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水産振興コラム
20218
水族館の飼育係と「食」との交わり
新野 大
(高知県立足摺海洋館 館長)
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強烈な香りの干物 “くさや” は美味い!

土佐清水の話を連続して書かせてもらったので、この辺で僕の大好きな干物「くさや」の話を。

僕は以前、あるテレビ番組に出た時にくさやの話をし “くさやのいい香り” とその匂いを表現すると、出演者から大ブーイングを受けた。「あれは香りなんていうものじゃなくて、においでしょ」と。違うんです、くさや好きにはたまらない、いい香りなんです!

伊豆七島周辺には温暖な美しい海が広がり、ムロアジやトビウオの好漁場になっている。その新鮮なムロアジやトビウオで作られる、新島をはじめとする伊豆七島名産の干物が「くさや」である。ほのかに脂のある大振りのくさやは絶品で、ムロアジ類の一種には標準和名で「クサヤモロ」と名付けられている魚もあるほどだ。一方、トビウオ類もあっさりとしていて、大型のものは身が厚くて美味しい。島の人達はサメの身やマアジ、カワハギ、シイラなど何でも漬けてくさやの干物にする。

ムロアジのクサヤ 美味しそう
ムロアジのクサヤ 美味しそう

くさやは一種独特の匂いが強烈で、食べるのを敬遠する人が多い。特に関西では納豆と同じように、食わず嫌いが多いようだ。でも、一度食べてみると大変美味しく病みつきになる。そして好きな人は焼いている匂いを嗅いだだけでもお腹が鳴るくらいだ。

その匂いの正体は、くさやの干物を作るときに漬ける汁にある。「くさや汁」と呼ばれる漬け汁は、最初は塩水だったが、塩は年貢として納める貴重なものだったので漬け汁は一回ごとに捨てることなく、長年にわたり塩を補充しながら繰り返し使ってきた結果、魚肉の可溶成分や取り残した内臓の一部などが汁に溶け込み、それが “くさや菌” と呼ばれる菌により発酵され、あのような匂いを発するようになった。その匂いの成分は、菌が作る酪酸や吉草酸、カプロン酸などの有機酸とそのエステル類によるもので、その臭さから「くさや」となったようだ。その匂いは、島によって少しずつ異なるようで、新島や大島産に比べ、八丈島産は匂いが優しい気がする。

くさや汁に漬けられたムロアジ
くさや汁に漬けられたムロアジ

新島では昔、まだ離島の医療体制が整っていなかった頃、島民は風邪や下痢になると、くさや汁を飲んで症状を抑え、傷などにもくさや汁を塗って治療していた。長年の研究でくさや汁には天然の抗生物質が含まれていることが判った。また、腐敗もしづらいので、保存性も他の塩干品より優れている。

伊豆七島では嫁入りの時には、実家秘伝のくさや汁を嫁入り道具の一つとして持って行ったということだが、今ではどうであろう。

僕とくさやとの出会いは、小学生の頃だったろうか。その頃の千住の乾物屋さんには普通にくさやが並んでいた。今でも一軒だけ残っている乾物屋には、匂いが出ないよう真空パックやむしって瓶詰にしたくさやが、干鱈やスルメと一緒にいまだに店先に並んでいる。酒好きだった父親はこのくさやが大好物で、良く焼いて酒の肴に食べていた。子どもの僕はその独特の香りはほとんど気にならず、その味と普通のマアジの干物よりも締まった噛み応えのある身が好きで、よく横からつまんで食べていた。

トビウオのクサヤ
トビウオのクサヤ

その後くさやと正面から向き合ったのは、高校生の時に夏休みに魚採りに行った三宅島でだ。民宿に泊まり島内の磯で夢中になって、三浦半島や房総半島とは一味違う、色鮮やかな魚たちを追いかけていた。その時の家へのお土産がくさやだった。

島内で盛んに作られていたのであろう、日用品から食料品、お土産まで並んでいる小さなお店に、くさやがビニール袋に5枚ほどが一袋になって売られていた。それを買って帰り、自分で焼いて食べたのが最初である。その時にもくさやの美味しさにひかれ、三宅島や式根島、新島に行くたびに買ってきてはよく食べたなぁ。

シイラのクサヤ
シイラのクサヤ

まだくさやはテレビ番組に登場することはほとんどなく、関東周辺のくさや好きに愛されたローカル色豊かな干物だったのだ。それが、テレビ番組が多様化しバラエティ番組が盛んになるにつれ、くさやの名が巷に広まり始めた。その独特の香りが罰ゲームの材料として使われるようになったのだ。その香りを嗅がされた芸人が大げさに「ウゲッ!ウワァ!」と大げさなリアクションでその匂いに反応し、とてつもなく臭い干物として世間に知れ渡ってしまっている。

そんなことはない。くさやの匂いはいい香りで、食欲をそそり、お酒が進む美味しい干物なのだが。

土佐清水に移住して、地元の方々と呑む機会が多々ある。その時に僕が干物好きということで、よく干物の話で盛り上がりくさやの話になる。こちらの方々も納豆がその匂いから食べられない方がいて「まして話に聞く臭い干物くさやなんか食べようとも思わない!」という方が多い。そんなときには上記のようなくさやの魅力を切々と語り、その素晴らしい香りと美味しさをアピールするのだが、なかなか分かってもらえなかった。

ウルメイワシのクサヤ
ウルメイワシのクサヤ

足摺海洋館SATOUMIの前の浜 “桜浜” の今年の海水浴場の海開きが7月11日に行われ、集まった子どもたちによるスイカ割りや宝探しなどのイベントが行われ、僕もその手伝いをさせてもらった。一連の催事が終わり、お疲れさんということで夕方からバーベキューが行われた。桜浜の岩場から採ってきた、イワガキや “ツベタカ” と呼ばれるギンタカハマなどの巻貝を焼きながら、ワイワイ・ガヤガヤと楽しんでいるところで、僕が持参したムロアジのくさやを焼くことになった。以前から一度食べてみたい、匂いを嗅いでみたい、という方が多かったのでいいチャンスである。真空パックのものだったので、まずは包装を破ってそこから広がるくさやの香りをかいでもらった。多くの方がやはりその匂いに顔をしかめていたが、中にはそんなに動じない方も。そして、網の上で焼き始めると「ウッ!だめだ!」という声が。僕は「いい匂いでしょう!」とサッと焼き、新聞紙の上で皮をむき、身を細かくして食べてもらうことに。「このむしった後の指に付いたくさやの香りがたまらなくいい匂いなんだなぁ。」と。近くの人に指を近づけると、あわてて遠ざかる。ついに皆さんが試食。「美味しい!」という方と、はなから全く受け付けない方とが半々ぐらいだった。その美味しさに目覚めた方はどんどん手が伸びお酒が進んでいた。

焼いてむしったマアジのクサヤ
焼いてむしったマアジのクサヤ

一方、全く受け付けない方々は、口にも入れない人、口に入れたが涙目となりなかなか飲み込めない人など様々な反応があったが、受け入れてくれた方は本当に気に入ってくれて「また食べたい!」と言ってくれ嬉しかったなぁ。土佐清水周辺もクサヤムロ、ムロアジ、オアカムロなどムロアジ類が、もちろんトビウオ類も大敷網に入るので、くさやができれば楽しいだろうなと思ってしまった。でも、半数の方々がアンチくさやだったので、焼くときには大分注意が必要であろう。

くさや、今では伊豆諸島に行かなければなかなか手に入らないようで、気軽に食べることのできる干物ではなくなっているのではないだろうか。

このまま絶滅するということはないですよね。未来永劫残ってほしい干物の一つである。

小アジのクサヤ
小アジのクサヤ

連載 第12回 へ続く

プロフィール

新野 大(にいの だい)

新野 大

1957年東京生まれ、東海大学海洋学部水産学科卒業。新潟県瀬波水族館、青森県営浅虫水族館大阪・海遊館で水族館職員として経歴を重ねた後、独立して水族館プロデューサーとして活動。2018年に高知県土佐清水市に移住し、高知県立足摺海洋館のリニューアルオープン(2020年)の準備に携わっている。主な著書に、『大阪湾の生きもの図鑑』(東方出版)、魚介類の干物を干している風景の写真を集めた『干物のある風景』(東方出版)など。