1. はじめに
7月7日に東京水産振興会で開かれた「定置漁業研究」に参加しました。その際、今後さらに進む地球温暖化やそれに伴う台風の激甚化等に備え、定置網の施設共済への加入率向上が重要な課題であることが話題となりました。ここでは、一般の方にはなじみの薄い定置網を対象とした漁業施設共済の概要と現状等についてご紹介したいと思います。
2. 漁業施設共済の概要
(1) ぎょさい制度とは
「漁業災害補償法」に基づく漁業共済制度(ぎょさい)は、不漁等による収入の減少や、台風などの自然災害や赤潮による損害が生じた場合に、漁業者が投下した経費を補償し、漁業経営を安定的に継続できるようにするため、保険の仕組みを利用し、漁業者と漁業共済組合の間で締結された共済契約に基づいて、漁業者の方々から共済掛金を納めて頂き、損失又は損害が生じたときに契約内容に応じて共済金を支払うという、漁協系統を基盤とした相互扶助の精神に基づいた制度です。
また、ぎょさいは漁業経営安定対策として国の重要施策であることから、多くの漁業者に加入して頂けるよう、国は漁業者の共済掛金の一部を補助しています。
ぎょさいには、大きく二つの区分があり、4つの種類があります。
(2) 漁業施設共済とは
前述したとおり、物損保険方式である「漁業施設共済」は、供用中に自然災害により損壊、流失及び滅失した場合に、その損害を補償する制度です。
漁業施設共済の大きな特徴としては、自然災害には地震等による津波災害や噴火による滅失等も含まれ、共済の支払対象になるということです。
3. 漁業施設共済(定置網)の概要
(1) 共済の対象(共済目的)
定置網(垣網、身網により構成されるものに限る)、固定用ロープ及びいかり並びにこれらの付属具が共済目的です。但し、契約者の選択により、共済目的の全てを補償の対象とする契約の外、共済目的を限定して契約することも可能です。
〇 定置網本体と固定具一式
〇 定置網本体
〇 網地のみ
(2) 共済価額と共済金額
① 共済価額
共済価額は、定置網の新品時の価額を基準として、使用年数を加味して定めます(使用年数が長くなると共済価額は下がります。)。
漁業施設共済は、物損保険方式による共済です。物損保険方式には、家屋の火災保険は新価方式、自動車の車両保険は時価方式が一般的です。漁業施設共済は、時価方式により仕組まれています。
② 共済金額
共済金額は、共済価額に契約割合を乗じて算出しますが、共済事故になった場合、共済価額の何割を補償して欲しいか、契約者に契約時に決定して頂きます。当然ですが、契約割合が高い程、補償内容が手厚くなりますのでその分掛金も高くなります。
※ 共済金額の上限:共済価額の範囲内で、1億6千万円又は契約割合80%で算出した金額のいずれか低い額までの契約に制限されています。
(3) 加入の仕方と契約期間
原則として、漁獲共済とのセット加入で、定置網を供用する期間の全てが含まれるように契約して頂きます(周年操業の場合は1年間)。
(4) 契約方式と補償の内容
契約者が次の3種類から選択して加入できます。
① 全損方式:定置網が全壊、全流失等した場合に支払の対象となります。
② 各網全損方式:定置網のパーツごと(垣網・囲い網・箱網)に全壊、全流失等した場合に支払の対象となります。
③ 分損方式:定置網のパーツごと(垣網・囲い網・箱網)の損壊、流失等よる損壊割合(新品時価額に対する損害額の割合)が30%以上の場合に支払の対象となります。
(5) 共済掛金
① 共済掛金率
定置網の共済掛金率は、都道府県ごと、契約方式ごと、月ごとに定められています。また、以下の割増引があります(令和2年4月1日時点)。
- 〇 包括割引(10%割引):都道府県が定めた同一加入区ごとに、同一契約者が複数の定置網を漁業施設共済に同時に付した場合
- 〇 集団加入(10%割引):都道府県が定めた同一加入区内の契約者が2名以上で、かつ、複数の定置網を供用し、その全ての定置網を漁業施設共済に同時に付した場合
- 〇 等級割増引(20%割引〜50%割増):前年度契約の共済事故の有無による割増・割引で、前年無事故の場合は割引、前年事故の場合は割増となる。
- 〇 長期特約割増(10%割増):4年間セットの継続申込特約での加入の場合(4年間とも無事故の場合には、無事故返戻金を受けられるため)。
② 国の共済掛金補助
国の共済掛金補助の対象となっている漁獲共済の契約とセットで加入すると、漁業施設共済の共済掛金の一部を国から補助されます。
- 補助限度率:
- 国の掛金補助対象となる契約割合の上限率です。
- 補助率:
- 純共済掛金に対する国の補助率です。
- 義務加入:
- 漁獲共済における仕組みで都道府県知事が加入区を設定し、その加入区内の漁業者全員が共済契約した場合を義務(全数)加入と言います。
- 連合加入:
- 上記以外の場合であって、加入区の特定された漁業者1/2以上が加入
③ 税法上の取扱い
共済掛金は、必要経費として全額損金算入できます。
4. 漁業施設共済(定置網)の契約状況と課題
(1) 加入状況
① 漁業共済の令和元年度全国加入率
経営体数ベースで加入率を算出しています。
② 加入率が低い背景
- 〇 漁業経営が厳しい。不漁や各種要因による魚価の低迷等により、漁業経営が厳しく掛金負担能力が乏しい。
- 〇 漁業施設共済の掛金が高い。この加入率が低く大数の法則(注)に基づく掛金設計ができないことや、現行の共済収支も均衡が図れていない。
- 〇 また、漁業施設共済の国の掛金補助が他の共済に比べ低い。
- etc
(注) コイン投げを数多く繰り返すことによって表の出る回数が二分の一に近くなるなど、数多くの試行を重ねることにより事象の出現回数が理論上の値に近づく定理のことをいう。
(2) 加入が伸びない理由
- 〇 漁獲共済、積立ぷらすの加入が第一優先となり、漁業施設共済に加入する必要性について漁業者の加入意思が乏しい。
- 〇 定置漁具は、漁獲魚種、漁場(水深、潮流等)、形状、材質、使用年数等からして、全てがオーダーメイドであり、網毎の価格評価が難しい。
- 〇 漁業者自らが修復するような軽微な被害や、替え網による修復が対応可能な場合もあり、損害評価に難しさがある。
- 〇 etc
(3) 加入促進のために
令和2年4月契約分から漁業施設共済(定置網)の掛金率を30%引下
(引下げの考え方)
漁業共済の掛金率は、契約実績に基づき収支均衡となるよう国が定めていますが、国は、漁業施設共済の加入率向上を目的に、漁獲共済の契約状況等を参考に、漁業施設共済の加入率が上昇したことを想定した試算により掛金率を引き下げました。
よって、今後加入率が上昇しなかった場合には、元の掛金率程度に引上げられる可能性があります。
5. おわりに
漁業災害補償法に基づく「漁業共済」は、漁業経営安定対策の重要な国の施策です。漁業は、水産食料の安定供給や水産業・漁村が有する多面的機能を発揮するため、国としても漁業を継続させることが重要な課題でもあります。
漁業を営む以上は、自らが経営を守らなければならないことはいうまでもありません。こうした自助防衛策の一つとして、国が用意した「漁業共済」をフルに利用して頂きたいと思います。
最後に、漁業実態に対応して、今後更に加入しやすい制度になるよう検討していく所存でありますが、普及推進にあたっては、引き続き皆様方のご支援とご協力をお願いします。