水産振興ONLINE
水産振興コラム
20207
水族館の飼育係と「食」との交わり
新野 大
(高知県立足摺海洋館 館長)
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ついに南国土佐で新しい水族館を造ることに。
新・足摺海洋館 SATOUMI 2020年7月18日にグランドオープン予定

これまで、最初に勤めた瀬波水族館のあった新潟県村上市での食の話をさせていただいた。続いては瀬波水族館時代に冬の間だけ過ごした鴨川シーワールドがある千葉県鴨川の食の話をと思っていたのだが、この夏7月18日にグランドオープン予定の高知県立足摺海洋館の話を書かせていただく。

沖縄の日本復帰を祝って華々しく「沖縄海洋博覧会」が開催されたのが1975年7月20日。会場では、今の「美ら海水族館」の前身である「沖縄記念公園水族館」が目玉パビリオンの一つとして、素晴らしいイルカショーや沖縄の海に住む生き物たちを展示し大人気となった。

その2か月前の5月2日、高知県の西南部に位置する土佐清水市に県立足摺海洋館がオープンしている。1972年に足摺国定公園が足摺宇和海国立公園に昇格したことや、土佐観光のブームなどなどを踏まえ、竜串(たつくし)地域の海を観察できるグラスボートや貝類展示館「海のギャラリー」などを含む「海洋学園構想」が策定され、その一環として開館したのだ。その白色の円盤を思わせるような外観は、近未来的で地域のシンボルとなった。

旧館外観旧館外観

「土佐の海と黒潮の魚たち」をテーマとして、目の前に広がる土佐湾、土佐清水、竜串の磯の生き物たちから沖合に住むロウニンアジなど大型のアジ類、クエやハタの仲間など100種5,000匹を展示し、ピーク時には年間10万人が訪れるほどの人気を博した。各地の水族館ではまだ飼育技術が確立されていなかったマンボウや貴重な大型エイ、シノノメサカタザメの長期飼育に成功するなど飼育技術も、素晴らしい水族館となった。

シノノメサカタザメシノノメサカタザメ

しかし、老朽化には勝てず開館から40年が経過した2013年の耐震検査では、耐震機能が満たされていないという結果で本来果たすべき地域観光の核として、生涯教育の場として十分にその機能を果たせないことが判明した。同時に開館当初からしばらく続いた竜串周辺への観光ブームが去り、年間の入館者数も5万人程度となりその存続について意見が交わされた。そして2014年2月に「高知県立足摺海洋館あり方検討委員会」が設置されその存続の是非について検討された。その間も、水族館は入館者数を減らさないようにと、さまざまなイベントや工夫を重ねた結果もあり、竜串観光の目玉として “足摺海洋館 SATOUMI” として新築しリニューアルオープンすることが決定したのだ。

その足摺海洋館 SATOUMIのリニューアルの手伝いに携わらせていただくことになり、2018年の3月、僕は土佐清水に移住した。ついに南国土佐に住むことになったのだ。

今まで、青森県立浅虫水族館、大阪海遊館の立ち上げに係わらせていただいたが、この足摺海洋館 SATOUMIの立ち上げは、少し様子が違った。どこが違うのか。それは現在営業中の水族館を運営しながら、すぐ隣に新館を構築するということ。前出の2つの水族館では、新しくその水族館を無事開館させることに、全精力をつぎ込みスタッフが一丸となって開館に向かって邁進した。しかし今回は2つの水族館に携わることになり、最初は少し面喰った。ただ、今のスタッフたちと仕事を進めていくうちに、自信がついてきた。地元の漁師さんをはじめとする、様々な方々と良く連携がとれていて、珍しい魚が入ったからと連絡をくれ、水族館まで持ってきてくださる方もいる。イベントがあれば自ら名乗り出て手伝ってくれ、魚飯やすり身汁、てんぷらなどの地場産品を調理販売してくれる。まさに地域に根付いた水族館だなぁと実感した。

新たな地域に水族館を造ろうとすると、その展示生物、特に魚類を集めるための漁場などが近くにあればいいのだが、それのない都市部や内陸部などでは他の地域に収集基地を構え、そこで収集しなければならない。日本は水族館大国でほとんどの都道府県に水族館があり、それぞれが地先に収集場所を持っている。そこに新参者が入り込んで生物を収集するのだ。伝手を頼って、時には漁協へ飛び入りで収集基地を造らせてくれるようお願いする。これが結構大変なのである。

それが今の足摺海洋館では地元の方々に協力をしていただける環境が出来上がっている。「これなら、うまく開館できそうだ!」という思いが新館開館への後押しをしてくれた。

SATOUMIでは熱帯性の魚類が乱舞し、サンゴ類96種、ウミウシ384種の生息が確認されている生き物たちの宝庫 “竜串湾” を中心に、土佐湾や背後に広がる豊かな海を育む原生林の生き物などを、飼育係員自らが収集した生き物たちの展示と、目前に広がる竜串湾の自然やアクティビティが連動する水族館を目指す。

竜串湾のソフトコーラル竜串湾のソフトコーラル 竜串湾の石サンゴ類竜串湾の石サンゴ類
イガグリウミウシイガグリウミウシ ニシキウミウシニシキウミウシ ボブサンウミウシボブサンウミウシ

食材として好まれている水産生物の展示はもとより、普段あまり目にすることのない小さな生き物たちも丁寧に展示し、その生き物たちのここが美しい、こんな変わった姿をしている、驚きの習性があるなどを紹介し、目の前の海には多種多様な面白い、素晴らしい生き物たちが住んでいることを知ってもらい、生き物のファンをつくる。その多種多様な生き物たちが住む自然環境を未来永劫守っていくために、一人一人に何ができるのかを考えてもらえるきっかけ作りとなる水族館にしたい。

そして、その生き物たちの自然での営みを垣間見るためフィールドへ足を向け、グラスボートやシュノーケリング、スキューバダイビング、観光ガイドと共に行く磯観察、釣り体験など目の前の海でのアクティビティに導ければと思っている。

土佐清水のブランド魚である「清水サバ(ゴマサバ)」、宗田節に加工される「メジカ(マルソウダ)」など水産の食と関連した生き物は、その食材としての食べ方なども紹介しながら展示し、普段食べている生き物の姿を知っていただけるような展示をしたい。

地元の方々が磯で採集し食材としている貝類などの生き物たちを紹介することにより、自分達が食べている料理はこんな生きものだったんだ、ということを知ってもらう。また遠方から来られた方々には、地元の料理店で食べられる所を紹介し、水族館を見た後、また次の機会にでもその店に行って美味しい料理を堪能してもらう。というように地元の飲食店にも足を運んでいただけるような取り組みも行っていきたい。そんな水族館が今年7月18日にグランドオープン予定だ。(連載 第6回 へ続く

足摺海洋館 SATOUMI 公式ホームページ https://www.kaiyoukan.jp

プロフィール

新野 大(にいの だい)

新野 大

1957年東京生まれ、東海大学海洋学部水産学科卒業。新潟県瀬波水族館、青森県営浅虫水族館大阪・海遊館で水族館職員として経歴を重ねた後、独立して水族館プロデューサーとして活動。2018年に高知県土佐清水市に移住し、高知県立足摺海洋館のリニューアルオープン(2020年)の準備に携わっている。主な著書に、『大阪湾の生きもの図鑑』(東方出版)、魚介類の干物を干している風景の写真を集めた『干物のある風景』(東方出版)など。