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水産振興コラム
20229
ブルーカーボンで日本の浜を元気にしたい
第9回 宮城県におけるブルーカーボンの取組
渡邊 一仁
宮城県水産林政部水産業基盤整備課

1. プロジェクトの背景

私からは、宮城県におけるブルーカーボンの取組をご紹介いたします。本県水産行政は「水産物の安定供給」という水産業の本来的機能としての役割を果たすべく、「みやぎ海とさかなの県民条例」の理念に基づいて「水産業の振興に関する基本的な計画」を策定し、各種事業を展開してきました。一方、持続可能な社会の実現を目指すSDGsやパリ協定にみる地球温暖化対策など、社会情勢が大きく変化する中では「環境対応」がキーワードとして加わり、新たな価値として標準化されつつあります。身近なところでは、環境対応のできていない企業の製品は取引されないという動きも見られはじめております。このことは、水産業の持続可能性、また、水産業界の生き残り戦略として、「環境対応」がますます重要となってきていることを意味するものであります。

このような背景のもと、「宮城ブルーカーボンプロジェクト」は、本県水産業の振興に向けた次なる一手として打ち出されました。本プロジェクトでは、水産業が持つ多面的機能の一つとして、地球温暖化の主要因である二酸化炭素(以下、CO2とする)を藻場・海藻等がブルーカーボンとして固定する作用を積極的に評価し、活用していくこととしております。また、カーボンニュートラルの観点からは、漁業活動等に伴い発生するCO2量を、その要因とともに明らかにしておくことも重要であります。さらに、本プロジェクトを通して得られた水産業のCO2情報を公開し、共有していくことは、政策・施策的な見地から、地域や異業種との連携をはじめ、オフセット制度の導入など社会実装を進めることに繋がり、環境配慮型水産業として、本県水産業の持続可能性を強力に打ち出す根拠になると考えております。ブルーカーボンの取組を水産県宮城から推進していく意義はここにあり、「宮城ブルーカーボンプロジェクト」は、「水産業の振興に関する基本的な計画(第Ⅲ期)(令和3年度~令和12年度)」の中で、「環境と調和した持続可能な水産業の確立」に向けた重点プロジェクトの一つとしても位置づけられているところです。

2. プロジェクトの概要

続きまして、「宮城ブルーカーボンプロジェクト」の概要を説明いたします。本県がブルーカーボンに着目したのは、令和3年10月に本県石巻市で開催された「第40回全国豊かな海づくり大会」の中でカーボンオフセットを検討したことにはじまります。豊かな海を未来に引き継ぐという理念を「宮城ブルーカーボンプロジェクト」は継承しました。取り組みには、地方創生応援税制(企業版ふるさと納税)を活用しており、ヤフー株式会社様から寄附を受けることができたことも大きな出来事です。「宮城ブルーカーボンプロジェクト」は協議会と3つの柱からなります。プロジェクトの本丸とも言うべき「宮城県ブルーカーボン協議会」は令和4年1月に発足し、学識経験者、業界関係者、及び行政関係者を構成員に当課が事務局となり組織しました。

図 宮城ブルーカーボンプロジェクトの概要

協議会では、プロジェクト方向性の検討、進捗管理及び結果の検証等を中心に議論しています。また、協議会には、「技術開発・試験研究」、「モデル地区での実践」、及び「普及指導・広報」の3つの柱を設置して事業展開しているところです。柱となる各取組を次に述べます。

(1) 技術開発・試験研究

科学的基礎を整理する場として、ブルーカーボンによるCO2固定量や漁業・養殖業から排出されるCO2量を算定するためのインベントリデータ(CO2算定のための原単位、係数)の収集・作成と整理を進めております。CO2は活動量とインベントリデータの積で求められることから、インベントリデータの扱いは重要です。令和3年度は50件のインベントリデータを収集・作成し、県内水産業の活動量を用いてCO2の固定量や排出量を試算しました。試算例を一部ご紹介いたしますと、固定量ではアラメ場が藻場造成活動で0.5ha増加した際にはアラメ場のインベントリデータ(CO2固定原単位)として4.2t − CO2/ha/年を乗じて 2.1t − CO2/年と求めました。また、排出量では例えばワカメ5tの生産に対して、インベントリデータ(CO2排出原単位)として 1.4t − CO2/t − 生産を乗じて 7.0t の CO2排出と計算されます(注)。 インベントリデータの質を確保しながら網羅性を高めていくことが求められます。

(注) 船舶の燃料や出荷時の加工等の経営形態を反映した数値

(2) モデル地区での実践

宮城県中部に位置する石巻市の沿岸海域にブルーカーボンのモデルとなる宮城県漁業協同組合石巻地区支所管内と宮城県漁業協同組合網地島支所管内の2地区を設定し、前者ではホソメコンブ、後者ではアラメを対象に採苗・育成等の試験を実施しております。陸上で採苗したホソメコンブ、アラメの苗を、4月上旬には現場の漁業者とともに海に移植し、7月末時点で順調に生育していることを確認しました。今後、藻場造成や海藻養殖に必要な条件を整理して技術化するとともに、ブルーカーボンとしての評価を進めます。本モデル地区の取組がきっかけとなり、活動が県全域に広がっていくとともに、「宮城県藻場ビジョン」に基づく漁場整備や水産多面的機能発揮対策事業などの藻場の再生・保全に関連する事業とも連携していければと考えるところです。

写真 モデル地区での実践
(石巻市網地島のアラメ場造成)

(3) 普及指導・広報

ブルーカーボンに関する基礎や各種取組等を共有していくため、令和3年度はセミナーやシンポジウムを開催しました。このうちシンポジウムでは、会場・WEBの併用方式で参加者を募ったところ、3月下旬の繁忙期にも関わらず、全国からおよそ70名の参加がありました。参加者の半数は水産以外の陸上産業からで、ブルーカーボンに対する期待を改めて実感しました。また、アーカイブ的な利用やDXとしての活用をねらいとして、「宮城ブルーカーボンプロジェクト」のホームページ(URL:https://miyagi-coast.jp/bcp/)も立ち上げました。最近では、ホームページを見た地元の高校生が関心を持って来庁し、ブルーカーボン体験を軸とした観光コンテンツを作成して観光甲子園というイベントに応募していただきました。将来を担う若い世代にもブルーカーボンが浸透してきており、今後もしっかりと重要性を伝えて裾野を広げていきたいと感じたエピソードです。

3. 今後の展望

最後に、今後の展望についてです。ブルーカーボンにより、藻場造成や海藻養殖が地球温暖化対策にも繋がるという大きな意味合いが水産業に付加されました。本県におけるブルーカーボンの取組が本格化するのはこれからですが、ジャパンブルーエコノミー技術研究組合(JBE)の存在、カーボンオフセット制度であるJブルークレジットの仕組みが構築されたことは大きな後押しになると考えております。本県といたしましても、「宮城ブルーカーボンプロジェクト」の取組を進めることで、基礎的知見の蓄積はもちろんのこと、現場の優良事例を積み上げていき、ローカルSDGsとしての形を発信していく予定です。また、カーボンオフセットを念頭に新しい水産業のビジネスモデルを創出し、沿岸地域の活性化に繋げるなど、「環境と調和した持続可能な水産業の確立」の実現に向けて取り組んでまいります。

第10回へつづく

プロフィール

渡邊 一仁(わたなべ かずひと)

渡邊 一仁(宮城県水産林政部水産業基盤整備課)

2006年北海道大学大学院水産科学研究科博士後期課程修了、博士(水産科学)。
2006年宮城県採用。産業経済部漁業振興課・技師を振り出しに、宮城県水産技術総合センター、宮城県気仙沼地方振興事務所、農林水産部農林水産政策室等で企画調整や調査研究、普及指導等の業務に従事する。現在、水産林政部水産業基盤整備課・技術主任主査(資源環境班副班長)。