水産振興ONLINE
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2020年5月

2019年度東京水産振興会講演会 (2)
「水産物流通環境の変化と卸売市場流通のこれから
〜豊洲新市場の課題とビジネスモデル〜」講演録

婁 小波(東京海洋大学学術研究院 教授)

3. 水産物流通をめぐる新たな環境変化

次に2番目としてこれからの水産物流通を考えていくときに、それをめぐる環境の特徴的な変化を抑えておく必要がありましょう。

【供給環境のさらなる悪化】

まず第1点目の変化として、供給環境のさらなる悪化というものを挙げなければなりません。先ほど漁業情報サービスセンターの和田会長も同じような図を使われましたけれども、国内生産が大きく減少し、国内漁業の供給力が大きく低下しています。

【日本の漁業生産量の長期推移】

もっと長いスパンでいうと、この図のように、日本漁業は1980年代までずっと成長し、途中で変化はいろいろとあったのですけれども、その後、90年代後半になってからどんどん減っていっているというような状況がみてとれます。

【日本沿岸漁業生産量の長期推移】

それを沿岸漁業にフォーカスしてみますと、この図となります。1987年あたりまでは以前のような増加のトレンドが維持されてきたわけですが、その後、減少局面に転じます。直近の25年間だけで生産量が実に半減したのです。これは普通では考えられない状況です。こういう状況は起きては欲しくなかったのですが、統計的に起きてしまったわけです。その原因につきましては、いろいろと分析する必要がありましょうが、時間の関係で別の機会に委ねたいと思います。

【輸入水産物の減少】

それでは、輸入水産物はどうかというと、これも本来ならば日本は水産消費大国で、国民の皆が魚が好きというふうにいわれておりますので、「国内生産が減少すれば、輸入でカバーすればいい」はずなのですが、輸入も実は国内生産減をカバーし切れていません。輸入量が減少しているからです。

【わが国魚介類の生産・消費構造の変化】

例えば2005年の輸入量は578万トンなのですが、10年後の2015年は426万トンまで減っています。

【供給の現状(2016年)】

2016年はさらに385万トンまで減っています。このように輸入もどんどん減ってきている状況が分かります。輸入減少の原因はいろいろと考えられますが、その一つは、和田会長の話にもありましたように、海面漁業生産の減産が挙げられます。二つ目は、世界的な水産物需要の拡大を背景とする国際的な相場の高騰があります。そして、三つ目は円安の進行や、「平成不況」といわれて経済の低迷を背景とする購買力の低下が挙げられます。最後に厳しい商習慣などもあって、結果として世界市場における「買い負け現象」が続いていることが挙げられます。このように、輸入による代替供給というものが購買力に制約されて進まなくなったわけです。

【需要条件の変化① — 海外市場の拡大】

第2点目として、需要環境の変化を挙げなければなりません。その中身として、まずは、世界的な水産消費の拡大を背景とする2000年初頭から推進されている海外市場に向けた水産物の輸出振興が挙げられます。その結果、水産物輸出額は増えてきております。とはいえ、成長する世界の水産物輸出市場の中で、日本の漁業、あるいは日本の水産物輸出業の占めるシェアは必ずしも高くはありません。

その問題点をいろいろと考えてみますと、一つはオーバースペックなのではないかと考えられます。日本の漁獲物はきわめて高鮮度なのです。高鮮度で供給するということは当然それなりのコストがかかりますが、世界のメイン・ニーズは意外と冷凍品に向けられています。冷凍品が貿易の主役を占めているという意味で、高鮮度鮮魚の供給と現実の需要に若干のずれがあることになります。ちょっとモノが良すぎて、コストの高いオーバースペックという側面が無きにしも非ずです。従って、もし低コストな高鮮度流通システムが国際貿易において構築されれば、それは大きなビジネスチャンスとなります。

二つ目として、高価格が挙げられます。この高価格を吸収できるマーケットは、ほぼ和食マーケットに限定されます。そうすると、成長する世界の市場の中で、輸出水産物は「和食」という限られた市場に限定せざるを得ないこととなります。

三つ目は、世界のフードシステムとの接続の問題があります。いま、世界は「品質保証システム」とか「社会的なメッセージ」がより重視されるようになってきています。日本の水産物はこの潮流に対して、必ずしも対応できているとは言えない状況にあります。

【需要条件の変化② — 選択需要の進展】

この点についてもう少し補足説明をしたいと思います。世界的潮流としていま「選択的需要」が進んでいると考えられ、そのツールがいろいろと制度化されつつあります。例えば、品質保証システムが、1990年代末頃から進捗し、トレーサビリティシステムやHACCP(ハサップ)が確立されています。それから、近年よく言われるのが社会的メッセージです。環境保全とか、持続可能性の追求とか、そのためのエコラベルとかSDGs(エスディージーズ)の実現などが求められまして、選ばれるための努力というものが、強く求められるようになっています。

【HACCP】

HACCPの経緯につきましては、このように整理することができます。皆さんはすでによくご承知なので、詳細は省略いたしますけれども、特筆すべきは昨年2018年に食品衛生法が一部改正されまして、日本でもHACCPというものが義務付けられて、試行期間を経て、2020年6月から本施行されることです。

HACCPによる衛生管理の強化ということの特徴を、この図のように要約することが可能かと思います。従来の伝統的な一般衛生管理では、定められた一定の基準を超えた菌とか汚染物質が出ると、「これは駄目です」「不良品です」というふうに判断されて、不良品の回収や出荷停止などの措置が講じられます。そのために生産環境管理、あるいは流通環境管理というものをしっかりやらなければなりません。だから、東京都内でも食品衛生法施行条例というものがあって、たくさんの方々がその条例執行に努め、衛生管理に努力されています。ところが、HACCPによる管理は、こういった一般衛生管理手法と同時に、製品を生産するシステム、あるいは生産プロセス全体に対してCCP分析などにより管理システムを構築して行うものです。「このようなシステムに従って生産されれば、不良品というものは少なくなりますよ」という考え方が根底にあります。

これは非常に素晴らしい考え方ですが、ただ、やや疑問なのは、日本で導入されるHACCPというものは義務ではあるものの許可制ではないという点です。つまり、「こういうものを申請して、許可してください」というようなことは行われず、「皆さん全員がパスしていること」を前提とした制度設計となっています。そして、仮に実態としてパスできなかったとしても、誰かが日常的にチェックするわけでもなさそうです。ただし、いざという時に常にチェックされる義務を負うような仕組みとなっています。

このような管理の仕組みは一見優しく緩いようにみえて、事業者にとって実はきわめてリスクの高いものとなっています。「二十歳未満飲酒・喫煙禁止」を思い出していただきたいと思います。皆さんは当然、このルールを守っておられると思います。少なくとも表面上は。なぜならば、このルールは全員が「守る」ということを前提に設計されたものなのです。ところが、現実にはこのルールによって日本社会は「罪人」だらけになってしまっています。普段は取り締まられることはありませんので、違反したからといって本当の「罪人」として摘発されることはありません。ところが、どこかのアイドルとか、強豪校の高校球児とかが喫煙や飲酒などをすっぱ抜かれると、責任が取らされ、厳しい社会的制裁を受けることになります。現状の「HACCPによる管理」の義務化という制度設計も、もしかすると「二十歳未満飲酒・喫煙禁止」というルールと同様の機能を果たす恐れがあるかもしれません。そういう意味では、食品事業者、なかでもとくに企業ブランドの高い事業者は今後しっかりと対応していかないといけないように思われます。

【エコラベル(環境認証)】

エコラベルにつきまして強調したいのは、そもそも当該システムは元々消費者が責任ある消費を行うための、消費者参加型の資源管理の仕組みとして構築されたということです。つまり、認証された商品・水産物を消費者がプレミアム価格を払って高く購入することが暗黙の前提となっています。

【水産エコラベルの重要性】

現在、日本では水産物に関してはMSC(エムエスシー)、MEL(メル)、ASC(エーエスシー)、AEL(エーイーエル)、SCSA(エスシーエスエー)などの5つの制度が運用されております。世界に比べると、その導入がだいぶ遅れています。だが、このエコラベル制度がいま重要視されている理由は三つ考えられます。

一つ目は、特に欧米市場にアクセスするための基本ツールとして今、機能し始めていることです。ある意味、これから世界のフードシステムとの接続を図るためには、非常に重要視される仕組みとなっています。輸出を図ろうと思ったら、エコラベルの認証取得が大事となる時代を迎えています。

二つ目は、環境重視というメッセージ性が込められるようになっていることです。環境重視のシンボルマークとして、このエコラベルというものが使われるようになりました。きっかけはロンドン五輪なのですが、ロンドン五輪は環境認証というものを五輪のレガシーにしました。リオ五輪もいま準備中の東京五輪もそれが引き継がれています。その結果、東京五輪の食材調達基準としてもエコラベルというのが用いられています。

三つ目は、マーケティング・ツールとしての活用可能性です。「エコラベルをマーケティング・ツールとして使うな」というようなことを主張される方もおられて、なかなか難しい面もありますが、ただ実態としてそういう機能が発揮されなければ、高いプレミアム価格を支払わない消費者が多い日本において、この仕組みの定着はかなり難しいのではないかと思われます。

【水産エコラベル認証制度の特徴】

このエコラベル制度の基本的なスキームはこの図のように整理できます。主体としてはスキームオーナーや第三者認証機関などがあって、生産認証、加工認証が行われ、対象物にエコラベルを貼って、消費者がそれを選択的に購買するというように制度設計されています。それらの構成主体によって構成されたスキームを、ここでは「レベルⅠ」と捉えています。この「レベルⅠ」のスキームは、いわゆる「ローカル認証」の多くが採用しています。元のMEL(Mel-Japan)とか、AELとか、あるいはSCSAやさらにはMSCはこれに該当します。

それに対して、「レベルⅡ」となるスキームでは、さらにスキームオーナーに対して国際機関からの承認、あるいは第三者認証機関に対して認定機関というものによる認定、さらにはこの認定機関が国際的な機関に加盟することが条件として課されていいます。「レベルⅡ」のスキームは、いわば「グローバル認証」として捉えられています。

この認証制度は、制度設計の特徴としては持続性、客観性、選択可能性、社会的公平性というものが担保されないといけません。それから、制度運営としましては中立性、独立性、公平性というものが求められています。それを担保するためには第三者認定、つまり、スキームオーナーとは全く関係のない第三者機関によって認証するという形で制度設計されています。