水産振興ONLINE
水産振興コラム
20208
定置漁業研究について
第2回 定置業界の取組状況
玉置 泰司
((一社)日本定置漁業協会 専務理事)

1. 定置漁業とのかかわり

最初に私と定置漁業とのかかわりを述べたいと思います。水産庁入省2年目の昭和59年、1ヶ月の漁村研修では、漁協が自営定置網を行っていた熊本県のある漁協で、漁協の自営定置他3か統の定置網で、合計22回の網揚げ作業や選別作業、網掃除などの手伝いを行いました。ここで初めて定置網に出会い、定置網の様々な魅力を知ることができました。(写真1)

写真1 漁村研修時に乗船した漁協の定置網漁船 写真1 漁村研修時に乗船した漁協の定置網漁船

その後研究職になってからは、平成26年から28年に科研費で定置網をテーマにした研究予算「定置網漁業を核とした六次産業化による地域活性化条件の解明」を獲得することができ、各地の定置網への聞き取り調査を行うことができました。この際は定置自営漁協と個人・法人経営体合わせて全国60カ所を回りました。この研究を元に平成29年に地域漁業学会で定置網をテーマにしたシンポジウム「定置網漁業の今日的評価1)を開催しました。その後平成30年には、一緒に研究していた仲間と共に、「頑張っています定置漁村2)という本を出版することができました。このような縁もあり、令和元年度から現職についております。

2. 長谷理事の問題意識

長谷理事のコラム「定置漁業研究について」では、定置漁業の今後について、以下の問題意識があげられていました。

これらの問題意識への定置業界としての取組状況について、簡単にご紹介させていただきます。

3. 定置業界の取組状況

① 地球温暖化による来遊魚種の変化

来遊魚種の変化の内容としては、「今まで獲れていた魚が獲れなくなる」場合と、「今まで獲れなかった魚が獲れるようになる」場合の2通りがあります。もちろんその原因が「地球温暖化」だけと決めつけるには、科学的根拠が必要ですが、来遊魚種の変化という現象だけを見ると、全国各地で多くの事例が報告されています。地球温暖化という原因を人間が克服できないのであれば、発生した現象をどのように活用できるかを考えるしかありません。「今まで獲れていた魚が獲れなくなった」場合、一般的には需給バランスによって単価は上がるはずです。ただし、単価の上昇よりも漁獲量の減少が大きい場合、水揚げ金額は下がってしまいます。また、より北方の地域等他の地域でたくさん獲れるようになると、単価の上昇も期待薄です。逆に、「今まで獲れなかった魚が獲れるようになった」場合、これまでなじみがない魚なので、地元では需要が低いため価格評価が安いことが多いです。その場合は、その魚になじみがあり、つまりは需要があり高く評価してくれる市場に売り出す等販売の工夫が必要です。あるいは、地元で新たに需要を作り出し、地元での価格も上げることが必要です。ブランド化なども1つの手法です。これらの対応については、各定置漁業者あるいは各漁協、各県定置協会などで努力されています。また、各県の水産試験研究機関等も未利用魚等の加工技術等について試験研究を行い、結果を漁業者に還元しております3)。(写真2)

写真2 サワラ加工マニュアル表紙 (出典)浅野謙治(2012) 写真2 サワラ加工マニュアル表紙
(出典)浅野謙治(20123)より
http://jsnfri.fra.affrc.go.jp/pub/sawara-manual.pdf

獲れる魚を選べない定置漁業だからこそ、獲れた魚は有効に利用する責任があると考えます。

② 経営改善策の横展開

長谷理事も事例として挙げていた「もうかる漁業」では、さまざまな経営改善のための工夫が取り入れられています。NPO法人水産業・漁村活性化推進機構(水漁機構)のホームページには認定改革計画書が公表されていますが、定置網に関する20のプロジェクトでは、各協議会のメンバーに漁網メーカーのホクモウ及び日東製網が10ずつ加わっています。同時並行的に複数のプロジェクトに関わっている協議会メンバーは漁網メーカーだけなので、経営改善策の横展開に重要な役割を果たしていると思われます。

なお、研究会のメンバーには水漁機構の奈田様も含まれており、もうかる漁業における定置網の事例分析もされておりますので4)、詳細についてはお任せしたいと思います。

③ 漁具共済への加入促進

長谷理事が書かれていたように、定置網の漁業施設共済の掛金が今年4月から30%引き下げられました。これは漁業者にとって大変ありがたい措置だと思います。これによって、今まで加入に二の足を踏んでいた漁業者も、背中を押されるのではないかと思います。研究会のメンバーには、漁済連の岩下様が含まれておりますので、詳細についてはお任せしたいと思います。

④ 定置網の強靭化、網抜き・網入れ作業の迅速化

定置網の強靭化、あるいは網抜き・網入れ作業の迅速化が図れれば、網の破損を心配しなくてもよくなるのでしょうか。その場合は前述した漁具共済に入らなくても良いと考える漁業者もいるかもしれません。研究会のメンバーには、網会社の皆様も含まれていますので、詳細については今後の研究会での議論にお任せしたいと思います。

⑤ 魚種選別技術の向上

規制が開始された平成27年以降、クロマグロの混獲については、多くの定置漁業者が苦労をしています。水産庁等の補助事業により、これまでいろいろな技術開発が行われてきました5)。これまでは網に入ったクロマグロをいかにして元気なまま網の外に逃がすことができるかという方向での技術開発が多く行われてきました。水産庁のクロマグロ漁獲抑制対策支援事業には、これまでも定置漁業者が参画されておりましたが、日本定置漁業協会も今年度からコンソーシアムのメンバーに加わり、開発された技術の普及についてもこれまで以上に力を入れていきたいと考えております。なお、クロマグロの混獲については、網に入ったクロマグロを逃がすことのほかに、クロマグロだけをいかにして網に入れなくするかという技術開発も考えられてきています。研究会のメンバーの青森県定置漁業協会の堀内様も水産庁の技術開発に参加しておられますし、研究会のメンバーには、網会社の皆様も含まれていますので、詳細については今後の研究会での議論にお任せしたいと思います。

⑥ 漁獲量管理のあり方

定置網での漁獲量管理は、TAC管理が開始されて以降、広い意味では行われてきましたが、厳しい漁獲量管理が始まったのは、前述のクロマグロが初めてといっても良いと思います。今後TAC対象魚種が増えていく方向ですが、定置網でどのような対応をとれるのか、長谷理事が指摘するように、定置網が魚種選択性が低い中でどのような対応が可能なのか、考えていかなければなりません。クロマグロの混獲回避の研究の中では、クロマグロが定置網の中でどのような行動をとるのか、それが他の魚種とどのような違いがあるのか、その違いを利用してどのようにクロマグロを放流することができるのか、研究が進められています。このように魚の習性によって対応が可能なことがあれば良いのですが、今後の研究蓄積を待つだけでなく、既に漁業者の方々が持っている豊富な経験と知識が対応を可能とすることもあると思われます。また、魚の習性で取り分けることが技術的に不可能な場合は、漁獲枠で管理するのであれば、そもそもどういう形で枠を設定するのか、クロマグロで行われているような枠の融通のやり方なども参考にして考えていく必要があると思います。

⑦混獲回避技術の向上

長谷理事の指摘の背景には、米国が海産ほ乳類保護法に基づく規制により、2022年1月から、米国と同等の海産ほ乳類の混獲削減措置を導入しない漁業によって漁獲された水産物の輸入を禁止するということがあります。定置網ではクジラの混獲があるため、今後の動向が気になるところです。北海道・東北における定置の主要漁獲物であるサケについては、2019年にはベトナム、タイ、中国等アジア諸国に9,652トンが輸出されました。米国は直接の輸出先国には含まれていませんが、アジアの各国内で加工されたサケが米国に輸出されていることも考えられます。

ウミガメについては、過去に当協会も調査委託事業に加わって、実態把握に協力しました。また、機関誌「ていち」6) 及び当協会発行の「リーフレット」7)において、小型定置網のウミガメ脱出装置が紹介されています。(写真3・図1)

写真3 定置網脱出口から脱出するウミガメ (出典)阿部寧(2006) 写真3 定置網脱出口から脱出するウミガメ
(出典)阿部寧(2006)6)より
図1 海亀脱出装置から脱出するウミガメ (出典)日本定置漁業協会(2018) 図1 海亀脱出装置から脱出するウミガメ
(出典)日本定置漁業協会(2018)7)より

以上、長谷理事の問題意識について順番に述べてきましたが、長谷理事の問題意識の中で抜け落ちているのではないかと思われることを1つ指摘したいと思います。長谷理事が水産振興オンラインで書かれている中で、「運転資金は燃油代が小さいことなどから比較的小さくて済むといわれている」という部分です。

農林水産省の平成27年の漁業経営調査で、大型定置網とさけ定置網の会社経営体の経営データが公表されていますが、大型定置網では約8,400万円の漁労支出の中で、確かに燃油費は218万円とわずか2.6%でしたが、雇用労賃は4,293万円と51.1%を占めていることです。さけ定置網では燃油費は0.8%で雇用労賃は50.4%でした(表1)。キャッチホーラーやキャプスタン(環締方式)など、様々な漁労機械の出現によって、乗組員数も大きく減ってきましたが、漁業経営調査によると平成27年の最盛期の従事者数平均は大型定置網で14.2人、さけ定置網で11.0人でした。なお、漁業経営調査で大型定置網とさけ定置網の統計数値が公表されていたのは平成27年が最後で、平成28年以降は調査対象漁業種類からはずされるという大変残念な結果となっています。

表1 平成27年の定置漁業会社経営体の経営状況 表1 資料:「平成27年漁業経営調査」(農林水産省)うち漁労部門統計
注:漁労支出とは、「漁労売上原価」と「漁労販売費及び一般管理費」の合計値である

一方、2018年の漁業センサスによると、定置網全体の新規就業者数は248人いましたが、この数は沿岸漁業全体の新規就業者数の30%をも占めています。このように新規着業がしやすい漁業種類ではありますが、まだまだ就業者不足に悩んでいる地域も多く、経営改善のためにも就業者を減らすことが可能な技術開発は必要と考えられます。

参考文献

  • 1) 玉置泰司(2016):「定置網漁業の今日的評価」、地域漁業研究、第57巻第1号、pp.1-10
  • 2) 松浦勉・玉置泰司・清水幾太郎(2018):「頑張っています定置漁村」、農林統計協会、217pp
  • 3) 浅野謙治(2012):「日本海のサワラの有効利用-漁業、生態から加工まで、ていち、第122号、pp.20-29
  • 4) 奈田兼一(2016):「もうかる漁業の改革計画に見る定置漁業の将来像」、地域漁業研究、第57巻第1号、pp.30-38
  • 5) 後藤友明(2018):岩手県釜石におけるクロマグロ漁獲抑制対策の取り組みについて、ていち、第134号、pp.11-19
    秋山清二ほか(2019):定置網に入網したクロマグロ小型魚の選別・放流技術の開発、ていち、第136号、pp.1-16
    松平良介ほか(2019):太平洋クロマグロ漁獲抑制対策支援事業における石川県の取り組み、ていち、第136号、pp.17-24
  • 6) 阿部寧(2006):「小型定置網によるウミガメ混獲を防止する技術開発について」、ていち、第109号、pp.63-76
  • 7) 一般社団法人日本定置漁業協会(2018):『海亀の混獲を減らしましょう!』、4pp

プロフィール

玉置 泰司(たまき やすじ)

玉置 泰司 (一社) 日本定置漁業協会専務理事

1958年生まれ。1983年東京水産大学修士課程修了後水産庁入庁。企画課課長補佐を経て1995年水産庁中央水産研究所経営経済部に異動。水産経済部動向分析研究室長、経営経済研究センター需給・経営グループ長等を経て経営経済研究センター長として2019年退職。現在水産資源研究所水産資源研究センター再雇用研究員及び (一社)日本定置漁業協会専務理事