1. 定置網漁業とのかかわりについて
1975年(25歳)ごろより小型の中層式定置網漁業の経営に参加(8名)し、潜水を担当したことで定置網の構造、仕立て技術を早く習得することができました。
この経験によって、5年後にはこの漁場を承継し、網会社(日東製網)との協力により、潮流、波浪に強い網をめざして五島式底建網(細糸仕様)を考案し、これまでの中層網から底建網(自前の仕立)に転換し、省力化(4名)、周年操業体制への改良によって経営の安定を図ることができました。この実績を受け、五島式底建網は他地区にも普及しました。
2005年には、五島漁協が自営の定置網経営から撤退(7ヶ統)することを機に、地元の優秀な漁場を継続しようと、地元漁業者(60名)による任意団体を設立し、伝統ある赤瀬漁場と高崎漁場の2ヶ統を承継しました。両漁場の漁具をそのまま譲り受け、また、漁夫もそのまま雇用して事業を開始しましたが、中層式の漁場は潮流も早く、長年赤字を出していたため、シケに強く、潮流抵抗も小さい五島式底建網に転換しました。底建網に切り替えた2年目以降、順調な経営となり4年目には法人化による経営の安定を図り、2015年には、「もうかる漁業創設支援事業」による落網式漁場の改造箱網(目合い拡大・魚取部仕切り網等)を導入するとともに、主船(19t)を建造しました。一隻操業への転換により、操業の効率化、漁獲時の魚種選別、クロマグロの放流など、資源管理、収益改善に取組んでいます。
2006年には、五島市内定置事業者40名(大型14ヶ統・小型29ヶ統)の参加によって五島定置協議会を設立し、初代会長を務め、長崎県定置漁業協会とも連携を強化し、現在、同協会会長を務めています。
2. 長崎県五島列島における定置漁業の現状と課題について
長谷理事が挙げられている「今時点での問題意識」について五島市の状況を報告いたします。
① 地球温暖化による環境と回遊魚の変化
五島列島では、海水温の上昇とともに藻場が徐々に減少し、カジメ・ワカメ・ホンダワラなど、壊滅の状況です。当然、沿岸域での魚介類の生態系も変わり、来遊魚にも変化がみられ、近年はグルクン(タカサゴ)等、南方系と思われる魚の入網も多くなっていますが、地元での需要は無く、食卓にあがることはほとんどありません。温暖化の影響か定かではないですが、近年、底建網を中心にメイチダイ(夏季が盛漁期)の水揚げ量が増加傾向にあります。
一方、獲れなくなった魚として、イワシ類が代表され、特にマイワシの水揚げは20年以上皆無で、さらに、スルメイカもここ数年激減しております。以前は主要魚種であったサワラも魚体が小型化し、水揚げ量も減少しています。クロマグロについては、1昨年あたりから回復基調ですが、以前のような纏まった回遊量ではありません。最近の問題として、ヒラマサ、カンパチ、ブリの寄生虫が特に夏季に増加しており、これらは、海水温の上昇や藻場の消滅により、イワシ、イカ類などの餌となる魚の産卵場変化が要因ではないかと考えています。藻場の造成など取り組んではいますが、成果は見えてきません。
② 漁具の強靭化と網抜き・網入れ作業の迅速化について
五島列島は、昔から、東シナ海に入った台風が朝鮮半島、日本海に抜ける通り道で、台風被害が頻発する地域であります。気象情報の精度が向上した今でも、温暖化による台風、低気圧の猛威は、予想外の波浪、急潮が発生し、漁具被害は年々増加しています。以前の大型定置網は、ブリ漁が主たる目的で、冬、春だけの操業で、夏場の台風シーズンを含み5〜6か月間は休んでいました。漁夫は季節労働者的な存在で、ほとんどが農業を営む傍らの仕事で、お互いが都合の良い関係だったと思います。
定置網が専業となった今は周年操業が主流となったこともあり、台風被害が増えているということにもなります。しかし、最近では台風だけでなく、盛漁期のシケでも、異常な波浪と急潮により漁具被害が頻発しております。
長崎県では、これまでも県独自の事業として定置漁業の育成に取り組んできましたが、このような状況を踏まえ、令和2年度には、新たに異常潮流や台風に耐えうる漁具の強靭化や設備の高度化を支援する定置漁業育成強化事業を予算化し、年度内に数件の取組を計画しております。当地区でも、「底建網の改良と碇ロープの強靭化」と「底建網一式の強靭化(目合い拡大と糸の強度化)・側、碇、碇ロープの強度化」の2件の計画が進められております。
冬場の漁は、シケ後の豊漁を期待しての操業ですので、低気圧の異常な発達、急潮が予測されても網抜きは考えられません。それに負けない漁具の強靭化についての対策に取り組むしかないと思います。漁具・網の強靭化については、素材や太さの変更で強度を増すことが可能だと思われます。さらに、漁法や漁場を変える事によって潮流対策は可能だと思いますが、漁法、漁場を変える場合、当然、漁獲対象魚種も変わってきます。当地で敷設しているシケに強い五島式底建網は、カツオ類、マグロ類、サバ類、サワラ等は対象魚種から外れますが、反面、イシダイ、ヒラメ、クエ等の底物高級魚等、活魚向けの魚類には効果的な網といえます。現在、五島市内で大型免許11ヶ統、小型定置13ヶ統が底建式網で操業されています。
しかしながら、漁具の強靭化については限度があり、台風対策としての網抜き、網入れ作業の迅速化は、重要な課題になります。
当地では、台風が東シナ海で北上が遅くなると、網抜きから網入れの間が長くなる事もあり、網抜きを躊躇することでその機会をなくして被害に遭う事例も多くあります。網抜きをしない要因として、労働力不足と経営的な余裕がないことがあげられます。台風対策として重要なのは、網抜きをすることで、網抜きの機会を逃さないよう、漁業者が情報に敏感に対応するしかありません。どんな立派な設備を備えても海がシケてきたら対応のしようがありません。
漁具共済については、被害が増加している状況にあっても共済へ加入する意識はまだ低く、令和2年度、長崎県全体での定置網の漁具共済加入は、漁協による自営の大型定置の2ヶ統のみとなっています。掛け金が30%引き下げられたことで加入しやすくなった印象ではあるものの、従来からの掛け金が割高でまだ浸透していません。
③ 収益改善事業の横展開(経営改善)
昔の当地区の定置網漁業の乗組員は、農家の人たちを期間限定で雇用する形態でしたが、現在は過疎化が進み、乗組員の確保は大変難しい情況にあります。水揚げが減少傾向にあり、省力化も進んでいますが、労力が足りていないことで、漁具管理作業、漁獲物の鮮度向上の取組も充分ではなく、収益力が伸びない悪循環に陥っている漁場も多く、漁夫の確保が最大の課題です。
国、県の支援事業による成功事例を横展開し、収益力を向上させるには、適切な漁具管理、漁獲物の鮮度管理が不可欠であると思います。しかし、そのための労力が不足しているので、投資も、取り組みもできないのが現実です。
当地の一部地域では、複数の定置事業者がグループを形成し、漁具管理、大漁時の漁獲作業を共同して取組む事で労力不足に対応している事例もあります。
島の将来像として、この共同作業が経営の共同化、法人化へと発展し、複数漁場の経営統合によって経営が安定することが、労働力の確保、労働環境の整備へとつながり、当地域の定置網漁業が継続できる最善策ではないかと思います。
④ 漁獲管理と魚種選別技術の向上(もうかる漁業実証事業)
定置網漁業における資源管理を進めるには、休漁や操業の工夫による漁獲管理や選択性の高い漁具の導入によって漁獲物の選別をということになりますが、これまでクロマグロの資源管理に取組んだ中で、これにもやはり労力が必要です。
「もうかる漁業」でのクロマグロを放流する漁場では、箱網魚取部に仕切り網(2枚)を設け、そこで魚種ごとに泳がせ、取り込んだり、逃がしたりする計画でスタートしました。しかし、いざ始めてみると、10kg級のクロマグロは絞り込む前に網に衝突することも多く、うまくいかなかったので、ダイバーを投入し、網起こし後半に一旦後部へ戻し、再度網起こし後、網の開放によりマグロを放流しました。何度か経験する中で後ろへの戻し方によっては、大部分のマグロが網外に逃避することがわかり、纏まった入網では戻し方に配慮しながら放流に取り組んでいます。
今期は、小型の水中ドローンを用いて箱網内の魚を確認しながら操業し、マグロを後部へ戻すことにも挑戦したところ翌日は網外へ逃避していました。箱網内に入網した魚を視認できることは、放流だけでなく、漁獲魚種の選択などにも活用できる可能性があります。また、台風等、シケ後の網の情況を素早くチェックする事もできないかなど、今後、ドローンの幅広い活用を考えています。
仕切り網方式は、マグロの放流には大きな効果はありませんでしたが、仕切り網による選別漁獲が多くの漁獲物の品質向上となって収益性が良くなっただけでなく、もうかる漁業の取組によって、定置従事者の漁獲管理への意識づけになったことも事業の効果と実感しています。
将来、漁獲管理、資源管理が厳しくなる事が予想される中で、乗組員不足により省力化が進んだ定置漁場では、船上での魚種選別は容易ではなく、設備、技術ともに研究課題だと思います。
離島における定置網漁業の継続に不可欠な課題は『人材の確保・労働力の確保にあり』と結びます。
3. おわりに
離島に住む条件から昨年7月7日の座談会には残念ながら参加できませんでしたが「定置網漁業を持続可能な沿岸漁業である」と位置づけて、定置網漁業の問題意識の議論に参加できる機会をいただき、これまで経験したことのないコラムの投稿に挑戦しました。ありがとうございました。