水産振興ONLINE
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2019年12月

太平洋島嶼国における日本漁業の将来 —ミクロネシアでの素晴らしき日々—

坂井 眞樹((公財) 水産物安定供給推進機構 専務理事)

9. 島嶼国において日本漁業が抱える3つのリスク
 ・その2 環境団体の活発な活動

(1) 島嶼国で影響力を強める環境団体

地球温暖化による海面上昇を懸念する島嶼国では、環境保護活動が浸透しやすい素地があり、PEW等の環境団体が活発に活動している。ミクロネシア連邦でも複数の団体が事務所を設置し、潤沢な資金で現地の有力者を雇用し充実した活動を展開している。水資源の保護やゴミ投棄の防止などについて住民の啓蒙に尽力していて、廃棄物処理リサイクルを援助の重点としていたことから私自身も交流があったが、彼らが漁業関係でメインのターゲットとしているのがサメの保護である。日本の援助で建築されたポンペイ国際空港のターミナルビルには、サメを殺さず生かしておけば一匹当たり数百万円の観光収入が得られると根拠不明のアピールをした環境団体の大きなパネルが掲げられている。

(2) サメ保護法の成立

多くの島嶼国でサメ保護法が制定されているが、ミクロネシア連邦でも領海内でのサメの捕獲や所持を禁止する州法が4州全てで成立し、排他的経済水域内を対象とする同様の法案が連邦議会に提出されていた。そのまま成立してしまえばサメの混獲が避けられない巻き網漁業は操業できなくなってしまう。

貴重な財源である入漁料を失うわけにはいかないと連邦議会は法案の審議を保留していたが、環境団体の巻き返しに会い、前政権末期の2015年2月にサメの捕獲や保持を禁止するサメ保護法が成立してしまった。サメの混獲は認められたが、混獲されたサメの陸揚げを義務付ける規定が盛り込まれた。資源を有効利用するためというのがお題目だったが、死んで腐ったサメを集めてどう利用するというのだろうか。実行面でも多く問題を含み漁業へ深刻な影響を与えるサメ保護法は、環境団体からミクロネシア連邦議会による快挙として賞賛された。環境団体は、当時のモリ大統領に招待状を出してワシントンDCで祝賀会を開催した(大統領は台風メイサックの被害対応のため欠席)。

(3) サメ保護法改正案の作成

サメ保護法成立直後から連邦議会へ早期改正を働きかけた。幸いにして問題点が共有され、大統領、シミナ連邦議会議長、パヌエロ資源開発委員長は、早急に法改正を行うことで一致し閣僚の議会承認が一段落する秋の通常会期での改正を目指すことになった。司法長官を訪問すると会議室のドアを閉めて、機微な問題なので改正案は自分が作成しなければならない、アドバイスがほしいとのことで問題となる条文ごとに具体案を議論した。結局この時に提案した内容が業界関係者にも支持され、改正案となった。

司法長官が自ら作業に当たったのは、環境団体の影響が政府部内にも及んでいるためである。その影響は大きなもののようで、結局会期が始っても司法省から改正法案が提出されることはなかった。大統領の腹心であり漁業振興に心血を注いでいた資源開発大臣に相談したところ、関係業界と計らって議員立法で改正案を提出する段取りを付けてくれた。

(4) サメ保護法改正案審議の劇的な展開

連邦議員14名中、環境団体寄りと見られるヤップ州の2名を除く議員に改正案の速やかな成立を働きかけたが、通常会期での審議は困難なものであった。会期末が近づく中で、14名中10名以上の賛成で通過する一読を終えた。二読を通過すれば法案は可決され大統領に送付されるが、二読においては各州1名ずつ投票し3票以上の賛成が必要となる。各州のバランスに配慮した投票方式である。

二読を懸念していたパヌエロ委員長の予想通り、二州の賛成二州の反対で否決されてしまった。連邦議員数は賛成したポンペイ州4、チューク州6、反対したヤップ州及びコスラエ州各2で、単純な多数決であれば10対4で成立していたはずで、この辺が独立性の高い4州を抱える連邦国家の難しいところである。賛成のはずであったコスラエ州の議員がヤップ州の議員に別件で義理があるため反対に回ったとのことで、島国の政治の難しさを痛感した。

ここまでスピード感をもって改正作業が進んできたが、一旦頓挫すれば環境団体の巻返しが予想され大いに落胆していたところ、否決された日の翌日の夕刻パヌエロ委員長から電話で、シミナ議長と相談して再検討動議を通し二読を再度行い3対1で可決されたとの連絡があった。後日、賛成に回ったコスラエ州選出議員に事情を聞いたところ、2回目の二読ではヤップ州に義理があるウエリー議員は投票直前に退席し前副大統領のアリク議員が賛成票を投じたもので、事前の打ち合わせに基づく行動とのことであった。全会一致を原則とする自由民主党の農林部会や水産部会でも目にした光景であるが、いずれにしてもギリギリのところであった。法改正の立役者となったパヌエロ委員長は、2019年6月に第9代の大統領に就任している。