水産振興ONLINE
水産振興コラム
202010
定置漁業研究について
第5回 技術的な視点から見た定置漁業の問題点について
松平 良介
(ホクモウ株式会社 営業部)

1. 定置漁業との関わりについて

私が初めて定置漁場を訪れたのは、大学4年の時でした。恩師に連れられ,千葉県館山市伊戸の漁場へ行きました。早朝、番屋に行くも船頭さんが沖を見ながら「今日は潮が速いからダメだ。」とおっしゃいましたが、当時の私には何を見て潮が速いと言ったのか全く分かりませんでした。今思うと、漁場の位置を示す浮標(旗)が沈んでしまい、見えなくなっていたのだという事が想像できます。その翌日には潮も緩み、操業できましたが、見学していても、操業の終盤に魚が集められ、船に汲み揚げられるまでは、ロープが巻きとられるのを見ているだけで、漁をしている感覚は全くなく、ただ船に揺られて気持ち悪くなった印象だけが残りました。

そんな私が定置網製造メーカーに入社するきっかけとなったのは、学生時代に石川県の門前大敷を見学したことでした。ここの出港時間は夜中の1時30分。漁場に向かう途中に空を見上げると、今まで見たことのない満天の星空で、時折流れ星が見え感激しました。操業が始まると、この時もまた、ロープが巻きとられるのをただ見ているだけでしたが、操業の終盤になると海面の様子が変わりました。何やらピンク色の魚群が浮上してきたのです。網を絞り揚げるための環巻きロープを巻きとられるにつれて、それらは腹を上にしてプカプカ浮いてしまいました。すぐに大量のマダイだと分かりました。さらにその周辺には気泡が沸いていました。約3トンのマダイを船に汲み揚げた後、さらに環巻きロープを巻きとると、大量のマアジが見えてきました。気泡の正体はマアジが出す空気だったことが分かりました。

写真1 写真1 定置網で漁獲されたマダイ
マダイは深いところから急激に上昇させると、浮袋内の空気が膨張し、このようになる

陸に上がり選別・出荷が終わると番屋には朝食が準備されていました。おかずには獲れたばかりのマダイの刺身がありました。この身の締まり具合と、労働して腹を空かしてからの朝食というシチュエーションには、これまでに経験したことのない格別なものがありました。この時、定置漁業に魅力を感じ、ホクモウ(株)に入社することを決意しました。

入社後は、漁撈開発部に所属し、漁場の調査や研究開発の業務に携わりました。調査機材を自動車に積み、全国各地の漁場・漁具を調査することで、技術的な問題点を数多く見てきましたし、自然災害対策や有害生物対策にも取り組みました。

中でも特に印象に残っている出来事は、入社3年目の夏、千葉県にある定置漁場(大型定置2ヶ統経営)で起こった漁具流出事故でした。黒潮の接岸により急潮が発生し、定置網を固定する土俵やコンクリートブロックは移動、側張り(海底に固定している土俵や碇綱、網をかけるためのロープ等)は切断し、それと網が一塊になりました。

復旧作業には乗組員を含む漁協職員が一丸となり、日出から日没まで作業し、約5か月後には2ヶ統操業を再開することができました。その中で私は、音響測深器を使った漁具の残骸の有無や海底地形の調査、GPSを使った土俵の位置測定、水中カメラ(ROV)による設置後の漁具の点検などを行いました。

また、復旧するにあたり、漁具の設計においては、元通りに復旧させるだけでは再び急潮が発生した時に、同様の事故が起こる可能性があるため、現場とメーカーの総力を結集した防災設計としました。

この時に私は、東京ドーム約45個分もの容積の海域(免許枠分)を占有する大型定置漁場を作ることの大変さ、その漁場を守ることの大切さを学びました。

近年ではクロマグロ漁獲抑制対策支援事業にも携わり、多種が混ざって漁獲される定置網からクロマグロだけを放流するという難題に取り組んでいます。

写真2 写真2 潮流を見極めるための旗
潮が速くなるにつれて、この旗が沈み込む

2. 定置漁業における問題意識について

長谷理事によって挙げられている問題意識(水産振興ONLINE第1回参照)の中でも特に、定置漁具製造メーカーの技術に直結する3点についてお話しします。

①もうかる漁業創出支援事業、成功事例の横展開

我々、定置漁具メーカーの持つ技術は、全国のお客様との関わりの中から学んだもの、独自に研究を重ねて生み出したもの、数多くの網を補修する中で生まれたものなど、さまざまです。それらはお客様や会社の財産であり、漁場外あるいは社外に出にくい性質があります。

しかしながら、近年浸透してきた水産庁の「もうかる漁業創設支援事業」や「リース事業」などでは、計画の中に収益性向上のため様々な取り組みを盛り込むことになっており、メーカー各社の持つ技術も少なからず公表されています。また、クロマグロ漁獲抑制対策事業では、技術・アイデアを漁業者と協力して出し合わなければ成し得ず、得られた成果は普及させなければなりません。このように、公表された技術が定置漁業の振興に役立ち、業界全体が成長産業化することは望むところです。

②魚種選別技術について

前述したもうかる漁業事業においては、定置漁業の案件が20件(水産振興ONLINE第4回参照)あり、そのうち、計画に弊社が関わった案件は10件あります。そのうち、船上選別や選択漁獲に関する取り組みを盛り込んだ計画は7件あります。定置網は漁場の特性や漁具の規模、漁獲対象種などによって全てオーダーメイドされます。それらの取り組みもすべて、設計・用途・用法が異なります。

例えば、クロマグロを主力魚種としている漁場の場合、それを高鮮度で出荷するため、即殺・血抜き処理をしなければなりません。そのために、目合いの大きな網を使ってクロマグロだけを先に漁獲します。また、イワシ類の漁獲が多い漁場の場合、選別の手間を省くため、イワシ類とそれ以外の魚種を分けて水揚げします。そのためには、船上選別台という、スリット状の選別器を船に搭載する必要があります。

今後、多魚種が混獲される定置漁業において、TAC対象魚種の拡大や資源管理政策に対応するためには、クロマグロ混獲対策事業と同様に、魚種・漁場ごとの選択・選別漁獲技術を開発し、普及していかなければなりません。

③網抜き網入れの迅速化(災害対策)

近年の台風の増加・大型化は定置網にも多くの被害をもたらしています。台風による強風は大きな波浪を引き起こすだけでなく、通過後に「急潮」と言われる速い潮流を引き起こします。これにより、定置漁具は網が破れることもあれば、側張りごと流失することもあります。大型定置網を流失した場合、復旧には億単位の費用がかかります。そのため、近年では台風の直撃が想定される場合には陸に網を揚げる漁場が増えてきました。

しかしながら、その網揚げ作業と台風通過後の網入れ作業には時間と労力がかかります。そのため、時化が来るまでに網揚げが間に合わなかったり、網揚げ期間中の漁獲機会を逃すことを嫌がったりで、網揚げできないことがあります。このことが漁具被害につながります。

時化や急潮に負けない漁具を開発することも課題の1つですが、究極の災害対策は、災害時に漁具が海に入っていないことです。

この網抜き網入れ作業を省人省力化、作業時間短縮できれば、漁具被害を最小限に抑えられます。またそれと同時に、その作業を実行するタイミングの判断も重要になります。時化が来てしまえば網抜きできなくなりますし、台風通過後すぐに網入れをすると、台風通過から遅れて発生する急潮によって、被害を受ける可能性があります。したがって、天候や急潮の予報精度の向上と、漁業者がそれらの情報に敏感になっておく必要性、行政機関等による注意喚起が必要になります。

写真3 写真3 定置網の網揚げ作業
さまざまな漁撈機器を使って箱網を船に揚げる様子

3. 定置漁業における技術的課題について

定置漁業は海底地形を利用した漁業と言えます。そのため、岬の先端や離島、断崖の続く場所などにも多く設置されています。そのこともあり、基地となる漁村は都市部から離れていることが多いうえ、過疎化の進む地域や限界集落の割合が増えています。 その定置漁場は近年、減少傾向にあります。その原因は、後継者不足、漁具の老朽化、漁獲量の減少など様々ですが、一番よく耳にするのが災害による漁具の破損を契機にした廃業です。

定置漁場を無くした漁村がどうなるかというと、雇用機会を失い、人の出入りは少なくなり、集落の人口が減ります。漁港は荒廃し、前浜では資源が有効活用されず、秩序・治安の維持ができなくなります。すなわち漁村存続の危機にたたされます。定置漁場は、沖合にある生産工場であり、漁村はそのお膝元になっています。

そんな定置漁場を存続させるため、いかに壊れないように維持管理するかと、いつでも魚が入れる状態で構えておけるかが重要であり、そこに技術的課題があります。このことは定置漁業に関わる人々が常々抱え、取り組んできた課題でもあります。

そのうえで、網に入った魚をどのように選別・選択漁獲するかがこれからの新しい課題となり、このことが定置漁業にとっての資源管理であると思います。

4. おわりに

先進的な漁場では、すでに小型クロマグロの放流や目合い拡大による小型魚の放流等の資源保護が行われています。大型魚や高級魚の船上活締め、神経抜きなどの付加価値向上に取り組む漁場も増えています。定置漁場の船頭や経営者の中には「魚を獲る」ではなく「魚を作る」と言う表現を使う人が増えています。

時化や急潮から定置網を守れる技術を確立し、豊富な資源の中で生産量を意図的にコントロールできる時代が来ることを願っています。

写真4 写真4 急潮で破れた網の補修作業の様子

プロフィール

松平 良介(まつひら りょうすけ)

松平 良介(ホクモウ株式会社)

1978年生まれ。東京水産大学大学院 海洋生産学専攻 修了。2006年にホクモウ(株)入社。漁撈開発部に所属し、全国各地の定置網漁場の調査や研究開発を担当。
2020年5月から営業部所属。