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水産振興コラム
20209
定置漁業研究について
第4回 もうかる漁業から見た定置漁業の現状と課題について
奈田 兼一
(特定非営利活動法人 水産業・漁村活性化推進機構)

1. 定置漁業との関わりについて

私は、最近イージスアショアの配備問題で有名になった山口県の日本海北部に位置する阿武町の宇田郷地区という小さな漁村の出身です。両親は戦後間もない時期に結婚し魚仲買業を始め、地元で大量に獲れた魚を広島方面の卸売り市場を中心にトラック輸送で出荷する商売をしておりました。地元には大敷組合という村張りの大型定置が2経営体2ヶ統あり、子供の頃から様々な形で定置漁業を見聞きしてきました。

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私は、平成21年6月24日の水漁機構の設立に全漁連職員として携わりましたが、同年に水漁機構がもうかる漁業事業を大日本水産会から引き継いだ当初からもうかる漁業を担当しておりまして、定置漁業の案件にも数多く関わってまいりました。

そのような中で、私は定置漁業に強く興味を抱くようになりました。

2. 定置漁業の重要性について

今回の座談会の前に長谷理事のレポートを読ませて頂きました。私も定置漁業の重要性の認識については、全く同感でございます。

平成30年の国内海面漁業生産量は336万トンで、うち沿岸漁業は97万トンです。このうち定置漁業の生産量は、大型定置が24万トン、さけ定置が8万トン、小型定置が9万トンで合計40万トンであり、沿岸漁業の4割強を占める中核的存在となっており、今後の水産物の安定供給において、定置漁業は沿岸漁業の主体として生産面で重要な役割を担っております。

また、定置漁業は、その操業形態から多くの乗組員を必要とし、新規就労者や高齢漁業者の受け皿として地域の中で雇用機会を創出しておりますし、地域住民に新鮮な魚を安定的に供給することを通じて地域活性化に大いに貢献する力を持っております。事実、定置漁業が地域活性化のコアとなり、町の振興政策と相俟って地域の限界集落化からの脱却を図りつつある地域を私は見ております。

3. 定置漁業の特徴について

長谷理事のレポートの中で指摘されております大型定置漁業の重要な5つの特徴については、私も全く同感でございます。すなわち、
① 漁労技術の習得が比較的容易であること」、
② 就労時間が安定していること」、
③ 事故率が低いこと」、
④ 新規就業者の受け皿であること」、
⑤ 浜の存続に欠かせない産業であること
という5つの大型定置漁業の利点についての認識でございます。

定置漁業をその漁法や社会・経済的な位置付けから考えた場合、他の漁業にはない独特の特徴を持っています。長谷理事のレポートと重なりますが、私の認識を述べさせていただきます。

定置漁業には、こういった「強み」がある反面、

定置漁業は、こういった「弱み」も抱えており、収益性が悪化したり、被災後の再投資が困難で事業の継続性が危ぶまれるといったケースが発生しております。

もうかる漁業事業における大型定置漁業の改革計画では、各地域におけるこういった環境条件を踏まえ、地域の強みを更に伸ばし、また弱みを克服するための様々な取組が計画されております。その中には大成功を収めた取組がある一方、過去に類を見ない環境条件の変化により取組自体ができなかったり、取組の結果として十分な成果が認められなかったものもあります。

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4. もうかる漁業での定置案件の概要

もうかる漁業の改革計画の認定件数は2020年7月末現在180件ですが、うち実証事業を実施中が34件、実証事業を実施予定が6件、実証事業を終了が140件の状況です。認定改革計画180件のうち定置漁業の案件は20件で、うち大型定置が17件、小型定置が3件です。

大型定置漁業の案件17件のうち、現時点で補助金の支援を受けながら実証事業を実施中が6件、3年間の補助金の支援を受け実証事業を終了が7件、5年間の実証事業を終了が4件の状況です。

大型定置漁業(以下。「サケ定置漁業」を含む。)の経営体数は、全国で計1,200経営体余りが営まれておりますが、もうかる漁業事業の利用は17経営体で利用率は2%にも満たず低い状況にあります。初期投資額が大きい大型定置漁業にとって、もうかる漁業の支援スキームは大変マッチしていますので利用して頂きたいと思っております。

5. 大型定置漁業の実証事業における収支状況

もうかる漁業における大型定置漁業の実証事業17件の年次毎の償却前利益をみると、改革計画の目標値まで達成している案件は少ないものの、総じて実証前の2倍から3倍となっており、収益性は大きく向上しております。

要因としては、

の3パターンに大別されます。

近年の実証事業における水揚量の動向をみると、年間水揚量が実証前の6割から7割程度に落ち込んでいる例が多く見受けられます。もうかる漁業の改革計画では水揚量の増加を計画しているものが多いにも拘わらずです。これは気候変動や台風等海洋環境変化の影響によると推察され、大型定置漁業のここ数年の全国的な水揚の傾向とみられ、大きな懸念材料となっています。

6. 大型定置漁業の課題・問題点

上記17件の認定改革計画に基づく実証事業の取組結果は、より厳しい経営環境の下での大型定置漁業の将来像、すなわち、これからの大型定置漁業が、どのような操業・生産・販売・流通体制を構築し、どのように取り組むべきかを示唆しているものと考えられます。

そういった観点から、大型定置漁業を巡る今後の課題として次の事項が挙げられます。

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7. おわりに

大型定置漁業は、地域住民をはじめとした消費者に高鮮度な魚を供給する沿岸漁業の中核であり、地産地消と雇用創出を通じて地域活性化に欠かせないものであるため、継続的に存続することが大切なのです。

そのためには、台風等の影響による波浪や大急潮から定置網の破網・流失事故を防除する対策を講じつつ、生産から流通販売に至る全ての段階において収益性を改善するための取組を追求していくことが肝要です。

大型定置漁業が新鮮な魚を安価かつ安定的に供給することで地域住民をはじめ広く一般国民に喜びを与え続ける産業であり続けることを願うものです。

個別の案件について更に関心がある方は、水漁機構のホームページから「業務情報」、「漁業構造改革総合対策事業」の順でクリックし、「認定改革計画書一覧」や「検証結果報告一覧」を見てもらうと各定置案件の改革計画や実証事業終了案件の検証結果報告がご覧になれます。

また、7月7日に東京水産振興会で開催された定置漁業研究座談会では、これらのもうかる漁業での経営改善策について本年度内に報告書を取りまとめ、優良案件の横展開を図っていくことになりました。このような情報が全国の定置漁業者、関係者の参考となれば幸いです。

プロフィール

奈田 兼一(なだ けんいち)

奈田 兼一(特定非営利活動法人 水産業・漁村活性化推進機構)

1952年生まれ。1976年東京水産大学卒業後、静岡県信用漁業協同組合連合会入会。1988年全国漁業協同組合連合会・信用事業推進部出向後、経営監査部長を経て、2005年全国漁協オンラインセンター常務取締役、2006年全国漁業協同組合連合会・総合管理部復帰後、2009年特定非営利活動法人水産業・漁村活性化推進機構出向。現在、同機構専任指導員・日本定置漁業協会監事。