世界視野で地域生かす
「青森サーモン®」の挑戦
異常な暑さを経験した2025年夏。東北最北端の青森さえも30度Cを上回る日々が続いたという。ただ、9月中旬にもなるとさすがに過ごしやすさが顔を出し、秋田と青森を結び海沿いを走る五能線の姿とともに目に入る海と空の青さと海に沈む赤い夕日が夏の疲れを癒やしてくれる。
青森市内から車で約2時間半、青森県の日本海側に面した深浦町にある日本サーモンファーム(株)(鈴木宏介社長)の深浦大峰中間養殖場には、世界遺産である白神山系から流れる大峰川の天然水が注ぐ。平均して毎秒0.3~0.8トンの豊かな水量で育ったサーモントラウトが11月の海面養殖場への移動に備えていた。
日本サーモンファームは、東証スタンダード市場に上場する (株)オカムラ食品工業(本社・青森市、岡村恒一社長)の子会社として2017年に設立された。海岸線を走る国道101号線沿いにある本社事務所は、初めてだとうっかり通り過ぎるかもしれない。カーナビやインターネットの地図が指し示す場所についても、旧コンクリート会社の社名跡がうっすら残る建物が見えるだけだからだ。ただ、あとになり、そんな事務所にこだわらない同社グループの事業に対する根幹姿勢を知ることになる。
1万2,000トンへの挑戦
「青森サーモン®」のブランドをもつサーモントラウトの養殖は、11~12月、米国産の発眼卵輸入に始まる。深浦町と今別町でふ化した仔魚は各地の淡水中間養殖場で800グラム程度まで育つと海面に移され、出荷サイズ3~4キロまで育つ。その期間は約1年半。同社とは兄弟子会社になるデンマークのMusholm(ムソン)社のサーモン養殖のノウハウがふんだんに盛り込まれ、会社設立から2年で水産養殖管理協議会(ASC)認証も取得した。
同社の今年のトラウト生産量は約3,500トン。来春には4,300トンの出荷を計画、1社によるトラウト生産で国内最大手を独走する。海面養殖場は深浦北金ヶ沢、今別・三厩、脇野沢など県内を中心にすでに約1万5,000トンの生産が可能な海面確保を終え、30年までに1万2,000トンの生産を計画中。同社が「生産のボトルネック」としていた中間養殖場の整備も順調。深浦町の2か所のほか、県北の今別町では年間通じて14度Cに安定した井戸水を使う中間養殖場が稼働。来年には、深浦町から車で30分ほど南下した秋田県八峰町に建設中の泊川中間養殖場や、岩手県の下安家漁協との協働で秋サケのふ化場を活用した中間養殖もスタートする。
若者たちが支える現場
今回、施設を案内してくれたのは、同社トラウト養殖の立ち上げに深く関わり、現在は同社のアドバイザーを務める野呂英樹氏だ。オカムラ食品工業とも密接にタッグを組む (株)ホリエイ(本社=青森・深浦町、堀内精二社長)の取締役でもある。青森市出身で、東京水産大学(現東京海洋大学)の大学院を卒業後、青森県庁職員に。ただ、入庁から5年で退職し、「地元・青森の水産業を自分の力で元気にする」と活動に注力する中で、岡村社長や堀内社長と出会った。昨年には仕事と掛けもちで「クロマグロの入出網制御技術」を研究し母校で博士号を取得。常にテーマをもち精力的な活動を続ける才人だ。
野呂氏の案内で到着した今別町では、日本サーモンファームの鈴木社長(44) や同社の社員が同行の長谷成人東京水産振興会理事との訪問を待っていてくれた。鈴木社長は千葉・勝浦出身。野呂氏と同じく東京水産大学を卒業し、岡村社長との出会いをきっかけにオカムラ食品工業に就職。ベトナムの加工場、ムソン社の勤務を経て現職に就いた。日本で大規模サーモン養殖をやるという岡村社長の掛け声に、自ら社長就任に名乗りを上げたエネルギーあふれる逸材だ。
「ここにはイケス16基。その奥にあるのが給餌用のバージ船」と鈴木社長の説明を受けながらイケスが近づいてくる。イケスの形状は丸く直径は40メートル。ムソン社の経験を踏まえ欧州から取り寄せた。骨組みとなる素材は高密度ポリエチレン(HDPE)製で、日本海の冬の荒波にも形状を柔軟に変化し耐えることができる。1基で最大200トンのトラウト養殖が可能だ。
22年に日本で初めて導入されたというバージ船からはイケスの数だけパイプが伸びている。船には10日分、約240トンの餌を保持でき、圧縮空気により無人で定期的な給餌がされる。鈴木社長は、「日本海の冬の海でも安定給餌でき、従業員の安全が確保できるのが大きい」とバージ船の効果を語る。
船を降りてすぐの中間養殖場では、仙台出身で入社半年という浅野渚氏(21) が黙々と作業をしていた。魚の状態をチェックしている中で仕事のやりがいを尋ねると、「入った時はまさに出荷時期。海の仕事も経験し本当に忙しく大変だったが、今は慣れて楽しく仕事をしている」と笑顔をみせる。同社の従業員は約30人だが、平均年齢は約32歳と若い。経歴も美容師や保育士と多彩で、生き生きとした目からは同社の事業の可能性に魅力を感じているのが伝わってくる。
地元の理解あってこそ
養殖の現場を仕切る鈴木社長は、同社の強みを「(卵から成魚まで1社で担う)垂直統合型にある」と断言する。「安定した大規模養殖を目指すとなれば、垂直統合でなければリスクが大きい。サーモントラウトの品質改善などにも取り組みやすい」と理由を語る。温暖化リスクにも柔軟に対応できる。
ただ、大規模養殖の実現に向け、病気の話になると顔を険しくする。「日本の認識は甘い。養殖が増えればいずれ海外のようにシーライス(ウミジラミ)などの病気が発生するリスクが高い。今からそのリスクを想定し、海に病気をもち込まない努力が必要だが、その意識が薄すぎる」と顔を曇らす。そんな意識のもと、自社だけでは限界のある病気のない海の管理と「無病の魚」づくりに向けて、周辺の養殖業者とも勉強会を開催。地域を巻き込んだ取り組みにも力を入れている。
鈴木社長が最も大切にしているのが地元・地域との関係だ。
「現在イケスの入っている沖の水面は、従来あまり利用されていなかったから参入にも理解が得られやすかったとは思う。ただ、中間養殖場も海面養殖場も地元の漁協や組合長、そして漁業者、住民の理解があってこそ。感謝しかない」と話し、雇用の受け皿など、事業を通じた地域貢献の模索も続けている。
(連載 第52回 へつづく)

