水産振興ONLINE
水産振興コラム
20257
変わる海の環境 -世界の動き、日本の動き-

第1回 はじめに

古川恵太
NPO法人 海辺つくり研究会理事長 / (一財) 東京水産振興会特別研究員

皆さまこんにちは。海辺つくり研究会の古川恵太と申します。この度、水産振興コラムの新シリーズ「変わる海の環境」を担当させていただくこととなりました。私は、長く国交省の研究者として沿岸域の環境保全・再生の技術開発に携わりながら、日本各地の環境再生事業に行政の立場で関与し、在外研究などを通して自然科学者として論文を書いたりしてきました。その後、民間の財団で海洋政策に関する研究を通して、国際的なガバナンスの確立や日本における沿岸域の総合的管理の推進のための社会科学的アプローチを実践し、現在は市民や子どもたちとともに海辺と人の関係を取り戻すことを目指すNPOの代表として多くの方々とのネットワークに支えられて活動しております。産官学民の体験をしてきた者として、様々な視点から、変わりゆく海の環境についての話題をお届けできたらと考えております。

副題に「世界の動き、日本の動き」とあるように、時には世界を見わたして海の環境を巡る国際情勢や最新の科学研究の動向について思いをめぐらし、翻っては日本での実践活動を掘り起こし、さらにはそうした動向や活動を支える技術や研究の現場の裏話などを交えてご紹介するつもりでおります。私自身だけではカバーしきれない話題については、専門家へのヒアリングも交えながら話題を掘り下げてまいります。

本シリーズのテーマを、3つのサブテーマに分けました。テーマ候補の表にまとめたように 1) 国際情勢、2) 日本での実践活動、3) 研究あれこれです。

現在、海だけでなく、世界の環境が危機に直面しています。それは、気候変動の直接の影響として温暖化や海洋熱波の発生、台風や豪雨の激甚化、それに伴った洪水や氾濫の発生、海面上昇による水没、干ばつによる砂漠化、海の生態系へのダメージと遷移などといった形で顕在化しています。また、そうした自然環境と不可分の人々の活動にも影響が出始めています。

そうした問題の解決のためには、地球規模での対応策を考え実行する必要があり、国連及び関連の規範・条約は、そうした国際行動を誘引するものであります。その根本は、国際連合憲章にかかれているように「国際平和と安全を維持するために、基本的人権と人間の尊厳を尊重し、国際問題を解決するために調和的行動を行うこと」が必要であるということです。1992年にブラジルのリオで開催された「国連環境開発会議(UNCED)」において、その理念が「持続可能な開発」という言葉として明記されました。「開発」という言葉に違和感を持たれる方も居るかもしれません。その原意は「大きな自由の中で社会的進歩と生活水準の向上とを促進すること」であり、必ずしも重厚長大な産業発展や、大型都市開発を示すものではありません。

新シリーズ「変わる海の環境」のタイトル案
サブテーマ タイトル(仮)
国際情勢
  • 持続可能な開発をめざして:UNCEDと衡平の概念
  • 生物多様性と水産資源を守る国際規範:UNCLOSからBBNJへ
  • 国際条約を支える科学者会合:IPCC, IPBES, STAG
  • ブルーエコノミーがみせる新たな世界:UNOC, OOC
日本での実践活動
  • ブルーカーボン:世界の動きと日本での実践、JBE
  • 沿岸域の管理1:総合的管理、法制度、計画
  • 沿岸域の管理2:里海づくり、水産多面的機能発揮対策事業
  • 東京湾再生のための行動計画:官民連携。一斉調査
研究あれこれ
  • 研究者のツール:数値モデルの基礎と応用、デジタルツイン
  • 研究者の活動:現地調査とデータベース、計画と実施
  • レジャーの力学:ヨット、ボート、サーフィン
  • 釣りの科学:ハゼ釣り、地形と潮汐、釣り具

国際情勢では、初めに、この「持続可能な開発」の真意と、その背景にある「衡平」という概念をご紹介いたします。そのうえで具体の国際規範の例として、生物多様性や水産資源の管理・利用のルールの明文化や国際合意の構築、そうした国際合意を支える科学者の活動、さらには産業界がそうした規範に参画する糸口となるブルーエコノミーという新たな概念の一端を紐解いていこうと思います。

日本における実践活動では、こうした国際的に起こっている議論や、その成果としての規範・条約を対岸の火事とせず、他山の石として国内各地での実践活動に反映されてきた事例を紹介します。例えば、ブルーカーボンについての実践事例や沿岸域の総合的管理に関わる様々な法制度や計画、事業の事例などがあります。特に東京湾では、2003年から東京湾再生のための行動計画が策定され、官民連携で取り組みが進められています。こうした事例に関わってきた人たちの様子を垣間見ていただくことで、日本と世界のつながりに思いを馳せていただければと画策しています。

研究あれこれでは、私が今まで最も長い経験を積んできた研究の分野のお話もぜひご紹介したいと思っています。例えば、研究者が良く用いる道具として、数値シミュレーション(数値モデル)の原理と応用例、そうしたモデルに用いる基礎データを収集する現地調査、その結果を格納するデータベースの設計と運用のご紹介をいたします。また、身近な海での活動にも科学とのつながりがあることを知っていただくために、ヨットやボート、サーフィン、さらには釣りなどを題材とした話題にもチャレンジしてみようと思います。

さて、次回からいよいよ連載のスタートです。1〜2か月に1本のペースで3つのサブテーマを交互に掲載していく予定です。そして、海の環境問題を身近に感じていただくために、その時々のトピックスをショートコラムとして掲載いたします。お楽しみいただければ幸いです。

ショートコラム

「私たちの海洋」会議
(OOC2025、釜山、2025年4月28–30日)

今年(2025年)4月28日から3日間、韓国釜山で第10回 Our Ocean Conference(OOC:私たちの海洋)会議が開催されました。これは、2014年にジョン・ケリー元米国国務長官が始めた会議で、最新の海洋問題に関する意見交換をするだけでなく、実際にそうした海洋問題を解決するために実施する約束(コミットメント)を投資金額とともに発表するというユニークな会議です。第1回以降、コミットメントの数は2,600件、約束金額は1,400憶ドルを超え、実施率も80%以上となっています。自ら宣言し、相互監視の下で事業を進めるというシステムが機能していることが伺えます。

今回のOOCでは、海洋保護区、ブルーエコノミー、気候変動、持続可能な漁業、海洋汚染の他、海洋の安全保障や、海洋デジタルの推進が議論の中心になりました。特に海の生産性・生物多様性の礎となるブルーカーボン生態系の保全・再生は、多くのテーマに関係する基盤的な取組みとして注目され、国際的な目標設定の下、地域での連携強化、各国・地方での行動を実施する枠組みの必要性、科学との連携や能力開発の重要性などが強調されました。

第10回アワ・オーシャン(私たちの海洋)会議(内閣府)
https://www8.cao.go.jp/ocean/policies/international/ooc2025/ooc2025.html

連載 第2回 へ続く

プロフィール

古川 恵太(ふるかわ けいた)

古川 恵太

1963年東京生まれ、早稲田大学で土木工学(水理学)を学び、1988年から2013年まで、国交省の研究所にて、海水浄化技術や沿岸生態系保全・再生の研究・事業実施に携わる。その間、豪州海洋科学研究所における在外研究や、国際航路会議(PIANC)、世界通信連合(ITU)での国際ガイドラインや規則作成・改定に従事。2013年からは、笹川平和財団海洋政策研究所にて、海洋政策、沿岸域総合管理、島と周辺海域の持続可能な開発などをテーマに、国際連合の各種会議に参画、2019年からは、NPO法人海辺つくり研究会の理事長として、海辺の自然再生事業への市民参画を促進するための企画・調査に奮闘中。