水産振興ONLINE
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2019年12月

太平洋島嶼国における日本漁業の将来 —ミクロネシアでの素晴らしき日々—

坂井 眞樹((公財) 水産物安定供給推進機構 専務理事)

5. 援助への依存

(1) Development Partners

ミクロネシア連邦では、米国以外にも日本を始め多くの国や国際機関が援助を展開している。援助関係者の間でよく聞かれる言葉がDevelopment Partnersである。与える者と与えられる者との上下関係ではなく対等の立場で成長を目指すという趣旨の、耳ざわりの良い言葉には深刻な問題が隠されている。1986年に独立して以降、道路、電力、上下水道や医療教育分野で多額の援助が行われているが、こうした基礎的分野のレベルは依然として低く、米国の信託統治時代に整備された道路等のインフラは更新期を迎え劣化が進んでいる。独立国家である以上国づくりの責任を負うのはミクロネシア連邦の指導者たちであるが、Development Partnersという言葉の陰に隠れてこうした現実を直視しようとしない、また援助側も指摘しない。いくら援助で道路、電力といったインフラを整備しても、自分たちの力でメインテナンスを行い運営することができなければ、老朽化すれば一から援助で作り直すという同じことの繰り返しに終わってしまう。

援助頼みを助長するような援助が行われてきたのも事実である。首都のあるポンペイ島はハワイのカウアイ島に次いで世界で2番目に降雨量が多いところと言われているが、水道管の漏水がひどく普段でも時々断水するし雨が少し止まると途端に水不足に陥ってしまう。ある時、長年この地域での援助に関わってきた日本企業の関係者から、大使館に水道施設の整備プランが持ち込まれた。施設老朽化の現状とどこを直す計画なのか聞いてみたところ、そんなことはわからないので全部新しい水道管に交換し浄水場も新設する、州知事も賛成していると言う。こういった援助が受けられるのなら、日頃のメインテナンスを行わないのも無理はない。

廃棄物の処理を円滑に進めるため、ごみ処理場で使うエクスカベータ(パワーショベル)を供与した際には、供与先の州政府と処理場の管理運営を委託されている民間業者との間でメインテナンスや修理の責任分担などを定めた覚書を結んでもらった。国民の税金で供与する機械をできるだけ長く有効に使ってもらうためである。離任する直前に、処理場でエクスカベータが立往生していると聞いて驚いた。大使館がエクスカベータを供与した際に、日本の援助団体が燃料の助成を始めていて、その助成が終わった途端に手当てができなくなったのだった。新たに州政府の予算を取るためには相当の時間を要する。補助事業の世界では、余程の事情がない限りは経常経費は補助しないのが原則であるが、援助側でもこうした基本的な訓練ができていないのが実情である。

前述のように、ミクロネシア連邦は言葉も文化も異なり、東西3,000キロ以上隔たった独立性の高い4州で構成されている。直前にキャンセルされたが、約半分の人口を擁するチューク州では、独立の是非を問う住民投票が連邦議会議員選挙と併せて予定されていたくらいで、国家運営が大変難しい国である。そういう困難はあっても、国や州の運営はミクロネシア人が責任を持って進めなければならない。そして、それを担う人材の育成は、ミクロネシア連邦の人々の自覚と努力なくしては決して実現できない。

(2) 多くの援助機関による多様な援助、中には現場の実情にそぐわない援助も

援助国、国際機関、NGOが実施している援助は多岐にわたり、その全容は連邦政府を含め誰も把握していない。Development Partnersの数が多すぎて連携を取ることも容易ではない。中には必ずしも現地の実情やニーズにそぐわない援助もある。

ある国際機関が進めていた港湾改修の融資プロジェクトがあった。数年前から懸案になっていた案件で、必要性は誰もが認めるが政治的対立に巻き込まれて頓挫しているという話だった。就任間もないクリスチャン大統領から、港湾の改修を日本の援助でやってもらえないかと依頼された。中国ではなく日本にやってもらいたいのだと言う。国際機関のプロジェクトが進んでいるので援助への切換えはできないと話したところ、大統領は珍しく困った顔を見せ、融資プロジェクトは工事内容に問題があるし、港湾入港料収入ではとても返済できない、一度担当大臣の話を聞いてみてくれという。

早速担当大臣に話を聞きに行くと、地図を描いて、手狭になった岸壁を延長するのはよいのだが、内湾に向けて延長させる計画になっていて、対岸が近いためわずかしか延長できないので問題の解決にならないと説明してくれた。港湾と空港の運営管理機関の責任者のところに行って話を聞くと、外海側に延長することを希望していたのだが計画には反映されなかった、権利調整の問題があって時間はかかるが外海側に延長すれば十分な長さの岸壁ができると言う。プロジェクトの内容を見せてもらうと、運営管理機関の職員の研修事業が相当な金額で盛り込まれている。どこの組織に支払うことになるのかはわからないが、こうした研修費用も自分たちで返済しなければならない。ミクロネシアの人たちの気性なのか、明確に反対しない、事を荒立てないのが常であるが、今の内容で融資プロジェクトを進めたくないことははっきりしていた。

資金を借り入れるのは州政府で連邦政府が債務保証を付与するスキームだったが、州政府は返済が滞ったら連邦政府を頼ればよいという安易な考えもあって(実際に州政府が返済に行き詰まり、連邦政府が肩代わりして長年をかけて返済した事例があった。)、また、連邦政府は直接の当事者ではないことから、双方ともにプロジェクトを前に進めることを躊躇いつつも、白黒をはっきりさせることに消極的なミクロネシア人の気質もあって、ずるずると時間ばかりが経過していたのであった。現場の実情にそぐわない融資プロジェクトであることは明らかであった。

ここで、ミクロネシア人の気質について触れてみたい。物事に強く反対しない、自分の意志をあまり明確にしないといった態度は、狭い島国、誰もが誰もを知っている社会、親戚縁者ばかりである社会で平和に暮らしていくための知恵である。誰かを強く批判すれば、すぐに島中に拡がる。血族の団結は極めて強いので、批判された人の親戚縁者からどのような仕返しを受けるかわからない。実際に、こうしたことで政争にまで発展してしまったケースを耳にしたことがある。

これからにどうしたらよいかと大統領に相談されたので、まずミクロネシア連邦政府として国際機関に明確に断りの意思表示をする必要がある旨を説明した。これまでの関係を清算した後で、大使として日本の援助については最大限の努力をすることを話した。こういったやり取りをしていたら、どこから聞きつけたのか中国大使館が中国の援助による港湾改修を連邦政府に提案したという情報が飛び込んできた。この辺のスピード感には驚くべきものがある。

既に連邦議会に提出されていた連邦政府の債務保証を求める決議案を廃案とし、大統領が債務保証を拒否する旨の書簡を出して、融資プロジェクトは正式に廃止された(連邦政府の債務保証が融資の条件だったため、その拒否はプロジェクトの廃止を意味する。)。後日、国際機関の担当課長が大使館を訪ねて来た。港湾改修の話になると、関係者は皆賛成だったのに政治的争いのために実現できなかった、大変不幸なことだと言うので、工事内容を知っているのかと言いかけたが、離任間近だったのでやめておいた。巨大な国際機関から見れば、小さな島の小さなプロジェクトである。具体的内容については大した関心も持っていなかったのであろう。

(3) 美しい島を守るため、廃棄物リサイクルに援助を重点化

多くの組織が援助を展開する中で、日本がリーダーシップを取ってミクロネシア連邦の人々の生活の向上と連邦及び州政府の人材育成を進めることができる分野として、廃棄物処理リサイクルを援助施策の重点分野とした。

JPRISM(JICAが太平洋島嶼国で展開している廃棄物処理プロジェクト)の専門家が、数か月に一度程度ではあるが4州を訪問しダンプサイト(ごみ捨て場)の整備やごみの収集方法について技術指導を行っている。ノンプロジェクト無償や草の根事業でごみ収集車やダンプサイト用のエクスカベータを供与し、できるだけ丁寧なトレーニングを実施した。海辺や森への投棄を根絶し、ごみの収集システムを築き上げるためには、地域住民の理解と協力が不可欠であることから、伝統的リーダーに住民の意識向上を図ってもらうよう働きかけた。最初は日本大使が地域住民の生活に関与しようとしていることに驚かれたが、輸入されるペットボトルやプラスチック容器は百年たっても分解しない、このままでは美しい島もごみで埋もれてしまうことを粘り強く説明して理解を得た。

空き缶やペットボトルのリサイクルは、まだ緒に就いたところである。首都パリキールのあるポンペイ州ではデポジットの徴収が販売時点で行われるため、未納が多くリファンドに必要な資金が常に不足している。より確実にデポジットを徴収するため、州法を改正して輸入時の課金に変更するよう知事や州議会議員に働きかけた。離任する数日前にピーターソン州知事が州議会で可決し知事が署名して成立した改正法を大使館に持ってきてくれた。万事ゆっくり進むこの国で、1年余りで法改正ができたことに驚くとともに地道な努力が実ったことに大きな満足感を覚えた。