水産振興ONLINE
水産振興コラム
20223
水族館の飼育係と「食」との交わり
新野 大
(高知県立足摺海洋館 館長)
14

池間島へ(沖縄・宮古島)

僕が初めて宮古島を訪れたのは、島の北西1.5kmに浮かぶ周囲10kmほどの池間島で観られるオカガニの放卵シーンを撮影するためだった。もう10年以上、一昔も前の話である。

オカガニは普段は内陸の湿地帯などに穴を掘り生活しているが、毎年旧暦5月15日前後の大潮の日没を狙って、放卵のため集団を作り海岸の波打ち際に向かうのだ。その移動の途中に建物などの人工の障害物があると、海への移動が妨げられてしまう。それでもなんとか道路まで出られたと思ったら、運の悪いカニは車に轢かれてペチャンコになり、哀れな姿が道路に散在してしまう。そんな可哀想なことが起きないようにと、池間島ではカニが安全に海に向かえるよう道路に移動用のトンネルを作って、カニの事故防止に役立てている。

卵を海に放つため海岸に降りてきた、オカガニのメス
卵を海に放つため海岸に降りてきた、オカガニのメス

難関を乗り越え無事海にたどり着いたカニたちは、集団で一斉に体を小刻みに震わせながらお腹に抱えていた卵を海に放つ。その風景はその時期に毎日出会えるわけではなく、何かの拍子に一斉に行われるようだ。残念ながら僕が撮影に行った時には2日間通ったのだが、集団での放卵は見られず、数匹が波打ち際で体を震わせ、産出していただけだった。

その時には、せっかく宮古島まで行ったのに、漁港で海面やロープ周りを泳いでいる稚魚などを岸壁から捜すことくらいしかしていなかったので、今回は漁港周辺をしっかりと見ておかなければ。ということで向かった池間島は、相変わらずエメラルドグリーンの海に囲まれた、静かな島だった。

この島も1992年に宮古島との間に全長1,425mの池間大橋が完成し、宮古島から車で渡れるのだ。海上に架かる橋の両側には眼のさめるような青碧のグラデーションが広がり、僕は伊良部大橋よりもこちらの眺めほうがきれいだと思う。その橋を渡り、池間漁港へと車を走らせた。

池間大橋
池間大橋

NPOいけま福祉支援センターのHPによると池間島は「1904年には池間漁業組合ができ、翌1905年にはカツオ漁業が始まりました。1910年に漁業組合の正式な認可、八重干瀬の専用漁業権取得、鰹漁業生産組合ができ、池間のカツオ漁が本格的に始動しました。」と。また、島の北東の沖合に広がる巨大なサンゴ礁域は「八重」と呼ばれ、同HPには「古くから池間の海人(インシャ)たちの豊かな漁場であり、春は底魚一本釣り漁、夜釣り、夜の赤イカ漁、素潜り追い込み漁。夏はカツオ漁業で使用する生餌を獲り、蛸捕り漁、アギヤー(グルクン追い込み漁)、潮干狩り漁。というように、1年中様々な漁業の操業ができる海です。」と書かれているように豊かな海が広がる。これは何か水揚げ風景に出会えるかも知れないと、と期待をしたが港内に漁船の姿はほとんどない。立派な浮桟橋や製氷所などが並んではいるのだが、人影はなくひっそりとしている。池間島鮮魚販売所という建物もあるのだが、閉められているようだ。

まぁ、時にはこんなこともあるよなぁと、のどかな風景を撮影し漁協前にある食堂で昼食をとることにした。その名も「池間食堂」。池間漁業協同組合が直営する食堂で、八重干瀬センターという建物の1階にある。2階には「池間島郷土資料館」があり、古くから伝わる民具や漁具、関係資料などが展示されている。食堂では、イタチザメの駆除で捕らえたサメの身を利用して、フライやサメそばなどを提供しているようなのだが、その日は残念ながらサメを使った料理はなかった。しかたないので、地魚を使った刺身定食と白身魚のネギ煮を注文。刺身定食は “マーマチ” ことオオヒメ、“タマン” ことハマフエフキの2種の刺し身に小振りのシャコガイの殻に入ったシャコガイのグラタン風バター焼き、魚のフライ、もずく酢ともずくの沢山入った汁と、超豪華。フエダイの仲間だろうか、赤い皮の付いた白身の切り身をサッと油に通してから、甘辛の煮汁でたっぷりのネギと共に煮た「白身魚のネギ煮」も、身がプリプリで煮汁もよくからみ、葱の風味がたまらない一品だった。これだから、漁港探索はやめられません。

シャコガイのグラタン風バター焼きと魚フライ
シャコガイのグラタン風バター焼きと魚フライ
マーマチ・タマン(オオヒメ・ハマフエフキ)の刺し身
マーマチ・タマン(オオヒメ・ハマフエフキ)の刺し身

お腹も満たされたところで、池間大橋を渡る手前の高台の道路脇に「海ブドウ養殖場・見学できます」という看板が出ていたので、そこに立ち寄ることにした。メインの道路から離れ細い道を進んでいくと、畑の中に大きなビニールハウスが幾つかならんでいる。中を覗くと長方形の水槽が並び、若い女性が一人で黙々と作業をしている。ハウスの横の建物から男の人が出てきたので、見学のお願いをすると快く案内してくれた。

  • 海ブドウの養殖場
    海ブドウの養殖場
  • 海ブドウの養殖場
    海ブドウの養殖場

水槽の中には海ブドウの房が生い茂り、女性は出荷の準備をしていたのだった。塩化ビニールパイプで作られた四角い枠にタキロンネットが張られ、そこに海ブドウが養殖されている。ネットを持ち上げて見せてくれたが、粒が大きく立派な海ブドウたちで美味しそうだったなぁ。海から海水を引いてきているということだったが、それならもう少し海に近いほうがいいのではないかと思ってしまう。実際、海での養殖より陸上での養殖のほうが収穫も楽で、いいのかもしれないが。そういえば、沖縄本島の南部の奥武島では漁港の傍に海ブドウの養殖施設があったなぁ。

養殖場を後にして、ふと海に目を向けると遠くに大神島が。そうだ、明日は大神島に行ってみよう。

連載 第15回 へ続く

プロフィール

新野 大(にいの だい)

新野 大

1957年東京生まれ、東海大学海洋学部水産学科卒業。新潟県瀬波水族館、青森県営浅虫水族館大阪・海遊館で水族館職員として経歴を重ねた後、独立して水族館プロデューサーとして活動。2018年に高知県土佐清水市に移住し、高知県立足摺海洋館のリニューアルオープ(2020年)の準備に携る。現在、高知県立足摺海洋館SATOUMI館長。主な著書に、『大阪湾の生きもの図鑑(東方出版、魚介類の干物を干している風景の写真を集めた『干物のある風景(東方出版)など。