水産振興ONLINE
水産振興コラム
202210
アンケートにみる「豊洲市場の現在地」
八田 大輔
(株)水産経済新聞社
第13回 終わりに

5か月余の隔週連載を続けてきた連載・アンケートにみる「豊洲市場の現在地」の最終回では、一般社団法人豊洲市場協会(伊藤裕康会長)と一般財団法人東京水産振興会(渥美雅也会長)による3つの共同調査アンケートの検討委員会座長を務めた、婁小波東京海洋大学副学長が全体を総括する。場内にある複数団体の協力で予想を上回る数を集められた回答からみえてきたものは何か。

新ビジネスモデルに期待
5年程度目安に再調査を
写真1 婁副学長 「次があれば喜んで協力する」と語った婁副学長

アンケートの実施前、日常業務に役立つかどうか分からないものにどれだけご協力いただけるものかと懸念していた。しかし、実際には場内の業界団体のお力添えで多くのご回答をいただくことができた。2割回収できれば合格と思っていたところ、成功ラインの3割の回収率を上回ることができた。

報告書にまとめるうえで解釈を加えすぎることは極力避けて、まずは回答者が感じた意見を正確に抉(えぐ)り出すことに努めた。豊洲市場で起きている現象を「見える化」することにより分かった事実や明らかな意見分布を示せた。報告書ではこの「見える化」を徹底させたので、研究者としてこれらの事実をどう解釈すべきかという作業はこれからの楽しみだ。

豊洲市場ブランドの育成が課題

現在、豊洲市場で事業を行う人々、買い出しに来場する人々の評価をまとめると、閉鎖型施設になったことによる鮮度維持や温度管理といった、当初想定していた強みは十分発揮できていると確認できた。それだけに移転前後の政治的ゴタゴタや新型コロナウイルスの感染拡大のマイナスイメージで打ち消されていることが残念でならない。

築地から豊洲に移ることで、多数の飲食店が集まる銀座から距離が遠くなり、仕入れに時間がかかるようになったことも声として拾えた。時間は一日24時間と決まっているので、仕入れに時間が取られるようになればデメリットと受け止められる。デメリットがメリットを上回れば使われなくなる。豊洲市場の場内事業者も指をくわえてみているだけではなく、営業開始を30分以上前倒しして対応するなどの動きも今回把握ができた。

ただ、一般来場者の声をみると、都民が楽しめ国内外の観光客に好かれていた築地市場の遺産といえる「築地ブランド」は、調査した2019年当時はうまく引き継がれてなかったように思われる。観光市場化はメリットとデメリットがあるので一概に評価できないものの、今後は時間をかけて独自の「豊洲ブランド」を育てるほかないだろう。

思ったほどビジネスモデル転換が移転前後で行われていなかったのも意外だった。農業・食料関連産業の国内規模が109兆円もある中、漁業は1.2%。そこから連なる関連産業を加えてもわずかでしかない。まだまだ国民の消費ニーズに対応して新ビジネス展開を生み出す余地はある。水産仲卸業者の調査で、思っていたよりも企業の年齢が若く、若手への代替わりが進んでいたのが判明したので、そうした若い力で新たな挑戦が行われることに期待したい。

写真2 水産卸売場棟1階の鮮魚卸売場(22年6月撮影) 鮮度維持や温度管理への評価の声は報告書の随所に読み取れた。
写真は水産卸売場棟1階の鮮魚卸売場(22年6月撮影)

非利用者の声拾えず心残り

移転して間もないタイミングで、築地市場から豊洲市場への移転前後の比較に重きを置いた影響調査に主眼を置いていたが、新型コロナウイルスの感染拡大が始まりイレギュラーなタイミングでの実施となり、関連の質問事項を織り込まざるを得なかった。とはいえ、肝心の移転前後の比較に関して、知りたいと考えていたことを回答者の皆さまが素直に答えてくださって、データ化できたことはよかった。

ただ、心残りだったのは、移転のタイミングで離れるなどして、今は仕入れに豊洲市場を利用していない事業者の皆さまの声を形にできなかったこと。時間やマンパワーが許せば手を伸ばしたいところだった。次の機会があれば、都の飲食店の団体や寿司業界などにご協力をいただくなどして、豊洲市場の非利用者の意見を拾ってみたい。

アンケート調査は、国の施策見直しのタイミングと同様に5年程度を目安に定期的に行った方がよい。研究者にとっても生の声に触れるのは貴重な機会となったので、最後に、ご協力くださった皆さまに重ねてお礼を申し上げたい。

プロフィール

八田 大輔(はった だいすけ)

1976年静岡生まれ、名古屋大学文学部日本史学科卒業。上京して富士通系列のシステム会社でシステムエンジニアとして3年勤務した。退社後は日本ジャーナリスト専門学校スポーツマスコミ科に学び、卒業間近の2006年1月に(株)水産経済新聞社の編集記者に転じた。16年4月から報道部部長代理。中心的な取材分野は、卸売市場を中心とした流通全般、鮮魚小売業全般、中食産業全般など。専門商材はウナギ、干物類。そのほかの担当エリアとして北陸3県(富山・石川・福井)、福島県、千葉・勝浦、静岡県東部/西部。