水産振興ONLINE
水産振興コラム
20213
水族館の飼育係と「食」との交わり
新野 大
(高知県立足摺海洋館 館長)
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土佐清水の皆さんの協力があっての SATOUMI

魚たちの干物を干す風景の美しさを教えてくれた、高知県土佐清水。大阪・海遊館の開館に向けた魚類収集基地としても、漁師さんたちの協力のもと多くのサメや回遊魚などの魚たちを集め海遊館に輸送した。

そして2018年、僕は足摺海洋館 “SATOUMI” のグランドオープンに向け土佐清水市に移住した。それまでは、まさか土佐清水に住むことになるなんて、思ってもいなかった。海遊館時代には仕事で、遊びで時折訪れていて、そのたびに自然が豊かで食も豊かないいところだなぁと思ってはいたが、そこの住民になろうとは。

さて新しく水族館を建てるときには、飼育し展示する生き物の収集がとても重要な仕事となる。

青森県の浅虫水族館の時は上司が青森県の水産部に長年勤めていた方であったので、地元の漁師さんとも付き合いがあり県内の魚はそれらの漁師さんや水産関係者の協力のもとスムーズに収集できた。

しかし、海遊館の時には地元の大阪湾で集まる魚だけでは水槽は埋まらず、他の地域にも魚類収集基地を設ける必要が生じた。そこで、以前も書いたが、沖縄本島、五島列島、土佐清水の3地域が基地の設営場所として白羽の矢があたり、それぞれ飼育担当者が出向き、地元の漁師さんと仲良くなり定置網漁船などに乗せてもらい魚の収集にあたってきた。しかし、そこに漕ぎつくまでが大変である。現地に出向いていろいろな方にお願いし、伝手を頼って関係者を紹介してもらい、やっと収集基地が出来上がる。収集場所を決めてから、生物の収集を始めるまでには何カ月もかかるのだ。飼育係員の現地での滞在先の確保、畜養生簀の準備、収集器材の準備など細々(こまごま)とした作業が山ほどあった。僕が最初に設営に向かった五島列島の福江島でも、当時の長崎水族館(現在の長崎ペンギン水族館の前身)の館長や島の漁師さん、魚屋さんにも色々と協力いただき開設にこぎつけることができた。

では SATOUMI の場合はどうだったのか。

旧足摺海洋館は1975年のオープンなので、2020年の閉館まで45年間の長い歴史があった。その中で、地元の漁師さんをはじめとする漁業関係者との繋がりは強く、大敷網や刺し網、釣り、宝石サンゴ漁などで珍しい魚や変わった生き物が捕れればすぐに水族館に連絡をしてくれる。その連絡を聞いた飼育担当者は、すぐにトラックに乗り連絡先に向かう。なかには、わざわざ水族館まで届けてくださる方もいる。小さなウミウシ一匹でも「変わった色をしてるので持ってきたよ!」と言ってバケツに入れて運んできてくれる。足摺海洋館と漁業関係者の間にはすごくいい関係がすでに出来上がっているのだ。

漁師さんが届けてくれたミアミラウミウシ漁師さんが届けてくれたミアミラウミウシ

生物の収集だけではない。話はチョッとそれるがイベントの時にも地元の方々が協力してくれる。足摺半島の先端近くにある松尾という集落に、地域の活性化に向け努力している団体「松尾さえずり会」がある。松尾の食文化を広く伝える活動をされている。その方々が、足摺海洋館の季節ごとのイベントに手作りの惣菜を出店販売してくれる。惣菜は、松尾地区伝統のツワブキの葉を使った押し寿司(酢飯にはハガツオが酢殺しとして使われている)を始め、旬の魚を使った魚飯、お好み焼きのような土佐清水のソウルフード “ぺら焼き”、おでんに、キビナゴの天ぷら、から揚げ等々、魅力的なものばかり。

松尾さえずり会さんのつわ寿司といなり松尾さえずり会さんのつわ寿司といなり 松尾さえずり会さんの作るアサヒガニ飯の材料松尾さえずり会さんの作るアサヒガニ飯の材料

また、正月には餅つきのもち米を蒸かしてくれるし、つきあがったお餅を丸めて、きな粉餅にまでしてくれる。そんな方々にも足摺海洋館は支えられている。

SATOUMIのグランドオープンに向けては、土佐清水の窪津共同大敷組合の皆さんの協力のもと、漁港の一角に5m四方の小割生簀を2基設置させてもらい、窪津の大敷網漁の船に飼育担当者が同乗し、漁の邪魔にならないよう展示に必要な生物を収集させてもらった。収集した生物は一旦生簀に収容して傷を治し、餌を食べるようになってからSATOUMIに輸送した。

漁港内に構えた大敷網収集用の生け簀漁港内に構えた大敷網収集用の生け簀 飼育担当者も同乗する窪津、大敷網漁飼育担当者も同乗する窪津、大敷網漁

ここでは遊泳性のサメであるメジロザメの仲間やカラスエイ、清水サバことゴマサバ、ムロアジやメアジなど暖かい海に多いアジ類が収集できた。小型だが体色のきれいなキンチャクダイなども紛れ込む。水温の低い時期にはタカアシガニやサギフエなど深海生物だって入網する。

窪津大敷網に入ったサギフエ窪津大敷網に入ったサギフエ

生簀から活魚車に魚を移動する時も大敷組合の方々が大勢で応援してくれ、漁船を使って生簀の網を手際よく絞って、魚を掬いやすくしていただき、効率よく作業ができた。また、飼育担当者が大敷網の漁船に乗っていない時でも、展示に必要そうな魚が入れば生簀に入れておいてもくれる。ありがたい話である。

魚の陸上輸送には高知県漁協清水統括支所の協力で、土佐清水市のブランド魚「清水サバ」を生きたまま輸送するための4t活魚運搬車を使わせていただいた。この運搬車は優れもので、水温調整機能の付いた活魚槽が2基搭載されていて、夏の暑い時期の輸送でも水温を低く保ちSATOUMIの展示水槽と同じ温度にして運べるので、大助かりであった。この活魚運搬車は窪津の生簀からの魚の移動のみならず、片道5時間以上かかる高知県東部の室戸からの深海生物の輸送にも協力していただいた。

また、磯釣りなども盛んな土佐清水なので釣り師たちからの寄贈も多い。釣り師たちが初めて見た魚や、美しい体色だけど名前の判らない魚などが釣れると「今港に着いて、こんな魚が釣れて生きてるよ!」とSATOUMIに連絡してくれる。連絡を聞いた係員がすぐに駆け付け、どんな種類の魚か説明を行い、寄贈してもらい搬入する。中にはクーラーボックスに活かして、水族館まで持ってきてくれる方もいる。黒潮の影響を強く受けている土佐清水沿岸には、水族館の展示にはうってつけのモンガラカワハギやカンムリベラを始め綺麗で、また大きな熱帯性の魚たちが普通に釣れるのだ。これらの情報は、SATOUMIホームページfacebook、ほかSNSでその時々の情報を発信している。

釣り人の釣った、モンガラカワハギ釣り人の釣った、モンガラカワハギ

このように、地元の皆さんの協力のもと SATOUMI は、無事グランドオープンすることができたのだ。皆さんと一緒に作り上げたといっても過言ではない。

皆さん、ありがとうございました!そしてこれからもご協力、よろしくお願いいたします。皆さんのおかげで SATOUMI はどんどん進化し、いい水族館になっていきます。(連載 第10回 へ続く


足摺海洋館 SATOUMI 公式ホームページ https://www.kaiyoukan.jp
SATOUMI facebook https://m.facebook.com/kaiyokan/

プロフィール

新野 大(にいの だい)

新野 大

1957年東京生まれ、東海大学海洋学部水産学科卒業。新潟県瀬波水族館、青森県営浅虫水族館大阪・海遊館で水族館職員として経歴を重ねた後、独立して水族館プロデューサーとして活動。2018年に高知県土佐清水市に移住し、高知県立足摺海洋館のリニューアルオープ(2020年)の準備に携る。現在、高知県立足摺海洋館SATOUMI館長。主な著書に、『大阪湾の生きもの図鑑(東方出版、魚介類の干物を干している風景の写真を集めた『干物のある風景(東方出版)など。