水産振興ONLINE
水産振興コラム
20211
水族館の飼育係と「食」との交わり
新野 大
(高知県立足摺海洋館 館長)
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さまざまな干物と出会える土佐清水

新潟県村上市にあった瀬波水族館、鴨川シーワールドのある千葉県安房鴨川の「食」を前回まで紹介させていただいたが、今号からは水族館と食とのかかわりの中で、水産物の食文化を求めて日本各地を訪ね収集した、食と水族館、生き物の話を紹介する。

まず最初は、昨年の夏にグランドオープンした足摺海洋館 “SATOUMI” つながりで高知県土佐清水の干物の話。

昭和天皇が崩御され、元号が平成に変わった3月に、新しい水族館のプロジェクトに参加するため、青森空港からYS-11で大阪に向かった。

大学を出て、瀬波水族館、青森県営浅虫水族館と、北日本の水族館に勤務したので、冬になると雪の積もる寒冷地での暮らしが続いた。どちらかというと、暖かい土地で年がら年中、海や川と向き合っていたかった僕は、ことあるごとに、どこか南の地方に水族館をつくる話が持ち上がった時には、声をかけていただけるように、お願いをしていた。その思いが通じたのか、水族館の飼育係10年目に、大阪海遊館の、開館準備の飼育担当者となった。

そのころの僕の理想の水族館は、小さな水槽が汽車の窓のように並び、個々の水槽の生物を順番にみていくという「汽車窓式」と呼ばれる従来のような水族館ではなく、大きな水槽の中にさまざまな生き物たちが暮らしているというものだった。巨大水槽には、イワシやサバが群れをつくり、大型のサメがその周りを泳ぎまわる。水面近くにはトビウオが泳ぎ、それを狙うシイラが黄金色の体をひるがえす。海底にはナマコやヒトデがゆっくりとはいまわっている。そんな自然をそのまま切り取ったような水族館を夢見ていたのだ。

その夢を叶えてくれたのが大阪・海遊館だ。それは8階建てのビルの中に十数個の巨大な水槽だけを設置した水族館だった!環太平洋の10の地域を忠実に再現した展示水槽の中で、生き物たちを群れで展示するというもの。水槽にはその地域の陸上部も、擬岩やその隙間を本物の植物で覆い再現された。そして魚類だけでなく、陸上部にはナマケモノやリスザル、カワウソをはじめ、鳥類、爬虫類までもが展示された。

大阪に赴任し、僕の仕事はもうすでに形になっていた設計図やコンセプトにあわせた展示生物のリストの見直しから始まった。まずは生物の収集リストを整理し、国内で集められそうな生物の収集場所の検討に入った。その中で、水量5,400tもあるメイン水槽の「太平洋」水槽に展示する魚類の収集基地を、高知県土佐清水に造ることにした。土佐清水港内に収集用の生簀をお借りし、足摺周辺の定置網に入る魚たちをオープンまでの約1年間集めた。その時にお世話になった大敷網の一つが、足摺半島付け根の太平洋側にある以布利(いぶり)共同大敷組合のものだ。以布利は古くから隣の窪津と並んで勇魚捕りで栄え、今でもその伝統を受け継ぎ大敷網漁が盛んに行われている。この大敷網には黒潮に乗ってやってきた魚たちと共に、時折ジンベエザメまでも入網する。そこで海遊館開館後の1997年9月24日、以布利漁港に面した一角に海遊館の付属施設として「大阪海遊館 海洋生物研究所以布利センター」を開設したのだ。当時、僕は海遊館の広報室に所属していたので、ジンベエザメの輸送や取材の対応などで何度か以布利を訪れていた。

以布利では仕事の合間に大敷網の網揚げに同行したり、磯で生物の収集をした。そんな時に出会ったのが、素晴らしい干物を干す風景だった!12月の良く晴れた青空の下に、以布利ではモイカと呼ばれるアオリイカが、艶めかしいまでの白い体を輝かせていた。イカの白と空の濃いブルーのコントラストが素晴らしく、夢中でシャッターを切った。現像があがってきたスライドフィルムをルーペで覗いて、もう一度その美しさに心を打たれた「凄いな〜、奇麗だなぁ」と。その時に撮った写真がきっかけで、僕の干物を干す風景の撮影が始まったのだ。

土佐清水では、アオリイカだけではなく、さまざまな種類の魚の干物が魚屋さんやスーパー、道の駅に並んでいる。それがすごく楽しみで、現地に行くと必ず変わった干物を求めて、店を徘徊した。土佐清水特産の宗田節の原料となる「メジカ」ことマルソウダに、僕の大好物のムロアジの干物もオアカムロを始めとする数種からつくられている。「テツボシ」と呼ばれるサメの身の塩干しや、ダイバーにはビックリされるだろうが熱帯のサンゴ礁で大きな群れを作り水中写真の絶好の被写体となる、キンメモドキだって丸干しとなっている。その他、カゴカキダイやイラ、キントキダイにハタンポと干物好きにはたまらない場所だ。それらは獲れたてのピチピチの魚たちから作られるので、出来上がった干物たちも凄くいい顔をしている!皆、澄んだパッチリとした目をした干物ばっかりなのだ。あまりにもいい顔をしているので、焼くのをためらってしまうほどだ。

マルソウダ開きマルソウダ開き ハタンポの丸干しハタンポの丸干し

以布利の漁港では、平成10年より毎月、漁協支所前のじんべえ広場で、数店舗のお店が並ぶ「じんべえ市」が開催されている。毎月第2日曜日の朝9時から12時までの間、漁協女性部の方々の手作りのサバやイカの寿司、惣菜と共に、もちろん干物も並んでいる。また冬になると高知県では冬の風物詩といっても過言ではない、ウツボの開き干しが並ぶ。このウツボはたたきにされたり、細く切って油で揚げて賞味される。

ウツボの天日干しウツボの天日干し ウツボの干物を細く切って揚げたものウツボの干物を細く切って揚げたもの

ジンベエ市の中でも人気商品がタイ焼きのマンボウ版「マンボウ焼き」だ。ブランド鶏 “土佐ジロー” の卵を使った生地をマンボウの姿に焼き、中には粒あんがたっぷり!このマンボウ焼き、当初はジンベエザメの形にして、ジンベエ焼きという案も出たそうだが、大阪海遊館以布利センターのアイドル、ジンベエザメを食べてしまうのは可哀想ということで、マンボウに白羽の矢が当たったとか。外見の可愛さではマンボウに軍配が上がるだろうが...

マンボウ焼きマンボウ焼き

連載 第9回 へ続く

プロフィール

新野 大(にいの だい)

新野 大

1957年東京生まれ、東海大学海洋学部水産学科卒業。新潟県瀬波水族館、青森県営浅虫水族館大阪・海遊館で水族館職員として経歴を重ねた後、独立して水族館プロデューサーとして活動。2018年に高知県土佐清水市に移住し、高知県立足摺海洋館のリニューアルオープ(2020年)の準備に携る。現在、高知県立足摺海洋館SATOUMI館長。主な著書に、『大阪湾の生きもの図鑑(東方出版、魚介類の干物を干している風景の写真を集めた『干物のある風景(東方出版)など。