座談会 平成の漁業制度改革(2日目)(つづき)
漁業法(つづき)
第1章 総則
矢花:ありがとうございます。今回の改革の思想や目的というのが、条文にも反映されているという感じを受けます。そうしたら総則の話に入っていきたいと思います。今の改革の趣旨や条文の全体像が反映されてくるような目的になるわけですけれども、目的について少し議論をしていただきたいと思います。藤田晋吾さん、お願いします。
藤田(晋):まさに法律の目的規定とは、法律の全体像を凝縮し、趣旨を明らかにするものです。
まず、第1条冒頭に、「漁業が国民に対して水産物を供給する使命を有し」とあります。これは水産基本法の3条に、「水産業は、国民に対して水産物を供給する使命を有するものであることにかんがみ、」と規定されていることを踏まえて、漁業法の中では「漁業」を主語として書き直しています。
続いて、「水産資源の保存及び管理のための措置」「漁業の許可及び免許に関する制度」「その他の漁業生産に関する基本的制度」とありますが、これらはまさに、先ほど萱嶋君から説明があったこの法律の全体像を、定められている措置の内容を登場順に並べています。
その上で「水産資源の持続的な利用の確保」ということと「水面の総合的な利用を図る」という、この2つの中目的があって、最終的には「漁業生産力の発展」という大目的につながるという構造になっています。
また、昭和漁業法の目的の中にあった「漁業調整機構」という言葉がなくなることにより、漁業者の位置付けが目的の中に表れていないという議論がありました。これについては、「漁業者の秩序ある生産活動がその使命の実現に不可欠であることに鑑み」とすることで、漁業者の位置付けを明確化することとし、最終的な条文の形になったという経過です。
最後に、昭和漁業法の最大目的の一つが漁業の民主化にあったことから、当時の目的規定の中に「民主化」という言葉が入っていました。今回の改正では、昭和漁業法の施行から70年が経過し、民主化という目的は達成され、漁業の免許の優先順位規定を見直すこととしたことに伴い、「民主化」という言葉は目的規定の中からは落とすこととしたということです。
矢花:ありがとうございます。長谷理事にお願いします。
長谷:個人的には漁業法が唯一の基本法だった時代とは違って、水産基本法もできたわけで、その後では理念などはそこに書いてあるので、理念目的を実現するための漁業法はいわば道具だという割り切りを私はしていますが、そういう中で目的規定にあまりこだわるべきではないと思っていました。極端な話、目的規定はなくてもいいぐらいに思っていましたけれども、やはり歴史のある法律だけに思い入れがある人がとても多くて、先ほど藤田晋吾さんからあったような話が全漁連のほうからも出てきたと記憶をしています。
矢花:ありがとうございます。では山口長官、お願いします。
山口:今の話を補足しますと、全漁連からは、漁業調整機構の運用によってという規定と民主化がつながっているのだとの解説がありました。漁業調整機構というのは漁業調整委員会のことですが、漁業者が主体的に運営するもので、本来は漁協がやるべき業務を代わりに行っているものと考えていて、それが昭和漁業法のときの自分たちの成果なのだ、勝ち取ったものだと。漁協や調整委員会を通じて漁業の民主化を図っていくということで、戦前の明治漁業法下の羽織漁師や網元制がなくなって、漁民の組織、漁民のための法律に変わったという、制定当時の理念にこだわっている方がまだ漁協系統の中にもいらっしゃったのではないかと思います。そういう人たちに向かって、漁業調整機構もなくなる、民主化もなくなる、調整委員会も公選制をやめるということになると納得が得られないので、条文の中に理念として、漁業者が主体であるということを明確にする必要がありました。
それでいろいろ私も考えたけれども、「秩序ある生産活動が使命の実現に不可欠」という言い方で、要は漁業者がきちんと行動することによって水産物を供給する使命が果たせるようになるということで、そこで漁業者が新しい意味での主体的な役割を果たしているということを入れたというふうに記憶しています。
矢花:ありがとうございます。藤田晋吾さん、お願いします。
藤田(晋):エピソードを1つご紹介程度の話になりますが、法制局審査を受ける中で、「漁業生産力の発展」という言葉は不適切ではないかという指摘を受けたことがありました。その理由は、今回、TAC法を漁業法に統合するというのは、資源管理をしっかりやっていくことが念頭にあるのだろうと、つまり、適正な漁獲量に抑えるということをやる新法なのに、「漁業生産力の発展」というのは量的な拡大を志向している言葉に見えるから、不適切ではないかというものでした。
「漁業生産力の発展」は、昭和漁業法からの目的規定のキーワードであり、私たちも適切な資源管理を行う意味は、単に漁獲を抑制するということではなく、その先に、資源を回復させ、漁業生産力を発展させるということを見据えていますから、その指摘は何とかしなければならないということになりました。
最終的には、「漁業生産力の発展」というのは、別に量的拡大を志向するのではなくて、きちんと資源管理をして持続的に質的にも高めるという意味が入っているので、これでいい言葉なのだという整理がなされて、今の形になっています。
萱嶋:漁業生産力の発展が話題になっているので、それに関連して一言申し上げます。まさにこの法律の最後のところに来るのが、「漁業生産力の発展」なわけです。漁業生産力の発展をさせたいからこの法律があるということになっているので、それを受けた形で第6条(国及び都道府県の責務)のところ、後でまた具体的にやると思うのですが、出だしからして「国及び都道府県は、漁業生産力を発展させるため」うんぬんかんぬんで、「責務を有する」という形でここを受けているので、まさにこの話の全体です。
しかも、ちょうどここのところでは「水産資源の保存及び管理」ということも書いてあるし、「漁場の使用に関する紛争の防止及び解決を図るために必要な措置を講ずる」ということも書いてあります。今言った2つの部分がどういう関係にあるのかというのは、相当な議論があったのですが、これらを受けている形で書いてあるということが、最終的に資源管理というのは漁業生産力の発展のためのものだということの説明ができたという意味でも、後でもう一回第6条でお話をしますが、その意義は大きかったのではないかと考えています。
矢花:ありがとうございます。総則、1条と並んで、6条がかなり論点になります。もしよろしければ、萱嶋さんに引き続き6条の話もお願いします。
萱嶋:まさにこの総則で一番の要をなしているのが1条と6条であって、しかも内容的なことを考えれば、6条の意義というのは極めて大きいと考えています。元々漁業法を改正して、最初に総則を置くことになった段階から、私どもとしてはとにかくしっかりと国と都道府県が責任を持って、この法律をきちんとやっていくのだと、はっきり一言で言うと、漁業調整をやっていくということをしっかり書き込みたいというのが、元々の条文に込められた意味だったと記憶しています。
一方で、これもやはり言及しないといけないと思うのですが、「日本は水産資源を無主物として扱っているのが間違いなので見直すべき」、「漁業の法律に水産資源が国民の共有の財産である旨を明記すべき」という主張をされている方が一部にいて、それを書かないと漁業法改正には意味がないという趣旨のことを仰っていたと聞いています。私が水産庁からいなくなった後も、同じような議論が繰り返されているそうです。しかし、法律論的に言えば、水産資源が国民「共有」の財産と書こうとすれば「持分」とか「分割請求」といった問題が出てくるわけです。上述の主張をされている方も、別にそういう法学の問題に取り組みたいと思っているわけではないでしょう。また、例えば私がいま赴任しているドイツでも、天然の状態にある水産資源は無主物という位置付けですが、欧州連合(EU)の共通漁業政策に基づいて資源管理を行っています。「水産資源は国民の共有の財産である」と書かなければ何かが実現しないわけではありませんし、むしろ本気で検討すればするほど、「共有」とは書く必要がなくなっていきました。
ただ、現実および将来の国民のためにしっかりと、まさに第1条にあるように漁業が国民に対して水産物を供給する使命がある以上は、それを持続的に利用できるようにしていくことこそ国の責務ですし、都道府県も関係してくるというのは、当たり前なことなわけです。それをきちんと第6条の形で書いておくことは、「国民の共有の財産」などという議論と異なり、真に意味があるだろうと思っています。
このことをご理解いただけていない人には、「先ずは第6条をよく読んでいただきたい」と何度でも言うべきだというのが私の意見です。そういった意味で今後もこの第6条は、適切に活用いただければありがたいと思っている次第です。
矢花:ありがとうございます。山口長官。
山口:総則部分で、条文作成の経緯について二つ質問させてください。まず6条の規定は最初から入れることになっていましたか。私がはじめて条文案を見たときから入っていて、入っていること自体はおかしくないのでいいのですが、総則の中に責務を入れようと言い始めたのは誰だったのか、記憶にないのです。
それと、先ほども触れましたが、2条の定義で「“水産資源”とは、一定の水面に生息する水産動植物のうち有用なものをいう」という定義も、これも今までの法令で見たことがなかった気がするのだけれども、これはどうやって入れたのでしょうか?何か例があって入れようということになったのか、誰が発議して入れようということになったか教えてください。
矢花:萱嶋さん、手が挙がっていますけれどもいきますか。
萱嶋:第6条は、恐らくたこ部屋というか、企画課のほうで案を考えている中で入れたものだったのではないかと私は感じています。当時の議論を踏まえて企画課において書いたものではないかと覚えています。
それから用語ですが、定義のところは何を総則の第1章で書いて、何を第2章以下で書くのかというところがかなり変遷を経ています。第2条の定義規定のところが膨らんだ時期とへこんだ時期が、法制局の議論の中であったと記憶しています。一時は、第2章の「水産資源の保存及び管理」に書いてある用語の、特に第7条に書いてあるような用語をもっと積極的に第2条に移すべきだという話もあって、確かそのようなバージョンも何回か書いた記憶があります。
ただ、この法律を完結するような大事な概念だけを書くべきだということで、最終的には歴史的な漁業法に書いてあったところの漁業と漁業者、漁業従事者と並んで、後は水産資源だけが残る形となったのだと思います。
水産資源が「一定の水面に生息する水産動植物のうち有用なもの」というところもいろいろ議論があったと思います。かなり早い段階から、何かしら定義を置かないといけない、しかも水産動植物と何かが違うのだというところを説明するために必要だということで、書くことになったものではないかと記憶しているのですが。
矢花:木村さんお願いします。
木村:有用資源は、30年6月の「水産政策の改革について」(上巻巻末参考資料1)の中で、「資源評価調査は有用資源全体をカバーすることを目指す」とあった部分を条文に反映させたという話です。
一定の水面と書いてある部分については、基本的に魚種でやってきたところがあって、一方で系群や地域という1つの魚種といっても各地域でいろいろな管理があるし、地域ごとに完結している資源もあります。魚種といって日本全国やるというよりは、系群であったり地域であったり、そういう単位でもTACを設定できることを念頭に置いて水産資源の定義が書かれたと理解しています。
矢花:藤田晋吾さんお願いします。
藤田(晋):国と都道府県の責務は、法案検討室発だったと思います。おそらく、それを言ったのは私だと思います。当時、これからの漁業政策上、国や都道府県がしっかりと責任を持って、資源管理や漁業調整を行うべきという認識の下、各措置の改正について検討が行われていました。そのような状況の中、国や都道府県の責務を明らかにするための規定を設けることを発案したという経過でした。
矢花:ありがとうございます。塩見さん、どうぞ。
塩見:1点だけ、記憶のところです。元々この6条の「漁場の使用に関する紛争の防止及び解決を図るため」というくだりですけれども、元々は「紛争の防止を図るため」と書いてあったのを、解決というのを入れたほうがいいのではないかという意見があったと記憶しています。
矢花:ありがとうございます。
藤田(晋):今の塩見君の話を補足しますと、最終的には「紛争の防止」ということだけだと、要するに何もしない状態を良しとしてしまうというか、解決に積極的に乗り出すべきだという意味では不十分だという話から、「及び解決」を入れた記憶があります。
矢花:ありがとうございます。山口長官、どうぞ。
山口:漁業調整そのものについては、この後も議論すると思いますが、外の人からも漁業調整という言葉では、なかなか紛争の解決まで行われていないと受け止められたのではないかと思います。資源管理を徹底していく上では、漁業者同士の争い事を国や地方が解決まで責任を持つということがセットでないとおかしいと言われましたし、確かに防止をしようとしても紛争は起きることあるし、起きた途端に放置するのかと言われると、それは違いますと言わざるを得ない。これからの水産行政としては当然やるべきことだと思います。
矢花:ありがとうございます。若干細かいところですけれども、「水産資源」の定義で「水産動植物のうち有用なものをいう」など、この辺は牧野さんか赤塚さんかが概念図をたくさん描いていた記憶があるのですが、赤塚さんは何かありますか。
赤塚:木村さんの話と重複しますが、魚種で管理しようとすると日本全国で1つしかない種もあるので、TAC法による管理の時代から「TAC魚種」の指定は魚種で、実際の数量管理は資源評価に基づく系群ベースで行われてきた流れがあります。TAC法では運用の中で上手くやっていた部分を、より法律の条文に即した形でやれるようにと検討した結果が現在の書き振りになったと記憶しています。話題に上がった概念図は、その関連で系群の概念だとか、どうして系群で管理するのが望ましいのかということについて関係者の共通理解醸成のために作っていたのではないかと思います。
矢花:ありがとうございます。中村真弥さん、お願いします。
中村:せっかくなのでちょっと教えていただきたいのですが、第1条の目的で、先ほど藤田(晋)課長からも構成を教えていただきましたけれども、その中で出た中目的です。水産資源のところと、それ以外の許可免許のかかり方ですけれども、2章が持続的な利用のほうになって、それ以外が水面の総合的な利用なのか、それとも全てひっくるめて水産資源の持続的な利用と水面の総合的な利用になっていくのかというところで、結局、水産資源の保存の話も今後は水面の総合的な利用との関係がどうなっていくのかという概念整理を、少し教えていただければと思います。
藤田(晋):私の理解をしゃべるので、もし萱嶋君の認識が違っていたら言ってください。これは中ほどにある「水産資源の保存及び管理のための」から「基本的制度を定めることにより」のところまでは、全てひっくるめて基本的制度の例示というか、基本的制度のことが書いてあって、それによって両方に掛かるという理解です。「水産資源の保存及び管理のための措置」が「水産資源の持続的な利用確保」だけに掛かっているのではなくて、両方掛かっているという認識です。
矢花:そこは萱嶋さんにお願いします。
萱嶋:おっしゃるとおりで、特に1対1対応というわけではなく、流れとしてはこの部分は、先ほど(藤田晋)課長からもあったとおりで、第1条については「鑑み」までの部分が前提として書いてあって、次の「水産資源の保存から基本的制度を定めることにより」までが1つの塊です。その後にそれによってやることが「水産資源の持続的な利用を確保するとともに、水面の総合的な利用を図り」というところで、最後が「漁業生産力の発展」という形で構成立てをされています。
これはまさに漁業調整という用語をどう扱うかというところと密接に絡んだ結果ではありますが、少なくとも私の認識としては、広い意味での漁業調整を実現することをこの文で書き表していると思っています。
まず1つ目は、漁業調整という言葉に対する認識が人によっててんでばらばらであるということです。私の意識は、昭和25年に書かれた『漁業制度の改革』に書いてあることこそが正しいという認識であったわけです。一方で、単にいさかいを防ぐなど、何となくなあなあで何とかやっていく意味だ、と感じ取っている人たちが結構いました。
そういうことがあって、漁業調整という用語は極力使うなという意見もあったけれども、われわれとしては何とか書きたいし、どうしても漁業調整と書けないのであったら、漁業調整に該当することを読めるように書いておく必要があると考えて、なるべく広い意味の漁業調整が概念として残るようにしようということで頑張って書いた結果が第1条であり、第6条であるということだったと思います。
ただ、先ほどあったような漁業調整に対する認識の誤解がありつつも、とにかくこの法律では別に水産資源の保存及び管理や水産資源の持続的な利用という部分だけを、1つだけ切り出してそこだけやればいいという意味では絶対にない、前提となる資源管理はしっかりやりつつも、広い意味での漁業調整を全体としてきちんとやっていく必要があるのだということを、この1条、6条で表したかったということだと思います。
矢花:山口長官の手が挙がっていますので、いいですか。
山口:ここの目的規定の考え方は、私なりの考え方としては当然、資源の持続的な利用と水面の総合的な利用という2つが全体に掛かると考えないと、法律を作り直した意味がないと思います。
例えば漁業権のところにも、報告義務を課すものとして資源管理の状況と漁場の活用の状況と2つの項目が書いてあるわけです。それを考えれば、その2つとも漁業権制度で担保しないといけないし、漁業許可も当然としてやらなければいけないという趣旨なので、そこは両方ともやるのだということだと思います。
それと漁業調整の話は、私の個人的な思いを言うと、漁業調整となると、(旧)漁業調整課がやっている仕事が漁業調整のイメージとなっている人が大多数ではないですか。萱嶋さんが紹介した昭和漁業法を作った時の思いがどこにあるかは別にして、実態として沿岸と沖合とで漁場で争いや違反があったというときに、行政が間に入って、お互いに話し合いましょうということをやっています。話し合いの結果、結論が出たら調整委員会指示や調整規則でルール化しますが、それをやっているのが漁業調整であるというイメージを多くの人が持っているのは事実です。
だから言葉を変えるべきだという意見も、本来の水産政策のあり方としてはもっと幅広く、いろいろな観点からきちんと水産資源を守っていくことをやらなければいけないという趣旨だったと思います。
矢花:分かりました。先ほども議論がありましたけれども、第2章、3章のところで漁業調整は触れざるを得ないので、そこで議論をできればと思います。