまざまなニーズに応えられる施設の整備などを基本コンセプトとして整備されてきました。このコンセプトは非常に素晴らしく、今後の全国各地の中央卸売市場が施設整備を行うための一つの方向性を示していると思っております。

だが、それでも、やはりこのコンセプトの実現に向けて、さまざまな課題も指摘されています。本日お見えの卸協会の浦和専務の資料を引用させていただきましたが、施設・設備面、運用面、物流面などにおいてはやり解決を要する諸問題があります。

こういった点は、時間はかかるかもしれませんが、市場開設者であり管理運営者でもある東京都が今後の市場マネジメントにおいて、徐々に解決してくれるものと信じております。ここで、もう一つ指摘しておきたい視点がございます。大きく変化したビジネス環境に適応し、次時代を見据えた新たなビジネスモデルをどのようにつくるか、という視点です。本来のビジネスモデルのままで経営を続けていくことは、ビジネスからの退出を必要とする縮小均衡をそのまま受け入れることを意味しています。市場からの退出は現象としてすでに発生しており、縮小均衡ではなく未来に向けた新たな市場づくりのためには、新たなビジネスモデルを構築することは至上命題なのであります。

【築地市場の総取扱量と沿岸漁業生産量との関係】

この図をみていただきたいと思います。横軸が全国沿岸漁業生産量であり、縦軸は豊洲に移転する前の築地市場での取扱量を示しています。両者の相関関係をみると、一目瞭然かと思いますが、2000代以降、やはり沿岸漁業の生産量によって築地市場の取扱高が規定されていることが判ります。築地市場の業績が沿岸漁業生産に大きく規定されているわけです。この四半世紀の間に漁獲量が半減してしまった沿岸漁業でしたので、築地市場の取扱量が大きく減少するのもある意味自明の理となりましょう。そこからわかるように、市場を築地から豊洲に移転しただけでは、取扱高が減少しつづける卸売市場の構造的な問題を解決することはできないはずです。

ちょうど1カ月前ぐらいになるかと思いますが、どこかの新聞で「市場が豊洲に移転したのはいいのだけれども、取扱高は減り続けています」旨の記事が掲載されました。その記事では、豊洲市場の取扱量が減少したのは、「魚離れがおきているから」と大々的に報道されていましたが、それは間違いなのではないかと思われます。なぜかというと、沿岸漁業生産量が引き続き減少しているからです。「魚離れ」による需要が減ったから市場の取扱量が減ったわけではなく、沿岸漁業の生産による供給が減ったから市場取扱量が減ったというのが本当の理由なのでしょう。

それでは、どうすればいいのでしょうか。やはり生鮮水産物の取扱いを増やすことが大事だと思います。そのためには、①新たな産地開拓への努力が必要なのではないでしょうか。卸売市場法が成立する昭和46年(1971年)に私が知っている限りでは、たくさんのセリ人の方々が産地市場を回り、産地漁協を回って、新規取引先とするための産地開拓に精力的に取り組まれていました。そうした努力が日本漁業の高度成長を支えたといっても過言ではありませんが、最近、産地を訪問するセリ人がめっきり減ったという話を産地ではよく聞くようになりました。たくさんある未利用魚・低利用魚を集荷する努力はいまでも必要なのではないかと考えております。産地市場で、毎日大量に捨てられる未利用魚の利用をどうするか真剣に検討しなければいけない状況を迎えています。それから、②高鮮度・高コスト流通体質の見直しもやはり必要かと思われます。さらには、③付加価値の創出も必要かもしれません。いずれにしても、そういったようなことを行うためには、新たな仕組みづくり・ビジネスモデルづくりというものがどうしても必要となります。

【卸売市場法改正により期待されるビジネスモデル(農産物)】

新たな仕組みづくり、言い方を変えればビジネスモデルづくりは農水省も推奨しています。新しい事業の体制によって、例えば品揃えの充実とか、産地直送とか、市場間ネットワークの構築とか、が推奨されています。ただ、それらは基本全部農産物を念頭に考えられたビジネスモデルです。

【新たな仕組作りをめぐって】

では、水産物を念頭としたビジネスモデルをどのように構築すべきか。水産物の場合は、キーワードは「ネットワーク型取引」となりましょう。つまり、新しい流通の方向性として、ネットワーク化が重要なポイントとなります。

【業者間における連携・提携・協力、協同に基づいた新たな仕組みづくり】

そのためには、業者間の関係性を構築することが求められます。関係性の構築パターンはいくつも考えられますが、たとえば、卸売業者がコーディネーターの役割を引き受けて構築する仕組みもあるかもしれません。この場合には、従来「手数料商人」としての性格を持つ卸売業者は、「差益商人」に転換する決意が必要となります。また、仲卸業者がネットワーク業者として、従来の差益商人から手数料商人に脱皮するようなネットワークも考えられます。そのためには、ある種の投資や覚悟も必要となりましょう。

ネットワーク型流通システムを構築するために、関係性づくりは避けられないテーマとなります。関係性が結ばれた瞬間、取引は「オフライン」ではなくて、「オンライン」上において可能となります。そこにはいま流行りの電子商取引へ進出する可能性が潜めています。特にB to Bは、基本的には関係性というものを前提にして構築される一つのビジネス・エコシステムであるといわれています。従いまして、それに向けて、関係者のそれぞれがどういったような機能を分担し、それぞれが持っている強みの資源を持ち寄って、どのようにしてお互いの欠点を補うかといった詳細な分析がどうしても必要となりましょう。

先ほど、これまでの水産物電子商取引へのチャレンジにおいて多くの失敗例があり、「死屍累々」の状況だと申し上げましたが、そのほとんどは仕入れ・配送物流などのプロセスにおいて効率的な仕組みを構築することに失敗したことに起因しています。各プロセスを電商事業者が単独で担う場合において、莫大な投資だけではなく、効率的なマネジメントを行うための知識と経験を効率的に取得する必要もあるのです。しかし、それらは大きな経営的課題として立ちはだかり、電商事業者の事業展開を防いできたともいえます。

ところが、この障害は逆に卸売市場関係の皆さまにとっては商機と化ける可能性が高いように思われます。なぜならば、卸売業者や仲卸業者を含めた市場関係者の最も得意な分野は、豊富な品揃えができる迅速な仕入れであり、きめの細かいサービスを伴う効率的な配送であります。特に卸売業者はこうした分野において優れた経営資源を有していますので、今後電商事業者との関係性づくりがうまくできれば、新たなビジネスモデルを展開することが可能となり、卸売市場流通システムに新しい息吹を吹き込むことが期待できます。業界を超えて、垣根を超えた連携・関係性作りに向けた検討をぜひとも進めていただきたく思います。

【水産物流通ビジネスモデルの決定要因:価値・コスト・リスク】

もっとも、新しいビジネスモデルが一つの流通システムとして成り立つためには、利益、コスト、リスクという三要素のバランスを図ることが大事となってきます。時間がまいりましたので、詳細な説明は割愛させていただきます。

ただ、一点だけ補足したいと思います。先ほど、小売業には業態転換が行われてきたことを申し上げましたが、実は例外的に生鮮水産物だけが取り残されています。たとえば、大きな成長を遂げたコンビニエンスストアにおいて、生鮮水産物はほとんど取扱われてきませんでした。何度かチャレンジされてはきましたが、生鮮水産物の大半はコンビニでは取り扱われてはおらず、コンビニが水産物のメイン小売業態ともなってはこなかったのです。なぜでしょうか。一つの理由として、フランチャイズ・システムを基本とするコンビニは、リスクを負えない仕組みとなっていることが考えられます。フランチャイザーもフランチャイジーも廃棄ロスなどの高いリスクを抱えている生鮮水産物の取扱いを避けてきたわけです。もちろん、効率的な物流配送体制の構築しにくさや、短いリードタイムへの対応しにくさなども制約要因として挙げられます。

このように、新しいビジネスモデル、新しい流通システムを構築する上で、利益やコストだけではなく、リスクの分析もきわめて重要であることを申し上げまして、私の話を終わらせていただきます。ご清聴、ありがとうございました。