水産振興ONLINE
水産振興コラム
20242
水族館の飼育係と「食」との交わり
新野 大
(高知県立足摺海洋館 館長)
18

癒しの島、奄美大島で出会った「いしょむん」

海遊館を辞め、フリーで活動をしていたころ先輩からのお声がけで、夏休み期間に地方都市のデパートの催事場などで行う移動水族館の現場管理を数シーズン任されたことがある。それが毎回心身ともに疲れはててしまうのだ。毎回、開催中にいくつかの水槽が、魚病によって魚が全滅という悲惨な状態になってしまうこともあるのだ。そんな悲惨なことにならないように毎日毎日水槽の管理に気を使いすぎ、移動水族館の最終日が近づくころには心身共にくたくたになる。

そんな疲れた体を癒すため、9月の初めに僕の中の癒しの島奄美大島に向かった。

奄美大島は、九州と沖縄県の中間に位置して気候は温暖で、海に潜ればサンゴ礁が発達し陸上には亜熱帯の原生林が広がっている。その原生林は、アマミノクロウサギやアマミタカチホヘビなど奄美を冠とした固有種をはじめ、ルリカケス、リュウキュウアユなど貴重な生物たちの宝庫である。

その奄美大島への訪問はもう15年以上も前、海遊館に勤めていた時代に自宅で飼育する魚を採集に行ったのが最初だ。それ以来、年に数回は採集のため奄美大島に通い続けた。早朝から日の暮れるまで、玉網(たもあみ)を手にして小魚を追いかけていたので、市場を見学する時間などはなく一度ゆっくりと網を持たずに行きたいと思っていたのだ。その念願がかない、家内を誘って癒しの旅へ!

どういうわけか僕が南の島への旅を計画すると、狙ったように台風が発生し邪魔をされることが多い。案の定、出発日の数日前に台風17号が北上し、ハラハラさせられたのだが、ギリギリのところで通り過ぎ出発当日は晴天となった!

伊丹空港から約1時間半のフライトで、飛行機は奄美空港へ着陸した。ちょうど12時。空港を出て、暖かく少し湿度の高いムッとした空気の中レンタカーを借り、いつも採集に通っている島の南部へと向かった。いつもなら、南部へ向かう道の途中にある、鶏飯(けいはん)の店「ひさ倉」へ寄るのだが、その時は少し逆行になるが、友人の一押しの店「元祖鶏飯料理 みなとや」へ行ってみた。大き目の茶碗によそったご飯の上に、細かく割いた鶏肉、甘く味付けされたシイタケ、錦糸卵などを好きなだけ乗せ、コクのある熱い地鶏のスープをたっぷりとつぐ。さらにパパイヤの漬物やタンカンの干した皮を細かくしたものを散らして、掻き込む。あっという間に3杯目のおかわりだ。「鶏飯料理は今から約400年前赤木名(あかきな)で薩摩藩の役人方を持て成す為に作られた料理でその当時には炊き込みご飯であった。鶏飯の召し上がり方は、具を適度にご飯の上にのせスープをたっぷりとかけお召し上がりください。」と「みなとや」の割りばしの袋に書かれている。昭和43年4月、当時の皇太子明仁親王が美智子妃殿下を伴って奄美大島をご訪問された際、現地で提供された鶏飯を、そのおいしさのためおかわりをされたという。そのエピソードが広まり「鶏飯」が、いつしか奄美の代表料理の一つとなったらしい。

車窓の向こうにはきれいな海の景色が続く
車窓の向こうにはきれいな海の景色が続く

鶏飯を腹いっぱい食べて、一路南部の瀬戸内町へ。途中、素晴らしい晴天のおかげでエメラルドグリーンからブルーへと変わるグラデーションの見事な海岸の風景や巨大なシダ「ヒカゲヘゴ」を撮影し、リュウキュウアユの生息する綺麗な川のある住用(すみよう)地区でマングローブの原生林をカメラに収め、瀬戸内町についたのはもう午後4時を過ぎていた。

巨大なシダ「ヒカゲヘゴ」
巨大なシダ「ヒカゲヘゴ」

民宿に入る前に、少し気になり古仁屋(こにや)漁港に立ち寄ってみた。すると、ちょうど一艘の漁船がいて魚を揚げていた。大きなロウニンアジやヒレナガカンパチ、ハマフエフキなど、釣り船らしい。近くにいた方に明日市場に魚の並ぶ時間を尋ねたら、6時から並び始めるとのこと。また「もう少しして17時頃にはカツオ船が帰ってくるよ。」とのことなので、一旦民宿に荷物を置いてから、見に来ることにした。

17時を過ぎた頃港に漁船が一艘入ってきた。カツオ船らしい。早速瀬戸内漁協の方々が集まり、手際よく水揚げが始まった。ちょっと小ぶりだが、カツオとキハダだ。次から次へと手際よく、魚たちが氷水の入ったコンテナに入れられていった。途中近所のおばちゃんが顔をだし、両手にキハダをもって帰って行った。のどかだなぁ。

  • 夕方の古仁屋漁港
    夕方の古仁屋漁港
  • カツオの水揚げ
    カツオの水揚げ

着いて早々、2艘の漁船の水揚げに出会い、幸先のいい旅の始まりである。その晩の民宿の料理が、また良かった。キハダとソデイカの刺身にアイゴの煮つけ、イカの入ったかき揚げにモズク、それだけでもお腹がいっぱいになりそうなのに、大きな夜光貝の刺身までが並んでいる。お酒を飲む暇と全部の料理の置き場が無くなるほどの量なのだ。さらに追い打ちをかけるように、大きなお椀には「アバス」ことイシガキフグの粗汁が!僕のお椀には大きな上顎がデンと入っていた。その締まった淡白な身の美味しいこと。至極の夕食をとらせてもらった。

  • 夜光貝の刺身
    夜光貝の刺身
  • 「アバス」ことイシガキフグの粗汁
    「アバス」ことイシガキフグの粗汁

いいことだらけで、明日の朝の市場でもどんな驚きに出会えるのかが楽しみだ!その話は長くなるので、次の機会に紹介させていただきたい。

最後になってしまったが、表題の「いしょむん」とは鹿児島テレビのHPによると「奄美地方で「いそもの」つまり「水産物」を意味する言葉」ということである。

連載 第19回 へ続く

プロフィール

新野 大(にいの だい)

新野 大

1957年東京生まれ、東海大学海洋学部水産学科卒業。新潟県瀬波水族館、青森県営浅虫水族館大阪・海遊館で水族館職員として経歴を重ねた後、独立して水族館プロデューサーとして活動。2018年に高知県土佐清水市に移住し、高知県立足摺海洋館のリニューアルオープ(2020年)の準備に携る。現在、高知県立足摺海洋館SATOUMI館長。主な著書に、『大阪湾の生きもの図鑑(東方出版、魚介類の干物を干している風景の写真を集めた『干物のある風景(東方出版)など。