生鮮水産物の特性
本日は前回学習会の続きということで、「Ⅱ.水産物のサプライチェーン」の「(3) 生鮮水産物流通の中核としての消費地卸売市場」の途中から再開します。まず、このスライドで「生鮮水産物の特性」をあらためて整理してみました(図1)。

なぜこのような整理をするのかというと、われわれ中央卸売市場で扱う水産物のメインは生鮮水産物になります。水産物流通を巡っては近年、流適法(水産流通適正化法)や物効法(物流総合効率化法)という動きがありますが、それらに関する議論に接すると、特に部外者の物流の専門家の方々に生鮮水産物がメインとなる卸売市場流通についての理解が不足している、よく理解していない人が多すぎると感じるので、まとめてみたのです。
かいつまんで説明すると、まず天然の水産物が主体です。それから、アジ、サバ、イカなどの多獲性魚や養殖ものを除くと、ほとんどが少量多品種で多規格であり、ワンロットの数量が極めて少ないので、それらの運搬はほとんどが混載になるということですね。
また、生鮮魚介類の多くは天然ものであるため、天候や海況、季節などの要因で水揚げの多寡が大きく変わり、非常に不確実です。いつどこで水揚げがあるのか分からないから、一定量を安定的に供給するためにネットワークを生かしながら、国内あるいは全世界から調達していく必要性があります。
それから生鮮水産物は他の生鮮食品の中でも、特に時間の経過に伴う鮮度低下が速いです。豊洲市場は低温管理型の施設になりましたので鮮度低下の速度を多少遅くすることはできるにしても、時間の経過とともに品質が良くなっていくということはほとんど無いですから、低温流通や冷凍流通が必須です。
また、生産者側の規模が小さく企業化されている組織が少ないです。家族経営の自営業が非常に多く、経営において戦略的な思考が形成されにくいです。
そして、生産物の品質については、鮮度や脂質、色や味など、評価軸が非常に多岐にわたっています。以前、ある大手小売企業が生鮮水産物、特に天然魚の標準化を図るためのチャートを作ったことがあるのですが、評価軸が多くなり過ぎ、また経験値が大きく左右するような指標もあり、結果的にあまり実効性が無かったようです。
価格については本当に毎日乱高下します。同じ品目でも、今日のこの価格はケース単価?それともキロ単価?と言いたくなるくらい価格が日々変わります。
物流上の特性や課題
最後の3点は物流上の問題です。
まず水漏れや生臭さの問題があるので、米や洋服など他の商品と一緒に運べないですね。だから生鮮水産物の運搬には専用車両が必要になりますし、そうした特殊性から運送業者も個人事業者が多いのです。
あと、水氷または下氷を施した商品が多いです。自分たちが調べたところでは、例えば正味5kgのアジだと氷を含めて12kgくらいになりますから、本体よりも多い重量の氷や水を一緒に運んでいるということです。そのため、ハンドリングが重労働だし、1点目と同じく水漏れが多いこともやっかいな問題です。
例えば、同じ市場内でも青果の物流現場ではパレットチェンジャーという機械を導入しています。これは、物効法のもとで進められているパレットのリターナブル化、つまり出荷地から荷物と一緒に運ばれたパレットを出荷地に戻して再利用させるために、自動的に効率よく他のパレットと差し換えることができる機械のことです。また、生花などでは商品にバーコードを貼って機械で流していく自動選別機も導入しています。しかし、水産物の梱包容器では水漏れ、特に塩分を含む水に濡れやすく、機械がすぐ錆びてしまい故障しやすいというリスクがあるので、こうした物流機械の導入が困難だという課題があります。
もう一つ容器の問題があります。日本の生鮮水産物の流通では一般的に梱包材として発泡容器が使われています。発泡容器ですから繰り返し使われるのではなく、ワンウェイで流通し使用後は回収しリサイクルされています。しかし世界的に見れば、環境問題などにより発泡容器の使用は主流ではなくなっています。発泡容器は利便性が高いですが、こうした点ではまだ日本の水産物流通には特殊性があるのかなと思います。
高鮮度流通を可能とする卸売市場
次に、卸売市場を通じた日本の鮮魚流通というのは奇跡に近いものだという点。本当に世界に誇れるのはこの流通システムなんじゃないかなと思っていて、それを図示したものがこちらです(図2)。

日本の生鮮水産物流通の特徴として、産地と消費地の双方に卸売市場があり、それぞれの市場で値段を確定する、二段階での価格決定という点があります。これは日本ならではの仕組みです。外国では産地市場というものは無く、生産者と問屋との間の価格交渉などにより値段が決まる仕組みです。
日本の場合は一旦、産地市場で価格を決め、出荷した漁業者に対して速やかに入金するんですね。漁業者と中間流通業者との間で直接値決めするケースや、漁協が漁業者から集荷して消費地市場に送るだけというケースもありますが、多くはまず産地市場での取引で値段が決まる。産地市場で買い付けた買受業者が消費地市場に出荷し、消費地市場でセリや相対により、もう1回値段が決まります。
しかし、産地市場での値段(浜値)が基準となって消費地市場での値段が決まるとは限りません。その理由は、先ほど説明したとおり、全国各地で日々水揚げされるアジやサバなどの多くが消費地市場に集まってきます。ある水揚げ産地でどんなに良いアジやサバが揚がったとしても、同じ日に他の産地でも多く水揚げがあれば全体的な相場は下がります。逆に全国で水揚げが少なければ値段は上がります。魚そのものの品質に対する絶対的な評価と、各地の水揚げ状況を反映した量的・相対的な評価の双方を2つの市場を通じて行うことで、最終的な魚の値段が決まるのです。
なぜそのような市場流通の仕組みが出来てきたのかというと、高鮮度の水産物を常に末端まで継続的に流通し続けるために合理的な方法だからなのです。
われわれ消費地市場の卸と産地市場(出荷業者、荷主)は、相場情報などについて日々連絡を取り合い、連携して値決めをしています。業界用語で「聞かせ」と言いますけど、「今日のこちらの値段は幾らだったよ。だから、そっちは幾らで買っとけ」などというやりとりをします。早朝のすごく短い時間の中、早朝3時だとか2時ぐらいから今日の入荷状況の打ち合わせをしながらお互いに値決めをしてその連携の中で継続的な仕事をしているということなんですね。
こうした日々の卸売市場流通により全国から生鮮魚介類を集めて配荷するという、世界に類を見ない、日本独自の仕組みが日本の魚食を支えていることは間違いないんですね。
例えば、寿司屋では毎日、いろいろな産地の10数種類もの鮮度の良い魚介類を、冷凍品を使わずに、きちんと寿司桶に並べる事ができ、それを日本全国のどこの寿司屋でも食べることができます。さらに寿司屋にも店の格というものがありますから、店ごとのランクや客単価などにそれぞれ合った適正な値段の、少量多品種の水産物を全国からオンタイムで流通、調達することができます。それらが可能となるのは日本独自の卸売市場流通があるからで、1つの問屋とか中間流通業者だけでできるものではありません。
さらに、日本の卸売市場流通は、卸売市場法のもと公設民営で運営されています。公設市場ですから、民営といえども過剰な利益追求は抑制され安定供給が目指されますし、衛生管理なども行政に担保してもらいながら、生鮮水産物の流通、ひいては刺し身や寿司など、日本独自の食文化が長い歴史のなかで形成されてきたのです。
多獲性魚の扱い
また、先ほど少量多品種の水産物を扱うと言いましたが、東京都の統計によると豊洲市場では約570種類の取り扱いがあるようです。扱う種類の多さも強みですけれども、物量で見ればやはりアジとかサバとかイカのような多獲性魚のほうが多いです。近年は温暖化の影響でブリなんかが北海道でたくさん獲れていますけど、そうしたものも入るでしょう。
こうした多獲性魚は文字どおり各地で多く獲れますが、先ほども話したとおり水揚地や水揚量は日によって変動があり、サイズ組成や品質も時々で変わりますから、それらを反映して同じ魚でも市場の値段は毎日変わります。
そうすると、これらの魚を扱う飲食店や鮮魚店も多様なレベルがある中で、それぞれの店に見合う最適なサイズ・品質や値段の魚を毎日供給するのが消費地の卸売市場の役割ですが、それらは天然魚であるがゆえに、最適な魚の中身も日々変わります。同じ魚種でも昨日は長崎産だったけれど、今日は北海道産とか産地も変わりますし、あるいは昨日は高級な寿司屋で売られていた良いアジが、今日は同じ品質のアジの水揚げが多かったので量販店でも安く買えるということがあり得ます。逆に、毎日アジを置かなければならない店の場合、アジの水揚げがほとんど無い時には、ランクが落ちるアジでも買い付けて品揃えをします。
つまり、その時々の供給量と品質・値段との兼ね合いで、それぞれの売り先にとっての最適の魚が決まり、それを上手く供給するのが卸売市場の役目であり、天然魚、多獲性魚の市場取引の面白いところでもあります。
市場流通機能の問題点
これまで卸売市場流通の特長を話してきましたが、いろいろな問題点も出てきています。それらを整理したのが次のスライドです(図3)。

まず市場機能の基本形について荷受と仲卸それぞれを示しました。荷受の機能としては集荷、品質評価、情報発信。そして産地への決済です。2~3日後に速やかに送金をして産地側での資金循環をサポートします。
仲卸の機能としては、ユーザーへの適材適所の販売、そして品質の評価と分荷機能です。品質評価は荷受と仲卸の両方が行うのです。
しかし、近年ではこれらの市場機能だけでは不全化しています。前回もお話しましたが、特に地方市場の多くでは最盛期の10~15%まで取扱高が減っていますので、十分な品揃えや集荷ができていないという問題があります。その背景には国内漁業生産量の大幅減少もあり、少量多品種などニーズの多様化に対応できないのです。
一方、仲卸ではその取引先が巨大化してきています。従来の主な顧客である小規模な魚屋さんであれば小規模な商いのままで良かったのですが、チェーン店化した量販店や業務筋が顧客となれば、その多様化するニーズ、特に品質管理、衛生管理やトレーサビリティ、取引上のコンプライアンスとかも求められますが、そうした機能整備が追い付かず、しっかり対応できなくなっています。
また、先ほど品質評価機能について触れました。いわゆる「目利き」のことですが、こちらも主観に依存する部分がありブラックボックス化していますので、いかに評価の標準化を行うのかが難しい課題です。
荷受の取り組み
こうした卸売市場における近年の機能不全状況を補うために、一部の荷受会社ではいろいろな対応をしています。
3社の事例を紹介しますと、まずS社では役員を送り込むなど系列化した仲卸を抱えていて、物流センターや加工はその仲卸に分担させるなどの機能分化を図っています。またM社では、場外で加工やピッキング、配送などを行う別会社を設立して、リテールサポート機能を充実させています。T社では、漁業会社や大手鮮魚専門店との資本提携を行い、川上から川下までを一元化した事業展開を進めています。
卸売市場を取り巻く環境の変化
次は卸売市場を取り巻く環境の変化を整理したスライドを2点示します(図4、図5)。市場を取り巻く環境はいろいろと大きく変わっているよ、ということです。

まず、卸売市場法の改正です。その狙いは「食品流通の中核として、流通の合理化と生鮮食品等の公正な取引の確保をし、公平公正を確保しながら、生産者の所得向上と消費者のニーズへの的確な対応を図る」と書かれています。要するに、卸売市場の社会的な位置が変わってきたので、業界自らがこの変化に対応して新しいビジネスモデルを作っていかなくてはいけない、従来どおりでは駄目ですよ、ということです。
中央卸売市場は農水省の管轄ですから、卸売市場法も基本的に生産者側に立っていて、出荷物の換金機能や生産者の所得向上という点から公平性が担保されます。一方で「取引の活性化や業務の効率化を図るため、基本的な規制を緩和する」と書いたとおり、規制緩和も進めますよということです。
これまでお話したとおり、卸売市場間の格差が大きくなり、地方市場を中心に今後の存続が厳しくなる卸売市場が増えてくると思われます。荷受や仲卸の機能不全が進んでいることも先ほど説明しました。
そこで、公平公正な取引や食の安全、衛生管理は従来どおりの規制でしっかりやっていくけれど、荷受や仲卸の商売については、各社が工夫して新しいビジネスに取り組めます、ということです。
次はほぼ同時期に行われた漁業法改正。これも規制緩和と言えます。
逆に3番目の衛生管理と4番目の水産資源管理は規制強化です。流通業者にも市場にもHACCPに沿った衛生管理の義務化が要求されています。また、SDGsの普及、国際的な水産資源管理の強化のなかで、MSCやASC、MELといった国際認証の取得が必要とされる時代になってきました。われわれ卸会社にもCoC認証が求められています。
そして5番目はAIやIoTなど情報技術の進歩、キャッシュレス化への対応、6番目はインバウンドや農水産物輸出など国際的な需要の増大です。

水産流通適正化法
7番目の水産流通適正化法(流適法)は、アワビ、ナマコ、シラスウナギという違法漁獲や過剰漁獲の恐れが大きい国内水産物を「第一種特定水産動植物」に指定。それらを採捕する漁業者などは水産庁に事業者登録の上、適正に採捕していることを行政機関に報告し、その情報をわれわれ流通業者にも伝えることが義務づけられました。
万が一、その水産物に密漁などの問題が明らかになった場合は、取引した流通業者にまで訴求され罰則が及ぶという厳しい内容です。
国産生鮮クロマグロ(大型魚)も2026年からの追加指定が決定しました。国産クロマグロについては以前、大間などで問題が起きましたから、生産者側がさらに厳しくルールを遵守してくれないと、われわれにも影響が出てきます。
また、輸入水産物についても、国際的にIUU漁業による漁獲の恐れのあるイカ類やサバなども「第二種特定水産動植物」に指定され、われわれ卸も輸入の際には原産国の適正漁獲証明書が必要となります。
卸売市場法など規制緩和が進む一方で、流適法では規制強化により卸売会社でもその負担が増え、コスト増の要因となっています。
物流総合効率化法など
8番目の物流総合効率化法(物効法)の内容はいろいろとありますが、大きな問題の1つがトラックドライバーの労働条件(長時間運転)の改善です。いわゆる「物流の2024年問題」ですね。
長距離輸送では、長時間運転を防ぐため途中で長い休憩時間を入れたり、中間地点で別のドライバーに交替させたりといった対策が取られていますが、水産物の運送業者は中小企業や個人事業者が多いので、対応に苦労しているところが多いようです。高齢化でドライバー不足も深刻な状況であり、物流問題はわれわれにも大きな影響があります。
その他、地球温暖化による海水温上昇や台風の増加など自然環境の変化、ウイルスなどによる感染症の脅威の増大、またコロナ禍による生活様式の変化もあります。
以上のとおり、卸売市場を巡る環境変化のうち法制度面では、国が規制緩和をする部分と、逆に規制強化される部分があります。そうした中で卸売市場など中間流通業者もその負担やコストが増えてきているという実情があります。
(第6回に続く)