水産振興ONLINE
水産振興コラム
202011
水族館の飼育係と「食」との交わり
新野 大
(高知県立足摺海洋館 館長)
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知らず知らずのうちに水産の食の虜となる基盤ができてきた
房州・鴨川の食

もう、40年以上昔の話になる。
 よく「昔はなぁ…」と言って話をすることが多いが、今の僕の昔はかなり遠い昔になってしまった。

瀬波水族館在職中に、バンドウイルカと共に避寒していた千葉県安房鴨川でも珍しい地元ならではの水産物と出会った。冬の数カ月を過ごすだけだったので、その種類は限られてしまうが思いつくままに紹介する。

まずはマンボウ。鴨川では冬になると定置網にマンボウが多く入る。そんな土地柄もあり、鴨川シーワールドでは当時なかなか長期飼育ができなかったマンボウの長期飼育展示で日本記録を塗り替えていた。同じくマンボウの長期飼育記録に挑戦していた、今はもうなくなってしまったが宮城県のマリンピア松島水族館とその記録を抜いたり抜かれたりを繰り返していたものだ。そのことにより、マンボウの飼育技術が確立し、全国の水族館でマンボウが飼育展示できるようになったと言っても過言ではない。大きな背びれと臀びれを動かしてのんびりと泳ぐマンボウは、一躍子どもたちの人気者になった。

ただ、前進する力が強いので、小さな水槽ではすぐに壁にぶつかり、吻端を傷つけ弱ってしまう。そのため、水槽の壁の内側にビニール製のフェンスを張ることが考案されたのもこの頃だ。マンボウはすぐに壁にぶつかり死んでしまうと思われている方が多いと思うが決してそうではなく、泳ぐための推進力が強いので、ある程度距離がないとUターンができないのだ。大きな水槽ではフェンスがなくても、自分で壁にぶつかることはなくうまくターンをしている。意外と機敏なのだ。

また、大海原では海面に横になって日向ぼっこをしている、のんびりもののように見えるが実はすごい。東京大学大気海洋研究所の報告では、主に深度100〜200mでクダクラゲ類を食べていることが発見され、またマンボウが餌を食べる間に下がった体温を海面の温かい水で効率よく回復することが明らかになっている。水族館の水槽の中でも、水中から勢いをつけて水面に向かい泳いで水上にジャンプする姿も観察されている。海遊館で、マンボウの体に何かで擦ったような傷がつくことがあり「何でだろう?」と思っていたら、マンボウがジャンプをして水槽の上にある給餌などの作業をするキャットウォークに体をぶつけていたのだ。ユラユラと泳ぐユーモラスなマンボウからは想像もできなかった。

そんなマンボウが定置網で捕れると、魚屋には「マンボウあります」の札がかけられた。スーパーマーケットの魚売り場にもパック詰めにされたマンボウの身が並んでいた。その身は水分が多く、白身の魚とイカを足したような感じ。パック詰めの身には必ず肝臓が一切れ付いている。刺身で食べる時にはその肝臓を醤油に溶いた肝醤油で食べる。新鮮なものは匂いもなく美味しかった。その後、高知県土佐清水や三重県伊勢地方でマンボウの内臓の煮たものや、マンボウ丼なども食したが、やはり新鮮なマンボウの刺し身が一番だ。

マンボウの刺身マンボウの刺身 マンボウ丼(土佐清水)マンボウ丼(土佐清水)

もう一品「くじらのタレ」。くじらのタレも房総名物で、房総沖で捕獲されたツチクジラの身を薄くスライスし秘伝のタレに漬けこんだものを天日で干したもの。干物の中で一番大きな素材を使ったものだ。ハガキくらいの大きさのものを数枚、藁のひもで結んだ形で売っていた。そのままさっと炙って、手で細く割いて食べる。何とも言えない鯨の風味で、酒の肴にぴったりだ!ちょっとマヨネーズをつけてもいい。ただし焼き方が命で、焼きすぎると固くなり風味が落ちる。そのため、人には任せず自分で焼きたい。タレから目を離さず、表面にプツプツと脂が浮いてきたころが焼き上がりである。柔らかいクジラジャーキーの出来上がりである。鴨川の居酒屋のメニューにも必ず載っていた。最近は房総沖のツチクジラ漁も捕獲頭数が規制され、その身は貴重なものとなっている。その貴重な身から作られる“くじらのタレ”。大事に食べたいものだ。

クジラたれ(房総)クジラたれ(房総) くじらのたれを干す風景(房総千倉)くじらのたれを干す風景(房総千倉)

居酒屋で良く食べた料理が「なめろう」と「さんが焼き」だ。今でこそテレビの房総を旅する番組や、房総の食を紹介する本などに登場して知名度も高くなり、東京でも居酒屋のメニューに並ぶが当時はこれも地元の料理だった。もともとは漁師さんが船上で作っていたもので、アジやイワシ、サンマなどを味噌と葱や大葉などの薬味と一緒にたたいて作られる。そのままでも十分に美味しいが、ちょっと酢を落としても美味い!そのなめろうを、アワビの殻に詰めて焼いたものが、さんが焼き。上等のさつま揚げのようだ。”なめろう”という呼び名は、美味しくて皿までなめてしまうところからつけられたようだ。

そして、40年ほど経った今でもまだ食して無く、心残りの一品がある。「アワビの姿煮」。アワビに姿煮といえば山梨県を思い出すが、鴨川でもそれが作られている。JR安房鴨川駅から鴨川シーワールドに向かう送迎バスの途中で、大きく“あわび”と書かれた看板が目に飛び込んでくる。僕が鴨川に住んでいたころからその看板はあり、その姿煮を食べてみたいと思っていたが、いまだ実現していない。数年前、三重県鳥羽で小さな煮アワビを購入して食べたが小さくても美味しかったので、鴨川の立派なアワビで出来たものならさぞかし美味しいのだろうなぁ。

煮アワビ(鳥羽)煮アワビ(鳥羽)

僕が新米飼育係として奮闘していた3年間は、水産物の食についてなんて気にもかけていなかったが、住んでいた場所が海辺だったので自然と美味しいものを食べていた。この頃は、まだ水族館と食が繋がってくるなんて少しも考えていなかった。そんな僕は、今では水族館はもっと食というものと仲良くして、水族館に付属してその地先の水産物を食べることのできるレストランや、干物などのお土産を購入することができる施設があったらいいと思っている。もうすでにやられている水族館もあるが、アジなど小魚が簡単に釣れる釣り堀を併設し、釣った魚をその場で調理してくれて食べることができることだって、楽しいだろう。これからは、水族館と食は仲良く進化していかなければならないと思う今日この頃である。

プロフィール

新野 大(にいの だい)

新野 大

1957年東京生まれ、東海大学海洋学部水産学科卒業。新潟県瀬波水族館、青森県営浅虫水族館大阪・海遊館で水族館職員として経歴を重ねた後、独立して水族館プロデューサーとして活動。2018年に高知県土佐清水市に移住し、高知県立足摺海洋館のリニューアルオープン(2020年)の準備に携わっている。主な著書に、『大阪湾の生きもの図鑑』(東方出版)、魚介類の干物を干している風景の写真を集めた『干物のある風景』(東方出版)など。