水産振興ONLINE
水産振興コラム
202311
進む温暖化と水産業

第13回 
ルポ 地域の課題と未来(北海道・函館編㊦) 定置網漁業と資源管理

中島 雅樹
株式会社水産経済新聞社

ブリ、コンブにチャンス
地元と一体で変化に対応

クレーンでつり下げられたマコンブが、3メートル余りを残し大半が巨大なカマで海へ切り落とされていく。バサリ、バサリと容赦なく切り落とされる豪快な様子に、「もったいない」の言葉が頭をよぎるほどだ。切り落とす理由は、製品化した際に見栄えを悪くするヒドロゾアやコケムシ類などの生物が付着した部分を取り除くため。3メートル近く残すのは加工場の天井の高さにも関係している。

付着生物の除去に切り落とされるコンブ。
ブルーカーボンへの可能性が広がる

コンブの収穫時期は6月末から8月。豊凶ある天然コンブの補完として考えられた養殖コンブも、1年で収穫できる促成コンブと養殖2年コンブで北海道の浜を支える基幹漁業に成長した。ここ南茅部地区も、促成コンブを中心としたマコンブの養殖が盛んだ。そのコンブにも今、温暖化の波は押し寄せている。特に自然環境に依存する天然コンブは深刻。年々収穫量が減ってきてはいたが、3年ほど前から顕著になり、2011年には700トン近くあった年間生産量は、近年、数トンレベルまで落ち込んだ。「ほぼ禁漁しているのと同じ」と、生産者からは諦めの苦笑いが出るほどだ。原因は水温の上昇で活発化したウニなどによる若い芽の食害が大きいとみられている。地道なウニの駆除で徐々に天然コンブも増えつつあるというが、かつての状態にはまだ程遠い。

天然だけでなく、養殖コンブも例外ではない。水温が下がる晩秋には親コンブが胞子を出し採苗ができたが、近年は水温が下がりにくく胞子を出す時期も遅れ気味。コンブ養殖のサイクルが変わりつつある。

JF南かやべ漁協の理事を務め、親子3代でコンブ漁を営む高谷大喜さん(50) も、「海が変わったことを年々実感している」と語る。養殖コンブは安定しているが、生産から干して加工するまですべて生産者が手掛けている。9月の採苗から、収穫期となる6月まで2回の間引きを経て収穫時期を迎えるが、高谷理事は「60本(1株の5本立て)のコンブが付くロープ1,650本から間引きするだけでも大変」と話す。8月後半から始まる干コンブづくりも、一日3,000本が限界。朝から晩まで家族総出の大仕事になる。現在、南茅部には340軒のコンブ養殖業者があり比較的安定しているものの、高谷理事は、「家族経営では限界がある。年齢を重ねたあと、後継ぎがいなければ廃業しかない」と将来への危惧を隠さない。ただでさえ重労働なコンブ養殖に温暖化による影響がどう出てくるか、不安を抱く。

コンブ養殖の将来を語る高谷理事

ただ、温暖化の影響が懸念されるコンブ養殖にも新たな可能性がみえている。コンブが地球温暖化の原因となっている二酸化炭素(CO2)の吸収源になり得る可能性がみえているためだ。食用に使われる養殖コンブ以外でも、生物の付着などを理由に海中に切り落とされるコンブや切り落としたコンブから出るネバネバ成分はブルーカーボンとしてカウントされる。特に海中で難分解性をもつネバネバ成分はCO2を固定する能力の高さで注目度は高く、カーボンクレジットとして認証されれば、温暖化対策として貢献できるだけでなく、養殖漁家の副収入にもなり得る。

高谷理事は、「例えば、クレジット化で食用以外の価値が出てくるなら、高齢者などにとって、干して加工するまでの労力のかかる過程を省略した生産形態も可能になり、将来への不安も軽減できる」とブルーカーボンがもたらす魅力に関心を寄せながら、「温暖化や将来のコンブ養殖を考えればブルーカーボンへの関心は高い。コンブが新たな価値を生み出すとすれば、今後、大学や研究機関などとも一緒に研究もしてみたい」と前向きだ。

新たな魚を食文化に

函館と言えばイカの街。今も市内には朝食バイキングにもスルメイカそうめんの食べ放題を提供するホテルは多い。しかし、近年のイカ不漁は深刻で、函館市の統計によると、07年当時4万トンを超えていた水揚げは5年後の12年に2万5,000トンまで減少。2年前の21年にはわずか2,900トンとこの10年で10分の1近くまで減った。イカに代わり増えているのがブリで、10年の時点で1,300トン程度だった漁獲量は21年には1万トンを超えた。

ただ、イカがなければブリ、と簡単にはいかない。ブリの漁獲が増えたからといって、すぐにブリを加工しようとする業者がなかなか増えてこないのだ。函館で数少ないブリの加工を手掛ける (株)ジョウヤマイチ佐藤の秋山公司営業部長さえも、「サケならまだしもブリだと加工機械も揃えないといけない。ブリの漁獲がいつまで続くか分からない中で投資も容易ではない。それに何よりも函館や北海道の人はブリになじみがない。いくらブリが安くても高齢者などは見向きもしない。やはり地場で需要がなければ利用は進まない」と現状を語る。

そんな魚種交代に果敢な挑戦も行われている。それは、イカの街を“ブリの街”に変えるにはまず地元に食文化として根付かせようと、学校給食への「ブリたれカツ」の提供を皮切りに始まった。20年には、日本財団の「海と日本プロジェクト」の一環として「函館ブリリアントアクション」となり、翌年には海のごちそうプロジェクトとして誕生した「ブリたれカツバーガー」やブリでスープのダシを取ったラーメン「函館ブリ塩ラーメン」も登場。同じ年にはアンテナショップ「地ブリショップ」も函館朝市に誕生した。地道な取り組みは徐々に地元に浸透し、今年からは対象範囲が拡大され、北海道全体の取り組みとして「北海道ブリリアントアクション」に成長している。

海のごちそうプロジェクトを進める國分晋吾プロデューサーは、「地産地消は、まず地元の食文化にすることが大切。食文化を変えるのは容易ではないが、手応えは感じている」と話す。最近はイカそうめんを提供していたホテルの朝食に「ブリたれカツ」も登場し、街には「ブリたれカツ」を提供する外食店も増えてきた。

國分プロデューサーは、「温暖化などによる漁獲の変化に漁業者だけで対応するのは無理。地域で取り組んでこそ意味がある。そのつなぎ役や伴走者の役割を果たしたい」と思いを語る。

函館朝市の地ブリショップでブリ商品をPRする國分氏

函館カレーにコンブダシ

函館で誰もが知るレストラン「五島軒」でも新たな挑戦を開始している。もともと函館水産高校とコラボして開発した「道南産ブリのフィッシュミートソース風」や、「道南産ブリのマリネトマト仕立て」は地元で獲れるようになったブリに着目し積極的な商品開発を進めてきたが、現在、全国的にも知られる「函館カレー」のもととなるスープをこれまでのビーフブイヨンから地元函館で採れるコンブをベースとしたスープに近く変えるという。

同社製造部門の柱である「函館カレー」のベースを変える判断は容易ではないはずだが、五島軒の若山豪社長(40) は、「五島軒が絶対に譲らないのはおいしさで、そこに妥協はない。それさえ守られれば変化することはいとわない。函館カレーがコンブスープを使うことでよりおいしくできることが分かったのがいちばんの理由。地元コンブが使えるようになれば、函館にとってもプラスになる」ときっぱり言い切る。実際、コンブスープを使ったカレーを地元の遺愛女子高校の生徒たちが試食した結果、「コンブダシのカレーの方がよりおいしい」という評価も出たと言い、若山社長はコンブスープのカレーに自信をみせる。

道南産ブリを使った缶詰。
五島軒は地元産にこだわった商品開発に積極的だ
漁師の皆さんと一緒に函館を盛り上げたいと
話す五島軒の若山社長

若山社長は、地元・函館や北海道への思いが熱い分、将来を心配する。人口減少は顕著で、直近で年間3,000~4,000人の人口が減っているという。海と隣接する街だけに海の環境変化も気になっている。

若山社長は、「函館は海とは切っても切れない街。街の人口減少も気になるが、温暖化で苦しむ地元漁業者や加工業者も心配。街を挙げて応援しなければならない問題。私は残りの人生は函館のために使いたい」と熱い地元愛を語り、漁業者に対しても、「地元を活性化するのにさまざまな産業と連動した取り組みが欠かせない。漁師の皆さんとも話をして、函館の街を盛り上げていきたい」と夢を膨らませる。

連載 第14回 へ続く

プロフィール

中島 雅樹(なかしま まさき)

中島 雅樹

1964年生まれ。87年三重大卒後、水産経済新聞社入社。編集局に勤務し、東北支局長などを経て、2012年から編集局長、21年から執行役員編集局長。