水産振興ONLINE
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2019年12月

太平洋島嶼国における日本漁業の将来 —ミクロネシアでの素晴らしき日々—

坂井 眞樹((公財) 水産物安定供給推進機構 専務理事)

8. 島嶼国において日本漁業が抱える3つのリスク
 ・その1 司法の運用

(1) 漁業取締りの難しさ

許可を受けてミクロネシア連邦の排他的経済水域で操業する船には、衛星を利用したVMS(Vessel Monitoring System)が搭載されており所在地が確認できる。巻き網船には島嶼国出身のオブザーバーが乗船し日々の操業を監視し、膨大な報告書を作成して規制当局に提出している。もとより他国の排他的経済水域で操業する以上、ルールの遵守に万全を期すことが必要であり、万が一違反した場合にはペナルティを受けるのは当然である。

水産庁勤務時代に漁業違反の取締りの難しさについて現場の声をよく聞いていた。例えば禁止漁具の使用を摘発するにしても海上の行為であるため立証が難しい、密漁は現行犯を捕らえることが原則だが、高速船で夜陰に乗じて逃走される、水揚げのタイミングを狙っても津々浦々にポイントが多すぎるといった具合である。まして罰則が低かったら抑止効果もないということで、企画課長在任中に都道府県の漁業調整規則違反の罰則を大幅に(懲役6か月を3年に、罰金最高10万円を200万円に)引き上げる漁業法の改正を行った。

(2) 日本漁船の連続拿捕、3隻で合計250万ドルの示談金

しかし、司法の運用によっては漁業取締りが操業に当たっての重大なリスクとなりうる。その実例が2014年10月から11月にかけてミクロネシア連邦で起きた日本の巻き網漁船4隻連続拿捕事件である。いずれの船もポンペイ港に連行、拘留されたが、最初の船が50万ドル、ほぼ同時に拿捕された次の2隻がそれぞれ100万ドルを支払って示談が成立した。示談が成立すれば言わば何もなかったことになるので法的責任は一切問われない。

最初の船が拿捕された時は大使会議出席のため一時帰国中で、何が起きたのか皆目見当が付かなかった。2隻目、3隻目が拿捕され、日本から大童で駆け付けた船主企業の方に話を聞くと、船頭は絶対違反はしていないと言っているという。入漁料も含め莫大な投資を行って操業しているので違反行為には十分に注意しているという話だった。連邦政府の米国人司法長官に電話で事情を聴くと、今度の2隻は前回よりもはるかに悪質な違反なので前回のような示談金では済まないと言う。そうこうしているうちに、前回の倍の金額で示談が成立してしまった。

私は潔白なら堂々と闘うべきだと主張したが、港に拘留されている間も毎日人件費等の経常経費はかかるし、漁の適期を逸して一日1万ドルで購入した隻日数(1隻が1日操業する権利)を失ってしまうので、お金で済むなら一刻も早く漁場戻って操業したいという無理からぬ事情があるのだった。ろくに証拠固めをすることなく拿捕直後に司法省側が示談を持ち掛けてきたという話に胡散臭いものを感じた。司法省の担当官が、違反ばかりする日本はその償いにもっと援助をすべきだ、今度はバスを持って来いといった暴言を吐いていると聞いて、日々少しでも現地のためになる援助をすべく努力している身として強い憤りを覚えた。こうした事情はあっても拿捕されたと聞けば何か違反をしたのだととらえられるのが普通で、ミクロネシアの人々の間での日本漁船、ひいては日本の評判も悪化し暗澹たる思いの日々を過ごした。

(3) 裁判に移行した4隻目、驚くべき訴状の内容と高額の保証金

時を置かずして4隻目が拿捕された。既に1隻拿捕された会社の別の船が拿捕されたのだった。今回も例によって示談を持ちかけられたが、司法省が何を思ったのか示談書で違反事実を認めさせようとしたため交渉が決裂し、民事及び刑事の裁判に移行することとなった。

訴状を読んで驚愕した。違反内容は、幼魚を多く捕獲してしまうため夏の時期に禁止されているFADs(Fish Aggregating Devices:集魚装置)の違反使用、ゴミの投棄による海洋汚染、混獲魚の未記載であった。FADs使用については、国際取決めの遵守規定、二国間協定の遵守規定、国内資源管理規則の遵守規定の3つの規定に違反しているとされていたと記憶している。3つの条文が適用されることには問題がないが、何と罰則がそれぞれの条文ごとに計算され一つの行為に3倍の罰金を課していたのだ。他の違反行為も同様に2倍ないし3倍の罰金が課されていた。示談金の交渉は罰金の総額をベースに進められるので、不当に高く設定された罰金は示談金の釣り上げにつながる。あまりにひどいと思って司法長官に罰金の算定方法を確認したのかと問うたところ、何の問題もないという返事に声も出なかった。

前述のように拘留が長引くほど損害が増えるので、裁判に移行した漁船側は現地の弁護士を通じて一刻も早い釈放を求め交渉した。保証金に関する司法省の要求は300万ドルという常識を逸脱するものだったが、背に腹は代えられぬ状況の漁船側は何とか工面した。その後も手続きやら何やらで時間を浪費したのち、ようやく船がポンペイ港を出て行った。300万ドルはキャッシュで払うことが要求され、通常は通用する銀行の信用状は認められなかった。国連海洋法条約第73条2は、「拿捕された船舶及びその乗組員は、合理的な保証金の支払又は合理的な他の保証の提供の後に速やかに釈放される。」と規定しているが、何ら顧みられることはなかった。

(4) 現地の人々に日本漁船の立場を説明

水産庁勤務時代に、物的証拠を集め違反船を摘発するためには膨大な時間とエネルギーを要すると聞いていた。一連の拿捕に係る訴状を読むと8月に行われた違反を拿捕の理由としていたが、拿捕までの2か月ほどで4隻分の証拠を収集し準備をすることは先進国の司法当局でも困難である。人手不足で通常業務も滞る現地政府でそんな短期間で拿捕の根拠となる証拠集めができるのか強く疑問に思った。

私自身実際に海上でどのような行為が行われていたのか知る由もないが、少なくとも日本漁船が無実を主張していることをわかって貰いたいと思い、混獲魚の未記載やゴミ投棄が容疑となっていることに対応して、混獲魚の漁獲を記載した記録簿や相当量の空き缶を収容した船内倉庫の写真を添付した資料を作成し連邦議員や港湾関係者、他国大使館などを回って説明した。罰金の積算について訴状が重大な誤りをしていることや漁船が拘留されることによって受ける被害、国際常識を逸脱した保証金の要求などについても理解を求めた。

ポンペイ州選出の連邦議員を集めて説明したことがあった。議会として係争中の裁判に介入することはできないが、長年の日本との関係を考えると4隻も一度に拿捕するのは乱暴だと思う、我々が政治家としてどういうことができるか話し合いたいという反応だった。その後議員だけで話し合いがもたれた。最古参のピーター・クリスチャン議員が配布資料を一切見ることなく目をつぶってじっと私の話を聞いていたことをよく覚えている。連邦議員を代表して、日本大使の言うことはよくわかったと言って前述のコメントを残した彼は、その後第8代大統領に就任した。

(5) ポンペイ州経済への深刻な影響

日本の主張を説明して回ってみると、米国人司法長官は、上陸した船員が酒を飲んで騒ぐのがけしからんと船長と司厨長以外の上陸禁止令を出したり、これに反対し撤回に追い込んだ人物が長を務める政府関係機関の廃止法を議会に提出したりと傍若無人の振る舞いで極めて評判が悪い。

日本漁船の拿捕を見た各国の漁船がミクロネシア連邦の排他的経済水域を回避しポンペイ港への入港が途絶したため、州経済に深刻な影響が出始めた。入港した漁船は水、食料の補給を行うほか、乗組員が上陸し束の間の休暇を取るので飲食店も潤う。港湾関係者や漁業関係者が本件の早期解決を求めて政府に提出した書簡では、1隻当り5万ドルの経済効果が失われたとしていた。GDP3億ドルの国にとって甚大な損害である。入港料を主要な財源として空港施設のメインナンス等を行っているポンペイ州港湾局も深刻な財政難に陥ってしまった。

(6) 驚きに満ちた裁判の展開

いよいよ裁判が始まった。傍聴に行ってみると現地職員は距離を置いているのか、米国人司法長官と豪州人の長官補が弁論に当たっている。最初の原告側証人はVMS担当官で、ミクロネシア短大を卒業し十分な訓練を受けて業務を執行していることを何回もの質問で確認する。そして、訴状で違反行為があったとする日に日本漁船が排他的経済水域内にいたことを何回も証言させた。そんなことは明らかで争点にもなっていないのだが、裁判官が弁論を止めさせる気配もなく長時間が費やされる。最後に弁護側代理人がVMSでFADs使用やゴミ投棄の違反行為がわかるのか質問し、証人がVMSでわかるのは位置だけと答えてようやく尋問が終わった。

司法省側は、オブザーバーが操業時に流木(FADsとみなされる)を見たと主張するだけで、写真はおろか報告書も何も物的証拠を一切提出しない。日本漁船側はもちろんこれを否定したが、これに対する司法省側の指摘は、漁船員は自らの利害に関わるので虚偽を申し立てる可能性が高いが、オブザーバーは嘘をついても利益を得ることがないのでその証言の信憑性の方が高いというものだった。

海洋へのゴミ投棄について、オブザーバーはケースに入っていた空き缶が次に見に行った時にはなかったので投棄されたと判断したと説明した。なぜ船内のゴミ集積場に回収された可能性を考えなかったのか到底理解できなかった。

(7) 示談での決着

オブザーバー証言のいい加減さを突いて日本漁船の汚名を晴らすよう現地の弁護士に何度もアドバイスしたが、クライアントである日本漁船側の要望もあるので、国内法の不備を理由として提訴の棄却による完全勝利を目指すと言う。事実関係の掘り下げは行われないまま、法制面の議論がむなしく続き在任中に裁判が決着することはなかった。狭い島国では誰もが顔見知りで血縁関係も複雑に入り組んでいるため、徹底的に個人を追及したり非難することは避けるのがしきたりである。こうしたメンタリティが影響していたのではと今にして思う。

帰国後、係争中だった裁判も示談で決着したと聞いた。示談金がこれまでよりも低かったことがせめてもの救いであったが、在任中にもっと打つ手はなかったのかとの思いが残った。今となってはただ2隻を拿捕された企業が健全な経営を継続していることを祈るばかりである。

裁判が進行している頃、司法省が日本から3台のパトカーを購入した。テロの危険もないのに、大統領の警護に走り回るパトカーを見るたびに、その財源がどこから出ているのか考えて苦々しい思いがしたものだった。

(8) 残された教訓

米国人司法長官による拿捕ビジネスを特異な例と片付けてしまうのは簡単だが、少人数のスタッフで行政を運営している島嶼国では、人が代われば方針が大きく変わってしまうおそれがある。司法とて例外ではない。人口10万人のミクロネシア連邦国内で立法や政策立案を担うスタッフを十分に確保することは困難で、司法省にも米国人や豪州人が雇用されている。ロースクールを卒業したての実務経験もない者が多く、船員がアルミ缶を海に投棄したことをもって直ちに海洋汚染(contamination)の罰則を適用し何十万ドルという罰金を課するといった議論を平然と行う。途上国においては、こうした不十分な体制で法令が運用され政策が実施されることのリスクを十分に認識する必要がある。

許可証の不掲示などの軽微なものもあったのかもしれないが、これまで日本漁船が違反を繰り返してきたことも本件の背景にある。付け入られる隙があったということだ。巻き網漁業は投下資本が大きく雇用する船員も多いため、抱えるリスクも大きい。専門性が高い案件で現地大使館に多くを期待することには無理があるが、ポンペイ州に社員を配置しているのは現地の漁業公社と合弁事業を展開している1社だけで、他の企業は取締り規制に関する情報収集や現地政府との交渉に当たることができる代理人も置いておらず、今も脆弱な体制のままである。

日本漁船拿捕4件はいずれも示談で決着したため、実際に何が起きたのかはすべて闇の中に消え去り、現地では違反を繰り返す日本漁船という記憶が残ったままである。日本漁船からは示談金が容易に取れる、現地政府にとっては大きな収入になるという事例ができてしまった。常に人材不足に悩む島嶼国政府で日本や他の先進国と同様に司法の運用が行われると期待するのはあまりにも無理がある。違反をすれば罰を受けるのは当然であるが、理不尽なことが起きる可能性は常にある。まして、前代未聞の事態を経験したばかりである。何か重大な事案が起きた場合には、大統領、副大統領か少なくとも大臣と話さなければ埒が明かない。そういったことができる代理人も現地に置かずに操業することには大きなリスクがある。

(9) 新大統領のリーダーシップ

新政権が誕生すると各省の大臣は一斉に辞任するが、新大臣が大統領によって指名され連邦議会の承認を得るまではコンサルタントとして残り各省の指揮を執る。連邦議会の承認には14人中10人の賛成を要し、新大臣が就任するまでに事前調整などで数ヶ月程度かかることも多い。

2015年5月に就任したピーター・クリスチャン大統領は、数名の閣僚を再任するとともに真っ先に新司法長官を指名し、これを受けた連邦議会も新長官を直ちに承認した。このため、日本漁船連続拿捕を指揮した米国人司法長官がコンサルタントとして司法省に残ることはなかった。新大統領と新長官は日本との漁業関係を改善する旨明言し、ミクロネシア連邦の排他的経済水域を回避していた日本漁船も復帰、これを見た各国の漁船もポンペイ港への入港を再開し、前政権でこじれた日・ミクロネシア漁業関係は完全に修復された。港に船が戻る姿を見たポンペイ港関係者もようやく一息つくことができた。劇的に事態が改善された舞台裏を知る人々から大変感謝され、農林水産省時代に鍛えられた政治家や議会との対応の仕方が異国の地で多くの人の役に立ったことが素直に嬉しかった。