水産振興ONLINE
水産振興コラム
202110
水族館の飼育係と「食」との交わり
新野 大
(高知県立足摺海洋館 館長)
12

父娘の絆で作られていた三宅島のくさや

前回のくさやの話のつながりで、残念に感じているくさやのエピソードを紹介したい。

少し昔の話だが、東日本大震災やたび重なる台風による未曾有の自然災害を経験した2011年。そんな心痛む年を表す「今年の漢字」として、公募により第一位に選ばれたのが「絆」だ。選出した日本漢字能力検定協会はその理由として「東日本大震災や台風被害で家族の大切さを感じ、支援の輪も広がったことに加え女子サッカー・なでしこジャパンのチームワークも理由に挙がった」としている。

そんな自然の驚異を思い知らされたのが、2000年に起こった三宅島の噴火だ。6月26日の群発地震に端を発し、7月8日以降は雄山おやまで小規模な噴火が断続的に発生。8月10日にはついに雄山が大噴火を起こし、噴煙は上空6,000m以上にも達した。その後も活発な火山活動が続き、9月2日から全島民が避難のために離島を始めた。そして4年と5ヵ月後の2005年2月1日にようやく避難指示が解除された。

その三宅島に僕は高・大学時代に足繁く通っていた。雄山噴火のニュースを聞き当時お世話になった民宿「ラッパ荘」のことがすごく気になっていた。民宿の下の海岸にある、潮が引くと大きなタイドプールとなる「長太郎池」は大丈夫だったのだろうか、そこにいた可愛い魚たちはどうなったのだろうか。しかし、その頃の日々の忙しさという言い訳で、何もアクションをおこさないまま月日が過ぎていた。

そして、各地で干物の取材をしている時に、ふと三宅島の「くさや」のことが気になりだした。近々行って見たいなぁ…と。

美味しそうな青ムロのくさや
美味しそうな青ムロのくさや

そんな思いのなか、2011年の秋にパソコンに一通のメールが飛び込んできた。あるサイトの編集者から「大学の同級生の方から、連絡をしたいと電話番号をお預かりしました。」とのこと。依頼人は高校生の時に三宅島での魚の採集に誘ってくれた友人だった。大学も一緒だったのだが卒業後、僕は水族館を転々としていたため長い間連絡がとれていなかったのだ。30年ぶりに電話をかけると、変わらぬ声で「先日、三宅島に行ったときに久しぶりに島内を周っていると、ラッパ荘があってさー。それも昔のままで、挨拶をすると今は春代さんというおねえさん(当時は)が切り盛りをしていて、おじさんも元気だったよ。」と。「もう少しすると民宿の前の道路の拡張が始まり、民宿も移動するようだ。それまでに、一度行かないか!」ということである。そうか、これは是非くさやの取材もかねて行かなくては、ということで11月の中旬に友人と2人で竹芝桟橋から三宅島に向かう“さるびあ丸”の当時と同じ2等和室にいた。

朝5時、まだ暗い阿古港に出迎えてくれていたのは、春代ねえさんだ。
 ラッパ荘は当時のままのたたずまいで、おじさんも元気だった。
 おじさんが「確かまだ残っているぞ。」と探してくれたアルバムのなかに、30年前の僕が笑っていた!ひとしきりの挨拶が終わり、干物の写真などを撮っていることを話し、クサヤのことを尋ねると、なんと春代さんの同級生の家で親戚の方たちがくさやを作っているとのこと。

早速、車で向かったのは「清漁せいりょう水産」さんだ。清漁水産さんは、1971(昭和46)年先代により創業し、今のご主人は1987(昭和62)年に先代と代替わりをしたそうだ。噴火による全島避難に伴い離島されたが、2年9カ月のブランクを経て、2003年6月1日に新島水産加工業協同組合などの御好意により、新島本村くさやの里に加工場・事務所を置き新島営業所として営業再開した。そして、2005年の避難指示解除に伴い、三宅島に帰島しクサヤを作っていたのだ。

道路に面した販売所では、春代さんの同級生のおねえさんと若い女性が対応してくれた。クサヤの作っている風景を写真に撮らせていただきたい旨を話すと、快く了解してくれた。今日は午後からムロアジを開いてくさや汁に一晩漬け込み、明日の午前中から乾燥作業を行うということで、その作業を撮影させてもらうことにした。お父さんがくさやを作っていると聞いていたので「そうか、娘さんがお店を手伝っているんだな、若いのに偉いなぁ」と思いながら店を後にした。

翌日、お店に伺い隣の作業場をのぞいて、ビックリ!
 昨日お店で対応してくれた娘さんが長靴に合羽姿で、くさや汁に漬かったムロアジを網で取り出し表面に付いた汁を丁寧にとり除き大きなザルに並べていた。

  • 一晩漬けたものを取り出す
    一晩漬けたものを取り出す
  • くさや汁を切って
    くさや汁を切って
  • 表面についているくさや汁を丁寧にとりのぞく
    表面についているくさや汁を丁寧にとりのぞく

僕はすっかり、お店の番だけを任されているのだと思っていたのに・・・若い娘さんがくさや汁にまみれて働いている姿を見てすごい衝撃をうけた。それも、作業をしながら楽しそうに色々話を聞かせてくれるのだ。その話から、くさやや三宅島をこよなく愛していることがひしひしと伝わってきて涙が出そうだった。そしてその横ではお父さんがザルから一匹一匹を取り出し、さらに表面をきれいにして干し台に丁寧に並べている。娘さんは二人で、二人ともお父さんを手伝ってくさやを作っていて、この日作業をしていたのは妹さんだった。

  • ざるに並べられた干す前のくさや
    ざるに並べられた干す前のくさや
  • 干し台にならべられたくさや
    干し台にならべられたくさや

若い姉妹がお父さんを一生懸命手助けし、くさや作りに励んでいる姿を見て家族の絆の深さを感じ、三宅島のクサヤもこれで大丈夫だと安心した。家族の絆により作られるクサヤは天下一品!ムロアジ、トビウオも美味しいが、シイラもたまらない。また、クサヤ以外にもムロアジの開き干しやすり身もお勧めで、特におねえさん一押しのすり身は、鍋の具材に最高である。

ところが三宅島で唯一くさやをはじめとする水産加工品を作っていた清漁水産は残念ながら、2018年に「三宅および伊豆諸島でくさやに出来る魚がとれなくなった」ということで閉店をしてしまったそうだ。何とも残念な話である。
 僕の大好きな美味しいくさやだったのになぁ…

連載 第13回 へ続く

プロフィール

新野 大(にいの だい)

新野 大

1957年東京生まれ、東海大学海洋学部水産学科卒業。新潟県瀬波水族館、青森県営浅虫水族館大阪・海遊館で水族館職員として経歴を重ねた後、独立して水族館プロデューサーとして活動。2018年に高知県土佐清水市に移住し、高知県立足摺海洋館のリニューアルオープン(2020年)の準備に携わっている。主な著書に、『大阪湾の生きもの図鑑』(東方出版)、魚介類の干物を干している風景の写真を集めた『干物のある風景』(東方出版)など。