水産振興ONLINE
水産振興コラム
202011
定置漁業研究について
第6回 相模湾の定置漁業 小田原市に出向して
吉川 千景
(小田原市役所)

1. はじめに

神奈川県小田原市は、東京から新幹線で30分、高速道路からのアクセスも抜群の中規模都市です。私は平成31年4月、小田原市役所と水産庁の人事交流制度により、市役所に出向しました。水産庁時代は、ウナギ養殖業の許可制度や輸入マグロの管理等の業務を担当し、定置漁業とのかかわりは初めてです。

私が所属する水産海浜課は、小田原市公設水産地方卸売市場の上という、まさに現場にあります。本コラムは、東京水産振興会の水産振興コラムにリレー寄稿できる機会を得て、日頃現場を見、聞きする中で感じた定置漁業の強みや問題意識について記載したものです。わずか1年4か月間で感じた個人的な意見であり、現場をより深く理解する必要があると考えておりますので、あまねくご意見、ご批判もお寄せ下さい。

写真1 写真1 活気のある小田原市場(コロナ前)

2. 小田原・相模湾の定置漁業の特徴

① 地域経済を支え、魚価を高値・安定化

小田原を含む相模湾の主力漁業は、定置漁業です。相模湾は日本三大深湾の一つであり、浮魚から深海魚まで300種類を超える魚が水揚げされます。小田原市には4か統の定置が存在し、小田原市公設水産地方卸売市場(消費地市場)に水揚げします。当市場では、他産地の水産物と朝どれの地魚が同時に購入できることから多くの買受人が集まり、朝のセリは熱気に包まれます。

地魚の大半は定置漁業の漁獲物です。このため、定置漁業者は、「定置は市場を支える存在。悪条件でも水揚げをすることが、自分たちの使命」と地域経済を支える責任感を持って操業しています。

他方、1魚種としての量がまとまりづらく、漁獲変動が大きいという課題があります。また、黒潮の影響等から全国的な資源状況と合致せず、小型のイワシ類やサバ類の漁獲が目立つほか、温暖化の影響を懸念する声も聞かれます。

こうした中、漁業者は、「目の肥えた買受人に工夫が認められた時が喜び」と、各自が鮮度管理技術を磨き付加価値を高め、出荷調整により魚価を安定させる努力が行われています。

写真2 写真2 鮮度管理の徹底(締め方や氷の当て方等を工夫)

② 若い漁業者の窓口、多面的な役割

定置漁業は、個人の初期投資が少なく、雇用される立場であるため、新規就業の窓口となりやすい点も強みです。小田原市漁協自営の定置の場合、漁師の子弟は一人もおらず、市外から就業した者が半数を占め、平均年齢35歳です。

また、日頃培ったチームワークで流木やゴミの撤去作業や藻場の造成、お祭りや朝市による都市住民との交流といった多面的な役割も有しています。写真は、昨年の台風19号の後の撤去作業です。浜の団結力、行動力には、心を打たれました。

図1 図1 小田原市の年齢別漁業就業者の割合
出典:農林水産省「2018年漁業センサス」及び小田原市漁協聞き取りより
写真3 写真3 台風後に漁港に流れ着いた流木の回収

③ 災害への備え

相模湾は古くから急潮対策が進められ、急潮波浪に耐久可能な強度で設計されたモデル定置網の導入、付着物の撤去、台風接近時には箱網などの網を抜く対応がとられてきましたが、近年、経験のない強さの台風が襲来し、毎年、垣網など海中に残した網が流され、数千万円の被害が生じています。

全ての網を抜けば被害を防ぐことができますが、大変な労力であり、約1週間の休漁に伴う収入減となります。また、施設共済は有益な制度であることは理解しつつも、掛け金の高さや掛け捨ての点がネックであり、加入を見送らざるを得ないという声も聞かれます。現場からは、激甚化する台風に対応した制度や技術開発が望まれています。

3. 定置漁業の課題と方向性

小田原の定置漁業は、関係者の努力や立地の良さにより、現時点で大きな問題は生じていません。だからこそ、前向きな資源管理を議論できるはずです。以下は自分自身の課題と感じている事項です。

① 定置漁業に対する理解促進

定置の魅力を動画配信しようと動画サイトを調べたところ、定置漁業に対し、特に海外から「tiny fish(小さい魚)」、「overfishing(乱獲)」、「オブザーバーも乗船していない」という批判的な意見が多数ありました。他方、クロマグロを逃がす取組により持続的漁業との理解が深まり、新たに取引を始める海外の企業もあります。「定置は待ちの漁業だから自然に優しい」という説明に加え、具体的な資源管理の取組や多面的な役割を、分かりやすく発信することが必要だと考えています。若手漁業者の感性と行政が連携することでバランスがとりやすいと考え、今後、小田原市としても、若手職員が立ち上げたYouTube『おだわらおさかなチャンネル』において、定置漁業の魅力を発信していく予定です。

② 定置漁業者からの提案・実施

改正漁業法では、漁獲可能量による管理を基本としつつ、休漁等の漁獲努力量管理も認められています。他方、小田原では、地域経済を支える定置漁業が急に休漁すれば市場が混乱する、網目の拡大には多額の費用が必要で非現実的といった意見もあります。今後、浜の事情に応じた措置を検討する必要があります。

決めるのは資源管理の主役である漁業者の皆様です。私には、現場に溶け込もうと出しゃ張りすぎた反省があります。行政には、会話を密にして現場を理解し、勉強会などで現状整理や他事例の紹介等を行い、考える機会やヒントを提供する役割が求められていると感じます。

9月11日、神奈川県定置研究会として、長谷理事の講演を依頼しました。水産改革の背景となった課題、理事の定置漁業に対する想いを直接聞くことができ、ためになったという意見が多く聞かれました。その際のアンケート結果の一部を紹介します。行政官としての役割を改めて考えさせられました。

〇 定置漁業の魅力 定置漁業の魅力 〇 定置漁業の課題 定置漁業の課題
〇 今後取り入れたい技術 今後取り入れたい技術 〇 行政に期待すること 行政に期待すること 図2 神奈川県定置研究会 2020年9月11日開催 アンケート結果(単位:人数)

③ マーケットと一体の資源管理・利用

市場には食用として低・未利用な魚が多く存在し、ダンベ(魚市場にある魚を保管する四角い大きな箱のこと)にまとめられエサや肥料向けになります。そうした供給も重要ですし、選別・加工の手間、利益幅が小さい、供給が不安定、消費者の認知度が低い等の課題はありますが、産地の魅力ある商品になると考えます。

獲れた魚の利用価値を高めることも、資源管理の一つだと思います。まず、売り手や消費者ニーズを把握するため、地域内外の民間企業の知恵を借りた販売戦略が必要です。既存の流通形態を変える場合もあるため、漁業者、流通・加工・小売・消費者も含めた議論の場やPRも必要です。加工施設などのハコもの建設は、その後の方が安全です。

小田原市では、従前より「城前魚 http://odawara-sakana.com/ 」として付加価値を高める取組を進めています。ライターのぼうずコンニャク氏は、小田原のダンベの魚の食べ方やおいしさを伝える「ダンベ救出作戦」を実施して下さっています。浜のルールや人の意識を変えるのは簡単ではなく、自分の想いは形になっていませんが、同じ問題意識をもった人の輪を増やしていきたいと考えています。

4. 最後に

小田原に住んでわずかのよそ者が、立場をわきまえず執筆する迷い・不安はありますが、しがらみがないよそ者だからこそ感じたことを率直に執筆しました。今後も、私のDNAに組み込まれた関西の厚かましいおばはん力で、現場の皆様の意見を聞き、お世話になっている皆様に恩返しが倍返しできるよう、試行錯誤してみます。

改めて、今般、執筆の機会をいただいたことに深く感謝申し上げます。

プロフィール

吉川 千景(よしかわ ちかげ)

1978年生まれ。2001年東北大学卒業後水産庁入庁。沖縄総合事務局、農林水産技術会議事務局、栽培養殖課内水面指導班、漁業調整課海洋漁業資源管理班等を経て、2019年4月から小田原市水産海浜課水産振興担当課長。