水産振興ONLINE
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2019年12月

太平洋島嶼国における日本漁業の将来 —ミクロネシアでの素晴らしき日々—

坂井 眞樹((公財) 水産物安定供給推進機構 専務理事)

10. 島嶼国において日本漁業が抱える3つのリスク
 ・その3 中国漁業の台頭

(1) 雇用の場の創出は現地の切実な願い

ミクロネシア連邦では、就業の場が政府や小売り、飲食業などに限られていて、ビザなしでの就業が認められている米国への人材の流出が続いている。また、援助の太宗を占める米国による自由連合協定に基づく援助が2023年に終期を迎え、その後の取り扱いが不透明であることから国民の間に不安感が高まってきている。こうした状況において、技術の習得や人材育成につながる可能性を持つ雇用の場の創出は現地での切実な要望である。頼みとする漁業に関連して雇用の場を作ってくれれば入漁料を大幅に割引してもかまわないと当時のクリスチャン大統領も発言していた。

(2) 現地からは姿が見えない日本漁船、現地に溶け込む中国企業

日本の巻き網漁船は、国営漁業公社と合弁を組んでいる一社がポンペイ港外で漁獲物の運搬船への転載を行い、食料の補給や船員の上陸によって現地に一定の経済効果をもたらしているが、他の船は漁獲後そのまま陸揚げ港に戻るため現地からは全く姿が見えない。

これに対し、中国系企業はコスラエ州に陸上基地を設け漁獲物の冷凍コンテナへの転載を行って数十人を雇用している。州人口7千人弱の同州に及ぼす経済効果は大きく、中国系企業は高い評価を得ており、100%外国資本であるにもかかわらず入漁料が半額に値引きされていると言われている。中国政府も陸上基地に隣接する空港に通じる橋の改修工事を短期間で実施し、しっかりと後押ししている。

コスラエ州に出張した際にコンテナ基地を訪問し、30歳台と思しき中国人から話を聞いた。根掘り葉掘り尋ねる私に対し露骨に嫌な顔をしながら、それでも、冷凍コンテナを使って品質に応じて日本向け、タイ向けに仕分けるきめ細かい対応が可能となったことや、近い将来延縄から巻き網漁業に進出するので十分な敷地が取れるコスラエ州を選んだことを話してくれた。大勢の現地人の中に入って奮闘している様子がよく伝わってきた。

(3) 積極的な外交活動を展開する中国大使館

ミクロネシア三国のうちミクロネシア連邦の両隣、パラオとマーシャル諸島はいずれも台湾承認で中国大使館を置けないため、中国はミクロネシア連邦の中国大使館を拠点としてこの地域で積極的に活動している。三国は毎年大統領サミットを開催するなど頻繁に交流しているが、中国大使がミクロネシア連邦を訪問する台湾承認の両国の閣僚と懇談する姿がレセプションの場でよく見られた。中国大使館は民間企業の支援にも力を入れていて、館員が企業関係者を伴って連邦政府のあるパリキールを訪れる姿をよく見かけた。

私の任期中に中国大使が交代したが、新任の大使は50台そこそこの若さだった。バドミントンが共通の趣味だったことから、時々大使を含む中国大使館員に混ざって練習をして親しくなったが、彼は寧夏回教自治区政府の出身で数年前に実施された選抜試験に自治区からただ一人合格して外交官に登用され、ワシントンで公使を務めてから当地に赴任したのだった。部下は彼より年長の外交部出身者であったが、館員をよくまとめて積極的に活動していた。科挙の例を見るまでもなく試験によって人材を登用するシステムについては日本よりもはるかに長い歴史を持っているわけだが、現在の中国で有為な人材を発掘し活用する柔軟な仕組みがあることに驚きの念を禁じえなかった。ミクロネシア連邦では、ほとんどの行政施策は州政府によって実施されているため、連邦政府に援助のニーズを聞いてもまともな答えは返ってこない。そこで、私は各州を訪問し道路、電力等のインフラをはじめとする現場の状況を見るとともに州知事や各部門の責任者から直接話を聞いていたが、彼もそれを知って精力的に各州を訪問していた。連邦政府のあるパリキールに通じる一本道で彼の車とよくすれ違ったことを思い出す。

(4) 外交儀礼を重んじる中国、大統領・連邦議員合同就任式典の顛末

クリスチャン大統領が就任後しばらくして、大統領と連邦議員の合同就任式典が催されることになった。日本からの出席者がなかなか正式決定せずやきもきしていると、連邦政府高官が、内々の話として、中国大使館が中国、日本両国からの出席者を比較して中国の方が序列が上だとねじ込んできていると教えてくれた。正式決定する前に日本からの出席者について正確な情報をつかみ、あるいは正しい予想をし、在ミクロネシア連邦の中国大使館に働きかけを指示する素早さに驚かざるを得なかった。高官は、中国の申し出を断るには正当な理由が必要だと言う。大統領も高官も大変親日的で、だからこそ事前に情報を流してくれたわけだが、明確な根拠なしには断れないというところに今更ながら中国大使館の圧力の強さを感じた。幸いなことに、連邦議員の就任式でもあることに着目し、中国には、当地の連邦議員や日本の国会議員に相当するような地位はないことを活用して「正当な理由」を案出して、日本の出席者が上位であることを確保できた。たかが序列と思われるかもしれないが、一事が万事とも言う。いずれにしても、外交儀礼を重んじる中国の素早い行動には感心せざるを得なかった。

図2 大統領・連邦議員合同就任式で奔走する筆者(カセレーリヤ紙 Bill Jaynes氏撮影)
図2 大統領・連邦議員合同就任式で奔走する筆者
(カセレーリヤ紙 Bill Jaynes氏撮影)

この話には後日談がある。就任式当日日本からの出席者らとともに控室で待っていると、式典の担当者が会場に出席者を呼び込むシナリオを持っているのがわかった。当地では、式典の進め方などにはやはり鷹揚というかいい加減なところがあるので、念のためとやや強引にシナリオを取って見てみると、なんと中国代表が日本代表よりも先になっている。焦って例の高官を呼んで事情を伝えるとそんな馬鹿なと言って彼も大慌て、日本からの出席者も大騒ぎを始めた。式典の担当者は今更順番は変えられないと主張する。そうこうするうちにシナリオを子細に読んだ例の高官が、これはリバース・プロトコールだと言い出した。何のことだと思ったが、よく聞いてみると、序列の低いものから順次入場していく方式だった。ゲストの最後がパラオとマーシャルの大統領、その前が日本代表、そのまた前が中国代表というものであった。日本代表は、大トリの両大統領の直前に会場の大きな拍手を受けて堂々と入場した。もっとも、司会者によるシナリオの読み上げが遅れ、日本代表が入場するときに中国代表の紹介がされる混乱ぶりであったが。そのおかげで、いったん席に着いてから呼ばれた名前に立ち上がって応えた日本代表は、会場の大きな注目と再度の大きな拍手を浴びることができた。(図2)

(5) 中国による援助事業の実態

日本の援助関係者の間で、中国は莫大な金額の援助を多くの国で実施しているが、作っているのは粗末な箱もので現地では評価されていないといった指摘がよく聞かれる。確かに、中国はミクロネシア連邦でも大統領公邸や州政府庁舎など目立つ建物を援助で建設しているが、壁のタイルが欠落したりして修理が必要な状況のものが多い(もっとも、日本の援助で作った施設にも決して褒められた状態ではないものもあるのだが)。しかし、彼らは現地のニーズに応じた地道な援助もしっかり行っている。国民の食生活の改善のために、この地で少しでも野菜の生産を振興することが望まれているが、中国はポンペイ島東部で2ヘクタール規模の実験農業を15年以上にわたって運営している。10人程度の中国人技術者が2年交代で常駐し現地の人々に野菜生産技術の指導を行っており、インゲンや中国キャベツなどの生産拡大に結び付いている。多くの家庭で飼っている豚の糞尿から生成するバイオガスの普及にも力を入れていて、着実に浸透しつつある。2015年5月に第8代のクリスチャン大統領が就任すると、要望のあった小型飛行機の供与を直ちに実現させ、中国での乗員の訓練も実施することを決めたが、残念ながら、この辺のスピード感は日本の援助では望むべくもない。

(6) 人的交流を進める中国

外交関係とか国と国との関係と言っても、詰まるところ人と人との関係に帰着する。中国は人口10万人のミクロネシア連邦から毎年10人ほどの留学生を本国に送り込んでいる。中国大使館員に聞くと、何年もPRを行って何とか優秀な学生を集めることができるようになったのだと言う。できるだけいい学生を送るため、留学時には中国語の能力は一切問わず、まず1年間中国語をしっかり勉強してから4年制の大学に通う仕組みをとっていて、日本の政府給付留学生試験がかなりレベルの高い日本語試験を課すため、結果として合格者の多くが中国人か韓国人であるのと大きな違いがある。ちなみに、ミクロネシア連邦から日本の政府給付留学生試験に合格したのは随分前に一回あったきりである。5年間の中国留学を終えた学生が次々と帰国し、連邦政府や州政府で働き始めている。こうした人材育成策は、年を経るにつれて大きな効果を持つようになるであろう。中国の援助は評判が悪いと批判ばかりして現実から目を背けているうちに、彼我の差はますます開いていくのではないだろうか。