水産振興ONLINE
水産振興コラム
20221
水族館の飼育係と「食」との交わり
新野 大
(高知県立足摺海洋館 館長)
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日本最長の通行料無料の橋を渡って伊良部島へ
(沖縄・宮古島)

大阪・海遊館を辞してしばらくの間、水族館に関わりのある学科を持つ専門学校の非常勤講師として魚類学や水族館研究などの講義をさせてもらっていた時期があった。さらにその夏休みには、デパートの催事場などで行われる移動水族館を何年か続けてお手伝いさせてもらっていた。

2015年の移動水族館は岐阜市内での開催であったが、海から遠く離れた街中に7月から約40日間も滞在していたので潮の香りが恋しくて仕方がなく、「移動水族館が終わったら沖縄に行くぞ!」と、宮古島への旅を企てたのだった。

移動水族館は8月31日まで開催していたので撤収が終わって大阪に戻り、台風情報を気にしながら9月6日に伊丹空港を出発した。途中那覇でのトランジットで宮古行きの飛行機を待っていたところ、座っていたベンチの隣にいた団体旅行の方々の話し声が耳に入ってきた。「まだ遠くだけど台風が発生したみたい!」「え~!!」

僕たちは宮古島に5日間滞在する予定なのだけど、台風が沖縄に向かってくると、ちょうど帰りのフライトにぶつかりそうだなぁ…と心配になった。

ちなみに、この台風は進路を北にとったため宮古島には大きな影響はなかったが、関東地方や東北地方を直撃し「平成27年9月関東・東北豪雨」として各地に甚大な被害を与えることになった台風18号だった。

沖縄の宮古島へは、ダイビングやオカガニが集団で海岸の波打ち際で産卵するシーンを撮影するために何回か訪れていたが、ゆっくりと漁港などを巡ったことがなく、今回はそれを目的に足を運んだ。

それともう一つ、既に海上の橋が架っていた池間島や来間島に加え、その年の1月31日に開通したばかりの宮古島と伊良部島を結ぶ「伊良部大橋」を渡り、伊良部島と、陸路で繋がる隣の下地島にも行ってみたかったのだ。

無事宮古島に着き、島の西側にあるパイナガマビーチ前のホテルから車で10分も走ると、もう伊良部大橋だ。数年前にダイビングで来た時には橋はまだ建設途中で、長い橋の中央部分がまだ繋がっていなかったのだが、目の前には海上を長い橋が通っていた。

伊良部大橋
伊良部大橋

青い空の所々に白い雲が浮かんだ絶好の天気の元、青碧色のグラデーションの海の上にかかった橋は、2005年度に着工し10年の歳月をかけて無事開通した。橋の長さは、なんと3540m。通行料が無料の橋としては長さ2100mの新北九州空港連絡道路を抜いて日本最長の橋となった。

左右に広がる美しい海を見ながら、アッという間に伊良部島に到着。目指すは島の東側にある佐良浜漁港だ。伊良部漁業協同組合のホームページによると、佐良浜の集落はカツオ漁とともに発展を遂げ、糸満漁師から“アギヤー漁”という伝統漁法が伝えられたそうだ。アギヤー漁は、糸満の海人によって生み出された追い込み漁で、漁師たちは海に潜りながら、水深20~30メートルほどの海底に大きな囲い網を展開し、潮の流れと海底の地形を巧みに読み、魚がどの方向に逃げるのかを分析して的確に網へと追い込むもの。今では沖縄県内でも佐良浜でしか行われておらず、県産グルクン(タカサゴ)の5割は佐良浜のアギヤー漁が担っている、という。また、伊良部漁協は1982年に日本で初めてパヤオ(浮魚礁)を宮古島近海に設置し、現在、宮古島近海には10数基のパヤオが設置されている。

漁港に到着するが、漁協の周りはひっそりとして人の姿はなく、岸壁には漁船がたくさん並んでいる。早い時間に行ったので、何か水揚げされているのかと思っていたのだが、がっかり。すると、フォークリフトで氷を運んでいる小父さんがいたので水揚げ時間を聞いてみたところ、「昼ごろにはマグロ船が帰ってくるよ」という朗報。

そこで、昼になるまで付近を散策することに。まず目に飛び込んできたのが、漁協の目の前にあるピンクと黄色でカラフルに塗られた派手な建物。壁には伊良部島特産品直売店と大きく書かれ、隣の黄色い梁には「漁師屋 さしみ」と書かれている。伊良部漁協が直営する店だ。店内にはカツオやマグロの加工品とてんぷらなどが並んでいる。美味しそうなマグロ丼なども食べることができるので、これはあとで食べることにしよう。

伊良部特産品直売所
伊良部特産品直売所

漁港に面した通りには観光客相手の店が何軒か並んでいる。漁師屋の他にもう一軒、食堂と鮮魚などを販売している店、その直ぐ傍にも小さな鮮魚店、その名も「えりちゃん鮮魚店」が、いいなぁ。カヌーやシュノーケリングなど海遊びをさせてくれる店前には数人のお客が。お昼を食べるにはまだ早いので、車を走らせ、佐和田の浜で巨岩が並ぶ景観や魚垣(※)の跡を撮影し下地島へ。

魚垣
魚垣

魚垣(ながき)とは、干満差を利用して魚を捕獲するため浅瀬に設置された昔の漁業施設で、干潮時に魚が逃げられないような囲み部分を岩石を並べて造ったもの。現地では魚垣(カツ)と呼ばれる。なお現在は使用されておらず、海岸に施設跡が残されている。

「通り池」やパイロットの航空訓練が行われる下地島空港を観光し佐良浜漁港に戻ると、ちょうど昼食に良い時間となった。そこで、先ほど目を付けたマグロ丼を。ご飯が見えないほど乗ったマグロの上には白髪ネギ、錦糸卵、とび子が。おまけに、カツオだしの良く効いた味噌汁までついてワンコインの500円!美味しくいただきました。

マグロ丼
マグロ丼

しかし、12時を回っても一向に船は帰ってこない。帰ってくる気配もないので、先ほどの小父さんがいたのでまた聞いてみると「2時過ぎになりそうだ。」とのこと。仕方ないので、海上の橋をもう一度往復して時間を調節して漁港に戻ると、一艘の漁船が水揚げの最中だった。漁師さんたちが人力で大きなキハダを、手際よく船から次から次へと移動し、重さを計り青い籠へ。籠が一杯になると、籠を引きずって市場に運んでいる。そして市場にはいつの間にか数件の販売所が設置されていて、今水揚げされたキハダをすぐに捌いていた。捌かれたキハダはビニール袋に入れられ、地元の方に買われていく。さっきまで、シーンとしていた市場がいきなり賑やかになる。といっても、爆買い目的の外国人のようにお客さんが売り場に押し寄せるという状況ではなく、のんびりと淡々とした時間が過ぎていく。南の島らしい、のどかな風景であった。

  • 水揚げ風景
    水揚げ風景
  • 水揚げ風景
    水揚げ風景
  • いつの間にか数件の販売所が
    いつの間にか数件の販売所が
  • いつの間にか数件の販売所が
    いつの間にか数件の販売所が

連載 第14回 へ続く

プロフィール

新野 大(にいの だい)

新野 大

1957年東京生まれ、東海大学海洋学部水産学科卒業。新潟県瀬波水族館、青森県営浅虫水族館大阪・海遊館で水族館職員として経歴を重ねた後、独立して水族館プロデューサーとして活動。2018年に高知県土佐清水市に移住し、高知県立足摺海洋館のリニューアルオープ(2020年)の準備に携る。現在、高知県立足摺海洋館SATOUMI館長。主な著書に、『大阪湾の生きもの図鑑(東方出版、魚介類の干物を干している風景の写真を集めた『干物のある風景(東方出版)など。