水産振興ONLINE
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2019年12月

太平洋島嶼国における日本漁業の将来 —ミクロネシアでの素晴らしき日々—

坂井 眞樹((公財) 水産物安定供給推進機構 専務理事)

4. 脆弱な島嶼国経済

(1) MIRAB経済

太平洋島嶼国の経済は、MIRAB経済と称されることが多い。雇用機会を求めて先進国へ移民する人々が多く(Migration)、彼らからの仕送り(Remittance)や援助(Aid)で経済が支えられ、援助で給与等が手当てされる官僚機構(Bureaucracy)が雇用や消費力の多くを占める。入漁料の他に大きな外貨獲得の手段がないミクロネシア連邦で、こうしたMIRAB経済の現実を目の当たりにすることになった。

(2) 成算無き輸出振興よりも地産地消の推進を

これといった輸出品のないミクロネシア連邦は毎年大幅な貿易赤字を記録している。輸入金額の3分の1を占めるのが燃料で、その多くが発電用である。重油を焚いて発電するため、電気料金は日本の2倍以上と高額である。日本統治時代に始まった水力発電に加え、最近では各国の援助によって太陽光パネルが政府庁舎や学校の屋上など多くの所に設置されているが、州によっては停電が頻発するような送電システムの状況で、本格的な導入にはまだ多くの課題が残されている。火力発電への依存は今後も続かざるを得ないが、自然エネルギーの振興が少しでも貿易赤字の削減に役立つことを願ってやまない。

輸出の振興が出来ないか、誰もが考える課題である。現地政府や日本の援助関係者の中から、時々胡椒や野菜の生産を拡大して日本やグアムに輸出するといった提案がなされる。しかし、あふれる太陽の下で自然に実る作物を食べ農耕活動を行うことのなかったこの地では、そもそも農業を根付かせることが容易ではなく、専業農家はほとんどいない。優良な農地も極めて限られている。胡椒を土産物として販売するくらいの生産量はあるが、輸出市場を開拓し一定量を継続的に供給することは極めて困難である。

当地では鰻は神様の使者と信じられ誰も食べないため、巨大化した鰻が川にたくさん泳いでいる。ある時、日本からの訪問者と現地政府高官が日本人は鰻が好きなので輸出しようという話で盛り上がった。酒の上での話なので聞き流していたが、話が余りに真剣味を帯びて来たので、思わず、今いる鰻をとり尽くしたらその後はどうするのか、継続的な供給ができなければ輸出などできるわけがないと言ってしまった。座が白けたが、貿易事情に疎い現地の人々をミスリードすることは避けられた。

輸出振興という机上の空論ではなく地域の振興や国民の健康回復のために、決して容易ではないが、この国で農業を振興することは極めて重要である。議会や学校を訪ねて講演を行う際は、4つの大きなメリットを紹介してヤムイモやタロイモといった伝統的作物や野菜の地産地消の推進を訴えた。一つ目のメリットが国民の健康増進である。もともと野菜を食べる習慣がないところに、戦後、輸入される米と肉が中心の食生活となってしまったため多くの人々が成人病に苦しんでいる。スナック類も大量に輸入され消費されている。こうしたものに代えて調理に手間はかかるが栄養豊富な伝統的作物を復活させることや野菜の生産消費を促進することが成人病の蔓延を食い止める最善の策である。二つ目は現地で欠乏している雇用機会の創出である。輸入金額の3分の1を占める飲食料品の輸入を減らし貿易赤字の削減に資することもできる。三つ目が環境保全。輸入食品の包装に使われているプラスチックが道端に多く捨てられている。ココナツやパンの実の殻と違って百年経っても土に還ることはないので、このままでは島がゴミの山と化してしまう。少しでも輸入を減らし本来のエコな食生活に立ち戻ることが必要である。そして四つ目が自給率の向上による食料安全保障の向上である。各州政府も苗の無料配布によって野菜栽培の普及に努めている。こうした地道な努力がいつの日か大きな成果に結びつくことを願ってやまない。

(3) 各州に存在する観光資源と観光開発の行方

 ヤップ州の石貨、チューク州の沈船ダイビング、ポンペイ州のナンマドール遺跡、コスラエ州のレラ遺跡とミクロネシア連邦の各州に観光資源がある。中でも、1600年頃までに玄武岩で築かれたという90を超える人工島群、ナンマドール遺跡は世界遺産に登録されている。ダイビング、魚釣りなどのマリンスポーツも各州で楽しむことができる。

しかし、日本の奄美大島とほぼ同じ国土面積(701平方km)が大小607の島に散らばる地勢条件の下、どこも規模が小さい。停電、断水が多く、医療水準も劣悪なため、国の経済を支えるような観光収入は期待できない。多人数の外国人観光客を誘致して大きな観光収入を得るためには、水道、電気、医療といったインフラを自ら備える大規模リゾートを開発することが必要となる。

実は、これが平たんな空き地が比較的多く残っているヤップ州で中国資本が取り組もうとしていることで、地元住民の反対によって中断したものの、10年近く前に当時の連邦及び州政府の支援の下で客室4,000、ゴルフ場8、カジノ、コンベンションセンターを備える大規模リゾートの開発が進められようとしていた。リゾートが立地するヤップ州本島の人口7,000人をはるかに上回る数の従業員が働き、観光客が押し寄せるようになっては、豊かな自然の恵みによって育まれてきたミクロネシアの人々の伝統や穏やかな暮らしは二度と戻ってこないだろう。観光開発の美名に踊らされることなく、訪れる観光客との絆を大切にした地道な取り組みを進めていってほしいと願う。