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水産振興コラム
20236
おさかな供養のものがたり

第9回 ウナギの供養祭を訪ね歩く

関 いずみ
(東海大学)

日本人は太古よりさまざまな魚を食用などの資源として利用してきました。また、魚の命をいただくことへの感謝と鎮魂の念を示すため、供養碑の建立など弔いの慣習も育んできました。東海大学海洋学部の田口理恵先生(故人)を代表者とする研究者の方々は、全国各地にあるさまざまな魚の供養碑を詳細に調査され、2012年に『魚のとむらい 供養碑から読み解く人と魚のものがたり』(東海大学出版部)を刊行されました。(一財)東京水産振興会は、出版記念として同年に「豊海おさかなミュージアム」で魚の供養碑に関する展示を行い、翌年2月に供養碑に関するシンポジウムを開催いたしました。本書は現在入手が困難ですが、漁業や漁村を理解していただける大変貴重な内容ですので、この度、東海大学出版部などのご承諾を得て、本連載を企画いたしました。ご承諾をいただきました皆様にあらためて感謝申しあげます。

浜名湖の湖畔に一体の魚籃観音(うなぎ観音)が立っている。1937(昭和12)年9月に建立されたこの観音像には、建立の前年の11月に東海三県の養魚組合や魚商組合等が主催して鰻霊供養と放生会が執り行われたこと、養殖の経営のために犠牲になった多くのウナギの霊に対して冥福を祈るとともに、未来永劫の養殖業の発展を祈願するために、この観音像を建立したことが記されている。寄付者を見ると、青森、栃木、群馬、東京、三重、福井、滋賀、京都、山口と、全国の水産会社、運送会社、養魚組合、仲買組合、冷凍鰻移出組合、養魚株式会社等の関係者が名前を連ねている。

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浜名湖弁天島にある通称「うなぎ観音」

現在、浜名湖畔でのウナギの供養祭は毎年8月24日に執り行われている。参列するのは養鰻組合の組合員や流通業者、飼料業者等で、東京や大阪、新潟からの参列者もいる。近年は四国や九州に産地ができたため、そちらのウナギを利用する業者は浜名湖の供養祭には顔を出さなくなったというが、それ以前はもっと広範な地域から参列者が集まった。浜松周辺でウナギの養殖が始まったのは1900年頭の明治30年代。浜名湖の周辺地域には養殖の餌(蚕の蛹や小魚)が豊富にあり、地下水も充分であったこと、そして東京や大阪といった大消費地からの距離が近かったことといった好条件を背景に、鰻養殖は発展していった。現在は、土地の値段が高騰したこと、工業化が進み就業形態が変わっていったことなどから、生産量は減少している。

供養祭は6人の僧侶たちによる読経から始まった。僧侶たちは、宝珠院と養泉院という2つの寺に毎年交代でお願いしているという。夏の青空の下、観音像の足元には祭礼の花輪が飾られ、供養祭というには随分鮮やかな風景だった。参列者による焼香の列が絶えると供養祭は終了する。用意されていたウナギが観音像の前面に広がる浜名湖に放流され、今年1年の供養と感謝、そして次の1年の養殖経営の安泰が祈願された。

写真2
浜名湖で行われたウナギ供養祭でのウナギ放生

今年(2011年)10月26日には、京都の三嶋神社による鰻放生大祭に参列する機会を持った。放生大祭には京都を中心にウナギの名店や養殖業者などが参集し、ウナギの供養を行う。三嶋神社には火・土・水の3つの神徳があり、安産や子宝をはじめ、すべての生物の出生、成育、放生を守護する神である。ここで神の使者として祀られているのは巳蛇(ミヅチ)、つまりウナギである。巳蛇については神社の由緒の中で、「水蛇である牟奈岐。棟木の如く丸く長い故を以て発生せる鰻の最初の名なり」と伝えられている。

写真3
三嶋神社で行われた鰻放生大祭
写真4
三嶋神社の絵馬など

放生大祭は近くの瀧尾神社に設けられている祈願所で執り行われる。かつて本宮付近を音羽川という清流が流れていたが、これが枯れてしまったために、水場を持つ瀧尾神社に祈願所を設けたと言われている。神社には江戸時代から伝わる「禁食鰻文書」があり、氏子などの関係者は鰻を食さなかったという。特に祈願中はウナギ断ちをし、祈願成就の暁には鰻を食して体を労わったとも伝えられている。

以上の浜名湖や三嶋神社だけがウナギを特別な存在として祀っているわけではない。静岡県袋井市の可睡斎や榛原郡吉田にある魚籃観音の前では、浜名湖同様にウナギの供養が行われている。静岡県三島市の三嶋大社もウナギを神使とするが、三嶋大社周辺はウナギ料理が有名である。岐阜県郡上市美並町では、星宮神社の伝承とともにウナギ禁食が伝えられてきたという。ウナギを虚空蔵菩薩の使いとみなし、ウナギを食べないという地域は各地にある。ウナギの供養碑は、岩手県釜石市の石応禅寺、宮城県石巻の永厳禅寺や松島の瑞巌寺、秋田市、埼玉県鳩ヶ谷市、千葉県我孫子市、東京西巣鴨の妙行寺、長野県岡谷市、岐阜県多治見市、静岡市の観昌院、福岡県柳川市の柳城公園、宮崎県佐土原などにある。静岡のみならず宮崎の佐土原や愛知県の一色など、有名なウナギ産地ではウナギ供養が行われている。このようにウナギを尊ぶ地域や場所は全国に広がっている。

近年、ウナギの稚魚であるシラスウナギの不漁が続いている。ウナギの完全養殖技術の確立というニュースは記憶に新しいが、大量生産が実現するのはもう少し先になるとも言われている。昔から日本人の胃袋に馴染み深いウナギ。ウナギへの感謝とともに、いつまでもおいしいウナギがいただけることを祈願したい。

引用・参考文献

連載 第10回 へ続く

プロフィール

関 いずみ(せき いずみ)

関 いずみ

東京生まれ。東海大学人文学部教授。漁村における生活・文化や人々の活動に興味を持ち、日本の漁村を歩き続けている。地域主体の新たな産業おこしとしての漁村ツーリズムの可能性や、漁村の女性を中心として活発化している起業活動について、実践活動と併せた調査研究を行っている。2020年に仲間たちと(一社)うみ・ひと・くらしネットワークを設立。農山漁村女性の応援団として活動中。